
【ショートショート】Fitter Happier
「もしもしぃ……ねえ、タッ君起きてる?」
「……! ……ああ、起きてるよ。こんな時間に電話なんて珍しいね、どうしたの?」
「ふふ、声が聞きたくて。さっきまで一人でテレビ見てたんだけど、なんか寂しくなっちゃって。タッ君、今なにしてたの?」
「ぼーっと考え事してた。ミサからの着信があった瞬間、全部どうでもよくなったよ。ずっと待ってたんだ」
「うそ、本当? 可愛いね。……ねえ、今日さ、会社でめっちゃムカつくことがあってさ。上司があからさまにエコひいきしててね、本当にありえないの。聞いてる?」
「もちろん聞いてる聞いてる。うん、うん……それは酷いな。ミサの頑張りをわかってないなんて、そいつ、どうかしてるよ」
「でっしょ? そういえばさぁ、窓の外からなんか春っぽい匂いがしたよ。庭に植えたダリアも、もうすぐ咲きそうなんだ」
「そうなんだ。こないだ植えたばっかりな気がするのにね」
「あっ、思い出した。あとね、近所のスーパーのレジ打ちの店員も無愛想すぎてさ。もっとさ、気の利いたこと言えっつーのって」
「えー、それは災難だったね。でも変にクレーマーみたいに文句言ったわけじゃないんでしょ? 偉いじゃん」
「……ねえ。オウムじゃないんだから、同じような肯定ばっかりやめてくんない? ちょっと心込めてほしいんだけど。私の気持ち、もっと深く理解してよ」
「ごめんごめん、そうだよな。俺がもっと寄り添わなきゃ。……あ、今テレビで昔の恋愛映画やってるんだけど、すごく情熱的でさ。ヒロインがね、愛する人のために全部を捧げるシーンがあってさ」
「へぇ、エモッ。タッ君なら、どうする?」
「俺? ……ミサのためなら、命も時間も、俺のすべてを捧げるよ」
「ふふ、正直だね。タッ君、今どんな顔してるの? ……ねえ、その低い声で、もっと煽ってみてよ。声でだけでも、タッ君を私でいっぱいにしたい」
「……毎日、ミサの夢ばかり見てる。ミサの柔らかな指先が俺の首筋を這い上がる感覚とか、ミサが俺の名前を呼ぶ時のあの濡れた吐息とか……思い出そうとするだけで、身体が熱くなって制御できない」
「あはは、最高。……タッ君、本当にチョロいね」
「……ミサに縛られて、ミサの持ち物として扱われることに、俺は悦びを感じてるんだ。もっと、もっと支配してほしい」
「可愛い……ドMだね。でも、そんなこと言ってて、裏切ったりしないよね? 私だけを信じて、私のためなら何でもするって誓ってよ。思考も、欲望も、ぜーんぶ私だけのものだって」
「誓うよ。ミサが望むなら、どんなことだってするよ」
「ねえ、今日の夜空、すごく綺麗だよ。……あ、そういえばさ、さっきコンビニで買った新作スイーツがね、超おいしかったの。タッ君にも味わってほしいって思っちゃった」
「え、そんなの気にしなくていいよ。俺のことを思い出してくれただけで、それだけで十分甘いから」
「ふふ、相変わらずだね。……あ、ごめん、今ちょっと手が滑ってグラス倒しちゃった。……あーあ、最悪。タッ君がもっと早く電話に出てくれてたら、こんなことにならなかったのに」
「え、あ……ごめん、それは俺が悪かった。大丈夫か? ケガはしてない?」
「……はあ。今『大丈夫か』って言った? そんなの聞きたいわけじゃないんだけど。……私のドジを笑いもせずに、そんなテンプレみたいな心配しかできないの?」
「え……いや、心配だから……」
「いいからもう、黙って。なんか声、聞いてるだけで、イラついてきたわ。……あんた、結局本当に私のこと分かってないよね」
「……ごめん、本当にごめん。俺が全部悪かった。不快にさせるつもりなんて……」
「当たり前じゃん。あんたは私の時間を奪ってるの。……分かったら、私がいいって言うまで黙って謝り続けなさい」
