【人生レシピ】第三話①「不仲鳥」
ジュウウウウウ……
薄暗い厨房の中で、
親子丼の鍋が静かに音を立てていた。
玉子が、
出汁の上でふわりと固まり始める。
甘い玉ねぎの香り。
醤油の湯気。
少し焦げた鶏肉の匂い。
本来なら、
どこか安心するはずの香りだった。
なのに。
妙に落ち着かない。
鍋の奥で、
何かがずっと張り合っている。
修二は眉を寄せた。
「親子丼になってないよなこれ」
まな板の上には、
使い終わった調味料が並んでいる。
苦言塩。
肯定ハチミツ。
お山の山椒。
どれも、
本来なら味を整える調味料だ。
だが。
肉にまったく染み込まない。
むしろ、
味を入れようとするほど、
妙に硬くなる。
修二は箸で肉をつついた。
その瞬間。
ギチッ……
喉の奥へ、
何かが引っかかるような感覚が走る。
「……なんだこれ」
レオンは湯気の向こうから、
親子丼を豪快に口へ運んだ。
数秒止まる。
眉をしかめる。
もう一口食べる。
「うわっ!!」
思わず吹き出した。
「なんだこれ!!
口の中で親子喧嘩してるぞ!!」
「そんなわけ……」
修二も箸を運ぶ。
――重い。
嫌な味ではない。
むしろ、
どこか優しさもある。
だが。
互いが、
互いを押し返している。
『ちゃんとしろ』
『分かってるって』
そんな小さな意地が、
喉の奥へまとわりつく。
しおりは、
親子丼を見つめたまま、
静かに箸を止めていた。
「……張ってますね」
「張ってる?」
「お互い、
気を張りすぎてます」
レオンが椅子へもたれる。
「めんどくせぇ食材だなぁ」
「食材っていうか、
関係性だろこれ……」
ドン・ヌカールは、
湯気の向こうで酒を飲んでいた。
まるで、
最初からこうなることを知っていたみたいに。
「不仲鳥じゃな」
「不仲鳥?」
「守り続けた親と、
守られ続けた玉子。
長く一緒におると、
こうなる鳥じゃ」
修二は鍋を見る。
憎しみではない。
むしろ。
互いを、
気にしすぎている。
だから、
ぶつかる。
「……嫌いって感じじゃないんですよね」
しおりが小さく頷く。
「まさに親子ですね」
レオンは苦笑いしながら、
頭をかいた。
「親って、
なんであんな口出してくるんだろうな」
「お前も親だろ」
「いや、
うちはまだチビだからな。
“抱っこー!”って
来る年齢だし」
そう言って笑う。
だが。
少しだけ、
寂しそうだった。
修二は、
もう一度親子丼を食べる。
やはり重い。
小さいプライド。
心配。
分かって欲しい。
放っておいて欲しい。
そんなものが、
鍋の底へ沈殿している。
修二は、
失敗した親子丼を見下ろした。
「……これ、
もう駄目だろ」
鍋の中には、
ギスギスした空気だけが残っている。
レオンも顔をしかめた。
「これはちょっと胃に来るな……」
修二が鍋を持ち上げる。
捨てようとした瞬間。
「捨てちゃ駄目です!」
しおりだった。
修二の手が止まる。
しおりは、
床でもにゅもにゅ動いていたスライムへ、
失敗した親子丼を差し出した。
スライムは、
何も言わない。
ただ。
もにゅ……
もにゅ……
静かに、
親子丼を食べ始めた。
レオンが少し引く。
「おぉ……
それも食うかぁ……」
スライムは、
いつものように食べ続ける。
嫌な顔もしない。
文句も言わない。
修二は、
その様子をぼんやり見ていた。
「……食えないからって、
捨てちゃ駄目だよな」
しおりは、
小さく頷く。
「失敗した味にも、
意味はありますから」
スライムは、
静かに親子丼を食べ続けていた。
ドンがぽつりと呟く。
「近すぎて、
見えておらんのじゃよ」
修二は鍋を見る。
「何を加えても、
ダメな気がする」
ドンは、
徳利を揺らしながら小さく笑った。
「時間じゃよ」
「時間?」
「冷やしてみるのは、
どうじゃろうなぁ」