
「ひつじ」の謎 未から「日辻」へ
「羊」の訓読みは「ひつじ」です。これは不思議ではありませんか? つまり,「羊」が日本に来た時にそれに相当する概念が日本列島にあったことになる。
縄文時代や弥生時代の遺跡からは「羊」の骨は発掘されません。古墳時代の遺跡にもない。『日本書紀』の記述では〈599年に日本に羊が送られた〉とあるそうです。(まずこれを本当と仮定して妄想します)
一方,「未」も「ひつじ」と読ませます。(常用漢字外の使用)「未」には動物としての「ひつじ」の意味はもともとはなかった。
wkipediaによると,十二支が生れたのは殷の時代(紀元前1300年頃)に日付の呼び名として利用されたのが起源になるそうでう。後に(紀元前800年ごろ?)時刻,方位の表すために活用された。
もともとは十二支に割り当てられたそれぞれの漢字は植物の生長の段階を表していた。
「子」は「種子」と言葉があるように,新しく増える概念である。ここから始まる。
「丑」は糸偏をつけると「紐」。つまり,〈ひも〉。種子の中でからんでいる状態。
・・・以下,詳しい解説はwikiにあります。
「未」に場合は口偏をつけると「味」。つまり,果実が熟してきたことを意味する。成長がピークを迎えて,次の段階です。時刻で言えば,未の刻は午後1〜3時ぐらいか。
秦(紀元前200年ごろ?)の時にイメージしやすいようにそれぞれの動物が当てられた。
「未」がイメージさせた動物は「ミ」,つまり,「ミーミー」となく「羊」だった。日本列島には動物の「羊」より先に十二支の「未の刻」が先に伝わった。
〈十二支に動物が対応している〉と言っても「辰・・・龍」に対応する動物はいない。日本列島にすむ人にとって「未・・・羊」は「龍」と同じで未知の動物だった。
では,「未の刻」を何と呼んだか? これは〈日が天の辻を過ぎる刻〉と解釈した。これで「日《ひ》辻《つじ》」の刻となる。つまり,動物「羊」を知る前に,十二支としての「未の刻」を〈ひつじの刻〉としていた。
そこに(599年),日本列島に動物の「羊」が伝来する。中国大陸では「未の刻」に対応させた動物である。
ここで初めて動物「羊」に訓読みの「未・・・ひつじ」が対応した。