
短編小説 ミドリいろどるお花屋さん
花屋といえば、どんなイメージを持つだろうか。駅ビルの隅っこだったり、大通りにぽつっとあったり、それか田舎の小さな建物だったり、どこでもあるような印象があると思う。じゃあ雰囲気はどうだろうか。いろんな場所にお花屋さんはあっても、なんとなく想像するお花屋さんの雰囲気は同じだと思う。都会の鉄っぽい雰囲気にそぐわない、アスファルトの通りに急に出てくる、それか逆に辺境に溶け込んでる、謎めいた緑色の空間が、だいたいの人の頭の中に思い浮かぶだろう。
僕のお店は、本当に見た目も雰囲気も普通のお花屋さんと変わらない。一応駅はあるけど、周りには何もない田舎に自分の店を構えてる。バラにカーネーションにヒマワリにチューリップに、色とりどりなお花を、畳15枚分ぐらいの大きさの小さな部屋にギュッと置いてる。周りが思ってるお花屋さんと同じ雰囲気だろう。やっぱり人もあまり来ない。でも最低限生きるためのお金は稼げてるし、ここに住んでるから、のんびり生活できればなんでもいいやと思ってる。
今日も今日とてお花の手入れをしていると、ドアにつけたベルが軽やかな音を出す。
「いらっしゃいませ~」
来てくださったお客さんを早速じっくりまじまじ観察する……ぱっと見高校生で、すごくかっこいい雰囲気がある。こんなお客さんは普段あまり来ない気がするけど、お花屋さんは来るもの拒まずだ。
お客さんがしばらくお花たちを眺めた後に、覚悟を決めたような顔で赤いチューリップを一輪レジに持ってきた。
「450円になりま~す」
「はーい」
いつも通りの定型文な会話をする。でもなんでうちの花屋に来たのか、ちょっと気になった。
「お客さん、このチューリップでなにをされるんですか?」
「えっ、いやー、その……家に飾るんですよ!なんかそろそろ春だなーって思って、なんか家に彩りいれたいなーって思ってぇ……」
すごく焦ったような照れたような様子だ。こういうお客さん、ますます気になる。
「ホントのこと、話してくださいな」
うちの花屋のちょっと変なところその1。お客さんにこっちから異常なほど話しかける。そういうところじゃちょっと面倒なお花屋さんかもしれないけど、お客さんからの事情のヒアリングが、お花にちょっと特別なおまじないをかけるのに役に立つ。
「……好きな人に告白するんですよ。そろそろ卒業式も近いし、あの人は今週いっぱいで遠くに行っちゃうらしくて。だから、せめて気持ちだけ伝わればなって思って」
「ほうほう、なるほど……」
おお、なんと甘酸っぱい恋よ!あなたの気持ちがどうか伝わりますようにと、人差し指にはめた指輪に願いと感情をこめながら、一輪のチューリップを丁寧に包む。
「あなたの気持ち、きっと伝わりますよ。チューリップも応援してくれてます!お花と一緒に、その気持ちも大事にしてくださいね」
「は、はい!ありがとうございます!」
そういうと少年はどことなく嬉しそうな笑顔で帰っていった。ああいう元気があると、僕も頑張れるな。
うちの花屋のちょっと変なところその2。来てくれたお客さんのお花におまじないをかけること。もうちょっと具体的に言うと、お客さんの想いが現実になるようなおまじないだ。例えばバラには「愛」とか「告白」とか、そういう花言葉がある。このお花と一緒になってもらえた人の、そんな恋がうまくいくようにと思いながらおまじないをすると、どういうわけか本当にうまくいく。仕組みはまだ理解できない。
おまじないのやり方は簡単。右手の人差し指にはめた指輪に軽く感情を込めて、その感情をお花に移すようなイメージをするだけ。これだけでお花に特別な力がこもる。すごく単純だなって今でも思ってる。でも大事なのは、お花を扱う自分自身が、お客さんに対して感情を持つことだ。自分自身もお花に対してお客さんと同じことを思うからこそ、おまじないも強力なものになる。
スマートフォンが曲がるようになったり、超高性能なパソコンが作られたり、普段から人に使われるものが発展すると、当然注目される。でも花屋なんてあまり人に使われないから、ものすごいことができても全然注目されない。そんな全然注目されないのを逆手にとって、ちょっぴりものすごいことをしてるのが、うちの花屋だ。
正直このおまじないは、たぶん魔法のほうがこの現象を表現するのに近いと思う。でもそれだとファンタジーすぎるし、そんな大層なものじゃないから、あえておまじないって言葉を使ってる。
それにこのおまじないは、即効性もないしそんなに強力なものでもない。あとでじんわり効いてくるようなタイプだ。だから、自分がおまじないをしてもお客さんが後でどうなったかはなかなか知るのが難しい。そういうところだとフィードバックがもらえないのが、まあまあつらいところかもしれない。
