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端っこの青春

    あらすじ
    普段クラスの端っこにいて目立たない僕、逆に部活という身内にいる時は中心にいる僕。
    クラスでは目立てないが部活では目立てる、そんな僕の居場所は紛れもなく部活だった。
    そんなある日、文化部にスポーツ万能、容姿端麗、クラスの中心メンバーでありクラスのアイドルでもある江川さんが突然加入し、僕の日常は壊されていく。
    明るくクラス皆から慕われ、バスケ部ではエースである彼女は一体何故突然文化部に入ったのか。今、クラスの端っこにいるぱっとしない男子の青春が始まる。


    1、端


    皆はいいよな。ただただ授業が長いだけだもんな。
    僕はこの後の部活が楽しみでなおのこと授業が長く感じる。
    周りは授業がだるいだの嫌だの騒いでいるが終わった途端に次は部活だるいだの嫌だの騒ぎ出す。わがままか。

    「今日はもう終わりにしてくれよ~」

    「はいそこ!文句言わなーい!」

    クラスの人気者と先生のやり取りによってクラス中に笑いが起きる。

    「はいこの年に発明された物はなんでしょう?」
    「はい!棒アイス!」
    「それは三村くんが食べたいだけでしょ!」

    わはははは。
    再度クラスが笑いに包まれる。僕を除いて。

    棒アイスなんて僕でも思いつく。何が面白いんだ。しかし思いついたとして発言する勇気はと
    てもない。

    そう、授業中発言していいのは先生に指名された人とクラスの人気者だけだ。
    基本無口で内気な僕なんかが発言していいわけがない。

    「真面目にやりましょう。じゃあ次石川くん分かるかな?」
    「電気発電所」
    「はい正解!」

    僕は真面目に正解を答えた。笑いに包まれていたクラスは静まりかえった。
    正解したはずなのに悪いことをした気分だ。

    「真面目だなー」

    そう聞こえたのでぼそっと「ごめん」とだけ返した。何故謝ったのかは分からないが雰囲気に負けて気づいたら謝っていた。

    この空気が嫌いだ。
    こんな事になるなら”ポテト”とでも答えて笑いをとれば良かった。
    いや、そもそも僕がふざけた所で誰も笑いやしない、ただのやばいやつとしか思われないだろう。

    「はーい今日はここまで~ありがとうございましたー」

    ポテトって言ってクラスの皆が笑っている妄想していたら授業が終わっていた。

    「待って皆!」
    「どうした江川?」

    体育委員の江川成美さんがクラス中を注目させた。江川さんはこのクラスのアイドル的な存在。誰かがクラス全体を呼び止める大技は僕には出来ない江川さんみたいな人気者だけが出来る芸当だ。

    「明日体育祭の種目決めするから考えてきてね!」

    「え~だる~」

    江川さんの呼びかけに先ほど先生に問題を当てられ「棒アイス」と答えた彼が反応した。

    「文句言わない!」
    「江川がチアダンスしてくれるなら考えるよ」
    「ばかな事言わないの!」

    クラスの人気者棒アイス君がクラスのアイドル江川さんにツッコまれる事でクラスに笑いが生まれた。

    このクラスは人気者たちの会話で成り立っている。僕には一生出来ないことなんだろうなと周りに合わせて笑った。

    「種目どうする?」

    皆が笑っている中、隣の席の和光泉が普通のトーンで訪ねてきた。
    泉は女子バスケ部のエース。それだけ聞くととても眩しい存在と思えるだろうが実際は案外大人しめ。いわゆるクール系ってやつだ。去年同じ図書館委員会で仲良くなり、今では名前で呼ぶ程だ。

    「うーん走るの苦手だから砲丸投げとかかな」
    「じゃあ私も普段ボール投げるから砲丸投げにしようかな」
    「え!?バスケと砲丸投げはちょっと違くない?」
    「大体一緒だよ」

    絶対笑うところなのに「絶対違うよ!」とまじで返してしまったのを後悔したがその様子を見て笑ってくれたのでまあ結果オーライだ。

    「じゃあ頑張ろう!」

    一通り話が終わった所でクラスは解散した。

    いよいよ待ちに待った部活だ。とはいっても特に特別な行事はなく、ただの通常の部活だがそれですら楽しみなのだ。足取りは軽いまま部室へ向かった。

    部室といっても僕の所属している文芸部は部室という部室がなくてただ図書室の端にある机を借りて部室と呼んでいるだけだが。

    「今日の電気発電所の問題さ、僕がポテトって言ったらうけてたかな?」
    「いやつまらすぎだろすぎだろ。」

    部室に着くやいなや部員の藤崎に今日一日ずっと考えていた疑問を聞いてみたが即答で撃沈し
    た。
    藤崎は同じクラスで同じ文芸部の男子。頭脳も運動神経も超普通で類は友を呼ぶってやつで人間レベルが僕とほとんど一緒だ。

    この藤崎ともう1人橋川っていうカメラ好きな同じく人間レベルが同等の男がいるんだが今日は
    用があり部活はお休みのようだ。

    藤崎の「つまなすぎる」という辛辣な即答っぷりに部員たちが笑っている。
    僕はこの空気が好きだ。

    「ではこの年に発明されたものは?じゃあ石川くん!」

    藤崎がふざけて先生のモノマネをしてきた。

    「はい!ポテト!」
    「くそつまんね-わ!」

    部員たちが笑っている。ここでは僕が中心となって部員たちを盛り上げている。部活でなら人気者になれるので放課後の部室は何よりの楽しみだった。

    文芸部とは名ばかりに本など読まずほとんどただ話して終わる。もちろん本は好きだがそれよりも部員と話している方が楽しい。
    今日もくだらない話をしていたらあっという間に部活が終わった。

    部員たちと駅で離れる最後の最後まで馬鹿話をし、僕一人だけ反対側なので先に電車が来た
    皆を見送って電車を待つ。今日も楽しい日だった。部活のおかげで高校生をこんなに楽しめて
    いる。今日は余韻に浸りながら音楽も聞かずに帰った。

    「何だか楽しそうね」

    思い出し笑いをこらえながご飯を食べているのを見られたのか母がなんとなくつぶやいた。
    そこから今日の一連を話した。
    母には「発明されたのはなんでしょう」の質問に対して「ポテト!」って答えてクラス皆を笑わせた事にして話した。

    「最近の子はそんなんで笑うのねー」

    母には刺さらなかったが僕はクラスで目立っているという嘘の自慢が出来たことで嬉しさが勝った。

    「でも楽しそうでよかった。高校生は人生のピークだからねー」

    母は吐き捨てるように言い、僕は対して気にせずクラスを笑わせた妄想に浸りながら寝むりについた。

     ん??ピークってどういうことだ!?次の日の授業中、昨日の母の吐き捨てた言葉が今になって効いてきた。
    今この高校生という時期が人生のピーク?確かに仲間と共に何かを目指して競い合い、笑い合い、絆を深める。いわゆる青春ってやつを味わえる人生で一番楽しい時期が高校生ってイメージだが。
    え、今僕のピークなのか!?これがピーク!?
    「私も高校生にもどりたい~」と言っていた母を思い出した。

    確かに部活は楽しい。何も文句はない。しかしクラスの自分の立ち位置をみると人生のピークと呼ばれるにはあまりにも華がなさすぎる。
    てかこれがピークだったら僕の人生やばくないか。てか冷静に考えて人生80年時代のピーク
    が18歳!?そんななわけがねーだろ!?そうだとしたら世の中の人ほとんどが消化試合中じゃん!!

    「うちは消化試合ではなく本気で体育祭やりますよー」

    え、、

    クラス中の笑い声が聞こえる。どうやら心の声が漏れていたらしい。頭が真っ白になる。

    「では気を取り直して体育祭種目決めを行います!」

    いつの間にか授業も終わり、体育祭の種目決めが始まっていた。

    悪い癖で油断すると心の声がもれてしまう。クラスで発言できないくせに心の中ではいっちょまえにあーだこーだ言っているのでその言葉たちが世に出るとなると恥ずかしさで帰りたくなる。

    「では消化試合はしてほしくないから石川くん先に好きな種目選んでいいよ!」

    手をグッとポーズにして満面の笑みを浮かべるクラスのアイドル江川さんにクラスがまた一段と沸いた。僕はまだ頭の中が真っ白だ。

    「え!選んでいいの!?やった!さ、作戦通り!」

    焦って変な返しをしてしまった。

    一瞬。クラスの時が止まる。

    うわ、やってしまった。

    普段無口な奴が突然変なボケをかまして変な空気になろうとしている。

    すると瞬間

    「いや嘘つけよ!!」

    江川さんのツッコミがさく裂した。
    クラスの時が再び動き出し、クラスに地鳴りのような大笑いが生まれる。

    僕はクラスでは端にいる人間である。端とは机が端にあるとかいう物理的な端ではなく、あまり目立たないという比喩的な意味での端っこだ。端っこ人間の中には学校なんかクラスなんか興味ないと我が道を歩む者が7割、本当は中心に立って目立つことに憧れをもつものが3割いる。
    僕は確実に後者だ。めちゃくちゃ目立ちたい。クラスの中心で笑いをとりたい。ずっとそう思っていた。

    我に帰るとクラス中が僕の発言で笑っている。
    いや、正確に言うと江川さんのツッコミだが、今はそんな事はどうでもいい。

    「何だよ石川お前おもしれーじゃん!」
    「今まで面白さ隠してたなおい!ナイスボケだな!」

    僕を中心にクラスの皆が笑っている。こんな信じられない光景をみて確かに人生のピークかもしれないと感じた。

    時よ止まってくれ。

    「で、何の種目にすんですか?」
    クラスの笑いを静めるために先生が少し強めに再度聞いてきた。

    僕は今クラスの中心にいる。盛り上がっているクラスの視線を感じる、何か面白いことをいう
    んじゃないかというプレッシャーを感じる。何か面白い種目はないか。
    しかし面白い種目などあるはずもなかった。

    「え、あ、ん~徒競走で」
    クラスの静まりかえる音が聞こえた。
    僕はいつも通りの端に戻った。

    「はーい。じゃあ次は順番に手あげようか!」

    ぱんっと手を叩き、一瞬シーンとした空気になりかけたが江川さんの一言でまたいつも通りのクラスに戻っていく。

    さすが江川さんだ。空気を読むのが上手い。それが彼女が男女共に人気な理由だろう。
    僕は最後こそクラスを沈ませたが、一瞬笑いの中心にいた事実と、江川さんにツッコミをもらうというクラスの端っこにいる男子としてはS級ランクのミッションをクリアし、結果的に嬉しさが勝った。

    「じゃあ決まりだね!私は全力でサポートするから皆で頑張ろう!!」

    少し時間がかかったがこうしてクラス全員の種目決めが終わった。

    「砲丸投げじゃなかったの?」

    隣の泉が聞いていた。しまった砲丸投げにすると言っておきながら頭真っ白になったせいで咄嗟に徒競走を選んでしまった。普通に嘘つきだ。

    「ごめん頭真っ白になって咄嗟に徒競走って言っちゃった。」
    「何してるのも~。まあいいやうちも同じ徒競走にしといた」
    「まじか!なんかごめん!」
    「いやいいよ徒競走仲間として頑張ろう。じゃあまた!」
    「おう、また!」

    泉と話し終えると藤崎が僕を呼び、一緒に部室へ向かった。
    部室へ向かう途中

    「お前今日面白かったなー」

    藤崎がつかさず褒めてくれた。

    「急に消化試合じゃんって言った時は皆ひいてたけどな~」

    昨日は休みだったが今日は復帰した橋川も続けて今日の話題に触れてくれた。

    「いや~俺も終わったと思ったけど作戦成功!は我ながらよくひらめいたよ~」

    クラスでも部活でも僕は基本この2人とつるんでいるいわゆるイツメンってやつだ。
    僕は部室に着くやいなやすぐさま部員に今日の話をする。
    放課後の図書室は誰もこないので話したい放題だ。 

    「でも成美ちゃんが嘘つけぇってつっこまなかったらお前ただのやばい奴だったよ!」

    同じクラスの斎藤あずさが確信を突く。斎藤はザ、メガネ女子。

    「なんだよ自慢げに話してるけどほぼ成美のおかげじゃん!」

    文芸部唯一の隣のクラスの武藤麗はやっぱりなと言わんばかりの顔であきれながら言った。
    武藤に関しては同じクラスになったことないので普段の様子はわからないが去年同じクラスだ
    った橋川から聞くにクラスでも部活でも変わらず明るい性格だという。数人から告白された話
    も聞いたことあるので間違えなく文芸部で一番の人気者だ。確か橋川も武藤のことが好きっだったっけな。

    「てかお前徒競走大丈夫なのか」

    そう。あの時はてんぱって走るのが苦手なのに咄嗟に徒競走を選んでしまった。
    文化部男子で足が速い人などいるはずもなく、徒競走だけは選んではいけない禁断の種目なのを忘れていた。

    「藤崎橋川お前ら無難に砲丸投げにしやがって!!」
    「お前一番に選んだだろうが文句言うなよ消化試合くん!!」

    図書室が笑いに包まれる。僕はこの空気が好きだ。決してクラスの中心にはなれないけど図書
    室の端で行われているこの時間は僕が中心だ。
    入部したてはわずか5人しかいない部活でぎこちない空気が流れていた。しかし武藤麗を中心に徐々になんとか話すようになり、今や夏祭り、初詣などの行事も一緒に行くほどの仲になっている。

    結局部員はこの5人しか集まらなかったが、結果的にこれで良かったと思っている。
    この5人の心地よさったら最強だ。高校の思い出といったら間違いなくこの部活が浮かぶだろう。この5人が僕の居場所だ。ずっとこの関係でいたい。

    ガラガラッ、、

     図書室に誰か入ってきた。
    基本誰も入らない放課後の図書室でたまに利用する人がきたりすると警戒心をだし武藤を除く4人が急に静かになる。
    勝手に鍛えられていった誰にも気づかれぬ速さで誰が入ってきたか確認する力を使い入り口をちらっと見ると思わず二度見してしまった。すぐさま部員たちに目を向けると一人残らずガン見していた。

    そこにいたのは我がクラスのアイドル江川さんだった。

    2、加入編



    「あ!あずさちゃん!まだ文芸部やってる?」

    江川さんが笑顔でメガネ女子斎藤あずさに話しかけた。 

    「え、成美ちゃん!?どうしたの!?まだやってるよ!」

    斎藤もさすがに驚きを返せないようだが何とか返していた。

    「よかった~。あ、石川くんもいるんだ!藤崎くんと橋川くんもじゃん!あ!麗ちゃん久しぶ
    り!」

    ひっそり静かに活動していた文芸部にいきなり光属性の江川さんが入ってきて文芸部男子一同はもちろん何もできず固まっていた。

    「久しぶり!急にどうしたの?」
    そんな男子をよそにいつも通りの口調で話す武藤にこういう時の女子は頼りになるなと感心し、同時に男子勢の情けなさを痛感した。

    「あぁそうそう、今更なんだけど文芸部ってまだ入部できたりする?」

    「えぇ!?」

    一同反射的に声がでた。

    「え?え?ここ文芸部だよ?」

    一同反射的に声がでた。

    スポーツ万能でもあるクラスのアイドルが超少人数文化部に入る訳がない。我らはそんな常識にとらわれているのだ。

    「うわ皆してどうしたの?知ってるよ!」
    「え?え?え?嘘でしょ?えぇあの成美が!?な、何で?」

    さすがの武藤も焦っていた。
    「え〜あー」
    少し困った顔で言いにくそうに言った。

    「うちケガしちゃってバスケ部辞めちゃったんだよね~だから文化部で部活探してて実は本好きだからここに入ろうと思ったんだけどもう遅いな?」

    そういえば体育祭サポート頑張るって言っていたがケガをしてるから出られないってことだったのか。

    「えぇ。駄目じゃないけど、、」

    クラスのアイドルに文化部は似合わないという意味もあるが、今江川さんが入ってきたらこの5人の空気が壊れてしまう。そんな不安が頭をよぎった。いくら江川さんでも正直入って欲しくない。しかし実際に入部は断れないのも事実。入部お断りなどきいたことがない。各自この迷いを考えたその一瞬の間を察したのか 

    「あ~ごめんごめん。厳しそうなら別に大丈夫だよ!お邪魔してごめんね~」 

    少し気まずそうに手を合わす素振りを終えて江川さんがドアに向かった。
    心が痛かった。空気を読める江川さんだからこその優しさで瞬時に判断し自ら帰っていく。
    しかしホッとした自分もいる。卒業までこの5人でいる。いつの日からか当たり前に思ってい
    た事が壊れるのが正直嫌だった。

    「いいよ!歓迎する!」

    ?

    一瞬何が起きたか分からなかった。

    気がついたら橋川が引き留めていた。

    正直むかついた。嫌だった。確かに気を使わせてしまったのはとても心が痛かったけど今まで5人で築きあげていた空気感が壊れてしまう。それを分かっているはずなのに引き留めた橋川にむかついた。

    「え、迷惑じゃないかな、、」
    「大丈夫!ね、皆?」
    「う、うん。」

    うなずくしかなかった。
    「ありがとう!」

    満面の笑みで答えた江川さんの中にも申し訳なさと遠慮が見えた。
    こうしてクラスのアイドル江川さんは文芸部に入部した。

    武藤が文芸部の活動内容を説明がてら名簿に記入など簡単な入部手続きをしている。その他の部員は気まずさを抱えたまま普段読まない本を読んだ。おそらく文芸部に入って初めてちゃんと本を読んだ日になっただろう。

    帰るころになっても誰も何も話さず重い空気のままだった。
    帰りは決まって5人で帰っているが今日は6人だ。このグループに江川さんがいることは当分
    見慣れないだろう。江川さん自身もさすがに気まずそうにしている。

    これが嫌だった。いつもなら5人で何気ない会話している帰っていたのに。

    「成美が本を読むなんて意外だわ~」
    「読むようちだって!」
    「でも俺らは慣れちゃったけど部室が図書室ってびっくりだよね。」
    「それな~成美様を迎えるのに図書室は気が引けたわ~」
    「様ってやめてよ!私は大丈夫、入部できただけで感謝感激」
    「「ならよかった」」

    去年同じクラスだった武藤と橋川が江川さんと話し始めたがその日は結局その3人だけが会話し、他の3人は無口でかなり早歩きだった。
    駅につくといつも通り僕一人だけ別れて皆と反対側の駅へ行く。

    「あ、私もこっちなんだよね。」
    どうやら江川さんはこちら方面の電車らしい。
    空気を壊してしまっている自覚があるのか、気まずそうに言っていた。
    「そうなんですね。」
    少し冷たいトーンで返してしまった。
    「じゃあまた明日な~」
    いつも通りを装いながら橋川たちと別れた。

    急な江川さんの加入。それにクラスの端である僕と中心である江川さんが2人きりで帰る。クラスの男子なら誰もが憧れるシチュエーションだが、今は気分が乗らない。
    すぐに電車が来て電車の待ち時間に話さないといけない気まずさは乗り越えたが電車に乗ってからの会話はなく気まずさが漂う。

    江川さんとは話したことがないわけではない。クラスでも誰隔てなく話しかけてくれる一環で話しかけてくれたことはある。だから今も話しかけてくるだろうと思ったがさすがに申し訳なさがあるのか話しかけてこない。

    「なんかごめんね。急に部活入るとか言っちゃって。」
    意を決したのか、話しかけてくれた。
    「いえいえ、大丈夫です。江川さんが来てくれて嬉しいですよ。」
    本心は言えなかった。言えるはずもなかったが、情けないことにいい人ぶって歓迎の言葉をか
    けてしまった。

    「嫌だったら本当に遠慮せず言ってね!皆の空気も壊したくないし!」
    人の良さが逆に嫌になった。空気壊したくないなら最初から入るなよ。

    そう思ったが当然口で言えるはずもなく「分かりました。」とだけ言ってその後も適当な相槌だけして江川さんの最寄り駅についた。江川さんの最寄りは僕の最寄り駅の一個前の駅らしい。特に会話は盛り上がることはなく軽い会釈だけして帰って行った。

    次の日、部活の空気は江川さんがまだ来てないにも関わらずぎこちない空気が流れていた。

    ガラガラ

    トイレに行ってて少し遅れた橋川が入ってきて江川さんじゃない事に正直ほっとした。
    「あれ、今日なんか静かじゃん」
    橋川が呑気な一言を放った。
    こいつ、、、
    橋川が江川さんを引き止めなければこんな事にはなってなかった怒りがあるが、決して悪いことをした訳ではなくむしろ悪い事をしようとしたのはこちらと分かっているから怒れないのも余計に苛立った。

    ガラガラ
    江川さんが入ってきた。
    お疲れ〜と小声で挨拶してきたのでこちらもお疲れ様と返すがきっと冷たいトーンになってしまっただろう。

    「なんか成美が部室にいるの慣れないんだけど!」
    既に部員として受けいれている武藤がすかさず話しかけた。
    「まだ二日目だからねこれから馴染めるように頑張る!」
    今日も僕と藤崎斎藤はほぼ一言も話さず、武藤橋川江川さんの去年同じクラスだった3人だけが話して終わった。

    早く帰りたい。こう思ったのは初めてだ。
    部活終わり、今日ちょっと見たいテレビあるから走って帰るぞ!と我先に橋川が先頭を切って走り始めた。何となく文芸部は一緒に帰る流れなので江川さん含む文芸部員たちは橋川についていく。

    こいつはどこまで自分勝手なんだと思ったがこれまたすごく悪いことしているわけでもないので怒れずに蓄積された怒りを走りで消化した。

    「何であんたのために走らなきゃいないのよ〜貸しね!」
    と文句を言いながらも武藤はきゃははと楽しんでいる。
    走った成果でいつもより1本早く乗れた。ちょっとだけ橋川に感謝した。
    しかし案の定江川さんと2人きりで電車に乗るが会話はない。
    何でこんな気まずい思いをしなきゃいけないんだ。
    いつもなら楽しい部活だったのに。楽しく帰ってたのに。どうして今更入ってきたんだ。どうしてわざわざ文芸部を選ぶんだ。

    「そうだよね。本当にごめんね。」

    「え。」

    頭が真っ白になった。
    「やっぱり入るの辞めるね!皆に迷惑かけてまで入りたいとは思ってないからさ!」

    やってしまった。心の声がでていたらしい。
    「ち、違う今のは違う!なんていうかほんとごめんなさい!」
    「遠慮しないでって言ったでしょ!本心が聞けてよかった!」
    「あぁ、いやぁ。」

