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靴・沓・履~”くつ”について~

     毎日出かける際には、必ず「靴」を履く。その当たり前の行為に私たちは何の疑問もない。リーガルシューズ、スケッチャーズ、Newbalance、コンバース等お好みの靴を使い分けている。明治時代に西洋文化の影響で革製品が増えたことで日本の伝統的な履物を表す「沓」(革製の履)や「履」(装束用)が「靴」となったという訳である。そこで古代の「履」について想うことを記してみたい。

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    金銅製沓B(長さ42㎝)

     奈良県のとある古墳の石棺から、大きな金銅製の履が4個埋葬されていた。つまり二体分である。金銅製品で製作され1セットは長さ38㎝ある。その作り方は「側板2枚をつま先とかかとで閉じ合わせ、側板の底を折り曲げて底板を受ける。側板に透かし彫り(亀甲繋文)を施す。」専門的な分類によるとⅡ群A型となるそうだが、要するにこのような技法を使用する特徴は韓国百済に多いという。話は前後するが、勿論これは現在のものではなく、古墳時代とりわけ6世紀の古墳から出土したものだ。それにしても異様に大きい。因みに私のサイズで26㎝、それより12㎝以上ある。まさか日常履いたものではあるまい。金銅製であるので何か大きな儀式の際に足元を強調し威厳を誇示したのであろうか。

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    石棺内(奥に履が立て掛けられていた)
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    葬られた状態を復元(右側に金銅製履がある)

     全国で金銅製の履が出土した例は僅かに20例しかないそうだ。この古墳は上記写真の様に石棺に冠や帯、豪華アクセサリーを満載させて葬られていた。普通の人ではない。超ハイクラス身分の方である。しかも石棺内に二体の男性が同時に葬られていた。突然の事故(流行り病)か事件(殺害された)か?ミステリーである。煌びやかな葬儀がおこなわれた裏では記されることのない歴史の”おどろおどろしいドラマ”があったのではないだろうか!
    事実は金銅製履のみが知っているのである。この古墳、藤ノ木古墳という。

     
     

    nitada

     
     
    歴史コラムニスト・時空トラベルプロデューサー・”古代のエネルギーを世の中に!~Ancient energy to the world~”をテーマに歴史をアミューズメントとして楽しむ。”時空超越・古代歴史”講座・ギター弾き語り講座を展開。クルーズ旅行研究家・総合旅行業務取扱管理者

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