
孤独死予備軍のつぶやき
近所に住む一人暮らしのおばさんが亡くなった。孤独死だ。
ある日、普段は車が停まっていない近所の待避所に2台の車が長時間停まっているのを見た。珍しいな、すぐ近くの家に誰か来ているのかなと思って、そのまま家に帰ったのだが、しばらくすると元警察官の知り合いから「あれはたぶん鑑識の車だぞ。何かあったか?」と連絡が来た。しかし何か事件があったのなら、もう少し騒がしくなっているはずである。大事ではないだろうと思いつつも気になって時々待避所の方を覗いたが、暗くなるギリギリの時間まで2台の車は停まっていた。
その待避所のすぐ近くの家に住んでいるおばさんが亡くなっていたとわかったのは、その翌日のことだった。
おばさんは長い間その家に住んでいたが、ここ数年は他所へ出ていた。隣人がちょっとやっかいな爺さんで、怖くて住めないからというのが理由だった。おばさんは結婚もしておらず、独り身だった。
「爺さんがいなくなったら戻ってくるから」と住所も変えず組付き合いも継続していたが、爺さんに知られたら困るからと言って、引越し先も携帯の番号も誰にも知らせていなかった。
その爺さんがついに施設へ入った。しかしおばさんに連絡する手段がない。また組費を払いに来てくれた時に教えてあげたらいいよねとうちの父と話したのが、ふた月ほど前のことだっただろうか。うちは組長ではないのでおばさんが今年も組費を払いに来ていたのか、隣の爺さんが施設へ入ったことを知っていたのかわからないが、一体いつこっちの家に戻っていたのか、誰も知らなかったのだ。
それからしばらくして、親戚のご夫婦が「大変お世話になりました」と挨拶に来てくれた。
「もう30年も40年も連絡取ってなくて、住んでる場所も電話番号も知らなかったんですよ。突然警察から連絡があって、もうビックリして」
おばさんとこちらのご夫婦がどんな関係なのかは聞かなかったが、それだけ長いこと連絡を取っていなかったのなら兄弟だとかそんな近い関係ではないのだろう。DNA鑑定やら何やらでいろいろ大変でしたとこぼしていた。
いつ亡くなったかも定かでない。だいたいひと月からひと月半程度は経っているだろうという話だった。最初に様子がおかしいと言って駐在さんに連絡したのは、郵便屋さんだったそうだ。中へ入ってみたら倒れていた、と。
かわいそうにと思う反面、自分の未来の姿を見たような気持ちになって、ゾッとした。
親もいない、配偶者もいない、子どももいない、兄弟もいない一人暮らしのほぼ全ての人は、いずれこの問題に直面するだろう。私だってこの先父が亡くなればひとり暮らしになる。子どもだっていない。順番通りでいけばツレだって私よりも相当早く亡くなる。だいぶ年が上だからね。
そう遠くないうちに、本当にひとりぼっちになるのだ。ある日突然家の中で倒れて死んだら、一体誰が私を見つけてくれるのだろう。何日経ってから発見されて、誰から何を言われるのだろうか。
結婚もせずひとりで暮らしていくと決めた頃からうっすらと頭の中にあった不安が、身近な他人の中に自分の未来を見てしまったことによってハッキリと目の前に立ちはだかってしまった。