だいたいいつも通りの流れで、今日も終わりそうだ。ほかのお花屋さんのことはあまり知らないけど、僕は大して忙しくない穏やかな時間のなかで生活をしてる。別に大きなイベントとか行事に興味がないわけじゃないけど、このままゆっくり生活するのも悪くはないし、それこそが自分の望んだ姿だとは思ってる。
3月になってもまだまだ日が落ちるのは早くて、もう周りは真っ暗になってしまった。そろそろ店じまいの時間だ。店の整理をしながらお花のことも考える。そういえばこの時期は卒業とかあるよな。サクラとかパンジーとか、それとも土手で摘んできた菜の花とかもうちに置いて、春っぽい雰囲気を出すべきか、でもありきたりなのもちょっとあれだし……う~~~ん
……あれ。悩んでた間にいつの間にかお客さんがいる。もう遅い時間なのに。全然まだ営業時間だから全然いいんだけど。
このお客さんはいろんなお花をじっくり見てまわってる。欲しいお花が決まってないなら、お客さんが運命のお花と出会えるまで、腰をすえて待つのみだ。
「これください」
「はーい、700円になります」
…………なんと1時間たっぷりお客さんは悩んだ末、ガーベラの花束を選んだ。せっかくお花と一緒になれるんだからじっくり選んでほしいとはいえ、こんなに悩んだお客さんは初めてかもしれない。こっちも観察しすぎて疲れた。でも、だからこそ、このお客さんがこのお花を選んだ理由が気になる。
「お客さんはどうしてこのガーベラを選んだんですか?」
「んーと……」
またじっくり考えはじめた。時間はかかるけど、丁寧に言葉を選んでくれるのは、それはそれでちょっと嬉しいかもしれない。
「お部屋に飾りたいからですかね?自分の部屋は味気なくて、いろんな色があったらきれいかなって思って」
「ありがとうございます。ちょいとお待ちを……」
お部屋に飾りたいってことは、きっと普段の生活をもっと明るくしたいんだろうな。そんなお客さんに明るい幸あれ!と感情をこめて、お花に移す。
「ガーベラの鮮やかな色、きっとあなたを元気づけますよ。花と一緒に楽しい生活、ぜひぜひしてみてくださいね」
「……!どうもありがとうございます!」
そういうとお客さんはすごく静かに帰っていった。もうちょっと相手のことを知れてればもっといいおまじないができたんだけど、しょうがないか……じゃなくて、そろそろお店を閉めなきゃ。
夢を見た。友だちだと思ってた人から、ひどい言葉を言われて縁を切られる夢だった。自分はずっとひとりで生きてきて、友だちって言える友だちもすごく少なかった。そんな中できた友だちはすごく嬉しかった。でも自分の話し方が悪かったんだろうな、急に友だちは離れてって、すごく悲しかった。
そんな悪夢の後味残りつつ、いつも通りお店を開いてお花の準備をしてると、昨日来たお客さんがまた来てくれた。うちのリピーターになってくれるお客さんは結構珍しいから、やっぱりその人のことが気になる。お会計に来る前に、こっちから話しかけちゃおうか。
「おはようございます!今日はどんなお花を探してるんですか?」
「えっ。えーと……」
また考えこむ。正直こっちから話しかけるのはもしかしたら迷惑な気もするけど、ごめんなさいこれがうちの方針なんです。
「置いてるだけで空気がきれいになるみたいなお花ってありますか?」
「はい!お花じゃないんですけど……」
お店の奥に置いてある観葉植物コーナーから、とっておきの緑を持ってくる。
「これはエアープランツって言って、土がなくても生きていける植物なんです。もちろん水やりも必要ですけど、お部屋に気軽に置けるし空気もきれいになる、素敵な植物なんですよ」
「へぇぇ……」
そういうとまた考えはじめてしまった。あれ、なんかやらかしちゃったかな……
「もしかしてあまりお気に召しませんでしたか……?」
「ああ、いえ!昨日ここで買ったお花を自分のお部屋に置いたら、心なしか雰囲気が明るくなった気がして。こんな素敵な植物もお部屋に置いたら、それはもう最高に明るくなっちゃうって思って嬉しくなっちゃったんです」
そ、そうなんだ!!お客さんはほとんど表情が変わらなかったけど、こんなに気持ちをフィードバックしてくれるお客さんは初めてで、すごく嬉しい。
「ありがとうございます、そう言ってもらえると花屋としても幸せですね……今日はもっといいおまじないができそうだ」
「おまじない?」
「あっ!なんでもないです」
ついつい嬉しくて、お客さんには伝えないおまじないのことを、口を滑らせそうになる。でもいいおまじないができるのは本当で、こんなに嬉しいならそうとう強いおまじないがきっとできる!