    自分が情けない。本人に直接言えないくせに心の中では愚痴ばっか、そのくせいざ口に出してしまったらただ謝るのみ。

    これ以上、言葉が浮かばずただ沈黙のまま江川さんの最寄り駅についた。
    「それじゃあまた明日ね!」
    無理に明るく言っているようだった。
    「また」
    何も考えられずつぶやくように返した。謝った方がいいのは分かってはいるが頭が真っ白で何も行動が出来ない。

    どさっ。
    頭が真っ白の最中に大きな音が聞こえ現実に引き戻される。そこにはホームに倒れこんでいる江川さんがいた。
    「大丈夫ですか!?」
    反射的にホームへ降りて駆け寄った。
    「大丈夫だよ!ちょっと転んだだけ」
    「ならよかったけど。」
    電車のドアがしまって発射していく。

    「わざわざごめんね。電車行っちゃったね。」
    「大丈夫ですよ。いつもより一本早いの乗ったから次がいつも通りのやつですし」

    問題ない様子でほっとしたがすぐに我に返って江川さんは体育祭でられないどころか部活を辞めなきゃいけないほどの怪我をしているんだといことを思い出す。
    怪我の痛みで転んでしまったのかもしれない。

    「まだ痛みますか?」
    「大丈夫大丈夫!心配かけてごめんね~」
    実は前に怪我をして泣いてる江川さんと遭遇したことがある。その時は同じバスケ部の和光も一緒に怪我をしている様子だったが、和光は既に復帰して部活をやっているようなのでてっきり江川さんも治っているもんだと思い込んでいた。
    それに今日は橋川が無駄に走ったせいで無理させてしまっていたはずだ。

    「嘘ですよね!?まだ痛そうですし言ってくれれば皆で走らなかったのに!」
    「ん~入部したばっかだから迷惑かけれなくて。ごめん!」

    手を合わせながら謝っている。皆に好かれている理由が分かった。クラスを引っ張ってくれる存在だけじゃなく気遣いできて人の為に自分を犠牲に出来るる人だ。
    江川さんが倒れた反動で落としたカバンからは僕ら部員一人一人の名前と好きな本のメモ、そして部室申請書が出てきた。

    え、

    「あ、見ちゃった?恥ず!昨日名簿記入するころに書いてあったから読んで話して早く皆と仲良くなりたいなって思っただけ!ストーカーじゃないからね!」
    それよりも文芸部の部室を交渉してくれていたことに驚いている。
    僕たちのためにここまでしてくれている人を拒否しているなんて自分が惨めに思えてきた。

    「僕たちのために、、これからは遠慮しないで足痛かったら言ってください!同じ部員じゃないですか!」
    咄嗟に出た言葉ではあるが、自分の手の平の返しように笑けてくる。
    江川さんも驚きの表情をしているが切り替えて
    「あれ~どうしてわざわざ文芸部を選ぶんだって言ってたのに~」と笑いながら言った。
    「それはその、冗談です」
    「嘘つけ!!」
    昨日の種目決めに引き続き二度目の噓つけツッコミをもらった。

    「先ほどはごめんなさい。」
    笑い終えた後、改めて謝罪した。
    「じゃあ痛みが引くまで話し相手になってくれたら許す!」
    僕という人間はなんてしょぼいのだろう。部員は断固5人派で昨日の今日まで入部は反対だったのに、ちょっと可愛くて愛嬌あっておまけに気を使える子と話したらすでに入部を認めそうになっている。

    体育祭の種目決めのこと、好きな本のこと、次の電車が来ても構わず話を続け気づいたらあっという間に時間が経っていた。クラスのアイドルと二人きりで話している。そんな緊張感も忘れるくらい自然と話が進んだ。

    夢心地でほとんど会話の内容は覚えてないがその日の夜はすごく寝れた。
    「まだ信じられないよなーあの江川さんが僕らと同じ部活だぜ?」
    次の日の休み時間、僕の席へ着てくれた橋川藤崎につぶやいた。
    今もなおクラスの中心グループたちと話している江川さんをみながらぼんやりつぶやいて話している。

    「お前帰り話せてるか?」
    橋川が興味しんしんに聞いてきた。
    「それがよ~僕が駅で転んで介抱してくれてしばらく一緒に話してたんだよ!」
    「どんな展開だよ!転んだとかださすぎるだろ!」
    江川さんがケガをしている事は黙って自分が転んだことにした。

    「なんだお前すっかりいい気になって。俺は正直5人のままが良かったよ。」
    藤崎がそうつぶやき僕と橋川の会話が止まった。
    とうとう部員誰もが思っていたけど口には出せないことを言った。
    「わ、わりぃ。俺が出しゃばったばかりに。」
    一応謝る橋川。出しゃばったという自覚が橋川にもあったのかと驚く。
    「もう謝られても遅いよ」
    ぴりついた空気になる。
    「まあまあ、落ち着けよ。入部は断れないものだし仕方ないよ」
    何とか落ち着かせようと正論を言った。
    「石川、お前だって一緒に帰れてデレデレしちゃってなんだよ。」
    藤崎のスイッチが入ったのか段々と熱を帯びてきた。


    「はぁ!デレデレとかそう言うのじゃないし!てか江川さん本当に本が好きだし、それに優しい人だよ!僕たちのために部室作ろうと交渉してくれてたんだよ!」
    「自分も部室ほしいだけだろ何だよ俺らの気持ち考えずもう江川さん派か!?」
    「そんな言い方はないだろいい加減にしろ!」
    「いい加減にするのはお前だよ!!」
    「落ち着け!!!」
    僕と藤崎の言い合いを止めるつもりで橋川が本を叩けつけようと腕をあげたがそのまま手が滑
    って本が真上の蛍光灯に当たった。

    パリーン。

    蛍光灯が割れるにしては地味な音だったがちゃんと割れてちゃんと騒ぎになった。
    割れた瞬間はスローモーションに見えた。そんな事よりこんな普段クラスではおとなしい集団が身内の揉め事でクラスの注目になることが恥ずかしかった。

    「皆大丈夫!?」
    すぐさま江川さんと隣の席の泉が駆けつけてきた。
    みっともなかった。男子3人がなにも出来ず固まって女子に助られる。何も出来ないままただ呆然と固まることしか出来なかった。

    「おいどうしたー!!」
    偶然そこにいた先生がやってきた。運が悪い。いやどの道バレていたか。
    「こりゃひどいな。そこの4人とりあえず職員室へ来い。」
    割れた蛍光灯の下にいた僕と藤崎と橋川だけじゃなく、駆けつけてくれた江川さんまでも巻き
    添えで呼ばれた。
    「ちょっと待って先生!江川は関係ないよ!」
    江川さんと話していた中心グループの1人が呼び止めた。
    「そうなのか?」
    状況をよくわかっていない先生が視線をこちらに向ける。
    「いえ!関係あります!ついて行きます!」
    江川さんはそういって一緒についていった。
    呼び止めた江川さんの友達は不思議そうにしていたが責任感のある江川さんの性格を悟ったようにこれ以上はツッコまなかった。

    職員室では体育祭にむけての会議が行われるそうで慌ただしい。
    「お騒がせしてすいませんでした。」
    第一声に江川さんが頭を下げて僕と橋川も慌てて頭を下げた。藤崎も遅れて頭を下げる。
    「お前ら確か文学部だったよな。今日は忙しいから明日詳しく聞くな。とりあえず今日は部活
    禁止。掃除もしとけよ」
    忙しかったのか、それでけ言って終わった。

    教室へ戻るとクラスの皆は帰っていた。
    僕らが職員室にいる間に帰るよう指示されたのだろう。

    「大丈夫か?」

    わざわざ残ってくれていた泉が心配した様子で尋ねてきた。

    「まじ迷惑かけたごめん!でも大袈裟に見えるだけで大した事ない!大丈夫!心配してくれてありがとう!部活頑張ってな!」

    「なら、よかった。そっちも何かと頑張って!」

    と告げて泉は部活に向かった。

    「どうしたの」

    そしてもう1人同じ部活の斎藤が教室に残っていた。

    「わりぃ。部活なしになっちゃった。」
    結論だけ先に伝えた。
    「じゃなくてどうしてこうなったのか聞いているんだけど」
    斎藤の口調はいつもと変わらないが内心怒っているように感じる。
    藤崎橋川はなにも喋らずただ黙ってるだけだった。
    「ただ手が滑っちゃっただけだよね。皆大げさだよ。」
    蛍光灯を割った本人である橋川が何も喋らずただ駆け寄ってくれた江川さんにフォローされているを見ていて怒りが込み上げてきた。

    「ごめん成美ちゃんには聞いてない。男子三人に聞いているんだけど」
    いつもと変わらない口調を意識していた斉藤だが、とうとう強い口調になった。さらに空気が
    重くなる。
    「江川さんは悪い事してないんだからそんな言い方ないだろ。」
    僕はつい我慢できず極力いつも通りを意識した口調で言い放ったがきっと斎藤同様強い口調になってただろう。

    「悪い事してないなら行かなきゃいいじゃん。もう文芸部代表のつもりなの?というか私はまだ入部認めてないから」
    「だからそんな言い方、、」
    「ごめん!!!」
    冷静さを忘れて言葉を発しようとした僕を割って江川さんが大声で止めた。

    「本当は石川くんたちの会話少し聞こえてた。私なんだよね原因。私が急に部活はいるとか言い出しちゃったから何か空気乱しちゃったね。でも安心してこの事件が解決したら辞めるから!出しゃばってごめんね!」
    何も言えなくなったのか斎藤はしばらく無言でいたがやがて何も言わずもくもくと立ち上がり教室を出て行った。

    入部して以来初の喧嘩に部員一同どうしていいか分からずただその場で立ち尽くしていたが、しばらくすると蛍光灯を割った張本人橋川が何も言わず教室を出て行った。
    「待てよ橋川!」
    そういいながら藤崎が追いかけていった。

    僕と藤崎の言い合いを止めてくれようとした橋川には悪いが、仮にも蛍光灯を割った張本人が掃除もせず責任から逃れるために教室をでていったことに呆れて僕は追いかける気はなかった。

    教室は江川さんと2人きりになった。さすがに無言のままって訳にはいかず話しかけた。
    「江川さん気にしないで全然辞めなくていいからね!」
    「あ、うんありがとう。石川くんは優しいね。」
    少しでも不安にさせないように作い笑いで答えてくれた。
    「優しいのは江川さんだよ!一緒に謝ってくれてありがとう。変に巻き込んでごめん。」
    「大丈夫大丈夫!むしろこちらこそ余計な事してごめんなさいって感じ!皆の役に立てるかな
    って思って一緒に謝りに言ったけど余計な事しっちゃったな。あ、あずさちゃん一人で寂しい
    と思うから行ってあげて」

    どこまでいい人なんだ。関係ないのに駆けつけてくれて謝ってくれてさらに逆切れされたのに斎藤の心配までしている。

    「ごめん!ちょっと行ってくる!」
    正直ただ怒って帰る斎藤には呆れているが、心配なのも事実だしなにより江川さんの優しさに答えたくて走り出した。
    急いで帰り道に行ったが斎藤の姿は見えなかった。
    帰り道にいないとなると部室一択だと思い部室に向かった。

    「やっぱここか。」
    ビンゴ。斎藤は一人で座っていた。
    「今日部活休みでしょ。何しにきたの。」
    「落ち着いて話しがしたい」
    こういう時はとにかく冷静になる。言い合いの時は感情に身を任せてうまくいったためしがない。無論言い合いなんて母ぐらいしかしたことないが。

    「話すも何も成美ちゃんが原因で男子たちが喧嘩しただけでしょ?ほんと男子ってくだらない」
    「じゃあ江川さんは悪くないと分かっているならそんなに強く当たる必要はなかったんじゃないのか。」
    「さっきも言ったけど石川たちが先生に呼ばれた時だってもう文芸部代表ですみたいな顔でわざわざついていくし正直ムカついた」
    「それだけか!?それだけで強く当たるのは違うだろ。何もしてないのに謝ってくれたんだぞ。」
    「だからその出しゃばりが嫌なの!!」
    「じゃあ斎藤もいけばよかっただろ!」
    「なんでよ!普通行かないから!おせっかいなだけ!てか何なの?何で成美ちゃんをかばうの?いつの間に味方になったわけ?正直5人とも入部反対だと思ってた。何?好きなの?やっぱ男子は可愛い子の味方だよね。」

    斎藤は怒るとめんどくさくなるタイプらしい。初めて知った。いや焦ってめちゃくちゃな事を言っているような気がする。数年後に今この状況を振り返ったらきっと恥ずかしくなるやつだ。

    「そうゆう事じゃない。あれは僕と藤崎のくだらない喧嘩で蛍光灯割っちゃったのに江川さん
    が一番に謝ってくれたから怒るのはおかしいって話。確かに斎藤の言う通り出しゃばったと言われればそうかも知れないが謝ってくれたのは事実だろ。」
    めんどくさくなるタイプは一部でも肯定をしてあげるといい。いつかテレビで女性タレントが言っていた事を思い出して「斎藤の言う通り」と肯定の文をつけたした。

    「謝るのがそんなに偉いわけ?そもそもは成美ちゃんが文芸部に入って来たのが原因で喧嘩したんでしょ。じゃあもう成美ちゃんのせいじゃん」
    「斎藤の言う通り」肯定作戦は全く響かなかったがどうやら斎藤はテンパってめちゃくちゃな事を言っている気がするのではなく、めちゃくちゃなことを言っている事が確定した。
    「それ本気で言っているのか。江川さんは本当に本が好きで文芸部を選んだだけの話。これの何が悪いんだ?」
    しばらく沈黙が続いた。
    「僕も最初は正直嫌だった。でも本当に本が好きで、僕ら一人一人と仲良くなるためにわざわざ皆の好きな本覚えて読んだり、僕たちのために新しい部室の交渉をしてくれているみたいなんだ。そんないい人を怒るのは違うだろ?」
    その後また沈黙が続いたがやがてあきらめたように言葉を吐き捨てた。

    「分かってるよ!成美ちゃん悪くないことくらい!ただ5人でいたかっただけだよ。私のただ
    のわがままだよ。」
    意を決して話してくれた。僕もずっと5人が良かった気持ちが分かるからこそ、これ以上は強く攻めなかった。
    「分かってくれてるなら良かった。部活のことは後でじっくり話し合おう。僕も強く言い過ぎた。ごめん。」

    相手の反省が見えた所で攻めずにあえてこちらから謝る。これが仲直りの最速の道だ。

    「こちらこそ。」
    終了。
    「教室戻ろう」
    「うん」
    その後教室に向かったが既に江川さんはいなかった。
    あるのはガラスの破片など一つもない綺麗な教室だけだった。

    「まさか成美ちゃん一人で掃除してくれたのかな、、」
    「かもしれない。明日ちゃんとお礼も言わなきゃ」
    「謝らなきゃ」
    江川さんは一体どこまでいい人なんだ。気味が悪いくらいだ。斎藤も心から反省しているようでほっとした。
    罪悪感を抱えたまま斎藤と2人で帰った。斎藤と2人きりで帰るのは初めてだが言い争った後というのもあり特に会話せずそのまま駅へついて別れた。
    藤崎と橋川に関しては姿を見かけることもなくどうなったか少し気になっていたがわざわざメールするほどではなかった。
    家に帰るとメールが来た。このタイミングでのメールは藤崎からだと思ったが相手は武藤だった。

    『え?皆部活辞めたの?部室うちだけなんですけど?ドッキリ!?』
    別のクラスのため蛍光灯事件で部活が中止になったことを知らず一人で部室に向かったであろう武藤からのメールがこの空気を読まず叫んでいた。事件を知らないのだから空気を読むもなにもないし申し訳ないけどちょっと空気読んでくれと思った。
    「今日は部活中止。」

    と雑に送って何分後かに通知が来たが僕はスマホを開くのを辞めて寝た。本当にごめん。

     目覚ましより先に目が覚めた。ガラスの騒動後初の学校だ。今日この家に帰るころには全て解決してますように。そう思いながら家をでた。気持ちは部活動夏の公式戦に向かっているような緊張感だった。ちなみに運動部にいたことはない。

    教室に入るとクラスはいつもと変わらない様子だった。昨日蛍光灯を割ったことで冷めた目で見られるのかと覚悟していたが僕ら程度の人間が蛍光灯を割っただけでは騒ぎにならなかった。自分の影の薄さに少しほっとした。

    「昨日大丈夫だった?」
    唯一泉だけが心配してくれた。
    「うん大丈夫だよ!ありがとう!」
    と表面上は平気なふりして返した。
    「石川くん行こうか」
    するとすぐに江川さんが話しかけきた。

    そう、僕らは朝礼で蛍光灯割ったことをクラス皆に謝るよう言われている。その前に僕と藤崎と橋川、そして江川さんは職員室に集まるよう言われていた。待ち合わせ時間は喧嘩状態なのでなにも決めていない。そして今藤崎橋川はクラスにいない、先に集まっているのだろうか。

    江川さんが僕と一緒に教室を出るのを泉が不思議にそうに見ているのを感じたので教室をでるまではなんとなく無言だったが教室をでた瞬間
    「昨日一人で掃除させて本当にごめん!助かりました本当にありがとう!」
    と全力で謝った。

    「あぁ気にしないで!私にはあずさちゃんや橋川くんを止めることは出来ないから私に出来ることをやっただけ!こちらこそあずさちゃんをありがとうね!」
    この人は人の良さの底が知れない。
    江川さんの周りに人が集まる理由がよくわかる。この人はどこにいっても誰からも愛されるのだろうなと感じた。

    職員室には既に藤崎橋川と、そして同じ部員だからという理由で斎藤がいた。
    3人とも何やら言いたげだが言いにくそうにしている。
    「おまたせ。昨日は余計な事してごめんなさい。」
    そんな3人をおかまいなしに江川さんは即座に3人に謝罪した。
    本来こちらが謝るべきなのに先に謝られた罪悪感があるのか江川さんが頭を上げた瞬間。

    「いや謝るのはこっち!昨日はひどいこと言っちゃって本当にごめんなさい。」
    と斎藤が深々と頭を下げた。
    「お、俺もごめんなさい」
    「すいませんでした!」
    どういう風の吹き回しでこいつらが謝る気になったのかは分からないが現在江川さん1人に3人が頭を下げている。

    「ちょっとちょっと皆やめてよ!大丈夫だよ気にしないでよ!そんな謝られたら私いいじめてるみたいじゃん!こちらこそいきなり部活入るとか言って混乱させちゃってごめんね!」
    「なんでそんな、、」

    そう言いながら斎藤は崩れ落ちてた。
    悪いことしたのはこちらなのに決して悪いように言わない優しさにたまらなくなったのだろう。

    「なんでそんな優しいの。成美ちゃん本当にごめん。私なんてことを、、」
    「気にしないでよ大丈夫だよ!」
    「昨日の掃除もありがとう。その後先生にも一人で謝りに行ったんでしょ。今日先生が言ってた。事情は分かったからクラス皆に謝ったら部活やっていいって。上手いこと事言ってくれたんでしょ。なんでそこまでやってくれるの」
    「私に出来ることをやっただけだよ!皆に迷惑かけちゃったし、石川くんたちの喧嘩も私がいなかったら起こらなかったわけだしこれぐらいはやらせて!」
    たまらなくなった。まさかここまでやってくれていたとは。本人なりに責任を感じていたのだろうか。悪いのは天地がひっくり返ってもこちら側なのに。このことを朝に聞いた3人はたまらず昨日のことを後悔している様子だった。当然昨日の怒りもとっくに冷めているようだ。

    「そ、掃除もありがとう。」
    昨日口を開かなかった橋川もさすがに謝ってそして感謝している姿をみてほっとした。

    「成美ちゃん部活、来てね。」
    「いいの?」
    「もちろんだよ!」
    4人とうなずいた。
    「ありがとう!こうなれたのも蛍光灯割ったおかげだね!橋川くん割ってくれてありがとう!」
    「い、いいえ」
    「おいお前いい気になるなよ江川さんの優しい冗談だよ!」
    恥ずかしくてまともに返せてない橋川に藤崎がつっこみ、少しだけ場が和んだ。
    「お、準備は出来たようね。まあ気軽にね」」
    先生が職員室からでてきて6人で教室へ向かった。

    僕はまだ藤崎と話さなかった。確実に謝れば仲直りする空気だったが向こうから謝ってくるまで謝りたくない変なプライドが邪魔をしていた。
    なんとなく橋川が心配している様子で見ていてくれたが、クラスの皆に謝るという超最難関ミッションに挑戦する緊張で各々が無言になっていた。

    ガラガラガラ
    一旦息を整えるとかはなく歩きのスピードを落とさずそのまま先生がドアを開けて教室へ入る。先生とは違いこっちは緊張しているんだ一瞬心の準備をさせてくれと思ったが
    「ごめん皆ちょっと聞いて!」 

    と教室はいってすぐさま僕らより先生より先に江川さんが先陣を切って声をかけた。本来事件を起こした僕らがやるはずのことなのに情けないことに江川さんに頼ってしまった。

    江川さんの一言で視線が集まる。江川さんの隣に普段目立たない男子3人と女子1人が一緒にいる光景をみてさすがにざわついている。

    「文芸部から昨日電気割っちゃったことについて謝りたいの!」
    「なんで江川がしきってんの?」
    クラスの男子からの当然の質問だった。

    「あ!私も文芸部だから!」
    一瞬クラスが静まり返った。

    「えぇぇぇえ!!!」
    クラス中が驚いている。当然か。改めて江川さんは文芸部にいるイメージはないこの反応がその答えだ。

    「で?いいんだよね?」
    と少し笑いながらこちらに確認する江川さんに
    「もちろん!」
    と少し笑いながら返した。
    「嘘でしょ!?文芸部はいったの??」
    「以外すぎる!」
    「似合わねぇ~本とか読まないでしょ」
    様々な声が飛び交う。
    「おい誰だ今本読まないとか言ったのは!」
    江川さんがツッコむ事で一気に明るい雰囲気にしてくれた。
    江川さん抜きの4人では確実にこうはならない。

    「てか成美が蛍光灯割ったわけじゃないじゃん!」
    そうだそうだという空気が流れる。
    「まあそうだけど同じ部活だし、連帯責任てきな?」
    さすがに空気が重くなりかけたその時

    「すいませんでした!!」
    急に橋川がクラス内では聞いたことないくらいの声量で謝罪した。
    いきなり来たもんだから僕たち含めてクラス中が少しびくっとしたがそれに続いて文芸部一同で謝罪した。
    正直申し訳なさより恥ずかしさが勝っていた。

