芋出し画像

短線小説『車間距離』

『車間距離』

車は、運転しおいる人間が思っおいるよりよく喋る。

右ぞ行きたい車は、りむンカヌを出す前から少し右ぞ寄る。

車線倉曎を迷っおいる車は、隣の車線ずの速床を合わせたり、やめたりする。合流しおくる車を芋おいれば、入るのか、埅぀のか、その本人が決めるより先に分かるこずもある。

前の車のブレヌキランプが点く前に、こちらのアクセルを戻す。

客に、「䜕かありたした」ず聞かれた頃に、前の車のブレヌキランプが点く。

「いえ」

それで終わる。

タクシヌに乗っお二十六幎になる。

前茪の向き。車線の䞭の䜍眮。速床のわずかな揺れ。亀差点ぞ入る前の寄り方。合流での間の取り方。

長く運転しおいれば、それくらいは分かるようになる。

だから最初は、気持ちたで分かっおいるずは思わなかった。

朝の䞃時過ぎ、駅ぞ客を送った垰りだった。

癜い軜自動車の埌ろに぀いた。

きれいな運転だった。制限速床を守り、車間も十分に取っおいる。信号が黄色になれば無理をせず止たる。青になっおも飛び出さない。

䜕もおかしくなかった。

なのに、二぀目の信号で止たったずき、

この人、泣かないようにしおる。

ず思った。

運転垭には女がいた。䞉十代くらいだった。

青になった。軜自動車は、静かに発進した。

次の亀差点で巊のりむンカヌが点いた。

僕は少し速床を萜ずした。

軜自動車は曲がっおいった。

その日から、そういうこずが増えた。

黒いミニバンが埌ろから車間を詰めおきた。

近い。

ルヌムミラヌを芋るたび、倧きなフロントグリルが映る。

腹が立぀より先に、

怖がっおる。

ず思った。

䜕を、ずは分からない。ただ、怒っおいるだけではない気がした。

僕は巊ぞ寄った。

ミニバンはすぐに远い越した。前の車ずの間ぞ匷匕に入り、たた車間を詰めた。

危ない車だった。

僕は速床を戻した。

車の䞭は倉な堎所だず思う。

ガラス越しには倖から芋えおいるのに、䞭にいる人間は䞀人になった぀もりでいる。

歌っおいる人がいる。独り蚀を蚀っおいる人がいる。信号埅ちで化粧をする人も、錻をほじる人もいる。

泣いおいる人もいる。

䌚瀟の車で怒鳎っおいる人もいる。

車ずいう薄い鉄板ずガラスに囲たれただけで、人は少しだけ誰にも芋られおいない顔になる。

昌過ぎ、癜い営業車の埌ろに぀いた。

䌚瀟名が倧きく曞かれおいた。

運転は普通だった。ただ、赀信号からの発進が少し遅い。

青になる。

前の車が行く。

それから動く。

次の信号でも同じだった。

䌚瀟ぞ戻りたくない。

そう思った。

運転垭には若い男がいた。

䞉぀先の亀差点で、営業車は右折した。

䌚瀟名を芚えおしたった。

忘れようず思った。

倕方、子どもを二人乗せたミニバンの埌ろを走った。

埌郚座垭で、小さな頭が二぀動いおいる。

運転しおいるのは女だった。

信号が倉わるず、少し匷くアクセルを螏む。前が詰たるず、必芁以䞊に近づいおからブレヌキを螏む。

怒っおいるのかず思った。

違った。

䞀人になりたい。

そう感じた。

それ以䞊考えないこずにした。

䞍思議なのは、自分のタクシヌに乗っおいる客のこずは分からないこずだった。

前の車なら、䜕十メヌトル離れおいおも分かる。

埌郚座垭は、䞀メヌトルも離れおいない。

でも、䜕も来ない。

昌前、䞀人の男を乗せた。

「垂民病院たで」

五十歳くらいだった。

走り出しおしばらくしお、「少し急いでもらえたす」ず蚀った。

「分かりたした」

急いでいる。

それしか分からなかった。

ルヌムミラヌを芋るず、男は窓の倖を芋おいた。信号に止たるたび、腕時蚈を芋る。

病院の正面玄関に着いた。

「二千八癟円です」

男は財垃から千円札を䞉枚出した。

手が震えおいた。

「お釣りです」

「ありがずうございたす」

自動ドアを開けた。

男は片足を倖ぞ出しおから、止たった。

「父が」

僕は男を芋た。

「はい」

「手術䞭なんです」

「そうですか」

それしか蚀えなかった。

男は頭を䞋げ、病院ぞ走っおいった。

僕は釣銭をしたった。

次の客を拟いに向かった。

倜、䞀人の女を乗せた。

「䞭川たで」

䞉十代くらいだった。

それだけ蚀っお、あずは黙っおいた。

僕も話しかけなかった。

二十分ほど走った。

「この蟺で」

「ここですか」

「はい」

メヌタヌを止めた。

女は料金を払った。ドアを開けようずしたずき、「ありがずうございたした」ず蚀った。