エアープランツを包んで、いつも通り、でもいつもより強い気持ちで、お客さんが幸せになれるようなおまじないをかける。でも、なんでか普段のおまじないより手ごたえがない。なんでだ……?自分はこんなに強く思ってるのに、何かがおかしい。
「どうされましたか?」
ああ、焦りが思いっきり顔に出てたみたいだ……ごめんなさい、なんか普段と違うと思うけど、これ以上頑張ってもうまくいく気がしない。
「いえ、なんでもないです……ごめんなさい」
「な、なんのことですか?お花屋さんなにも悪いことしてないのに」
でも過ぎたことはしょうがない。いつも通り明るくしよう。
「とにかく!こちら植物です!たぶんいい感じになりますよ!!」
「あ、ありがとうございます」
でもやっぱり焦りはどうしても隠せないな。一回うまくいかなかっただけでこんなに落ちこむ癖はどうにかしたい。
お店を閉めた後も、そのおまじないがうまくいかなかったのをぐるぐる思索してしまった。自分の感情が足りなかった?でも自分はすごく嬉しかったし、そんなことはない。いつもと違う植物を持ってきたから?でも自分は全部の生き物が大好きだし、そんなこともない。なんでだ、なんでだ…………
また夢を見た。普段ポジティブな自分とは違って、すごく暗い夢だった気がする。人に追いかけられて頭を銃で撃たれて……までは普段見る夢とだいたい同じだったけど、そのあと幽霊になって、自分のお葬式を見た。すごく悲しかった。ひとりになっても、自分を心配してくれる人がいるって実感した気がする。どっちにしろ銃に撃たれたからすごく嫌な目覚めだったけど。
昨日のうまくいかなかったこともあって、その日の朝の準備はものすごく体が重かった。明るくしなきゃいけないのに、太陽が必要な生き物を扱う人間なのに、そんな自分が暗いことを考えちゃっていいのか……
お店を開いたあとも、レジのカウンターのイスにぐったり座って、ずっと悩んだ。うまくいかないことはあってもこんな重く考えなくてもいいんだって、自分に言い聞かせよう。でも無理だ!!どうしよう!?