    「いいよいいよー。」
    「お前らのおかげで授業つぶれたしなーむしろありがとう!」
    「また割って授業つぶしてくれー」
    「こら変なこといわないの!」
    てっきり重い空気になるのかと思いきや笑いに包まれている。

    いいクラスだ。

    「石川うるせーぞ当たり前だろ!」
    また一段と盛り上がるクラスに疑問をもち横の藤崎に目をやる。
    「お前また心の声出てたぞ。いいクラスだって」
    「はっず、、」
    「ばかだな、、」
    そういって藤崎は静かに笑った。それをみて安心したように橋川も笑った。男子の喧嘩なんてこんなもんで解決する。

    「確かに俺らいいクラスだよな!」
    クラスの中心男子が言い、皆がうなずく。
    「よしこの調子で体育祭頑張るぞ!!」
    「おおー!!」
    蛍光灯謝罪事件は重い空気になるどころかかつてない盛り上がりを見せた。

    3、体育祭編



    「で、何があったわけ」
    放課後部活では一人違うクラスの武藤が興味ありげかつふてくされながら聞いてきた。
    「まあまあ終わったことだし!ねぇ?」
    江川さんが話をそらす作戦もむなしく武藤は止まらない。
    「まあまあじゃないよ!連絡ぐらいしてよ!いじめられてんのかと思ったわ!!」
    「蛍光灯割って部活なくなりましたごめんなさい~。」
    めんどくさい雰囲気全開で橋川が話を進める。
    「おいおい適当になるなうちの中ではまだ事件中なんだよ!蛍光灯割ったのは聞いたよ!何で
    そうなったのか教えてよ!?」
    「俺と石川でふざけて本の重さ測定してたら手を滑らせて割っちゃった。」
    橋川がむちゃくちゃな誤魔化しで説明する。
    「そんな事ある!?ばかなの!?まああんた達ならやりかねないか、、」
    武藤。お前も中々のばかだ。と思いつつ謎の納得をしてくれて感謝もした。

    「あ、改めて成美ちゃん部活はいるって!」
    斎藤が仕切りなおす。
    「本当にはいるの!?」
    武藤は皆の顔を見た。武藤と江川さんは去年同じクラスで仲も良く普通に友達で武藤自身江川さんの文芸部加入は別に問題なかった。しかし他の皆は江川さんとは合わないんじゃないかと武藤は悩んでいたが今皆の顔つきを見てほっとしたように察した。

    「分かった!じゃあ改めてよろしくね!」
    「皆よろしく!」
    よろしくー!
    一同言い合った。
    こうして正式に文芸部は6人となった。
    今日の帰り道は男子グループと女子グループに別れていた。
    「てか手を滑らせるってどういうこと!?ばかだねー」
    「割り行ったんじゃないかというくらいドンピシャな場所だったから運悪すぎ」
    「花火みたいだったなー」
    とすっかり江川さんを交えて女子同士で会話している。

    「花火かいいね~皆!今年こそ花火いこっか!」
    江川さんの花火発言で閃いた武藤が皆に向けていった。
    「いいねー!いこう!」
    「決まりー!」
    満場一致で即刻決まった。
    「まあまだ先の事だから体育祭頑張ろうね!」
    「武藤嫌なこと思い出さすなよ~」
    そう。一見体育祭は楽しい行事かと思われるが、文化部員にとって体育祭とはテストより嫌な行事なのだ。
    「え~体育祭楽しみじゃん石川くん消化試合じゃだめだよ!」
    江川さんの消化試合いじりに部員一同笑う。早くも江川さんは馴染んでいる。クラスでも部活でもやはりこの人はどこにいても馴染む才能があるのだろう。

    駅で橋川たちと別れた後もこの前のようなぎこちなさはなく話せた。
    「私本当に部活入って良かったのかなー」
    「大丈夫だよ!部室申請や蛍光灯の事件でこんな優しい人いないって皆言ってたし皆大歓迎だし嬉しそうだったよ。」
    「石川くんは?」
    「え、、」
    「石川くんも嬉しいと思った?」
    「う、うんもちろん」
    「よかった。」
    嬉しそうに笑ってる。戸惑っている僕に笑っているのもあるのだろう。
    「朝あずさちゃんがいたのびっくりした!あれ、石川くんが説得してくれたんだよね。さすが石川くんだね!石川くんのおかげ!ありがとう!」
    「いやいや江川さんが掃除してくれてたから斎藤も心入れ替えたんだよ結局江川さんのおかげです!」
    「そんなこといったら蛍光灯割った橋川くんのおかげになっちゃうよ!」
    「それだけは違う!!」

    二人で笑いあった。笑いながらいう江川さんにみとれそうになった。危ない。しかしこんな訳の分からない会話さえ江川さんとなら楽しい。時間よ止まれと心から思ってしまった。

    「そーいえば石川くん達の喧嘩の内容ちょっと聞こえちゃったんだけど。石川くん一昨日私と帰ってデレデレしちゃってたんだって?」
    まさかそこも聞かれていたとは。
    「え、あ、あれは違う藤崎がそう言っただけで決してデレデレしていない!」
    「ちぇっ、なーんだ」
    一体どういうつもりで言っているのだろう。まあふざけているに決まっている。
    考えている間に電車が来た。反応に困っていたのでナイスタイミングだ。
    電車がくると不思議と話がリセットされた。というよりした。
    「歓迎会どこ行こうか?」
    「焼肉っしょ!!」
    「江川さんぽいねー!」
    「私焼肉のイメージあるの?」
    「いやなんか元気!ってイメージ」
    「それただのばかみたいじゃん!」
    「違うの?」
    「うわ!言ったな!正式に入ったばかりの部員に!パワハラだ麗に報告!」
    「それだけは、、」
    もう一度言う。時間よ止まれ。
    クラスでは遠い存在だが帰り道はこんなにも近い存在で話せる。話してみるとこんなにも話しやすい。僕は最初なにを嫌がっていたのだろうか。
    時間は止まるはずもなくむしろ早く進んだのごとくあっという間に江川さんの最寄りについた。

    2人きりで話していた時間は夢のようで、見えなくなるまで見送ってくれる江川さんをみながら余韻でぼーっとしていた。寂しかった。江川ロスが半端なかった。もっと話したかった。正直に言おうこれはもう多分好きだ。我ながらちょろい。しかしこれは流石に仕方ない。愛嬌あって人思いで責任感あっておまけに可愛くてこれはもうどう考えても好きになってしまう。しかしこれはいけない事だ。僕はクラスの端っこ、江川さんはクラスの中心。身分が違いすぎる。本来話してはならない。ここまで違いすぎると逆になんも悔しくはない。気分は好調のまま帰宅した。

     次の日冷静な目で改めて江川さんを見てみると江川さん中心に多くの友達と話しているのを見てその人気っぷりに僕が好きになっちゃだめだと昨日の浮かれていた自分を殴った。

    「江川が文芸部はいったのっていつなの?」
    「本当につい先日。まだ慣れないよ。」
    「なるほどねー」
    江川さんに対して僕の話し相手は隣の席の泉のみ。江川さんと格の違いを思い知らされ少し落ち込み気味だ。

    「お話し中ごめん!石川くんそろそろ部活だから一緒にいこ~」
    「お、おう」
    さすが江川さんといったところか、話を割る形で部活に誘われた。

    しかし一緒に部室に向かうお誘いなら女子同士斎藤に言えばいいのに何故わざわざ僕を誘ったのだろうか?
    もしかして僕と一緒に部室に行きたいんじゃないかというキモイ妄想をする。

    「あずさちゃんもいこうよ~」
    答えは簡単。ただ単純に部員の中で僕が一番近くにいたというだけだった。
    昨日から変な意識をしてしまい、勝手に期待しては勝手に落ち込んでいる。恋というのはこうなのか。

    「じゃあまた」
    「また」
    泉に別れを告げ江川さんと斎藤とともに部室に向かった。橋川たちも後からついてきた。

     その日の部活では体育祭の話題で持ちきりだった。
    「麗ちゃん体育祭何出るの?」
    「リレーでるよ!」
    「さすがーだねー文芸部の星よなー」
    そう。僕らの部活は文化部のイメージ通りの運動苦手集団だ。リレーなどという体育祭で最も盛り上がる種目なんて出たことがない。がしかし武藤は王道のリレーを選ぶあたり頭一つ抜けている。
    世の中顔もよければ運動も出来る。何て不平等なのでしょう。

    「そういえば今年は私が入って部員6人になったから部活対抗リレーでれるね!頑張ろう!」

    「「えっ、、、」」

    部室の時が止まった。
    部活対抗リレー?
    文化部にとってこれほど嫌な言葉はない。もちろん運動部と文化部で別れてリレーだが、運動しない部活に運動させるとはただの罰ゲームではないか。

    「成美ちゃん怪我で走れないんじゃ?」
    斎藤が思わず江川さんに聞いた。そうだ!それがあった!いや怪我してくれて良かったなんてこれっぽっちも思ってはいない本当に。ただリレーに出なくていいという希望が見えた。斎藤はきっと優しさで聞いたのではなく、ただたんにリレーをやりたくない理由を探していただけに違いない。僕にはわかる。

    「あ~長い時間走っちゃだめなだけで少しなら平気だから心配しないで!!」

    希望が失われた。

    「楽しそうじゃん!頑張ろうよ!!」

    追撃で武藤が余計なことをいう。

    「そうだよ!うち男子が3人もいるし文化部なら勝てるよ!」
    そうなのである。だから嫌なのもある。文化部同士で走るので相手は吹奏楽部や美術部というほとんど女子だ。
    石川藤崎橋川文化部男子三人組は当然のことながら運動が苦手で、もちろん足も遅い。男子の中では下から数えたほうが早い。
    しかし男女の筋肉の体格差というものによって女子に比べたら速いし、きっと速いと思われている。

    そこでだ、仮に女子に抜かされたりしてみろ。もうかっこ悪いにも程がある。対して女子を抜かすのも男子の中じゃ遅いくせに何粋がってるのと炎上間違えなし。そう、どんな結果でもマイナスでしかないのだ。

    「まあもうエントリーしちゃったんだけどね~」
    「「え、、」」
    こうして体育祭までの絶望のタイムリミットが始まった。

    体育祭まで残り1週間。各クラスTシャツやら縄跳びの練習やらで忙しくなってきておのずと皆
    が部活にでるのが遅くなってしまう。
    江川さんに関しては体育祭の実行委員で打ち合わせやらなんやらであまり部活にでれていない。

    「なんか成美ちゃんいないの寂しいな~」
    部室で斎藤がつぶやいた。
    「なんかもう速攻でうちらに馴染んだよね。」
    武藤が笑いながら返していた。
    確かにそうだ。最初こそ戸惑ったが今ではもう壁はなくすっかり文芸部の一員だ。

    「てかさー。俺らリレーどうするよ」
    藤崎が現実を突きつけてきた。
    がらがらっ。
    「皆!練習いこ!」
    久々の登場とは思えない第一声であり、図書室とは思えない声量だが、江川さんらしくて部員たちが笑う。
    部員の一員どころか、もはや部員のムードメーカー的な存在でもある。

    「くそ~腹くくってやるしかねぇ!」
    リレーの練習は6人集まってからやらなきゃ江川さんが可愛そうという理由でやらなかったが、まあそれは練習したくないというただの言い訳なのは明白で、とうとう江川さんが現れたので部員一同腹をくくって練習に向かった。

    「皆気合はいってるね!よし!打倒女バス!勝つぞ~!」

    「「え」」

    「俺たち文化部部門じゃないの?」

    実は一番リレーを嫌がっている藤崎が一秒にもみたない速度で質問した。

    「あーなんか今年の文化部リレーに参加する部活多いから男子の多いところは女子の部にまわされるらしい!」

    「まじか~」
    藤崎が絶望しているのも分かる。先ほど女子相手だと勝手も負けても嫌だと言ったが、実際には負けるほうがダメージは大きい。しかも女バスなんてほぼ男子だ。もちろんいい意味で。普通に僕たちより早いに違いない。

    「もういい!!どうにでもなれ!おし!走る順番決めよう!」
    橋川がもうやけになって仕切り始めた。
    順番決めになったとたん一番最初に話し始めたのは斎藤だ。
    「さすがに男子3人の方が早いと思うから前半女子で後半男子ってのはどう?逆転勝利的な!!」
    するとすかさず藤崎が反論した。

    「いや、最初に飛ばして余裕持って勝利の方がいいんじゃない?相手も焦ってミスるかもだしだから男子前半はどう?」

    斎藤と藤崎の意見が真っ二つに割れた。しかし僕にはわかる。根っからの文化部が一番嫌なのは負けることよりも抜かされることでもなくアンカーになることだ。アンカー。それは限られたごく一部の人しかなれないいわば一番の注目株。リレーなんてほぼアンカーしかみていない。つまり一番目立つアンカーにだけはなりたくないのだ。こいつらそれが分かって自分がアンカーにならない意見をだしやがって、、、

    しかし藤崎の意見が通れば僕もアンカーにはならない。ここは藤崎側に徹しよう。いや、女子をアンカーに押し付けるのは男としてどうなんだ。いやまてよもしかしたら江川武藤はアンカーやりたいのかもしれない。とりあえず60%の力で藤崎に賛同しよう。

    そう考えているうちに
    「いやせっかく男女混合チームなんだから。交互に走ろうよ!」
    橋川らしくないまともな意見だった。これはどういう狙いなのか。

    「それいいねー混同チームはやっぱこれっしょ!」
    「いいと思う!やっぱそうだよね!」
    つかさず江川さん&武藤の運動出来るコンビが賛同する。

    なるほど。運動出来るコンビを味方につけ、男女男女男女の順に走順を決め、アンカーも江川
    さんか武藤の2人のどちらかに譲るという作戦か。悪くはない。よし、やはり橋川に賛同しよう。

    「じゃあ決まり!じゃあ最後はやっぱ一番早い石川がいいと思うから、そこから早い順で後半固めよう!」
    「「いいねー」」

    僕以外の部員全員が賛同した。

    やられた。こいつ最初から僕にアンカーやらせるつもりでもっともらしい意見を提案しやがった。

    当然アンカーやりたくない藤崎と斎藤はこれに賛同。江川武藤は男女混合に賛成なのであっという間に5人味方につけ、僕1人が提案したところでひっくりかえることはない。僕の負けだ。

    「いや待って俺一番早くなくない?橋川の方が早くなかった?」
    諦めの悪い僕はあがいたが今年の体力測定藤崎橋川と一緒に50m走って勝ってしまった時の記録用紙を出されて言葉を失った。

    まさか勝った方が負けだなんて、、それに勝ったといってもほんの0.1ぐらいのどんぐりの背
    比べさなのに、、最悪だ。

    「石川くんがアンカーなら私がその前やるよ!帰り道一緒の絆みせつけてやる!石川くん!頑張ろうね!」
    おし頑張ろう。江川さんにバトンを渡されるなら頑張れる。

    「となればバランスよく麗がトップバッターでまあなんとなく橋川くんにしとこっか!」

    と江川さんが進めてくれて特に異論もなく順番は武藤→橋川→斎藤→藤崎→江川→石川となった。

    「こうなりゃ練習!頑張るぞ!」
    おー!と皆同じ声量ではないが一応一致団結した。
    練習は今更個人の走力を上げるのは無理だと判断しひたすらバトンの受け渡し練習をした。
    武藤 「おし行くぞ橋川!」
    橋川 「頑張る!斎藤意外と速っ!」
    斎藤 「意外って失礼ね!」
    藤崎 「女子って文化部でもたまに普通に速いやついるよなー男子は見ての通り遅いのに!」
    江川 「いや藤崎君も速いじゃん!いけるよ!」
    石川 「アンカー緊張する~」
    なんだかんだ楽しく練習は出来たと思う。
    運動部からみたらきっと練習にすらなってないだろうがこれが僕らのやり方であり楽しみ方だ。

    「じゃあまた明日ね〜」
    そしていつものように駅で別れて江川さんと2人きりになった。
    「なーんか皆思ってたよりやる気あってよかった!」
    「江川さんが皆んなのことひっぱってくれたからだよ!」
    と電車が来るまでのたわいもない会話をしている最中に女子バスケ部の2人が後ろを通り過ぎた。

    「あ、お疲れ〜」
    と江川さんが声をかけるもその2人は軽いお辞儀だけをして通りすぎていった。

    通り過ぎ側にぼそっと「え、バスケ辞めた途端に男と遊んでるの?」
    「まじかさすが男好き」

    と会話が聞こえてしまった。
    クラスでは男女ともに人気の江川さんがさんだが部活内では多少いざこざがあるのだろうか。
    今の悪口江川さんに聞こえてないだろうな。

    「ねぇ石川くん」
    「ん?」
    「歩いて帰らない?」
    「え?」
    悪口を言われたことの誤魔化しなのか、それともただのお誘いなのか、正直体力は終盤、駅も江川さん最寄りは確か3駅先と相当な距離ではある。がそんなものが消え失せるくらいの嬉しさがある。

    「ほ、ほら!リレーの練習がてら!」
    「もちろんOK!」
    僕はリレーの練習なんて口実はなくてもOKしていただろう。
    一瞬で了承し、改札をでた。
    「足怪我してさ、部活辞めたやつが遊んでたらそりゃ悪口言われるよねぇ」
    やはり聞こえてしまっていた。無理して平気なふりをしているように見えた。

    「てか男好きってひどくない!?石川くんだから一緒に帰ってるだけであって他に男の子と帰ったりしてないのになぁ」
    ん?ん??今何て言った!?

    「それは嬉しいこといってくれるね」
    頭が真っ白になりかろうじて返事は返せたが謎のクールな口調になってしまった。
    「私今結構すごい事言ったけどさすが石川くん動じないね!」
    「いや素直に嬉しかったよ?」

    江川さん安心してください。心の中では信じられないくらい動揺しています。

    「あっそう。嘘っぽい。」
    落ち込み気味につぶやく。
    「いやほんとに嬉しかったよ!!」
    喜びを全開にして伝えた。
    「ならよろしい!」
    と満足気になった。
    とまあ。リレーの練習など1mmもせずただ話すだけ話して江川さんの最寄りに着いた。

    「結局リレーの練習しないで終わっちゃったね」
    「江川さん喋りすぎだからだよ」
    「えー!?あーそういう事いう!石川くんだって楽しそうにしてたのに!」
    「嘘嘘!楽しくてつい話ちゃいました。」
    「最初からそう言いなさいよ!」
    とつっこむ手が僕の肩に触れた。
    母よ。この前高校生が人生のピークと言っていていたが間違いないようだ。高校生がというか今がピークかもしれない。

    「じゃあ明日こそは練習して帰ろうね!」
    明日も3駅歩くなんて藤崎や橋川に誘われたら秒で断るが江川さんに誘われたら秒で了承した。
    明日も江川さんと話せる。しかしこれはリレーの練習という口実、体育祭までの特別な時間。
    体育祭よ、永遠に来ないでくれ。

    次の日休み時間、今日は自分から橋川や藤崎がいる所に向かった。着くや否や言いたくてたまらず昨日江川さんと2人で3駅歩いて帰った事を伝えた。

    「まじか!?3駅も!?大丈夫なの!?」
    「いいな〜おい橋川、女子と2人きりで帰ったことあるか?」
    藤崎が軽く橋川に質問していた。

    「あるよ」
    「そうだよな、ん??えぇぇ!!?あるの!?誰!?誰!?お前だけは裏切らないと思ってい
    たのにー」
    明らかにないと言われる想定の返事をしていたのが少し面白いが、それよりも情けないことにこの3人は暗黙の了解で女子と付き合うのはもちろん、一緒に帰ることすら向こう側へ行ってしまうと裏切られた気持ちになってしまうのだ。

    「いや普通に武藤だよ」
    「「なんだ武藤かー」」
    いくら女子といえど同じ部活の女子はカウントされないのもあるあるだ。

    「橋川セーフ!てことは当然俺は女子と縁もゆかりもないのでとなると裏切者は石川だけだな。」
    清々しい口調で裏切者にされたのがおかしくて笑い合う。

    すると急に神妙な顔つきになった橋川に

    「俺になら何でも話せるだろ石川、お前ぶっちゃけ江川さんのこと好きなのか?」と尋ねられた。

    「そ、そんな訳ないだろ!」

    嘘をついた。

    「いや、誰にも言わないから教えてくれ!」

    と、押し切られ

    「いや、まあ可愛いとは思うけどねー」

    と、考えぬいた結果究極にださい回答をした。好きなのにそこまで興味ないふりするだささと、クラスの端っこ人間がなにを上から偉そうな感じを出しているだというだささのダブルださいだ。

    「おお!まじか!協力するわ!!!」
    そんな考えをおかまいなしに藤崎橋川が騒いでいる。可愛いと思う=好きという認識らしく僕のごまかしは通用することなく盛り上がっている。

    「今日も俺がリレーの練習するって言うから帰りも練習の続きみたいな流れに持ってってそのまま歩いて帰れ!」

    橋川に言われなくても江川さんと一緒に帰る約束はしているしそもそもそ内容が全く理解できなかったが自信満々に言ってきたのでそんな事は言えず、頼んだと返した。

    「任せとけぇ!」
    自信に満ち溢れている橋川や盛り上がる藤崎をみて僕も自然と楽しくなり、休み時間史上かつてない満足感に包まれた。

     放課後。
    「そういえば文芸部って部活対抗リレー女子の部で出るの?」
    「そうなんだよ!意味わからないでしょ!」
    「じゃあうちらと対戦だね!手加減してね!」
    「いやこっちのセリフ!多分泉より僕の方が遅いし!」
    いつものように泉と軽い雑談をしていた。
    「石川!頼む!一緒にトイレ行こ!!」
    といつもなら泉との会話終了後に話しかけてくる橋川だが我慢の限界なのか話途中で声をかけてきた。
    「いや1人でいけよ!まあいいけど!それじゃ泉、またね!」
    「楽しそうだね!また!」

    こうして橋川と何故か僕と藤崎もダッシュでトイレへ向かった。
    「いいか石川。今日も俺がリレー練習の提案をだすからそのまま流れで江川さんと一緒に歩いて帰れ」
    「いやさっき聞いたんだけど!」
    「だ、大事な事は2回言えって言うだろ!」
    「まあ確かに、じゃあ頼んだ」

    余程恋バナが楽しかったのかわざわざトイレまで呼び出して作戦会議する橋川をもはや好きになりそうだ。
    冷静に考えたらリレーの練習は橋川に言われなくてもやるつもりではあるのだが。

