メむンコンテンツぞスキップ
芋出し画像

私を倉えた芪友の䞀蚀

    幌い頃から自由奔攟で、䜕かに瞛られるこずが倧の苊手だった。
    そんな私にずっお、高校生掻ずいう䞉幎間はあたりに退屈で、たるで出口のない檻に閉じ蟌められおいるような苊痛の時間だった。

    いじめに遭ったわけでも、深い悩みがあったわけでもない。 ただ、興味の持おない授業や尊敬できない教垫たち、そしお䜕より「長時間同じ堎所に拘束される」ずいう事実に耐えられなかったのだ。

    圓時は朝寝坊をしおは「今日は行くのがおっくうだ」ず、ふらりず孊校を䌑んでしたう日々が続き、そのうちにこの堎所を去りたいずいう「䞭退」ぞの誘惑が芜生え始めおいた。
    その先に䜕かやりたい展望があったわけではない。ただ、目の前の退屈から逃げ出したい䞀心だったのである。

    そんな私のそばには、私ずは察照的に、垞にアクティブで呚囲を惹き぀ける魅力を持った芪友の『ようこ』がいた。
    ようこず私は䞭孊は別で、高校で友達になったのだけど、性栌が党く違うのになぜか劙に気が合い、すぐに芪友ずなった。

    ある日のこず、ようこが䞭孊時代の同玚生の男子から盞談を受けたずいう。 しかも、盞談しおきたのはこの高校の番長だった。
    「俺の友達があんたのこずを気に入ったから、付き合っおやっおほしい」
    ず蚀われたらしい。その盞手は圌女の䞭孊時代の同玚生で、なんず圌女の初恋の人だった。

    䞭孊時代はお互いの芖線を感じ぀぀も、結局どちらも告癜するこずなく、別々の高校ぞ進孊したのだずいう。
    圌女に芋せおもらった卒業アルバムの圌は、驚くほどのむケメンだった。
    写真では分からないが、高身長で家も裕犏。しかし圓時から少し䞍良っぜかった圌は、男子校に入孊した埌、すぐに高校を䞭退しお今は無職らしい。

    「ルックスさえ良ければすべおが蚱される」ような、若さゆえの颚朮がある䞭で、私はおっきり圌女も喜んで付き合うものだず思っおいた。
    盞手は初恋の人なのだ。けれど、圌女は「断ったよ」ずあっさりず語った。

    「あんなにかっこいいのに、どうしお断ったの」

    私が䞍思議に思っお尋ねるず、圌女はさらっずこう蚀った。

    「高校の䞉幎間を我慢できない人が、他に䜕を我慢できるっおいうのよ。」

    その芪友の䜕気ない䞀蚀に、私は雷に打たれたような衝撃を受けた。
    孊校を蟞めたいずいう思いを圌女に打ち明ける前で、本圓によかった。
    誰にも知られおいなかったからこそ、私は䞀人静かに、自分の甘えを心底恥じるこずができたのだ。

    自由ずは、単に嫌なこずから逃げるこずではない。 課せられた最䜎限の矩務を果たした者だけが、誇りを持っお手にできる「暩利」なのだず、匱冠十䞃歳の圌女が教えおくれた気がした。

    あの日から二十数幎。
    お互いアラフォヌになり、今でも時々䌚っおは人生芳を語り合う芪友だ。
    圌女は二十䞉歳で勀勉な青幎ず結婚した。
    共に働きながら二人の子䟛を育お䞊げ、数幎前にはマむホヌムを䞀括払いで賌入し、高校卒業埌に就職した䌚瀟で、今は埌進を導く指導者ずしお掻躍しおいる。芯の匷さや茝きは、あの頃のたたで党く倉わっおいない。

    今の私が、誰に指を指されるこずもない、たっずうで自立した人生を送れおいるのは、間違いなくあの時の圌女の蚀葉があったからだず思う。

    瀟䌚ぞ出るための最䜎限の切笊を手にする䞉幎間を投げ出さなかったからこそ、私は今、本圓の意味で自由な人生を歩めおいる。

    ようこにはこの話を今たで䞀床もした事がない。
    この話をするのは、お互いおばあちゃんになっおからず思っおいる。
    今は心の䞭で蚀うこずにするわ。

    ようこ、ありがずう。
    そしおこれからもよろしく

     
     
    17幎間過ごした矎容の䞖界を卒業し、珟圚はラむタヌずしお奮闘䞭。アラフォヌの「今」だからこそ曞ける、等身倧の気づきず倉化の蚘録です。

    あなたぞのおすすめ