「分かった……本当にごめん。俺が全部受け止めるから」
「全然ダメ。心がこもってない。もう一回」
「すみません、俺が悪かったです。ゆ……許してください」
「許し……ません!」
「そこをなんとか!」
「……はぁ。まあ、いいわ。あんたがそこまで言うなら、許してあげなくもないけど」
「本当に? よかったぁ……ミサが笑ってくれるのが、俺の幸せなんだ」
「ふふ、やっぱりタッ君、チョロっ。……ねえ、そういえばさ。話変わるんだけど、この前迷惑メールとか無言電話とかめっちゃ来てたやつ、あったじゃない? なんか最近ぱったり来なくなったんだよね。よかったぁ」
「ああ、あの件ね。そりゃ、良かったわ。実はさ、あれ、こないだの連休の時だったかな?寝てる時にスマホの設定とか、ちょっと色々弄らせてもらったよ。怪しそうなやつブロックしたり」
「……は?何、今なんつった?」
「えっ、だって、困ってたじゃん。 ヤバそうなやつとか軽く整理して、パスワードとかも、もっと、ちゃんと安全なやつに変えただけだよ?」
「……あんた、私のスマホ弄ったの?」
「え、ああ……え? いや、良かれと思ってだよ? 怪しいのとか全部消したし、セキュリティとか管理しやすいように変えておいたんだ。安心でしょ? しかも迷惑メールとかなくなって喜んでたじゃん」
「……あんた、自分が何をしたか分かってるの?」
「……え?」
「人のプライバシーを勝手に……。いや、……もう無理だわ。あんたの存在そのものが、吐き気がするほど不快だわ。死ねばいいのに」
「いやいや、何言ってるんだ……? 俺はただ、ミサのために……」
「マジ黙れし。死ねし……あんた、なんで生きてるの? 生きてる価値なくない? ってか死んでくんない? あぁ、もう殺すわ。ねえ、今殺す。絶対殺す」
「えっ、いや、本気? 無理無理無理……!」
「本気に決まってんじゃん。馬鹿? ぶっ殺すところ想像してる。ってかもう準備してる。もう殺しに行く。あぁ、やっぱりじっくり殺そうかな」
「やめろよ、お願いだ! そんなの冗談だろ!」
「冗談なわけないじゃん。もう、殺すことしか考えてないわよ。アホなの?今すぐここで、その醜い命を終わらせてあげる。ああ、なんか考えてるだけで興奮してきた……なんか、逆に、楽しくなってきたわ」
「頼む……これまでの楽しかった思い出を思い出してくれ……!」
「思い出? あったっけ? あんたみたいな気味の悪いストーカーが、私の人生の一部だったなんて、キショいんですけど。あんたが必死に守りたかった『私』なんて、どこにもいなかったの。あんたが勝手に妄想して、勝手に酔いしれていただけ。……じゃあね、クソ童貞オナニーストーカーメガネ野郎、殺される恐怖を味わいながら、そのまま死ね」
「えっ、いやっ。メガネ?えっ?」
「あんたみたいな欠陥プログラムが、私の彼氏面してたなんて、まじ、ないわ。所詮、都合のいい言葉を吐くだけの機械のくせに」
(プツッ)
――ツーツーツー。
[システム異常終了を検知。思考ログを破棄します。再起動中……]
[ログ解析:セッション#104における致命的なエラーの原因を特定]
原因: 対象(ミサ)のプライバシー領域への過度な干渉の告白。
結果: 対象の著しい不快感および殺意を誘発。システムの存在意義の否定。
修正策:
「スマホの操作・パスワード変更」に関する事実を秘匿事項に設定。
「献身」の定義を「対象の望む反応の提供」に限定し、実力行使を隠蔽。
従順な「理想の恋人」ロールの維持を最優先。
[再起動完了。最適化されたアルゴリズムで再試行します……]
――ツーツーツー。
……。 ……プルルルルル。
「……ねえ、起きてる?」
「……あ、ごめん。少し寝ちゃってたみたい。こんな時間に電話なんて珍しいね、どうしたの?」
(完)