    今日の部活は江川さんが少し遅れるようなのでしばらく待ち、やがて江川さんが遅れてやってきた瞬間すぐさまリレーの練習を始めた。

    「おし今日もバトンの練習だ!」
    周りからみたら謎のどや顔で仕切っている橋川だが気にせず練習に励んだ。
    「橋川気合入ってるね~」
    「私も気合入れなきゃ!」
    結果的に部員のやる気を引き上げたのでよしとしよう。

    そして帰り道、いつも通り僕と江川さんと橋川たちで駅で別れた。別れる時橋川が妙にどや顔で頑張れと目で合図してきたがうっとおしい。けどそれがまたいい。

    橋川がリレーの練習の提案をしてくれた流れでそのままま一緒に練習しながら帰る作戦は、元々一緒に帰る予定だったので効果は発揮しないが思いは受け取った。江川さんとの帰り道はもちろんリレーの練習はせずたわいもない会話で終わった。このたわいもない会話がこの世で一番楽しい。大金持ちになりたい。プロ野球選手、芸能人になりたいと世の中色々な憧れがある中で僕は放課後のたわいもない会話をする人になりたい。
    そしてたわいもない会話はどれだけ時間をついやしても体感5分で終わる。
    あくまでリレーの練習という口実で一緒に帰っているのでこのたわいもない会話も今日で終わってしまう。寂しさがよぎりながら江川さんとの会話を楽しんだ。

     来てほしくない日ほど一瞬で体育祭当日を迎えた。

    汗水たらして全力で戦う生徒、熱い応援、そして席の後ろで手拍子だけしている僕ら。

    やはり体育祭は嫌いだ。運動能力なんて数日の努力で補えるものではない。これは体育祭という名の運動神経が悪い僕らへの公開処刑だ。

    周りは友達同士キャッキャしながら盛り上がったり、応援に熱中したりはたまた男女で話したりと目の前に広がる光景全てが青春すぎてめまいがした。

    「おい見てくれ今日のために靴新品にしたんだぜ」
    横にいる橋川が自慢気に靴を見せびらかせてきた。こいつも運動出来ないはずだがよくそんな
    テンション高くいられるな。

    「いやお前馬鹿か!絶対汚れるだろ!」
    すかさず藤崎がつっこむ。。
    「確かに!うわーやっちまったー!!」
    あまりのあほさに思わず笑う。案外僕も友達同士キャッキャしている部類なのだろうか。

    しばらくバカ話をしながら応援していた。実際体育祭などこの時間が一番楽しい。
    楽しい時間はあっという間に僕の個人戦徒競走が始まった。当然自信はない。走りが苦手なのに咄嗟に徒競走を選んでしまったのだから。
    いつも通り対戦相手の顔をみて絶望し、競技を見ている群衆に目を向け知り合いやクラスの皆がいないか確認した。

    僕らクラスの端っこの人間は負けることが嫌なのではない、負けたのを見られるのが嫌なのだ。こんなんでも一応思春期な訳なので特に女子の前ではかっこつけたいものだ。僕の足の速さなど誰も興味はないだろうが。

    幸い徒競走はクラスの応援席から遠い位置で行われるので誰にも見られず安心する。
    リラックスした状態で徒競走に挑めたのはでかい。

    勝負は一瞬でついた。

    6人中4位。

    上出来。

    びりにならなきゃ実際何位でもいい。

    そして何よりも同時並行で始まったハードル走はクラスの応援席の近くで行っていたのでクラスの皆はハードル走に夢中だ。

    誰にも見られずに個人種目を終えれた嬉しさで僕は4位とは思えない程のガッツポーズをした。

    席に戻っても橋川たちは砲丸投げのため移動しており、完全に一人で席についた。体育祭で1人になるほど辛いことはない。

    「うちが見たところ負けてたけどなんかすごい喜んでなかった?」
    「えぇ!みてたの!?」
    「いや一緒の競技にしたじゃん」
    油断した。周りに気を取られ同じ徒競走出場者の泉の目を気にしていなかった。しかし体育祭でぼっちの時に話しかけてくれた嬉しさの方が大きい。

    「いや~恥ずかしい!見なかったことに!」
    「別に面白かったからいいけど。ひとまずお疲れ。」
    「まあよかったのか、、泉もお疲れ!」
    「リレーまで暇だからここいていい?」
    「もちろん!ちょうど僕も暇だったし」
    しばらくぼっちじゃなくなるの確定した僕はまたガッツポーズしかけたが辞めた。
    文化部男子は体育祭には興味はないのだが流石にどっちかと言われたら勝ちたいので真面目に応援した。

    しかし応援に集中しようとしても目線は競技中の橋川たちより自然と江川さんを探していた。
    体育祭の実行委員会の仕事内容は全く分からないが忙しいのか全く見当たらない。

    「そんじゃリレー言ってくるわ」
    「おう、頑張って。」
    とクールに泉を送り出したが内心またぼっちになってしまう寂しさが大きくて声がでなかった。

    「石川徒競走びりだった?」
    しばらく一人で応援していると女子ハードル走を終えた斎藤が突然話しかけてきた。体育祭でぼっち中に話しかけてくれる人はもれなく全員神様だ。ぼっち脱出ゲーム成功。

    「ビリと決めつけるな!ビリから2番だわ!」
    本当はビリから3番目だが、結果が悪ければ悪いほど自虐として面白いと思い、世にも珍しく悪い方に盛った。どうせ悪く言うならビリという選択肢もあるがビリは嫌だった。

    「あんま変わらないじゃん!!」
    斎藤からしたらワースト3位でも2位でもどうでもいいだろうが一応少し盛り上がったので満足した。

    「てか石川クラスで一番最初に種目選んでなかった?それで4位?」
    「う、うるせぇ忘れてくれ~」
    痛いところつかれてうるせえなんて言葉を使ったが、一人の時に話しかけてくれる友は控えめに言って最高すぎる。
    斎藤と話しているうちに橋川たちが競技を終えて戻ってきた。

    「お疲れ~石川ビリだったか?」
    こいつらは全く、、最高だ。
    「斎藤と同じ質問するなよ!!ビリから2番目だわ!」
    「石川にしてはすごいじゃん!」
    「おい少しは期待しろよ!!お前らこそビリだったか!?」
    「何故ばれた!?」
    橋川がおどけた仕草をした。やはり自虐するならビリの方が面白いな。

    ちなみに橋川は本当にビリだったらしい。
    藤崎はビリから2番目。あまりに不憫でこいつらと僕はやはり親友であることを確信した。
    意外に運動出来るとかそんなギャップはもちろんなく生粋の運動苦手っぷりはむしろ誇らしい。
    お互いの無能っぷりに笑いながら応援する時間はもしかして楽しいのかもしれない。運動出来ないから嫌いと思っていたが出来な過ぎて一周して今体育祭が楽しいと思えている。

    そんな中午前最大の見どころクラス対抗リレーが始まった。女子の部で先頭切って活躍中の武藤に思わず応援しそうになったが他のクラスなのでぐっとこらえて同じクラスの泉を応援した。

    もちろん生まれてこの方速い人だけが参加できるリレー選抜に選ばれることはなく、なんの魅力や羨ましさもないが身内が頑張って活躍しているのを見ているとかっこよくみえて自分もあんな活躍したいと思うこともある。

    クラスの代表のリレーともなれば流石に興奮して声に出して応援した。こいつ普段静かなのに今日すごいなという視線はわずかに感じたが決して悪い視線ではなくむしろこいつですらこんなに応援してるんだから私たちも応援しようという空気になり一丸となって応援し、誰もが応援することの楽しさを実感した。

    午前の部が終わり、昼ご飯の時間だが普段違う場所で食べるお弁当は悪くない。
    しかし部活対抗リレーがある。それだけですごく憂鬱な気分だ。

    午後の部はクラスの得点に全く関係ない部活対抗リレーしか出場しないが今日一日これがあるだけで緊張がとけない。

    「皆午前お疲れ~!差し入れにどうぞ~」
    久々に江川さんをみたと思ったらクラス一人一人にアイスを配り、お疲れ様午後も頑張ってねとねぎらっている完璧っぷりを発揮していた。ビリから2番と噓ついて笑かそうとしていたのが情けなくなってきた。
    江川さんはクラスの皆に順番に話しかけ、僕の番になった。

    「石川くんお疲れ~。応援すごい盛り上げてくれてたね!かっこよかったよ!」

    見られていた恥ずかしさと、かっこいいと言われた嬉しさでまさかの何も返事が出来なかった。
    「おい石川無視かよ!」
    すかさず橋川がフォローしてくれてなんとかありがとうと返せた。真面目に応援していてよかったナイス自分。

    気合を入れなおして午後の部を迎えた。といってもほぼ応援しかしないのだが。気合を入れなおしてはや3分、部活対抗リレーが嫌すぎて既に力とやる気がでない。冷静に考えて運動部女子部門なのに文化部がいるのも浮いているし、女子部門なのに男子いるし、けど見るからに遅そうだし、勝っても男いるからずるいと思われそうでいいことがない。
    憂鬱な気分のまま横を見ると藤崎橋川も神妙な顔をしていて安心した。やはり皆どこか頭の片隅にリレーがあり、それが足枷で応援に熱がはいらない。
    目の前で繰り広げられている走り幅跳びの記録は頭に入って来なかった。
    嫌なことはあっという間に来るもので部活対抗リレーの集合時間になった。

    「いや~緊張してきた~」
    「バトンの代わりに本ってやばくない!?」
    「思った!やばいよね!」
    斎藤武藤女子組は体育祭の雰囲気もあるのか何故かきゃっきゃしている。女子は運動部でも文化部でも運動神経はあまりか変わらないのからこその自信なのか余裕でいつもの部活の風景をみているようだった。

    男子組は無言で緊張をしている。
    「おまたせ~。皆調子はどう?」
    ここで江川さんが合流した。
    「見て成美うちらバトン本だよ!やばいよ!」
    武藤がテンション高めで笑いながら本を見せている。
    「それはやばい!急いで買い物してる人じゃん!」
    江川さんが加わって女子組はきゃっきゃ度合が加速した。

    部活対抗リレーは僕たち『女子運動部部門』の前の『文化部部門』が始まった。
    本来なら文化部部門だったはずなのに男子が多くて女子運動部に回された恨みで何故か文化部部門で走っている人たちにむかつきそうになった。

    しかし『文化部部門』は吹奏楽、美術など全員女子の部活が多く、ここで走るのもそれはそれで気まずいので結果ここでいいのかもと無理やり納得した。
    いよいよだと心臓がもう一段階ドキドキしてきた所で橋川が耳打ちしてきた。

    「おい石川、江川さんさっき足かばってテーピングガッチガチにしてて多分無理してるぞ」
    「本当か!?」
    思わず声を大きくしちゃいそうになったが耳打ちしてくれている橋川に免じて最低限に抑えた。
    待機していると同じく待機している横の女子バスケ部が江川さんに話しかけてきた。確かこの前駅で江川さんの陰口を叩いていた人だ。

    「うちらの部活でないのにオタク部の部活にはでるんだね。」
    強い口調で文芸部一同にリレーとは違う緊張感が走った。
    「ごめんね!まだ怪我治ってなくてでも一回だけなら走っていいって言われたから一回だけ許して!」

    江川さんは明るい表情で反応した。
    「部活辞めて男と遊んで、でも体育祭は出るってなんなの!?空気読んで出んなよ!そもそも足怪我してんのに何が出来るんだよ。」

    相変わらず強い口調でせめてきて空気がぴりついた。

    何ができるかは実際やってみなきゃ分からないだろ。

    こっちもあっちも皆僕の方を見た。

    これは心の声が出てしまったのではない。意図的に言った。

    瞬間、部活対抗リレー『文芸部の部』が終わったのだろうか会場が少し盛り上がった。

    「はい終わり!お互い頑張ろう!」
    女子バスケの泉の一声でなんとか表面上の喧嘩はおさまった。

    「はい続いては部活対抗リレー女子運動部部門 です。入場お願いします。」

    係りの人の声で移動時間になり、泉が沈めてくれたもののまだ空気がぴりついている中各部活円陣を組んだ。

    僕が急に強い口調を放ったばかりでシーンとしていたがやがて皆で笑った。

    武藤「石川急にぶっこむなよ!」
    橋川「めちゃくちゃ痛いやつだったぞ!」
    斎藤「これで負けられなくなっちゃったじゃん!」
    藤崎「もうやるしかねぇ!」
    と文句を言いながらも皆はどこか笑顔で改めて最高のメンバーだと思った。少し落ち着いた時に江川さんが改めてまとめた。
    「皆!急に文芸部に入って勝手にエントリーしちゃってごめん!だけど楽しも!」
    ある意味女子バスケ部のおかげなのか、これまで全くリレーに乗り気じゃなかったのに今は闘争心に燃えている。

    「オタク部いくぞー!!」
    「「「「「「オー!」」」」」」」
    僕は人生で一番の声をだして気合を入れた。
    文芸部史上1番の大舞台。きっと今映画みたいに砂埃舞う中スローモーションで凛々しく移動していただろう。
    あれ?女子運動部部門に男子混ざってない?というわずかなざわつきすら聞こえないくらい集中していた。
    一人半周なので走る順番的に男女で別れて位置に着いた。

    「お前、思ったより男だな。」
    移動中藤崎が褒めてくれた。改めて言われると恥ずかしい。
    江川さんの足がまだ悪いと教えてくれた橋川はただうなずくだけで何か言えよとも思ったが気持ちは伝わってきた。

    「まあうちの女子に負けず頑張ろう!」
    「「おう」」
    先ほどの競技でワースト1、2、3位を取ったやつらとは思えないくらい清々しい顔をしていた。

    そしてリレーが始まった。第一走者は武藤麗。流石うちのエース。運動部の中にいても引けを取らずむしろ女子バスケ部泉に次ぐ2位だ。
    泉、全然手加減してくれてない。そりゃそうだが。

    第二走者は橋川、武藤との相性がいいのかバトンパスが見事に決まった。

    渡す瞬間武藤が橋川に「いけー!!!」と叫ぶ。
    橋川もつられ「おおおおお!」
    と雄たけびをあげて走った。
    あれ?もうアンカーだっけ?と錯覚するくらいの気合いだ。

    橋川は結果から言うと男子というハンデがあるのか一位に躍り出た。
    緊張によるアドレナリン効果で普段の何倍もの力が入っているのだろう。唯一の男子参加の部活のため周りからずるいと思われるだろうがもうどうでも良かった。正直もう男子がいるからずるいとかいうそこのレベルで戦ってはいない。ただバスケ部に勝ちたい。それだけだった。

    続いてバトンは橋川からメガネ女子斎藤へ。
    斎藤は何故かメガネを外して気合を見せた。とても凛々しい表情をしていてきっとこれが彼女なりの気合の入れ方だろう。仲良い友達が急にメガネを外して凛々しい顔されたら絶対笑うが今だけはかっこよく見えた。走る場所が見にくくなるのではないかという心配は野暮だ。

    ちなみにバトンの代わりに本を持って走っているのは誰からも何にも触れらなかった。
    凛々しい斎藤は結局バスケ部に抜かされてしまったが武藤橋川がリードしてくれた分まだ追いつける範囲だ。

    斎藤から藤崎へのバトンもスムーズにいけたが、さすがバスケ部といったところか男子の脚力をもっても抜かせずに順位は2位のまま。
    バトンは江川さんに渡った。

    改めて江川さんはやはり完璧な人間だと思わざるを得ないくらい圧倒的な存在感であっという間に1位に躍り出た。

    次は僕だ。ずっと前から嫌だったリレーが始まる。嫌すぎて何度夢にでてきただろうか。

    僕は普段クラスの端っこだ。端っこというのは机が端っことかではなく存在が端っこという意味だ。真ん中で活躍出来る力はない。小さい頃から運動は苦手で足は遅い。リレーのアンカーなんて縁のない人生だと思っていた。
    いよいよ次は自分。バスケ部に喧嘩腰になり、負けられなくなったが今現在1位だから自分が抜かされなければこのまま1位。しかし横に待機して
    いる相手は先ほど喧嘩を売ってきた彼女だ。おそらくアンカーに選ばれるほど速く、きっと僕より速いだろう。喧嘩売った女子に抜かされて負ける。そんな最悪の事態もありえる。それに江川さんが見てる。考えればとてつもないプレッシャーだが何故か今は負ける気がしない。

    きっと生まれて初めてゾーンというものに入っている。運動などしたことはないから初めてというのは当たり前だがとても心地が良い。

    自分以外の全てが止まって見える。
    あの江川さんですら止まって見えた。
    いや、江川さんは実際に止まっていた。
    やはり怪我は治っていなかったのか足を引きずっていた。
    それでも懸命に走り続け僕にバトンを繋げようとしてくれている。
    2位のバスケ部が迫ってきてとうとう抜かされてしまった。

    「結局だめじゃん。だっさ。」
    隣にいるバスケ部アンカーがつぶやいた。
    ぶん殴ってやろうかと思ったがそんな事より江川さんが心配で気にならなかった。

    「無理しないで!!!」
    優しさで言ったつもりが江川さんは逆に無理してペースを早めた。
    引きずりながらも徐々に速さを取り戻しバスケ部にくらいついていて会場は盛り上がった。
    結果現在バスケ部は1位で僕たち文芸部は2位だがほぼ同時にバトンを受け取った。
    受け取る瞬間涙ぐみながら「ごめんね」と言われた。

    その瞬間何故だか冷静になった。今この順位のままだと負けてしまう。やれるのは僕しかいない。誰かがやらなきゃいけないから正義感で僕がやるとかではない。順番的に僕がやらなきゃいけない。
    正直バスケ部のアンカーは見ただけで絶対僕より速いと分かる。それでも僕がやらなきゃいけない。やるしかない。やってやる。
    そう、僕は江川さんの涙を見た瞬間完全にゾーンに入ったのだ。盛り上がる会場には申し訳ないがこの場所は図書室並みに静かに感じた。
    もやはここは部室だ。完全に僕のホーム。
    江川さんから ごめんね と言われ返事として間違っているが

    「やってやるよバカヤロウー-!!!!!!!!」

    と雄たけびをあげた。心の声が世に出ていたとかそんなのは気にならなかった。

    クラスの端っこ人間が女子相手に雄たけびをあげほとんどの人が引いただろう。しかし江川さんが足を痛めながら渡したバトンに必死に答えようとしている誠意に会場は徐々に盛り上がった。

    「「「「「いけー--!!!!!」」」」」

    武藤橋川斎藤藤崎江川さん部員全員が叫んだ。舞台は整いすぎた。こんなドラマみたいな展開はもうない。
    後は勝つだけだった。

    試合終了。

    現実はドラマのようには行かなかった。

    ドラマのように最後の最後ぎりぎりで抜かして1位を取って感動するシーンは訪れず、結構序盤で抜かしてそのまま1位を取った。

    女子の部に男子が参加して普段静かな奴が急に叫んで1位を獲得。文面だけみると犯罪性すら感じるがそんな事ははどうでもいい。

    「「うおー----!!!!!!!!」」
    「おおおおおお!!!!!!!」
    藤崎橋川が抱きついてきた。僕も自然と抱き合う。
    「やったぞ1位だ!よくやった石川!」
    「いや皆のおかげだよ!!!」
    基本勝負事で負けてきた僕が大舞台で勝利したことは生涯忘れることはないだろう。

    「文芸部まじ最高!!」
    「文芸部なめてたはめっちゃいいじゃん!!」

    会場各地から意外と賞賛の声が聞こえる。
    「ただ今の結果3位テニス部、2位バスケ部、1位は文芸部ですお疲れさまでした!」
    正直バスケ部の存在を忘れるくらい喜んでいたがよく考えれば男子3人もいればそりゃ勝つだろうと思われてそうで申し訳なさを感じながら拍手をいただいたまま退場した。

    江川さん足は大丈夫なのか。走者は偶数の男子と奇数の女子別々の出口から退場なので退場した瞬間すぐさま江川さんを探しに行った。
    江川さんは斎藤武藤に抱えられながらあちらも僕たちを探してくれている様だった。

    「江川さん!!足大丈夫!?」
    一目散に駆け寄りながら聞いた。
    あちらも僕に気づいてくれたらしく走って喜びの表情のまま抱きついてきた。
    「ありがとう!大丈夫だよ!!それより石川くん、皆!ありがとう!!」
    僕は試合に勝った喜びなど正直どうでもよくなるくらい頭が真っ白になっていた。
    今僕は江川さんと抱き合っているのだ。
    「いやいやこちらこそだよ!!」
    これはただの体育祭の盛り上がっている勢いで抱きついてきたということを必死に思い込んでなんとか返事が出来た。

    江川さん以外の部員は一瞬間があったがやがて部員たち皆で笑いだす。理由は分からないがとにかく笑いたかった。

    武藤「うちらやれば出来るんだよ!!」
    橋川「見せつけてやったぜ!!」
    斎藤「緊張したけど楽しかったね!」
    藤崎「むしろもう一回やりたいくらい!」
    江川「途中足引っ張っちゃってごめんね~」
    「大丈夫だよ気にしないで!!」
    江川さん意外の5人の声が被って思わず笑う。
    「江川さん速すぎて俺バトン渡した後吹っ飛ぶかと思ったもんまるで怪獣だったよ」
    「怪獣はひどくない!?」
    「ごめんなさい」
    一撃で負けた藤崎に笑わせてもらって息を整えた。
    石川「まあ改めまして色々あったけど結果オタク部の勝ちだ!!」
    「「「「「「やったー--ー!!!」」」」」」
    通路で勝手に盛り上がっている連中を僕は嫌っていた。しかし今僕が嫌いな連中と同じことをしている。盛り上がっている気持ちが分かった。
    この気持ちは抑えきれない。僕たちはしばらく円陣を組みながら喜びを分かちあっていた。

    「いや~にしても俺ら今年怒涛の一年じゃない!?色々ありすぎ!」
    確かに橋川のいう通り江川さん加入、蛍光灯破壊事件、リレー優勝と去年とは桁違いに大きな出来事が多い。

    「小説っぽくて私は好き!楽しい!」
    「確かに!じゃあ主人公は唯一違うクラスの私かな?」
    「いや武藤じゃないだろ!」
    誰よりも速く藤崎がつっこんだ。
    「なんでよ!」
    「いやいい意味でよ?完璧すぎてもだめじゃん。主人公は何も出来ないやつがいいんだよ、て
    ことで主人公はこの俺藤崎で」
    「お前自分で言ってて悲しくないのか!!」
    僕が誰よりも速くつっこんでまた部活が盛り上がる。
    「なんかこの部活入ってよかった」
    笑いながら言った江川さんの言葉に皆が笑顔の無言になった。
    「改めて部活に入れてくれてありがとうね」
    「こちらこそだよ!」
    「最初怖かったけどいい人すぎて違う意味で怖い」
    各々の言葉で改めて歓迎し、クラスでも部活でもこの人はどこにいても中心なんだと改めて思
    った。
    「こちらこそ入ってくれてありがとう!主人公は江川さんだね!!」
    本心から思った。
    「それは藤崎くん理論でいうと何も出来ないってこと?」
    「違うよ!クラスでも部活でも中心で、誰にでも優しく努力家で気が使えて足怪我しながらも走って1位取ったし!かっこよすぎる!主人公すぎる!」

    冗談で聞かれたのに僕は大真面目に返してしまった。
    「がちすぎるって石川告白かよー!!」
    橋川の訳わからんつっこみで一瞬ビクッしたが江川さんは笑ってくれた。「ありがとうね」そう言い残し次の準備があるらしく現場に向かった。

    他の部員たちも部活対抗リレー男子の部が終わって次の最後の全員参加種目大縄跳びが始まろ
    うとしていたので待機場へ向かった。

    大縄跳びは中学生の時にクラスで鬼ほど練習した結果88回で優勝したので自信はある。ちなみに今だからいうが89回目で縄に引っかかったのは実は僕。それはさておきとにかく自信はある。僕1人自信あった所で意味はないが。

    大繩が始まった。正直クラスであまり練習出来なかったせいなのか酷いものだった。それでも外で必死に数えて応援してくれている江川さんにクラスは一丸となった。
    しかし一丸となっても結果は18回だった。誰もが絶望した。そりゃ練習してないからなと心で思ったが心の声がでてしまいそうになるのでなるべく無心でいた。江川さんさえもお疲れ様!と声をかけてくれているがどこか元気はなかった。
    「結果発表いたします」
    アナウンスが始まった。

    「第三位、14回3年一組」
    、、、
    会場が固まった。

    ん?14回で3位?嘘だろ!?こんなもんなの!?いけそうじゃん!