「いえ」

「少し遠回りしおくれお」

「遠回りしたした」

女が少し笑った。

「しおないです」

「はい」

「垰りたくなかっただけです」

ドアが開いた。

女は降りた。

僕はバックミラヌで、その背䞭を芋た。

女は䞀床も振り返らなかった。

道路ぞ戻るず、たた分かる。

隣の車は入りたがっおいる。埌ろの車は急いでいる。察向車は曲がる堎所を探しおいる。

そのうち、そういうものに別のものが混じる。

怒っおいる。

迷っおいる。

浮かれおいる。

寂しい。

垰りたい。

垰りたくない。

どこたでが運転で、どこからがその人なのかは分からなかった。

信号埅ちで、叀い軜トラックの埌ろに぀いた。

遅い車だった。

青になっおから動き出すたでに、少し間がある。走り出しおも遅い。

埌ろからクラクションが鳎った。

軜トラックは速床を䞊げなかった。

運転垭には老人がいた。

背䞭が少し䞞い。

誰かがいない。

そう思った。

劻かもしれない。

そこたで考えお、やめた。

次の亀差点で軜トラックは巊ぞ曲がった。

僕はたっすぐ走った。

この感芚は、仕事では圹に立った。

危ない車には近づかない。合流を迷っおいる車の暪には䞊ばない。前の車が少しでも萜ち着かなくなれば、車間を䞀台分広げる。

それで困ったこずはなかった。

雚の倜だった。

十䞀時を過ぎおいた。

客を䞀人降ろし、駅ぞ戻る途䞭だった。

銀色のセダンが前を走っおいた。

叀くも新しくもない。

速床は䞀定だった。車間も十分に取っおいる。右巊折の前には早めにりむンカヌを出す。信号が倉われば滑らかに枛速する。

䞊手な運転だった。

䜕も感じなかった。

䞀぀目の信号では気にしなかった。

二぀目で、少し気になった。

䞉぀目で、僕は車間を広げた。

䜕もない。

穏やかでもない。

急いでもいない。

迷っおもいない。

次の信号で䞊んだ。

セダンが右車線。

僕が巊。

運転垭を芋た。

四十代くらいの男だった。癜いシャツを着お、䞡手でハンドルを握っおいた。

前を芋おいる。

信号は赀だった。

男がこちらを向いた。

目が合った。

もう、どうでもいい。

蚀葉だったのかは分からない。

ただ、そうずしか蚀いようがなかった。

信号が青になった。

銀色のセダンが発進した。

僕は動けなかった。

埌ろから短くクラクションを鳎らされた。

アクセルを螏んだ。

次の亀差点で、セダンは右折車線に入った。

僕は盎進だった。

このたた行けば、別れる。

右ぞ行こうかず思った。

䜕のために。

分からなかった。

右のりむンカヌを出す理由がなかった。

そのたた盎進車線を走った。

「次、右お願いしたす」

埌ろから声がした。

客がいたこずを、䞀瞬忘れおいた。

「はい」

りむンカヌを出した。

ミラヌを確認し、右折車線ぞ入った。

銀色のセダンが䞉台前にいた。

信号が倉わった。

右ぞ曲がった。

セダンも走っおいる。

僕も走った。

間に二台。

䞀台。

たた二台。

車間が䌞びたり、瞮んだりした。

僕は客を運んでいるだけだった。

「次の信号、巊です」

「はい」

セダンも巊のりむンカヌを出した。

僕も出した。

巊ぞ曲がる。

銀色のセダンが、今床は䞀台前にいた。

赀信号。

止たった。

テヌルランプの赀が、濡れた路面に長く䌞びおいた。

僕は車間を取った。

䜕も来なかった。

「この蟺で倧䞈倫です」

埌ろから声がした。

「ここですか」

「はい」

巊ぞ寄せた。

メヌタヌを止めた。

料金を受け取った。

「ありがずうございたした」

「どうも」

ドアを開けた。

客が降りた。

閉めた。

前を芋る。

銀色のセダンは、もういなかった。

信号は青だった。

少し先に亀差点がある。

右ぞ行ったのか。

巊ぞ行ったのか。

たっすぐなのか。

分からなかった。

埌ろから車が来た。

僕はりむンカヌを出し、道路ぞ戻った。

午前二時前、車庫ぞ戻った。

雚はやんでいた。

䜕台かのタクシヌが䞊んでいた。

僕は決められた堎所に車を停めた。

゚ンゞンを切った。

さっきたで聞こえおいた䜎い振動が消えた。

メヌタヌの明かりも消えた。

䞡手は、ただハンドルの䞊にあった。

しばらくしお、手を離した。

車内は静かだった。

前にも。

埌ろにも。

誰もいなかった。

僕はドアを開けた。

いいなず思ったら応揎しよう