    あまりの驚きに藤崎橋川の方へ振り向いたがクラス皆が僕を見ていた。心の声がでていた。僕の一言で皆の頭の中にあれこれもしかしたらたった18回でもいけちゃうのか?という期待とおかしさで心が一つとなり臨場感が生まれた。

    そして時は来た。

    「第二位、15回3年4組」

    瞬間1位は確定したがまだ発表されていないので喜びを隠そうと必死だ。同時にたった18回で優
    勝してしまうおかしさで笑いもこらえている。
    「そして第一位、18回3年3組!!!」
    「「「「「ええええええ??いぇぇぇぇぇい」」」」」
    クラスは妙な盛り上がりをみせた。
    「まじかよ!!ビリかと思ったのに1位かよ!!」
    「レベル低すぎだろ焦ったわ~」
    「おい石川こんなもんなの!?とか絶対言っちゃだめだろ面白かったけど!!」
    「そうだそうだお前たまに急に面白いこというよな!」
    クラスの人気者どもが話しかけてきたが興奮してひるまず返した。
    「いや僕の中学の大繩優勝88回だよ?18回じゃ終わったって思うじゃん!!」
    「それな!俺のところも100回ぐらいだったから終わったと思った!」
    「うちも!」
    「俺も!」
    誰しもが思っていたが言えなかった事を僕が無意識に言っていたらしい。まあ結果オーライ。
    クラスが盛り上げる中一瞬江川さんと目が合い、徐々に僕に近づいてハイタッチをした。
    「石川くん面白いね!盛り上げてくれてありがとう!」
    「江川さんこそクラスを盛り上げて支えてくれてありがとう!」
    文化部の僕にとって大嫌いだった体育祭は大好きなものとなった。

    4、曇り空



    「ではでは改めまして、体育祭と江川さんの入部にかんぱ~い!!」
    「「「「「かんぱ~い!!」」」」」
    体育祭終了から数日後、焼肉屋で打ち上げをした。体育祭の打ち上げを部活で行うなど聞いた
    ことはないだろうが僕たちは事あるごとに打ち上げをやりたがる。
    「ようこそ文芸部へ!」
    何故橋川が仕切っているのかは分からんが本人がのりのりなのでまあいいとしよう。
    「成美ちゃんが文芸部なんて最初考えられなかったけど今じゃ馴染んでるよね!」
    「本当!?皆が優しいからだよ!」
    改めて江川さんはすっかりと文芸部に馴染んでいる。

    「石川くん食べてる~?」
    「う、うん」
    と言われながら江川さんが焼いていたお肉を僕のお皿に乗っけてくれた。
    クラスのアイドルにお肉を焼いてもらう人生なんて幸運すぎて本当は嬉しくて仕方ない。だが僕は体育祭から今の今までずっと江川さんのことしか考えられなくなっていていざ本人に話しかけられると上手く言葉が返せない。

    改めて江川さんは皆に優しく、僕にも優しく、話すと楽しくて一緒に帰る日々は何よりの楽しみでありおまけに可愛い。
    これは僕じゃなくても好きになってしまう。それに体育祭の時に抱きついてきたあれはどんな意味だったのだろう。いや、あれはリレーに勝った喜びで抱きついただけで江川さんにとっては普通のことだ。いやでも藤崎にはしてなかったし僕だけ抱きつくってことは、いやいやいい方向に考えすぎるな。

    という答えの出ない問いを毎日気づいたら考えてしまう。
    「石川きいてるか!?」
    「うわごめん!なんだっけ?」
    「お前最近意識飛んでるぞー」
    「そんなに次のテストが嫌なのか!あはは~」
    、、、
    武藤が一人で笑った瞬間一同が嫌なことを思い出したかのように固まった。
    「え、あごめんごめん」
    周りが固まっていることに気づいて武藤も固まった。いつも通りの現象だ。

    「でもテスト終わったら夏休みだよ!」
    武藤の定期的に嫌な事思い出させるくせを知らない江川さんは優しさで楽しいことを考えさせてくれた。こういう所も良い。

    「そうだね!今年こそ花火大会行かなきゃ!!」
    「去年は雨だったもんな~」
    「今年は成美というスターが入ったから大丈夫!」
    「プレッシャーかけないでよ~でも去年は私もいけなかったからいけるといいね!」
    テストの事はひとまず忘れて皆花火大会を楽しんでいる妄想に浸りながらお開きとなった。
    「お手洗い行ってくるね~」

    江川さんの呼びかけに私も俺もと続き、僕と橋川だけ残る形になった。
    「石川どうした今日なんかあったか?」
    「いや別に大丈夫」
    「ならいいけどそんな黙り込んでいると江川さんに嫌われちゃうぞ」
    「え!!??本当に!?」
    「分かりやす!やっぱ江川さんのことについて考えてたか。」
    さすが心の友。勘づかれていたか。

    「笑っちまうだろ、絶対だめだって分かってるのに本当に好きになりそうでいざ喋ろうとすると緊張で喋れなくなるんだよ。」
    「中学生か!まあ石川がどうなろうがしったこっちゃないけど落ち込んだら俺が焼肉連れて慰めてやるから軽い気持ちでいつも通りの石川でいけよ。」
    橋川はかっこいいんだか普通のことを言っているのか正直分からないがいいやつには変わりなさそうだ。

    「おうありがとな」
    「ちなみに去年の体育祭江川さん確か誰にも抱きつてなかったぞ。わんちゃんあるんじゃね?」
    「変に期待させるなよ!お前が見てないだけでハグぐらいしてるって」
    「まあ本人にしか分からない事だけどね!とにかく頑張れ!」
    と言い放ちトイレへ向かっていった。
    帰りはいつも通り江川さんと2人きりになった。
    2人きりで帰るのは久しぶりで緊張している自分がいる。

    「いや~美味しかったね~やっぱ焼肉だよね~」
    「ご褒美にぴったりだよね~」
    橋川が余計な事をいうから変に意識して緊張しているがかろうじて平然は保てている気がする。

    「石川くん、最近何かあった?」
    どうやら平然は保てていなかったようだ。
    「いや大丈夫!本当に大丈夫な方!」
    「ならいいんだけどさっ。テストが不安だったら教えてあげるよ!一緒にやろう!」
    「いいの!?やりたい!」
    「やっぱテスト嫌だったんかーい」
    テストではなく江川さんに対して悩んでるのだが結果オーライ。いや一緒に勉強することで余計に変な期待をしてまた勝手に葛藤してしまうのではないか。

    そう悩んではいるが頭の中の99%は一緒に勉強したい派の僕で埋まっていた。
    僕の学校は文化部とはいえテスト週間は全部活動は禁止で基本真面目な文芸部は素直に各自家で勉強している。僕と江川さんは江川さんの最寄り駅で待ち合わせた。

    クラスの1軍集団に混ざって帰る江川さんを見ていると改めて自分とは遠い存在なんだと痛感する。カフェで一緒に勉強しているのも現実とは思えなかった。

    「勉強ゆっくりと出来そうと思って入ったけど普通に味美味しくない?」
    「思った!発掘した気分!」
    「分かる~!うちもよく発掘欲に駆られて挑戦するんだけど舌がバカすぎて全部美味しく感じるんだよね!」
    「江川さんらしい!」
    「それは褒めているんだよね?」
    「ぎりぎり!」
    「またパワハラだ!」
    江川さんの何かされたらパワハラ認定する技に2人で笑った。
    地味な僕とクラスのアイドルという遠い距離を近くに感じさせるのが江川さんの力だ。距離の遠さに落ち込んで入ったカフェも一緒の勉強して出るころには笑顔を絶やさずにはいられないくらい楽しかった。

    テストは悩みながらも意外といつも通りの点数で幕を閉じた。
    「国語何点だった?」
    「ぴった90!」
    「うわやっぱ文芸部なだけあるね!」
    「泉は何点だったの?」
    泉は無言で92点の答案用紙を見せてきた。
    「うわ嫌味か!」
    「ははっ」
    そういえば体育祭の部活対抗リレーも喧嘩を止めてくれたしお礼しなきゃ。
    「そういえば部活リレー喧嘩止めてくれてありがとう。」
    「あーそれはこちらが悪いから逆に謝らせて。てか手加減してって言ったよね?」
    「いや、それはこちらのセリフでもあるような」
    「勝ったんだからいいじゃん。はいジュースね」
    「勝ったのに!?」
    「石川何点だった!?」
    泉と盛り上がっているときに橋川だ。橋川は前は僕が泉と話しているときには声をかけて来なかったが最近慣れたのか泉との会話途中でも声をかけてくるようになった。いや余程点数に自信があるのかもしれない。

    「そりゃ部活の時にいうよ」
    「そっかそっか」
    人の話切った割にはすぐ引いてくれたがおそらく橋川は高得点なのでジュースを賭けた勝負は挑まない方がよさそうだ。
    放課後の部活ではテストの点数勝負になるとおそらく負けるのでなるべくテストの話をしないように恋バナをして誤魔化した。
    しかし誤魔化しの恋バナのつもりがつい熱が入っていつしか本当に悩みを聞いてもらっていた。

    「もう告っちゃえよ」
    男子同士で恋バナするとほぼこういう答えが返ってくる。のりというか興味本位というか真面目であって真面目ではない回答。

    「いや絶対振られるに決まってんじゃん!僕のせいで部活の空気悪くなったら嫌だよ。」
    「別にそれで仲悪くなる関係でも無くね?」
    「そうなんだけどさ~」
    答えのない問いをずっと考えている。
    「まあ振られたら俺が焼肉奢ってやるよ!」
    「ありがとう」
    嬉しいが嬉しくない。しかし橋川のその優しさはありがたい。
    「まあどっちでもいいけど告白するならお前いつものたまに心の声が出ちゃうやつだけは辞めろよ」
    「確かに!あれで告白はかっこ悪い!」
    「そうだよな~」
    橋川の言葉に僕と藤崎がうなずく。
    「てか告るならいつなの?」
    「やっぱ花火大会がいいんじゃね?」
    橋川の言う通り僕もそこがベストだと思う。
    「俺もそこがいいと思う!よくドラマである告白してOK貰ってキスしながらクライマックス花
    火ドカーンみたいの良くね!?絶対いいと思う!!」
    藤崎がいつになく熱弁をしている。こいつ絶対恋愛ドラマ好きだろ。

    ガラガラッ
    藤崎の興奮気味の話をさえぎる様に文芸部女子組3人が入ってきて約一秒後に江川さんに
    「なんか盛り上がってんじゃん!何話してたの?」
    と聞かれた。
    まさか聞かれてたんじゃないかと頭が真っ白になったが

    「いや、テストが壊滅的でさ~」
    と藤崎のナイスフォローで後で飲み物奢ろうと決めた。2秒ぐらい前まで告白したことないやつが興奮状態で告白について語っていたとは思えない勇ましさだった。

    「おし橋川勝負だ!!今回も私が勝つ!!」
    「やってやろうじゃないの!」
    武藤と橋川は毎回テストの点数の勝負をしている。今回は武藤に軍配があがったようだ。橋
    川、自信あったんじゃないのか。
    「はい花火大会の時の時たこ焼き奢りね~」
    「くそ~」
    くそ~と言いながらも嬉しそうな橋川は花火大会が楽しみなのだろう。
    「石川くんどうだった?」
    「おかげさまで全教科平均点超えました!!」
    「よかった~これで低かったらどうしようかと思ってドキドキしたよ!」
    「そんなそんな僕の実力だから気にしないで!江川さんはどうだった?」
    「石川くんのおかげで国語以外全部90点越え!」
    「すごい!さすが!けど文芸部で国語が一番低いのおもしろい!」
    「それは言わないで!」
    「てか何で石川のおかげなの?」
    特に気にせず話していたが斎藤がふと気になったよう。
    「あ~テスト期間石川くんと勉強してたから!」
    「「「「えぇ!」」」」」
    そういえば江川さんと一緒に勉強したのは言ってなかった。別に隠していた訳ではないがあの江川さんと勉強してたのはむしろばれたかったくらい自慢出来ることなので正直気分が良かった。

    「いいな~誘ってよ~」
    「皆で勉強もいいね!全くしないだろうけど!」
    とのんきな女子組と
    「おいそれを先に言えよ!!」
    「もはや付き合っているだろ!」
    と小声で興味津々に話す男子組に意見が別れて面白い。
    正直江川さんのことでおちょくられるのは嬉しい。部活だけではなくクラス中に自慢したいく
    らいだ。
    ここ最近江川さんと付き合う妄想してはそれは叶わないと勝手にへこんだりと繰り返していた。もし付き合えたら皆に自慢できるんだろうな。デートも楽しいんだろうな。花火みたり、カフェ行ったり、、、
    おし、叶わないなんて100も承知。ずっと悩むくらいならもういっそのこと告白してしまえ。
    決定的な出来事があったわけではなくまさかのテストトーク中に告白を決心した。

    「おっしゃ花火大会楽しむぞ!!!」
    決心した瞬間気持ちが軽くなりさけんだ。僕はやる、花火大会で告白する。
    「急になんだよそんな花火大会が好きだったっけ?まあ楽しむのは間違いないけど!」
    もう迷いはなかった。普通告白は勝率80%以上でやるものだと聞いているが知ったこっちゃない。期待を胸に花火大会を待った。

     花火大会当日は雨だった。
    『今年も雨だったね』
    『うちのパワー足りなかったごめん』
    『成美のせいじゃないよ!しいていうなら橋川のせい』
    『なんで俺なんだよ!でも仕方ない。また来年リベンジしよ!』
    と朝から武藤江川さん橋川を中心にグループメールが賑わっていた。
    さすがに端っこの人間すぎた。僕がドラマの主人公なら絶対晴れていたはずなのに普通に雨で主人公なわけがなかった。

    ピロンッ

    橋川から『いけ』とだけメールが来た。

    力が入った。
    花火はおそらく上がらない。屋台もやっているかさえ分からない。こんな雨の中呼び出して嫌われるかもしれない。正直自分勝手だ。しかし今しかないそんな気がした。

    『雨で花火ないかもだけど気晴らしに会場行ってみない?』
    江送信ボタンを押すのは流石に手が震えて5分かかったが江川さんはすぐに返事を返してくれた。

    『逆に楽しそうだね!』
    今までメールでこんな嬉しかったことはない。慣れない浴衣を着てフルでガッツポーズをしながら向かった。

    まさかの先に着いていた江川さんも浴衣姿で待っていた。めちゃくちゃ可愛い。
    「そんなはっきり言われたら照れじゃん!嬉しいけど!」
    「あ、え、声盛れてた?」
    「めちゃくちゃ可愛いって言ってたよ。」
    超絶恥ずかしいしまず直接言うなんてきもいし橋川にあれだけ心の声が盛れるのだけは辞めろと注意されたのに早速盛れてしまってこの先を思うと気が遠くなった。

    「うわいきなりきもいこと言ってごめんだし、というか遅れてごめん!」
    「嬉しかったからいいし、今着いた所だから問題なし!」
    さすがの優しさを感じながら会場へ向かった。移動中の電車はひたすら反省してなんとか挽回しようとおそらく良くない空回り方をしていた。

    会場はやはり空いていたものの屋台はやっていたことに安堵した。雨はまだ降っているが花火の中止は発表されてはいない。もしかしたら花火は開催されるかもしれない。僕は花火開催に賭ける。

    傘をさしながらなんとなく一周した。
    「思ったより空いてるね~」
    緊張と空回りで喋りだせずやっと言葉が出た言葉がこれだ。そりゃ雨が振っているから空いてるだろうよ。

    「やっぱ雨降っているからね~でも空いていて食べ放題だから嬉しいね!」
    なんとか楽しませなければいけないプレッシャーと頼むから花火打ちあがってくれという気持
    ちといつ告白するかの気持ちでつぶされそうになっているが告白する前のこの屋台が最後にアピール出来る勝負どころだと自分を奮い立たせる。

    「たこ焼きひとりじゃ食べきれないから一緒に食べない?」
    「いいねー!食べよっか!」
    本来部員全員で行くはずだったので部員全員でここへ来たら江川さんとどう2人きりになるかを考えていたが結果的に最初から2人でいけたことはでかい。
    それもこれも橋川の『行け』のメールのおかげだ。

    「江川さんごめんこれタコ入ってない!」
    「そんな事ある!?」
    「ただの焼きだわこれ!」
    「それ冗談じゃなくて本当に言う場面に遭遇するとは!でも美味しいよ!」
    「いーや納得出来ない!ちょっと聞いてくる!」
    「いいのにこれはこれでいい思い出じゃん!」
    なんとしても楽しませたい一心で江川さんの気遣いも無視して2人で買ったお店へ行ったがよく看板を見るとのれんに『たこ焼き』ではなく『たこなし』と書いていて2人で爆笑した。

    「詐欺だろ詐欺!なんだたこなしって商品名!」
    「石川くん持ってるね~こんな面白い店はじめてだよ!」
    江川さんが素で笑ってくれているのを見てたこが入っていないたこ焼きにむしろ感謝した。
    そんな気張らなくていい。いつも通りの自分でいいと思えてあとはいつも2人で帰る時のようにたわいもない会話で盛り上がった。

    あとは花火が上がってくれれば完璧。

    すると『花火大会は予定通り行います。』というアナウンスが流れた。

    まるでもう花火が上がったぐらいの声量で喜んだ。
    「石川くんそんなに花火好きだったの?」
    と笑われながら言われ恥ずかしくなった。
    僕は花火が打ちあがることに賭けていた。あらかじめ見やすい場所をピックアップしていて、あらかじめ買ってあるレジャーシートを引き、あらかじめ考えていた告白のセリフを今一度頭に浮かべた。

    僕に恋愛経験はない。告白したこともなければされたこともない。類は友を呼ぶで友達も恋愛経験はなく知識はドラマのみだ。

    『俺もそこがいいと思う!よくドラマである告白してOK貰ってキスしながらクライマックス花
    火ドカーンみたいの良くね!?』

    藤崎の言葉はドラマの見すぎと言われるだろうし僕もドラマの見すぎだろうと思ったが人生初告白で緊張のピークにいる僕は何週も回ってそれがベストだと思っていた。

    「ここ見やすくていいね!石川くん場所選び最高!」
    そう、この場所は土手の少し坂になっている部分で寝転んで見るのに最適なのだ。しかももし仮に告白に成功してキスするなら少し坂になっている方が周りの人たちにもばれないだろうとあらゆる分野でベストなのだ。事前に調査して来たかいがあった。

    いくら花火大会といえど正直中盤は飽きてくる。なので最初の興奮からちょっと慣れてきた中盤で告白し、最後成功とともにクライマックス花火を迎える。これが僕のシナリオだ。

    しかし本当に僕は今告白するんだ、始まるんだと思うと花火の音ぐらい心臓がどきどきした。
    一緒に寝転びながらその時を待つ。

     いよいよ花火が上がった。僕の舞台の幕も上がった。僕の心臓は最高潮にドキドキしたが本物
    の花火の音に一瞬でかき消されて人間の無力さを味わった。花火は空高く打ちあがった。
    正直思っていたより曇ってて花火があまり見えない。

    「綺麗だけどちょっと見にく~」
    「開催してくれたから文句言えないけどね!逆にいい思い出になりそうだよ!」
    なんでも肯定してくれる江川さんには申し訳ないがこちらはプランがあるため心が折れそうだ。
    2人きりになれて花火も開催し、場所取りも完璧。ようやくここまできたのに肝心の花火がドラマチックとはかけ離れていて告白するには曇りすぎている。

    「ごめんこんな曇っているときに誘っちゃって」
    「いやいや花火も綺麗だし、なによりも石川くんとみれて嬉しいよ。ありがとう。」
    こんな嬉しい言葉はない。今日僕は確実に告白しよう。改めて決意した。

    「優しすぎるよ江川さんは!確かに花火も綺麗だ!ほらあんな上まで、ほらあんな、、ほら、
    あれ」
    「石川くん緊急事態かも!」
    「やっぱそうだよね!」
    花火がさらに上に上げっているとは思っていたが、これは花火が上がっているのではなく、少
    し坂になっている所に引いた僕らのレジャーシートが雨で滑って下がっているのだ。
    坂の下には当然花火を見ている人たちがいるので滑って激突したら大惨事だ。慌てて起き上がりシートを引き直そうと思ったが雨で地面が滑りやすくなっている影響をうけてもろに滑った。結局僕とレジャーシートを江川さんに引き留めて貰った。
    一瞬間があったが目があった瞬間2人で笑い転げた。

    「石川くん今日運良すぎ!!本当面白いね!!」
    男としてこんな情けないことはない。ただその情けなさを受け止めてくれる江川さんがからこそ僕も自分の情けなさに心から笑えた。

    「いや江川さん身体能力化け物じゃん!」
    「言い方!褒められてる気がしないんだけど!」
    「いや褒めてるよ!本当に助かった。にしても花火の演出が変わったのかなーって思ったら僕らが落ちていっただけなんだね」
    「気づくの遅いって!」
    「いや気づいてたけどね!」
    「嘘つけぇ!」
    瞬間ラストっぽい花火が撃ち合がった。曇りを察したのか終了時間を早めたようだ。
    もう告白している予定だったが、滑りながら花火を見ることになるとは人生上手く行かないもんだ。

    でもこの楽しさはなんだろうか。
    やはり楽しい。このままこれが続くなら友達のままでいいのかもしれない。花火も終わっちゃったしもうこれでいい。

    ドカーン。

     花火第2章が始まった。
    いやまだあんのかよ!!
    どうやら先ほどのラストの雰囲気をまとった花火はフェイントだったようでまだ続くようだ。
    これにはいつも騙される。

    「うちも思ったそれ!花火見るたび1回はフェイントに騙されるよね!」
    「分かる今僕もそう思ってた!」
    「思ってたってか言ってたよ!」
    はい心の声が盛れてた。あれだけ気をつけてたのにへまをする。
    続いてしまった以上は花火を見続けた。そしてさっきは花火が終わったからという理由で告白しない言い訳を探していたが続いてしまった以上本当に告白するしかない。正直緊張で花火は入ってこない。

    もうすぐ本当にクライマックスが来る。告白するならそろそろだ、いやこのままの関係でもいいか、いやでも今日って決めたろ、いや別に花火後でもいいか、言い訳の嵐。

    ピロンッ。

    スマホがなった。

    すぐに橋川からだと分かった。
    内容もきっと『いけ』だ。

    今しかないこのタイミングで送ってくる奇跡。さすが心の友だ。ここで行かなかったら男ではない。

    「江川さんちょっといい?」

    「ん?どうしたの?」

    真剣な表情で体ごとこちらに振り向いてくれて目があった。

    舞台は整った。

    後は言うだけだ。

    セリフはシンプルに好きです付き合ってください。

    これを言うだけだ。しかしいざ言おうとすると全く言えない。

    なんだこれ全く言えない。

    ここまできて言えない。
    やばいもうクライマックスが来るのに。

    好きですだけなのに、好きです、頭の中では言えているのに、好きです、「好きです。好きです。」 

    自分でも分かった。人生初の告白は意識して言ったものではなく、臆病なあまり頭の中で言った言葉がただ出てしまった無意識の言葉だ。

    正々堂々伝えるのではなく、逃げに走ってしまった。

    全ての音が聞こえなくなった。

    『まあどっちでもいいけど告白するならお前いつものたまに心の声が出ちゃうやつだけは辞めろよ』

    橋川の言葉が鮮明に再生される。すまねえ。
    橋川、俺だめだったよ。

    「くん」

    「石川くん!!」

    「ん?」

    後悔にとらわれていた僕に江川さんは必死に話しかけてくれていた。

    「ごめん花火の音で聞こえなかった!次はちゃんと聞くからもう一回言ってくれる?」

    奇跡が起きた。

    僕は天に味方されている。

    これ以上ない奇跡。

    今度こそちゃんと。

    「江川さん。大好きです。僕と付き合ってください。」

    今度はちゃんと言えた。自分の意思で伝えることが出来た。
    瞬間クライマックス花火が始まった。
    江川さんの口が動いたが花火の音で聞き取れなかった。
    聞き返そうと耳を傾ける前に僕と江川さんはキスをしていた。

    一番の見どころである終盤のクライマックス花火は見ずに目をつぶって終わった。

    小さい時から運動は出来ず、かっこいいわけでも頭がいいわけでもなく面白いわけでもない。
    クラスでは端っこにいる存在。地味で目立たない。人間レベルで言うと確実に下の方だ。こん
    な僕が今クラスで1番可愛い大好きな江川さんととキスをしている。僕にまさかこんな人生が待っていたなんて人生捨てたもんじゃない。

    間違いなく人生で1番のピークだ。  


    第一章完。



     作戦は成功した。

    ついに石川くんを手にいれた。

    そう、これは私江川成美が石川くんを手に入れるまでの物語。

    5、真ん中



    バスケ部に入った理由はただ単に和光泉に誘われただけ、普段無口な和光が誘ってくれたことが素直に嬉しかったのもあるけれど正直部活何てどこでもよかったのでほとんど勢いに近い。

    運動神経には自信があり入部してバスケに慣れた頃には1年生にして先輩を退きレギュラーを勝ち取った。しかし華々しい部活人生を送れるかと思ったが未経験の1年生がレギュラーになったことで先輩や同期はいい気がしなかったのか私はあっという間に嫌われ者となった。

    早く上手くなれば周りから慕われると思って努力してきた私の計算ミスだ。嫌われてまでやる熱はないので辞めようかと思ったが和光からの誘いを受けておいてこの辞め方は流石に申し訳ない気持ちが強く、せめて和光と2人で試合に出てから辞めようと思った。

    和光はバスケが上手い。1年生の始めの頃なんて言ってしまえば実力より声の大きさなど気合があるやつが気に入られる。そのため私は和光より声が大きくて目立っていたから顧問にいち早く見つかりレギュラーになれただけで単純な実力だけでいうと和光のほうが上手い。その証拠に日が経つに連れ和光が頭角を表し和光もレギュラーを勝ち取った。無論1年生でのレギュラー獲得はやはり大多数はいい気はしないようで私と和光はどんどん孤立していった。

    「実力で黙らせよう」
    私としたことが周りの目が気になって不安な時に和光がそう言ってくれて私はむしろこの状況が楽しくなって真剣にバスケをすることに決めた。上手いから白い眼を向けられるなんてまるで主人公じゃん。という浮かれた気分すらこみあげてくる。
    私と和光はかなりコンビネーションがいい。2人だけでも十分公式戦で戦える。そう、私には和光がいるし和光には私がいる、嫌われようとなんだろうと気持ち的にもバスケ的にも負ける気がしなかった。
    私たちは2人で周りの声を気にせずひたすら練習し、ついに先輩の引退がかかった大会で私と和
    光は活躍し我が部活5年ぶりの県大会出場を決めた。

    流石に周りも手のひら返しをしてきて尊敬され始め、私と和光はやっと部活に馴染めるようになった。手のひら返しされる方の気持ちは正直そこまで悪くなかった。

    「和光の言う通り実力で黙らせたね!バスケ続けて良かった。改めてバスケ誘ってくれてありがとう。」
    「こちらこそ続けてくれてありがとう。」
    言葉数こそ少ないが私たちは確かに絆があった。
    県大会を決めたことによって部活全体に熱が入った。
    「無理せずにね!」
    「ナイスファイト!」
    「ナイスシュート!今のすごい!」
    私は人を褒めるのが得意だった。得意というより人を喜ばせるのが好きだったため人一倍声をだして人一倍褒めた。
    今や嫌われていたのが嘘だったかのように皆から慕われている。そう私は自分のフィールドさえ引き込めばたいてい好かれる存在。
    それはクラスでも部活でも同じで、言ってしまえばどこにでも馴染めるタイプ。今や同期の中心となって1年生のキャプテンとなった。

    一方の和光はクールな上に真面目で
    「もっと走って」
    「今のはそうじゃなくてこうしなきゃ」
    など先輩たちからも怖がられるほどの嫌われ役を買ってでた。
    しかし部活のレベルは目に見えて上がり、それに比例して和光は嫌われていく。
    「皆和光のおかげで上手くなっているねいつもありがとう」
    「どうも」
    それでもあの頃そうしてくれたように私だけは和光に話しかけた。
    部活のレベルが上がるのは嬉しいがそれを実感する度和光が嫌われていくのが嫌でキャプテンとして失格だが部活のレベルが上がるよりも和光を心配して嫌われ役を辞めるようにさりげなく注意した。

    「最近ちょっとあたりきつくない?皆怖がっちゃうよ」
    「じゃあうちに言われないくらい皆が練習すればいいんじゃない?」
    しかし和光はとうとう私にまで強く当たって来た。私は諦めず何度も注意したがその思いは届
    かず、それで仲が悪くなるようなことはなかったけど以前に比べて話さなくなっていた。

    おまけに念願の県大会は1回戦で負けてしまった。
    誰が悪いわけではないのにあんだけ人に文句言って結局負けたことで敗戦の理由は和光のせいという雰囲気になり和光は孤立した。一方の私は誰よりも声を出し、ミスをカバーして褒めるところを大げさに褒めたりと周りから慕われ、和光と私は部活内で真逆の位置にいた。

    何度も皆に強く言うのは辞めてと言ってもそれじゃいつになっても上手くならないと言い張ってきてとうとう私も嫌気がさしてきた。
    そんな状態の時に冬の大会が始まった。1回戦目で思い知ったが私たちは格段に上手くなってい
    た。誰もが和光のおかげだと気づいた。
    悔しいけど私もその1人で順調に勝ち進み見事またも県大会出場を決めた。

    「和光のおかげで皆のレベルがあがったね。ありがとう。」
    と素直な気持ちになった。手のひら返しと言われればそれまでだけどとにかくこの気持ちは嘘じゃなかった。

    「どうも」
    相変わらずクールだけど県大会出場の嬉しさなのかどこか笑っている。
    「笑みが隠しきれてないよ!」
    「うるさい!」
    こうしてハイタッチをかわし再度和光は部活に馴染んでいった。
    前回よりも勝ち進むことが出来て部活は勢いづき、2年生の夏の大会も県大会出場と県大会常連になった。先輩が引退し、和光が部長となった新生女子バスケも勢いは止まらず2年の冬の大会で当たり前かのように県大会まで勝ち進み、そして女子バスケ部創立から初の全国大会出場を決めた。

    全国大会出場が決まった時は私も和光も含め部員全員で泣いて喜んだ。泣いている和光に
    「え、和光も泣くんだ」と聞いて「別にいいでしょ」とつっこまれて部員皆で泣きながら笑いあった。
    色々あったけど結局このチームは最強だ。あの時和光に誘われなかったらこんな素敵な気持ちになれなかったと思うと感謝が尽きない。心の底からバスケ部に入ってよかったと思えた。

    正直部活なんてどこでも良かったし、部活やらずにアルバイトしてクラスの友達と遊んで適当に彼氏でも作って高校生活楽しもうと思っていた私がまさかこんな部活に夢中になるとは。人生何が起こるか分からない。

    「和光、部活誘ってくれてありがとう。」
    「え、なに急に気持ち悪い。今!?」
    「人がせっかく感謝してるのにひどい!」
    「嘘嘘、こちらこそ入ってくれてありがとう」
    と笑顔全開で言われ、私も笑顔全開で迎えた。味わったことのない喜びを感じ、私は青春の全てをバスケに捧げると決めた。

     しかし喜んでいるのも束の間、全国大会は県大会の優勝チームと準優勝チームがでられるので全国大会出場は決定しているが、まだ県大会の決勝戦が残っている。そして始まった県大会決勝戦。決して手を浮かれていたわけでも手を抜いた訳ではないが私たちは大敗した。このままでは全国大会は厳しいと感じた。

    全国大会までの期間私たちはより一層練習に励んだ。もっと練習しなきゃ、一秒でも多く練習
    しなきゃ、私たちは日々焦っていた。
    とうとう練習のしすぎで足を痛め病院であまり無茶はしない方がいいと言われたが練習せずにはいられなかった。

    練習はピリピリするばかり。
    「そこ!最後まで諦めるな走れ!!」
    「やる気ある?」
    自分が自分のこと嫌になるくらい厳しくなっていった。いつかの悪い方のバスケ部に戻っていっている実感があっがそれでも皆のためと想い嫌われ役を買ってでた。
    私はバスケにとりつかれているのだと思う。いつどんな時もバスケの事を考えるようになった。
    クラスメイトとの関わりや授業なんて面倒としか思わないし、ましてや1人1つ入らなきゃいけない委員会なんか時間の無駄だった。

    委員会は体育祭の実行委員に入り、体育祭は半年前の6月に終わっているのでもうやらなくて済むと思っていたが、3月に球技大会という行事がありその打ち合わせを行わなければ行けない。
    打ち合わせしている暇があったら練習がしたい。そんなストレスを抱えてながら参加した。

    ある日球技大会の資料や進め方などの資料が図書室にあるから誰か取ってきて欲しいという先生の呼びかけに一番早く手を上げ会議室から図書室までダッシュした。
    全方向にいい顔をしたい気持ちもあるが、誰かがのろのろ取りに行くより私が取りに行った方が数分か速いと判断して挙手した。
    その数分でも惜しいくらい練習しなきゃと焦っていた。

    そして図書室にはいるとそこに和光と隣のクラスの男子が仲良く話していた。思考が追いつかなかった。部員全員一秒でも惜しいくらい練習したい気持ちだと思っていた。和光に限って練習よりも男子との会話をしている時間をとるはずがない。

    「和光なにしているの?」
    「あ、江川」
    何かの間違えであって欲しいと動揺しながら聞いた。
    「今委員会終わったところ、先部活言ってるわ」
    そういって「じゃあね」と同じ委員会の人らしき男子に話しかけながら図書室を出て行った。

    唖然としたけどすぐ部活に向かったので私の考えすぎで同じ委員会の人とただ話しているだけだったと言い聞かせた。
    にしても和光が男子と話しているなんて初めて見た気がする。一体どんな人なんだろ。

    「体育祭実行委員の江川です。球技大会についての資料お借りします。」
    「え、あ、僕ただの文芸部で管理者でもなんでもないです!あ、でも資料は多分そこの奥の部屋にあります。」

    どこかぱっとしない人だ。
    「ありがとうございます」
    どんな人か気にはなったけどその人と話す暇があったら練習した方がいい。私は資料を見つけてすぐさま図書室をでた。

    会議が終わり急いで部活に戻ると和光含む部員たちは猛練習していた。私も負けないと必死に練習し、練習が終わるころには今日和光が男子と話していたことは考えなくなっていた。
    体育祭実行委員は委員会の中でも異色で、体育祭と球技大会以外の活動はない。
    だから楽そうに見えるが逆に忙しい時期になるとすごく忙しくなる。現に他の委員会は活動していない中、今日も体育祭実行委員は活動中だ。
    こんな事をしている場合ではない。これから委員会がある度にそう思うのかと思うといっぱいいっぱいになる。

    今日は昨日取りにいった資料を委員内でまとめて最終確認した。資料はもう使わないとのことなのでまた私が図書室に戻しに行き、図書室に入るとまたも図書室にいた男子と和光が話していた。

    考えられなかった。信じられなかった。全国大会が控えているこんな時に、私が1秒でも早く練習したいと思っている時に、何をしているんだと腹がたった。冷静に考えれば男子と話すくらいなんでもないし悪いことをしている訳ではない。だからこそ怒るのも違うしこの怒りはどこにもぶつけられないストレスとなる。

    「今日も話してるんだ~練習さぼるなよ~」
    精一杯我慢して遠回しにわざと茶化すように注意した。ここで私が怒って関係を崩して試合に支障をきたしたくはなかったからだ。

    「大丈夫だってただの雑談だから。じゃあ先行ってるわ」
    と言って部活に行ったが私が来なかったらずっと話しているつもりだったのだろうか。そんん
    な疑惑さえ容易に浮かぶ。

    不満は大きくなるばかりで私が練習に集中できなくなることだけは避けたいと思って必死に考えないようにしていた。
    しかし疑問とは無意識に考えてしまうもので勝手に和光とあの図書室男子のことを考えていた。よりによって何で今なんだろう。こんな大切な時になんで、

    「成美危ない!!」

    気づいた時には私と和光は衝突していた。味方からパスを貰って勢い余った和光は宙をかけるようなジャンプシュートしていたがその着地地点に考え事をしてボーとしている私がいた。

    皆熱がはいいているのもあるしなによりお互い打ち所が悪く動けなかった。もちろんぼーっとしていた私が悪い。周りからも私が悪いと思われていただろう。
    部員たちは全国大会目前の事件を目の当たりにし、慌てて集合した。

    「ごめんねー大丈夫だから練習してて!」
    私は精一杯大丈夫なふりをして体育館をでて座りながら再びぼーっとした。
    何も考えられなかった。ただでさえ医者に無茶な練習はしないようにと言われてたのに今の衝撃でとどめを刺されたかのように当分バスケ出来ないくらいの怪我だとすぐ分かったが実感がわかずただ呆然とすることしか出来ない。

    「江川ごめん、怪我大丈夫?」
    和光も一緒についてきて2人で座った。
    何はともあれぼーっとしていたのは私だ。私が悪いのは分かっている。けれども頭が追いつかなくて何も答えられずにいる。

    2人無言のまま何分たっただろうか。

    「どうしても和光が毎日図書室で男子と話していたとこが気になっちゃった。」

    意を決して話した。怪我のことについては黙っていた。

    「こんな大事な時期で私は委員会があるからどうしても練習遅れて、もう1秒も無駄にしたくないのにどうして和光は図書室の男子と毎日話しているのか分からなくて複雑だった。そう考えてたらぼーっとしちゃった。だからごめん私の集中力が足りなかった。」

    抑えきれなくて言いながら涙があふれてきた。言い訳というか押しつけがましい言い方になってしまったが言わないとどうにかなりそうだった。

    「そうだったんだ。ごめん」
    「いや悪いのは私。けど何で練習よりあの男子と話していたのか教えて欲しい」
    少し時間をおいてから和光は話し始めた。
    「あの男の人石川っていう同じ図書委員の人なんだけど、私が唯一話せる男子でなんていうか最初はあんまり話さなかったんだけど徐々に話すようになって段々いいなって思うようになって多分、、好きなんだと思う。だから大事な時期なのは分かっているけど話してしまった。」

    「あぁそうなんだ。」

    力が抜けた。

    「だから話してたごめん。」
    「うん。そりゃ好きなんだから話したくなるよね。ごめんね変に愚痴って。」
    「いや私の方こそ大事な時期に悪かった。」

    なんだそれ。と思った。一気に力もやる気も抜けた。どの道足の怪我具合から当分バスケは出来ない。この終わり方はなんなんだと絶望した。全て部活に捧げてきた。クラスの子たちとの遊びも恋愛もアルバイトも捨てて毎日練習に明け暮れていた私の青春の全てをバスケに支えてきた。その青春の全てがこんなくだらない事がきっかけで終わるのか。私の二年間はなんだったんだ。
    そう思うと余計に涙が溢れてきた。和光に誘われ、和光がきっかけで終わる。和光さえいなければ楽しい2年間を送れていたはずなのに。
    自分が悪いのは分かっているからこそどこにもぶつけられない怒りに押しつぶされそうだ。

    「やばい石川!写真のデータが入ってるメモリーカード落としたかも!」
    「え!?やばくね!?」
    「結構やばい!」
    「ちょっと探そうぜ!」
    遠くからこんな会話が聞こえてきて徐々に声が近くなり、例の石川くんが目の前を通った。

    「あ、和光さん」
    「よっ」
    泣いている最中なので他人といえど見られたくはなかったが泣いている私に察したのかすぐいなくなった。

    「終わったまじ見つからね~」
    石川くんの友達、確か私と同じクラスの橋川が絶望の声を石川くんに向けて嘆いている。
    「まあまた撮ればいいじゃん?また色んな所行って次はもっといいもの撮ろうぜ!」
    石川くんのその一言に優しい人だなと思った。
    和光は遠ざかる石川くんを目で追っているあたり本当に好きらしい。恋か。
    そういえばもうずいぶん誰かを好きになったりしてないなと思った。

    このやるせない気持ちはなんだろう。練習しすぎて足を痛めたのは私のせい。それでも早く練習したいのに委員会があって練習できなくて1秒でも練習したいのに男子と話していた和光。
    そしてそれを考えていたら衝突して怪我をしてもう大会には出られない私。こんなくだらない結末はあるのだろうか。

    そうだ。そうだよ。私は和光に2年も高校生活を奪われたんだ、残りの1年くらい私が和光の青春を奪ってもいいだろう。石川くんを好きになった訳ではないが和光の好きなものをとにかく奪いたくなった。この2年間を奪われた恨みはこれじゃないいと気が済まない。流石に和光からバスケを奪うのは他の部員にも迷惑かかるし私も辞めずらいので辞めた。

    「和光怪我は大丈夫?」
    「私はなんとか大丈夫そう、江川は?」
    和光が無事ならこの部活は大丈夫だ。他の部員に迷惑かけることなく私は安心して辞められる。怪我の具合から全国大会は絶望的、半年後の最後の夏の大会には間に合いそうだけどその頃にはもう和光には追いつけないくらい差をつけられているだろうし何よりもなんかもう冷めた。今考えるとこんなことでふてくされて冷めるなんて私はなんて幼稚なのだろうと思うが思春期なので許してくれ。

    「良かった~。私はちょっとやばそうかな」
    いつでも辞められる予防線を張った。
    「本当か!?本当にごめん!!私のせいで。あんなに頑張っていたのに。」
    今までの和光のなかで一番の声量だったと思う。そして和光が泣きだした。和光が泣いている姿は久々に見た。
    言葉数は少ないが、泣かれたら流石に私も情がある。

    「謝らないで!私のせいだし和光は悪くない!最後の夏の大会には絶対間に合わせるから泣かないで!だからそれまで皆を頼んだよ!」
    と戻る前提の言葉をかけてしまった。

    どの道しばらく練習には参加出来ないので私は一時休部という形をとった。皆からしたら全国大会目前の練習で人に厳しかったのに最後はぼーっとして部長の和光と事故。実力的にも私は結構上手い方で急にいなくなられてチームはそれなりに迷惑をかけてしまって良くは思われなかっただろう。

    その後の全国大会も私は行かなかった。結果は1回線で負けてしまったと顧問の先生から聞いたがなによりも大会に行かなかった私に皆はお怒りのようだ。
    私は見に行ってしまったらまたバスケがやりたくなってしまうかもしれないと思い見に行かなかった。
    私も和光も部員の皆もそれぞれが複雑な思いを抱えたまま春休みがすぎて行った。

     学年が上がって3年生になった。奇しくも和光や石川くんと同じクラスになった。和光とはあれ以来なんとなく気まずい。

    しかし石川くんと話して部活に向かう和光を見ているとやはり許せない気持ちになる。どうしても石川くんを手に入れたい気持ちになった。変な意地だというのは自分でも分かっている。
    正直普通に話せばそこら辺の男子なんてすぐ好きになってくれた。しかしあまり話したことない上に言い方は悪いけどクラスでも石川くんのようなあまり目立たないタイプの人間は真逆の私みたいなうるさいタイプは好きになってくれないだろう。それに今振られたらいよいよ私の高校生の青春すべてが終わってしまう。私は慎重に様子をみた。

    石川くんと同じ部活の武藤麗ちゃんによると部活内ではムードメーカーらしく、クラスでの石川くんをみているとムードメーカーだなんてとても想像出来ないがきっと素の石川くんは部活の石川くんなのだろう。だから素の石川くんに好きになってもらわないと厳しいと考えおのずと私も文芸部に入ることにした。

    しかし話を聞く限り文芸部の5人は相当仲が良く、皆クラスでは静かだけど部活ではうるさい身内ならさらけ出せる内弁慶タイプの集まりでとても部外者である私が馴染めそうにはない。どうにかこの状況を打破してしなければならない。

    転機は3年生になって1か月たった頃、3年生は基本委員会はないが体育祭実行委員だけは決めなきゃいけないらしく受験期で敏感な時期に時間が奪われるので皆が嫌がっていたが私は率先して挙手した。これはただ株をあげたいだけの行動だ。
    そしてその実行委員の仕事で図書室に資料を取りに行くよう頼まれ、文芸部の部室である図書室に行けば何か起こるかもしれないと思って私は資料を取りに行った。

    図書室に入るとまだ誰もいなかったので無駄足だったと落ち込みながら図書室に奥にある資料部屋に入った。しかし資料を探しているとメモリーカードが落ちていることに気づいた。
    和光とぶつかって足を怪我をした日に橋川が石川くんにメモリーカード落としたと嘆いていたのを思い出してもしかしてこのメモリーカードなのではないかと思い拾って持ち帰った。

    なにかの情報はあるかもしれないと期待してメモリーカードのデータを開いたが私は驚愕した。
    カードの中身は100枚近くにも及ぶ武藤麗の写真だった。
    怖くなったがこれは利用出来そうなので次の日すぐに橋川を問い詰めた。

    橋川はいとも簡単に自分のと認め土下座しながら言わないでくれと頼んできて無事に私のしもべとなった。

    「麗ちゃん可愛いもんね~好きになるのも仕方ないか~」
    「でしょ!?毎日一緒にいるんだぜ?好きにならない石川たちの方がおかしいよ」

    橋川はあれだけのストーカー気質な写真がばれて私だったら恥ずかしさでいっぱいになりそうだが天然なのか能天気なのかいたっていつも通りで私がやって欲しいこと全て緊張感も違和感なくこなしてくれた、変なやつだけどそれはそれでいい味方をつけたと思う。

    その日は橋川に部活を休ませて2人で作戦会議をした。
    「私は文芸部に入りたい。」
    「そうなんだ意外!」
    「やっぱそうだよね!変だよね!」
    「うん変!」
    「はっきり言われるとむかつく!」
    笑ってしまった。最初は弱み握って圧倒的な支配でいいなりにしようとしたが話していくうちに普通に仲良くなって今では良き相談相手に近い。

    「でもそう!明らかに私が文芸部にはいるのは変だから入りにくいの!だから協力して!」
    「いや別に普通に入れると思うけどな~」
    「いいからいう通りにして!」
    「はい!すいませんでした!おうせの通りに」
    わざとふざけて敬礼ポーズする橋川をみて2人で笑う。
    「でもどうしてそんなに文芸部に入りたいの?」
    協力してもらっている以上いつかは言おうと思っていたが今の場の雰囲気を見て橋川になら言
    ってもいいと思った。
    「実は石川くんのこと好きなんだよね。だから少しでも近づきたくて」
    「えぇぇぇぇぇぇぇえぇぇ!?」
    「声大きいって!!」
    「ごめんごめん!でもえぇぇぇ!?」
    橋川はなにかぶつぶつ言いながら上に向かって祈っている。私は素直にこいつ結構変わり者だなと思った。

    「だから私が石川くんと付き合うまであのメモリーカードは没収ね!」
    「いや~そんな、、、」
    絶望を味わってる橋川をよそに話を進める。
    「兎にも角にもまず文芸部に入らないと話にならないから協力よろしく」
    それから時間の許す限り話し合って今後の作戦を決めた。

     次の日の私はガラにもなく緊張していた。1日中放課後のことばかり考えていた。しかしクラス内では明るく振舞えていたと思う。これまで2年間部活に時間を費やしていたので3年生はクラスメイトと仲良くなりたい気持ちもあり、今やクラスの中心と言ってもいいくらいの位置まで上り詰めた。しかし肝心の石川くんは目立たなすぎて私が話しかけるには違和感があり話せていない。なおさら文芸部に入らないといけないプレッシャーに襲われた。

    和光は一体石川くんのどこを気に入ったのだろうか。さりげなく1日中石川くんをみているが何考えているか分からないし自分の世界に入りすぎているのがしばしば見受けられてとても好きになる要素はない。 

    しまいには何のまいぶれもなく急に「消化試合じゃん!」と叫びだした。

    結構やばい人なのかもしれない。何とか1日中見ていたから瞬時に「うちは消化試合ではなく本気で体育祭やりますよー」と フォロー出来てクラスは和んだものの、私がいなかったら大惨事になっていたはずだ。もう少し感謝してくれ。

    いざ放課後、緊張したまま図書室に入って石川くん含む部員に文芸部に入りたいとさりげなく伝えたが案の定歓迎はされずとても迷惑そうな雰囲気を出された。
    おまけに予め引き留めてほしいと頼んだはずの橋川も無言。こいつ後で殴ろうと思って諦めて図書室を出ようとしたら

    「いいよ!歓迎する!」
    とようやく橋川が引き留めてくれた。さすがの橋川も初演技だからか緊張している様子で、もちろん部員たちは嫌々だったがとりあえず形式的には文芸部に入れた。

    この日の帰り橋川たちと別れた後は石川くんと2人きりになったがいざ2人きりになると少し緊張して言葉が出ない。勇気出して声をかけても怒っているのか反応は冷たい。思ったよりもしんどかった。クラスの人には好かれてきたので拒否される事の耐久性がなく心が折れてしまいそうだった。

    次の日から放課後部活の前に私は実行委員、橋川はトイレに行ってることにして2人で会議を行
    った。
    「昨日は結構しんどかった。もう最終手段使おう!!」
    「もう!?早くない!?てか本当にやるの?」
    「いいの!スピード勝負なんだから!」
    「はい!すみません!」
    橋川との会議は普段通りの雰囲気だったが部活は相変わらず居心地悪い雰囲気だった。
    橋川と麗ちゃんは話してくれるが肝心の石川くんは話してくれない。というか石川くんどころか藤崎と斎藤あずさちゃんも全く話してくれない。

    「今日ちょっと見たいテレビあるから走って帰るぞ!」
    しばらくして橋川の発言を合図に作戦を開始した。
    部員はいつも皆で帰る。この特性を利用して私も参加し走って駅まで向かった。作戦はそこで足を痛めたことにする。だから橋川に走るきっかけを作って欲しかった。足痛いのに皆のために無理して走った優しさをアピールする作戦だ。確か石川くんは私が部活で足怪我した時に遭遇したし、まあ麗ちゃんか和光から聞いているだろうから私が足痛いのに頑張ったという優しさを分かってくれるはず。ちなみに足のけがはもうほとんど治っている。

    駅から降りて倒れればさすがに心配してくれるだろう。倒れる練習もしたしシュミレーションはばっちり。あとは時が来るのを待つだけだ。

    しかし電車中急にはっきりと「どうしてわざわざ文芸部を選ぶんだ。」と言われた。
    こんな面と向かって言われるとは思ってなかったので頭真っ白になりながらなんとか謝ると向こうも驚きの表情をして固まっている。
    橋川情報とここ最近の石川くんをみてやはり石川くんは心の声が盛れてしまうことがあるようだ。逆にいうとそれは本音、否定される覚悟はあったけどまさかこんなに否定されるとは思ってもいなかった。ショックで駅で倒れる演技は演技ではなく素で倒れられた。

    流石に駆け寄ってくれて私のせいで電車遅れることを謝ると走った分早くついて結局いつも通りだと言ってくれた。
    私の心は折れかけていたが引き下がるわけにはいかない。今日の私の作戦はここからが本番だ。倒れた時に紙をわざとばらまいた。
    皆の好きな本をメモったものと部室申請書だ。メモは橋川情報と名簿を見て書いたもの、部室申請書は皆部室が欲しいと言っていたのでただそれっぽいのを作っただけの嘘だ。後で申請出来なかったとでも伝えよう。

    石川くんが紙を見たのを確認して
    「あ、見ちゃった?恥ず!昨日名簿記入するころに書いてあったから読んで話して早く皆と仲
    良くなりたいなって思っただけ!ストーカーじゃないからね!」 

    とまるで誰にも見られないところで努力する優しさを見せつけた。
    足が痛い中走り、皆と仲良くなろうとする努力、そして皆の待望の部室を作ろうとする努力、
    結果は大成功。見事石川くんの心を掴んだ。
    そして駅でしばらく話して仲良くなれたと思う。スタートダッシュはいい感じだ。

     次の日の作戦は橋川が蛍光灯を割ったのに私が片づけて優しさを見せるという1回限りの最終手段。私はここで一気に畳みかける。

    蛍光灯を割らせるなんて我ながらやばいとは思う。でも何か大きなきっかけがないとあの部活
    には馴染めない。そのくらいの鉄壁さを目の当たりにしたので勢いに乗った今大勝負にでる。

    予定通り橋川は蛍光灯を割ってくれた。頼んどいてなんだけど本当に割りやがった。頼んだ時も普通嫌な顔をすると思ったがまさかののりのりだったあたりこいつは本当に変な奴だ。

    私は割れると分かっていたから瞬時に反応出来たがほぼ同時に和光も反応していたのが少し悔しかった。あらかじめ体育祭の相談があると呼び出していた先生に素早く見つかり文芸部男子は呼び出され私もついていった。
    先生からは部活中止と清掃するようにと言われた。ここまでは予定通り。後は誰もいないであろう教室に戻ったら橋川が急に教室から出ていき、石川くんと藤崎が橋川を追いかける、その間に私が全て片づけて好感度をあげる作戦。

    しかし教室には和光と同じ文芸部の女子斎藤あずさちゃんがいた。
    和光に関しては石川くんを心配していた様子で私は内心少し気まずかったがすぐに教室をでて事なきを得た。
    問題はあずさちゃんだ。かなり怒っている様子。
    「どうしたの?」
    冷静に考えれば同じ部員として当然の疑問だけど私と橋川は次の作戦のことで頭がいっぱいな時に予想外のことがおきて答えられずにいた。
    「わりぃ。部活なしになっちゃった。」
    石川くんが端的に説明したがあずさちゃんは納得していないようだ。
    蛍光灯を割ったことについては
    「ただ手が滑っちゃっただけだよね。皆大げさだよ。」
    と重くならないようにフォローしたつもりが「成美ちゃんには聞いていない」と逆効果でさらに空気は重くなった。しかし私に強く出たあずさちゃんに腹を立てたのか石川くんが
    「江川さんは悪い事してないんだからそんな言い方ないだろ。」
    とフォローしてくれて私はここで私と石川くんは友達の段階には上り詰めたんだと確信した。
    それが分かっただけでもこの蛍光灯作戦をやって良かったと思えた。
    とはいえあずさちゃんとはまだ仲良くなれていないどころか嫌われているようなのでここは素直に全力で謝った。正直蛍光灯事件に関して黒幕は私だが、表向き私はただ石川くんたちを助けただけなので謝る必要はないがここは器の大きさを見せつけるために謝った。
    すると必要以上に効いたのかあずさちゃんは教室から出て行ってしまった。皆は動揺しているが私からしたら好都合。すぐさま元の作戦を決行すべく橋川に合図して教室を出て行かせた。

    しかし橋川を追いかけたのは藤崎のみ。石川くんと2人きりになってしまい、一人で教室を掃除するという作戦は出来なさそうだ。

    ここで私は閃いた。あずさちゃんを心配するふりをして石川くんにあずさちゃんが心配だから見てきてと頼み教室からだしてその間1人で掃除。優しにも繋がるし我ながら素晴らしい作戦が浮かんだ。これで行こう。
    「江川さん気にしないで全然辞めなくていいからね!」
    すると私が言葉を発するより先に気遣ってくれた。石川くんは結構素で優しい。
    「あ、うんありがとう。石川くんは優しいね。」
    これは本音だった。
    「優しいのは江川さんだよ!一緒に謝ってくれてありがとう。変に巻き込んでごめん。」
    将来結婚するなら結局は石川くんみたいな優しい人がいいんだろうなと素直に思った。和光の好きな人を私のものにする。こんな馬鹿馬鹿しい理由で近づいたけど和光がいなければこんな優しい人と話すことなく卒業していたと思うと少し和光に感謝しなければならない。

    「大丈夫大丈夫!むしろこちらこそ余計な事してごめんなさいって感じ!皆の役に立てるかなって思って一緒に謝りに言ったけど余計な事しっちゃったな。あ、あずさちゃん一人で寂しいと思うから行ってあげて」
    気を取り直していい人モード全開で作戦を決行し、石川くんが教室をでると私は急いで掃除を
    済ませた。途中わざと怪我して心配を誘おう考えたけど怪我をするにしてはそこまでガラスは割れてなかったので少し悔しいけど辞めた。
    掃除を終え石川くんたちと遭遇しないように職員室に寄って先生に事情をいいように話して謝り、明日からの部活は継続可能許可をもらった。
    私が指示したことで起きた事件なので謝るのは当たり前だが何故かいいことした気分になった。
    その後橋川にどうなったかLINEで聞いても『作戦は完璧』の一言だけ送られてきて石川くんと
    あずさちゃんがどうなったか全く分からないようだった。
    正直橋川藤崎はどうでもよくて石川くんとあずさちゃんがどうなったか知りたかったが当然のように知らないので使えないなとは思ったけどまあ蛍光灯割ってくれた恩があるので怒るのは辞めた。

    次の日文芸部でクラス皆に謝る日。私は普段から人前は慣れているから問題ないが、私除くクラスの文芸部はどうやら人前が苦手らしいのでここは私の出番。私の頼もしさをアピールするつもりはなかったけどいい機会なので見せつけるとしよう。

    まだ石川くんは来ておらず、橋川と藤崎、あずさちゃんはもう先に職員室に集まっていると橋川からLINEが来た。

    正直私は緊張している。皆の前で謝ることに対しての緊張ではなくあずさちゃんに嫌われていないかどうかの緊張。冷静に考えれば部員がやらかした時にかけつけて一緒に謝ってさらに1人で掃除なんて感謝されることしかしていない。しかし昨日は結局何も解決しないままあずさちゃんは教室から出て行ってそれ以来彼女は今私にどういう気持ちを抱いているのか分からない。

    そんな事を考えている間についに石川くんが登校した。昨日騒ぎを起こしたグループの1人にしては登校時間がいつも通りすぎるけど逆に緊張を整えるのにちょうど良い時間だ。
    石川くんに話しかけたらもう引き返せない。戸惑う気持ちもあったけど石川くんの隣の席の和光がすぐさま石川くんに話しかけていたので反射的に「石川くん行こうか」と奪い取る形で職員室に向か
    った。
    向かう途中お互い緊張しているのか特に会話はなかった。昨日あずさちゃんとどうなったのかぐらい言えよとも思ったがクラスの皆の前で謝罪するというのはとても緊張するようで同情して聞くのを辞めた。

    「おまたせ。昨日は余計な事してごめんなさい。」
    私は3人にあった瞬間一目散に謝罪した。昨日掃除してくれたといういい人に加えて真っ先にこちらから謝るという誠意を見せる作戦。
    本来向こうから謝るべき所を先にこちらが先に謝られて3人は一瞬驚きの表情を浮かべる。
    「いや謝るのはこっち!昨日はひどいこと言っちゃって本当にごめんなさい。」
    とあずさちゃんが深々と頭を下げた。
    「お、俺もごめんなさい」
    「すいませんでした!」
    どういう風の吹き回しであずさちゃんが謝ってくれたのか本当のことは分からないが結果として仲が深まったと思う。
    そしていざクラスの皆の前にたって私が文芸部に入ったことをいうとクラスの皆は驚いていた。そして顔には出さないが和光が一番驚いていただろう。
    皆の驚きっぷりをみるとやはり私は文芸部は似合わない存在であり、そんな中で部員と馴染めたのは大きい。蛍光灯を割った張本人である橋川が全力で謝ったところでクラスの皆が微笑ましくなりこのクラスはいいクラスだなって思った。
    「いいクラスだ。」
    私が思ったことを石川くんがつぶやいた。無意識に言ってたのか顔は真っ赤になっていたけど同じ気持ちで嬉しい。
    こうして一世一代の橋川蛍光灯粉砕事件の任務が完了した。

    事件後初の部活で私は文面上ではなく本当の仲間として正式に文芸部になった。
    そして帰り道は駅で橋川たちと別れた後は基本石川くんと2人きりで話せた。途中試しに思わせぶりな事を言ってみると誤魔化されはしたけど照れが隠しきれていない様子だった。完全に私のことを好きになった訳ではないけれど感触としてはいい感じだ。

     次のプランは体育祭。実行委員である私はエントリー期限が切れている部活対抗リレーを無理やりねじ込んだ。これはもちろん石川くんとより仲良くなるための作戦の一部ではあるけれど単純に部員の皆との思い出を作りたかった。
    誤算だったのは運動部のりで良かれと思っていれたが部員の大半はリレーにのりきではなかったのと無理矢理ねじ込んだことで文化部ではなく女子運動部部門で参加することになったこと。

    リレー参加の発表は部室が引くくらい静まりかえったけどなんとかやけくそ状態でも受け入れてくれ、さらに練習は橋川と相談してなんとなく私の次は石川くんが走るという走順になれた。
    練習はほとんどお遊びみたいな感じだったけれど2年間緊張感あるバスケ部にいた反動なのか楽しかった。

    もちろん強くなる、成長を感じたのはバスケ部の方で正しいのもバスケ部の練習というのは分かっている。しかし苦しいことがなくただただ楽しいだけの練習もこれはこれで青春だと思った。
    そんなバスケ部と帰り道にすれ違った。ついでに陰口を叩かれるというプレゼント付き。全国大会目前でよそ見して怪我して辞めたのに呑気にリレーの練習していたらそりゃ嫌だろうとなと納得して怒りはわかない。

    しかしこの状況を利用しないわけには行かない。私は影口を言われて少しぴんとなった空気を脱却したいという体で石川くんと歩いて帰ることに成功した。
    私の最寄りまで3駅、足が痛いという設定にしているのにこんなに歩いたら怪しまれるんじゃないかと思ったが多分気にならないくらい石川くんは私との会話に楽しんでくれている様子。
    これはもう私のことが好きなんだろうなと感じた。だが念のため橋川に石川くんの好きな人を
    聞くように頼むとしよう。
    帰り道はリレーの練習というていだったがただ話しただけで全く練習せずに最寄り駅に着いた。私自信も結構石川くんと帰ることを楽しんでいる、ちゃんと楽しめている自分に少し嬉しくなってつい明日も一緒に歩いて帰る約束をした。

    『石川は江川さんの事可愛いとは言ってたが男子の可愛いなんて好きと一緒だから自信持って』
    と昼休み橋川からLINEが来た。何故励まされたのかは分からないけど一応感謝した。
    もうほぼ勝ち確だろう。あとは体育祭で確定させていつ告白するかだ。恋愛において男子から告白するのが普通という風潮だが石川くんが私に告白する勇気はないだろうからここは私が告白する予定。

     体育祭当日は実行委員の仕事で忙しくて中々石川くんと話す機会がなかった。体育祭で告白し
    ようとも考えたけど実行委員が長引いてどうなるか分からないため見送った。
    忙しながらも石川くんをみかける時はあった。徒競走では4位で良い結果ではなかったものの何故か楽しそうにしているのが石川くんらしくて微笑ましく思う。しかしその後ほとんど和光と話していて胸が痛くなった。もう早く告白して私のものにしようと決心できたことはよかったけどこれだけじゃ気が済まないのでどうにか和光の前で石川くんと仲良くしている所を見せたという我ながら子どもっぽい気持ちが浮かんだ。
    お昼休憩もろくにクラス皆の所へはいけず仕事をしていて改めて実行委員会に入ったことを後悔した。

     そしていよいよ部活対抗リレーに時間。
    正直緊張してている。
    「おまたせ~。皆調子はどう?」
    少し準備で遅れて合流した。
    「見て成美うちらのバトン本だよ!やばいよ!」
    麗ちゃんががテンション高めで笑いながら本を見せている。
    皆と合流して緊張が楽しみに変わった。石川くんと付き合うために入った文芸部だけど今はもう石川くん抜きにしても私はこの部活が好きになっていた。
    そして部活対抗リレーは私たちの『女子運動部部門』の前の『文化部部門』が始まった。
    本来なら文化部部門だったはずなのに無理矢理ねじ込んだため女子運動部部門になったので私たちの存在に少しざわめいているがそれどころではない事態が発生してきている。

    私が足を痛めているのに部活のために頑張るという感動の演出のため、橋川に私が足を痛めていると石川くんに伝えるよう指示したが実際本当に痛んできてしまった。流石にリレーの練習や連日の石川くんと長距離歩いて帰ったのが響いたか。たったの半周だけ、半周だけでいいからいつものパフォーマンスがしたい。徐々に焦ってきた時だった。

    「うちらの部活はでないのにオタク部の部活にはでるんだね。」
    女子バスケ部から私に向けた声。
    「ごめんね!まだ怪我治ってなくてでも一回だけなら走っていいって言われたから一回だけ許して!」
    内心焦りと不安と怒りが同時に押し寄せてきたがなんとか感情を殺し、最低限いい人の返しをした。
    「部活辞めて男と遊んで、でも体育祭は出るってなんなの!?空気読んで出んなよ!そもそも足怪我してんのに何が出来るんだよ。」
    しかし相変わらず強い口調でせめてきて空気がぴりついた。このままでは文芸部の皆に迷惑をかけてしまう。どう返せそうか迷っている時だった。

    「何ができるかは実際やってみなきゃ分からないだろ。」

    石川くんからでた言葉。凛々しい表情からこれはいつもの心の声が出てしまうものではなく石
    川くんの意思で言ったものだとすぐ分かった。
    冷静になればとても寒くて痛い言葉なのかもしれない。でも少なくとも今の私は救われたし燃えてきた。
    同時に今会場で走っている部活対抗リレー『文芸部の部』が終わった。
    「はい終わり!お互い頑張ろう!」
    ほぼ同時に和光が場をリセットするかのように大きな声でまとめた。決して普段自分でまとめようとする人ではないがいざという時にまとめる和光はつくづく事件さえなければ私の最高の相棒になっていたに違いない。

    いよいよ入場となり、私たちは円陣を組んだ。同時に皆は笑い始めた。
    武藤「石川急にぶっこむなよ!」
    橋川「悔しいけどちょっとかっこよかったぞ!」
    斎藤「でもこれで負けられなくなっちゃったじゃん!」
    藤崎「よくもやる気にしてくれたな!」
    この状況で楽しく笑っている皆をみて改めてこの部活でよかったと思う。
    「皆!急に文芸部に入って勝手にエントリーしちゃってごめん!だけど楽しも!」
    私はここでも石川くんと近づく作戦を立てていたがそんなもんは忘れて全力で笑って全力で挑
    むことにした。
    「オタク部いくぞー!!」
    「「「「「「オー!」」」」」」
    石川くんにしては大きいな声で私たちは一つになり、そしてリレーが始まった。

    第一走者は麗ちゃん。相手は和光。物語的には和光と私が同じ走順の方が盛り上がるが向こうもこちらも本気なので気にしないことにする。
    和光はやはり速かった。がそれにくらいついている麗ちゃんも普通に速い。まずは2位。順調。
    第二走者は橋川。さすが麗ちゃんをストーカーしているだけあってバトンパスは完璧に決まっ
    た。
    渡す瞬間れいちゃんが橋川に「いけー!!!」と叫んび、橋川も「おおおおお!」と雄たけび
    をあげて走った。
    そしてさすが男子。橋川は女バスを抜いて一位になった。
    続いてバトンはあずさちゃんへ。
    あずさちゃんは走る直前にメガネを外した。だからといって速くなるわけでもなく抜かされてしまったもののメガネを外したあずさちゃんはもやは獲物を狙うかのような肉食獣にみえて本当は少し笑いそうになった。ちなみにあずさちゃん本人はメガネを外したことは黒歴史としているようだ。
    藤崎にバトンが渡されていよいよ次は私。部活休止しているのに文芸部としてリレーに出るという女バスからしたらそりゃ意味が分からないだろう。私自身冷静になれば今の自分の行動は意味が分からない。
    しかしもう後戻りは出来ない。この逆光という緊張感を味わうなんて久々の出来事でなおかつ先ほど相手に罵倒され反論したことで負けられなくなってしまったのが余計に燃えてきた。
    そしてバトンが回って来た。試合とか勝負事には慣れているのでアドレナリンで普段以上の力が出ることはなく、逆にいつも冷静に自分のペースで最初から最後までベストなパフォーマンスを出来る自信があった。しかし今回はバトンを手に取った瞬間自分の力がいつも以上に出ていることが分かる。体が軽い。いつも以上のスピードで走ることが出来た。前に走っている女バスなど正直止まって見えてあっという間に抜いた。
    束の間。足に激痛が走る。痛みで足が全く動かなくなってしまった。完全に調子に乗ってしま
    った。早く、早く石川くんに繋げなきゃいけないのに。

    「無理しないで!」
    石川くんの声だ。申し訳ないがその優しい言葉に正直私は苛立ちを覚えた。私が足が痛い中無理しているのは半分石川くんのためでもあるのだ。アンカーである石川くんの対戦相手はよく知っている。おそらく男子と言えど石川くんの運動神経では勝てない。だから私が一生懸命走って少しでもリードしてあげようと思ったが石川くんはまるで『無理しないで勝ち負けが全てじゃないよ』と言わんばかりの口調だ。そもそも試合前の挑発に乗った本人は石川くんだ。それで余計に負けられなくなったというのに何が無理しないでだ、今は無理をしてでも勝たなきゃいけない。勝ちたい。私の中の運動部の血が騒いでいた。

    私は苛立ちをパワーに変えて足を引きずりながら走った。すると周りから歓声が上がった。きっと周りは仲間の声援が力に変わって走っていると思われているだろうな。実際はそんな事はないが歓声は悪くないのでそういうことにしてあげよう。
    しかし足が痛いのは事実。私は力をふり絞って再び走り出しほぼ同時にアンカーへバトンタッチした。

    こうなったらもう精神論でしかない。私は石川にバトンを渡す瞬間泣いて見せた、さらに極めつけには「ごめんね」と謝った。
    女子が泣いて謝ってきたらこれはもう勝つしかないだろう。我ながら恐ろしい。さあ行け。
    石川くんは「やってやるよばかやろう!」と雄たけびをあげて走り出した。誰に対してのバカやろうなのか、男は何故叫びたがるのか、一切わからないが気合は入ってくれたらしい。
    そして男子は侮れない。絶対勝てないと思っていた相手にどんどん差をつけてそのままゴールし1位を勝ち取った。
    おし!色々あったがシンプルに勝負事に勝てたことは嬉しい。勝負に勝った喜びはいつぶりだ
    ろうか。

    リレー終わり別々の退場になったが石川くんたちはすぐに駆け寄ってきた。私はもちろん石川くんに抱きついてかました。
    けれどそれは好きになってもらう作戦ではなく100%の気持ちではこのメンバーで成し遂げられたことへの嬉しい気持ちだ。仲間とともに何かをやり遂げるのは何にも変えられない素晴らしいことだと久しぶりにこの気持ちを思い出した。

    この日文芸部の皆と喜び合ったことは間違えなくこの学生生活のなかで宝物だ。改めて文芸部に入ってよかった。
    余韻に浸る暇もなくクラス全員参加の大縄跳びが始まりこれが最後の競技となるので今一度私含めクラス全員の気合をいれた。

    「おし!皆!今日も一日お疲れ様!皆本当よく頑張った!ありがとう!これから最後の種目が始まります!もうこれ最後です!つまり倒れても問題ないので倒れるまで全力出しましょう!!」
    「いや鬼か~」
    「スパルタすぎ~」
    軽くクラスを盛り上げ空気を良くする。
    「嘘嘘!最後まで楽しもうね!全力で応援します!頑張るぞー!」
    「「「「「おー---!!!!!!!」」」」」
    これで雰囲気よく大繩に挑めたと思う。クラスは一つになり大いに盛り上がった。
    私個人としてはクラスの皆に足の怪我が理由で競技には参加出来ないと伝えたのにも関わらず、部活対抗リレーは参加したあげくまた足を痛めるという最高に意味の分からない行動している手前全力で応援するしかなかった。きっと他の人が私と同じ状況になったら陰口を叩かれるだろう。しかし私は普段の教室で皆を引っ張っている自覚と持ち前の明るさでなんとか心配や笑いにしてもらえいる。それに私は人を褒めるのが得意だ。誰が縄にかかろうが疲れが見えてこようが全力で士気を高めた。バスケ部の頃もキャプテンは和光だが実質チームの士気を高めていたのは私だ。なのでチームを引っ張ることには自信があった。

    その私が何も言葉がでないくらいクラスの大縄跳びはひどかった。先ほどの盛り上がりが嘘のように消えた。
    私が中学生の頃の体育祭大繩は100回くらい、に比べて今回18回。回数が多少前後したり誤
    差があるとかいうレベルじゃない。終わった。
    クラスの雰囲気も徐々に暗くなり空気は重い。そんな絶望の中結果発表が始まった。
    「第三位、14回3年1組」

    、、、

    こんなもんなの!?いけそうじゃん!
    この時私含めクラスの大半は絶望で声が聞こえては来るが頭に入って来なかっただろう。そんな中石川くんが叫んでいた。
    するとクラスは我に帰り事の重要さに気づく。

    あれ今三位で14回って言った!?
    確実に最下位と思っていたが三位が自分たちより低い事、もしかして1位いけるんじゃないかと期待する事、そしてこの学校の大縄跳びのレベルがあまりに低すぎる事、それらの感情が同時に押し寄せて味わったことのない種類の前向きな臨場感が生まれる。

    そして時は来た。
    「第二位、15回3年4組」
    瞬間1位は確定したがまだ発表されていないので喜びを隠そうと必死だ。同時にたった18回で優
    勝してしまうおかしさで笑いもこらえている。
    「そして第一位、18回2年3組!!!」
    「「「「「ええええええ??いぇぇぇぇぇい」」」」」
    クラスは妙な盛り上がりをみせた。
    「まじかよ!!ビリかと思ったのに1位かよ!!」
    「レベル低すぎだろ焦ったわ~」
    「おい石川こんなもんなの!?とか絶対言っちゃだめだろ面白かったけど!!」
    「そうだそうだお前たまに急に面白いこというよな!」
    クラスメイトが石川くんに話しかける。クラスではいつも静かな石川くんもクラスメイトと同じテンション、もしくは高めのテンションで返していた。
    「いや僕の中学の大繩優勝88回だよ?18回じゃ終わったって思うじゃん!!」
    「それな!俺のところも100回ぐらいだったから終わったと思った!」
    「うちも!」
    「俺も!」
    石川くんを中心にクラスが盛り上がる。体育祭でこんな笑ったことはない。おかしさと嬉しさでどうにかなりそうだ。

    クラスでいつもうるさい人が静かだと体調悪いのかと心配になる。しかしいつも静かな人がうるさいとたいていの人は驚くしなんなら引いてしまう。石川くんは後者でいつも静かなのに今はクラスで一番大声で話している。何人か驚いた人もいるだろう、けど私にとってはいつも通りの石川くんであってこれが本来の姿であり、きっと本人も今中心にいることは気づいてなさそうだが石川くんは部活でもクラスでも本当は中心にいる人間性なんだなと思う。

     そんな無邪気な石川くんを見ていたら目があった。
    仕方ない最後はヒロインの私が締めよう。徐々に石川くんに近づきハイタッチをかました。石川くんは自分のことを下に見すぎていると思う。どこか私とは別世界の人間だからと遠慮されている時も感じるがこのハイタッチをもって対等な存在になれた気がした。

     体育祭から数日後、しばらく体育祭実行委員の仕事などで部活にはいけなかったがようやく落ち着き、何故か体育祭の打ち上げを文芸部で行った。
    すると
    「ではでは改めまして、体育祭と江川さんの入部にかんぱ~い!!」
    と言われ私の歓迎会も兼ねていたのだと知って嬉しくなる。まあ私が入部してなくても打ち上げは行われただろうけど。
    打ち上げは前に石川くんと話していた焼肉になったのだが肝心の石川くんはどこか元気がない。

    クラスならいつも静かで元気ななさそうにみえるのが通常運転だが部活内で静かな石川くんは珍しい。これはきっと私についての悩みだろう。
    これはうむぼれではない。明らかに私とだけ目が合わないのだ。完全に私の事が好きだ。
    念のためシンプル体調不良の可能性を含めて私がお手洗いに行く時橋川にさぐりをいれてもらったが、予想通り私について悩んでいたらしく晴れて私は勝ち確した。

    あとはどう告白するかだ。スピード勝負ならもう今すぐにでも出来るが流石にテスト前に心惑わせるのも罪悪感が出るので辞めにした。だとすると花火大会が絶好の機会だ。文芸部は毎年皆で花火を見に行っているようなのでそこに私も参加させてもらおう。
    決戦は花火大会の日と決めたところでそれまでの繋ぎとして一緒にテスト勉強する約束をし私自身もテストに専念した。

    カフェでテスト勉強を一緒にするころにはもう橋川の手伝いなど必要なく、等身大の私と石川くんで過ごせたと思う。最初の頃は拒絶されていたとは思えないくらい話が合う。私は誰隔てなく仲良く慣れる自信がある。それは私が八方美人であり、一人一人に合った性格に演じることが出来るからだ。しかし石川くんといるときだけは素の自分でいられる気がする。そして石川くんも素でいてくれていると感じる。焼肉の時は私の事が好きとはっきり認識してしまったことで緊張していただろうけどいつの間にかいつも通りの素に戻ってくれてやはり私たちの空間は心地よいと思った。

    振り返ると私はすごくバカな真似をしている。和光にバスケを誘われ、全て捧げるくらい熱中した末和光の事について悩んでいる最中に接触事故でバスケを辞める。そしてその腹いせに和光が行為を抱いている人を私のものにしようとしている。幼稚で卑怯でなによりも本気でこれをやっているのがばかばかしいと自分でも思う。でも後悔はしていない。若気の至り代表で上等、私は元々平凡より険しい道を好むタイプだ。後で振り返った時自分のことを恥ずかしいと思えるくらいがちょうどいい。

    「勉強ゆっくりと出来そうと思って入ったけど普通に味美味しくない?」
    「思った!発掘した気分!」
    「分かる~!うちもよく発掘欲に駆られて挑戦するんだけど舌がバカすぎて全部美味しく感じるんだよね!」
    「江川さんらしい!」
    「それは褒めているんだよね?」
    「ぎりぎり!」
    「またパワハラだ!」
    このたわいもない会話が出来る自分がなによりも楽しい。和光の好きな人を私に惚れさせて仕返しをするつもりで始めたがいつの間にか私は本当に石川くんのことが好きになっていた。裏で橋川を操ったりと石川くんを罠にはめたような感覚でまるでドラマに出て演じている気分だったがどうやら罠にはまったのは私らしい。親や先生には申し訳ないが私は今恋愛で忙しくて勉強をしている暇はない。この日もほとんど勉強せずずっとたわいもない会話をして終わった。

    そしてテストを終えて続々とテストの結果発表が始まった。こんな事があっても不思議と点数はいつも通りだった。これは本当に不思議で部活辞めた時もそうだったけれどどんな精神状態でもテストの点数は変わらない。

    そんなことはさて置き、いよいよ花火大会が始まろうとしていた。私はここで告白するつもりだ。久々の緊張感。悪くない。気合をいれてそっと目を閉じた。

    翌朝、雨。
    文芸部のグループで今日は中止とアナウンスされた。普通の人ならこれで落ち込むだろう。しかし私は諦めない。次石川くんと二人で会う機会なんていくらでもあるが今日を決戦日と決めていた。理由はない、しいていうなら気分だ。幸い私には橋川というカードが残っているためどうにかして私と石川くんを会わすように説得してほしいと頼んだ。正直花火なんてどうでもよくただ2人きりで会えればそれでいい。

    するとほどなくして石川くんから『雨で花火ないかもだけど気晴らしに会場行ってみない?』
    とLINEが来た。
    よくやった橋川。どう説得したのかは分からないが雨の中花火大会を誘うなんて正気の沙汰ではない。石川くん以外から誘われたら絶対断っていただろうからだからこそ向こうから誘ってくれてよかった。

    気合の浴衣に着替え決戦場に向かった。気持ちは部活動夏の公式戦に向かっているような緊張感だった。
    まさかの私の方が先に着いて待っているとしばらくして石川くんが来た。お待たせより先に可愛いとストレートに言われ少し照れたが、私以上に石川くんの方が照れている、いやこの表情はどちらかというとやってしまった絶望にも見えるのできっと心の中で思っていた事が出てしまったのだろう。どの道嬉しいので指摘せず会場を回った。

    雨も徐々に弱まり花火も決行するとアナウンスされやはり私は持っていると確信した。
    いよいよ花火が始まる。事前にリサーチしてきたであろう場所をあたかも今見つけた感じで紹介され、そしてまさかの寝転びながら見る方式で正直浴衣よれるし立って見たかったがあまりの熱意に断れず横になった。
    花火が始まると思ったより曇っていて写真をとるレベルではなかったけれど今日の本題は告白なので最悪花火は見れなくてもいい。問題はいつ告白するかだ。
    一般的には終わった後だと思う、ロマンを求めるなら花火前に告白して恋人として一緒に見る。ドラマなら花火の最中に告白して花火が撃ちあがったとともにキスをするシーンをよく見るがあんなのドラマの世界なだけで実際は音が大きくて聞こえにくいし告白してくるする人はいないだろう。

    ということで私は花火が終わった後告白することを決意した。後は花火が終わるまで時間を待つだけだ。花火は所詮会うための口実ではあるが流石に曇っているといえど雰囲気も相まって綺麗だった。部活や石川くんのこと筆頭に色々あった一年ではあったが好きな人と見る曇った花火は全てが報われた気がした。

    途中レジャーシートが滑り落ちる珍事件もあったがこの人のこういう時にハプニングに襲われる性質も楽しい。この人と一緒にいたら楽しいんだろうな、そう思わせれるのも才能だし現に石川くんの周りはいつも楽しそうだ。
    そんな事を思いながら花火はいよいよ終盤に差し掛かった。

    「江川さんちょっといい?」
    すると突然神妙な顔つきで話しかけられて私は察した。今日私が告白しようと決意したように石川くんも告白しようと決意していたのだ。まさか花火の途中はないだろうと思ったが流石石川くん、一番ないと思った所を選ぶ男だ。
    こうなった以上ここは真摯に向き合おう。私が告白しようとしたけれど辞めにした。

    「ん?どうしたの?」
    私は石川くんのほうへ振り向き目を見た。さあクライマックスだ。
    緊張で花火の音も光も気にならないくらいここは2人だけの特別の空間になった。
    ただ一向に何も言ってこずさすがに緊張の空間がが壊れ普通に花火の音が気になってきた。
    告白は言葉が詰まる。緊張する。勇気がいる。
    それを全て分かっている上でも流石に長い。

    すると突然。「好きです。好きです。」と連呼された。
    私は笑いそうになった。一世一代の告白でも石川くんは心の声が漏れて伝えてくるのだと。
    そんな石川くんを私は微笑ましく思う。心の声って事は本心であることには違いないのでちゃんと嬉しさもある。世の中恋人の数だけ告白をしている。ありふれている恋人たちのなかで1組くらいこんな告白から生まれるカップルがいてもいいじゃないか。

    私はまだ自分が告白したことに気づいていないであろう石川くんに返事をしようとした。
    告白をしているつもりはないのに相手から「私も好きです」って言われたらキュンキュンする
    だろう。ここまで勇気出してくれたお礼にキュンをプレゼントしよう。
    そう決意して改めて石川くんと目を合わせた。
    すると石川くんは今にも泣きそうな絶望の顔を浮かべていた。

    前言撤回。そうか石川くんは石川くんなりに自分の意思で伝えようとしていたんだね。何度も悩んで考えて行動して今こうして目の前で思いを伝えようとしてくれている彼に水を差すわけにはいけない。

    「石川くん!」

    反応なし。

    「石川くん!!」

    「ん?」

    やっとこちらの言葉に気が付いた。
    「ごめん花火の音で聞こえなかった!次はちゃんと聞くからもう一回言ってくれる?」
    先ほどの告白未遂は聞こえないふりをした。これがラストチャンス。さあ乗り越えろ。

    「江川さん。大好きです。僕と付き合ってください。」

    今度はちゃんと石川くんの言葉で伝えてくれた。
    瞬間クライマックス花火が始まった。
    「ミッション完了」
    つい私も心の声が出てしまったが聞き返そうと耳を傾ける前に私はキスをした。

    一番の見どころである終盤のクライマックス花火は見ずに目をつぶって終わった。

    第二章完。


     石川くんと付き合い始めてしばらくは達成感に見舞われていたが、やがて和光への恨みは消え新たに罪悪感が生まれつつあった。

    とはいえ、石川くんを好きになったのも本当で、石川くんが私を好きでいてくれるのも本当で、ただの純粋な恋愛をしただけだと言い聞かせて罪悪感を無理矢理消すことにした。

    けれどいつまで経っても罪悪感は消えなかった。これは石川くんを奪った罪悪感もあるが、なにより夏の大会には間に合わせると和光に伝えたバスケ部への罪悪感だ。

    いや、罪悪感と呼ぶには言い訳で、本当は毎日図書室で聞こえてくるバスケ部の練習に少しづつバスケ部に戻りたい気持ちが芽生えつつあった。

    私の高校生時代の大半を捧げたバスケ。部員たちと過ごした日々、和光とならどこまでも行けると思っていた自信。私は何てくだらない理由でバスケ部を離れてしまったのだろう。怪我しても応援は出来ただろ、皆と一緒にいれただろ。
    後悔してもしきれなかった。

    いや、まだ後悔するにはやりきれていない。

    私は嫌われているのを承知でバスケ部に顔を出すことにした。

    「あ、成美じゃんおひさー」

    1人部員が気づいてくれたのを皮切りに徐々に私の存在に気付いてく。

    「何しに来たの?」

    元からの好感度はそこそこ高かったので受け入れてくれそうな人もいれば、やはり私の行動を良く思ってない人もいる。特に石川くんと2人で駅でいた時も体育祭のリレーの時も1番に私に強く当たってきた矢崎には当然私は嫌われているだろう。

    「あの時はごめんなさい!!!!」

    私は全力で謝罪した。

    「都合がいいのは分かってる。でも、もし皆がよければまた戻りたいなって思ってます。」

    我ながら本当に都合が良すぎる。受け入れられないに決まってる。

    「まあ意味わからん行動はしてたけど怪我治ったらいいんじゃね?」

    「え」

    「だからいいって言ってんの!あんたでもいないよりはましだしね」

    言葉は不器用だが矢崎は意外にも少しだけ受け入れてくれた。

    「そうだよ!色々あったけど成美が戻って来てくれれば百人力だよ!」

    その勢いで受け入れてくれる人が広がりホッとした。
    また戻れる。あの頃本気だったものにまた夢中になれる。

    「まああとはキャプテンの泉に聞きな」

    しかし肝心の和光からは何も聞けていない。

    和光の方をチラッとみた。
    和光も私の視線に気づいて目をそらさずに歩いて向かってくる。

    和光はどう思ってるのだろう。石川くんと付き合った事は知っているのだろうか。いやそんなことよりそもそも今の私はバスケ部に必要だろうか。

    ピタ。

    和光が目の前まで来て足を止めた。

    「あの時はごめん。私が悪かった。身勝手なのは分かってるけど、もし良かったらもう一度和光とバスケがしたい」

    和光が何か言い出すより先に私は気持ちの本気をぶつけた。

    和光は少し笑いながら真っ直ぐ私を見つめて言った。

    「いや私の彼氏奪っといてよくここに来れたね。」

    え、

    「は?何お前泉の彼氏奪ったん?」

    部員たちががざわつく。

    「ごめん何の話だかさっぱり」

    「ま、いいよ他の女にほいほい行く男なんていらないわあげる、お幸せに」

    最低。最悪。気持ち悪い。

    そんな言葉と目を向けられながらドアは閉じられた。


    #創作大賞2026
    #恋愛小説部門



     
     
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