「ごめんくださーい」
「ひっっ!」
イスに縮こまって座ってる最中に急に話しかけられて、びっくりした。開店してすぐなのに、もうお客さんがいる。しかもこのお客さん、昨日来てくれたお客さんだ……やっぱりなにか悪いこと起きちゃったのかなぁ、クレームいれに来たのかなぁ……重い腰を持ち上げてお客さんに向きあう。でもせめてお客さんを相手にするときは、明るい笑顔でお話ししよう。
「おはようございます、また会いましたね!何でしょうか?」
「あなたの一番好きなお花をください」
「えっ」
ええ?一瞬本気で自分の耳を疑った。困惑の言葉すらも口に出ない。自分が好きなお花なんて、お客さんから聞かれたことは一回もなかった。植物は全部好きだから、その中でひとつ選べっていわれるとまあまあ困る。でも一応、子どもの頃から決まってる。
「ええと……僕が一番好きなお花はヒマワリなんですけど……この時期仕入れるのが難しいんですよね。だからお客さんから見えるところには置いてないんです、ごめんなさい」
「そうですか」
お客さんは、悲しそうな顔もせずに、だけどちょっとだけ笑顔だった気がした。でもせっかく3日も続けて来てくれてるんだし、昨日うまくいかなかったことを取り返したいから、特別なことをしてあげたい。
「でも!実はとっておきのヒマワリグッズがあるんですよ!」
焦りながら、カウンターの下らへんにある空間からヒマワリの押し花を出す。
「これです!小さなヒマワリをこんな感じにきれいに薄く平たくするのはすっごく疲れたんですけど、ネットを見ながら頑張って作り上げた、僕のとっておきの作品です。普段は生きているお花を取り扱ってますし、お花を潰しちゃうところは心苦しいところもあるんですけど、こんな感じで大切なものをずっと残しておけるのって、すごく素敵じゃないですか。何度もうちに来てもらえたんだし、一期一会的な思い出として、これどうぞ」
「……!」
ちょっと喋りすぎちゃったかなとは思いつつ、お客さんをちらっと見る。
「すごい、とんでもなくいいですね……!本当にくれるんですか!うれしい……!」
この3日で表情が全然変わらなかったお客さんが嬉しそうにしてるのを見て、自分もすごく嬉しくなる。
「あっ!でもちょっと待ってください、せっかくのプレゼントですから、ちょっときれいな紙に包みますね」
建前はそう言ったけど、本当は違う。押し花におまじないをかけるための口実だ。白くてチェック柄がついてる包装紙に押し花を包みながら、昨日と同じおまじないをもう一度かける。やっぱり手ごたえは薄かったけど、お客さんに失望されるってことはないだろう。きっとうまくいくって思える。
「お待たせしました。ヒマワリがあなたをきっと明るく照らしてくれると思いますよ」
「ありがとうございます!ホントに、一生大事にします」
そう言って幸せそうに帰っていった。
昨日の心配なんて、たぶん気にしなくてもよかったんだって思えた。そもそもこんなに通ってくれるってことはきっとここを気に入ってくれたってことなんだし、お客さんの笑顔を見れて自分も幸せだった。実はミニヒマワリの押し花には何度も挑戦してるんだけど、うまくいったのはあのひとつだけで、手放すのはちょっとだけ苦しいところがあった。でも、お客さんに笑顔になってもらえたなら、それで十分だ。お客さんの笑顔を養分にして、僕は生き続けてるところもあるから。
ヒマワリが一番好きな理由は、あのお花はいつもお日さまに向かってて、それでいてヒマワリ自身も光を放ってるって思えるぐらい眩しくて、まるで太陽みたいに思えるからだ。僕もあんな明るいなにかになりたいって、確か小学生のころぐらいから思ってたと思う。
次の日。今日は珍しく夢を見なかった。きっと何も心配事がないおかげだろう。あのお客さんとまた会えるのも楽しみにしてる。
いつも通りお花の準備をして、お店を開く。適当に暇をしながら、お花と出会いに来たお客さんの事情のヒアリングをして、それにピッタリなおまじないをする。こっちからしつこいぐらい話しかけるって性質上、うちのリピーターになってくれる人はあまりいない。でもうちのお花が好きになってくれたのか、おまじないのおかげか、はたまた僕の話し方を気に入ってもらえたのか、ときたま常連さんになってくれるお客さんもいる。それでも、毎日うちに通ってくれるってお客さんは特別珍しいよな……とか思ってると、そのお客さんがやってきた。
「こんにちは!今日も来てくれてありがとうございます」
「こんにちは。その、もしよければなんですけど……」
お客さんはバッグからなにか出した。行ったことはないけど、植物園のイベントのチラシっぽい。
「あの、初めましてからたった何日かでこんなお誘いするのもあれなんですけど、そ、その、もしよかったら、一緒にここ、い、行きませんか」
「えっ!!」
植物園!!一緒に行ってくれるの!?本当に!?うわーっ、すごい、急なお誘いすぎて嬉しい。そんなの、絶対に行くしかない。
「もちろん!!ぜひ!!行きましょう!!」
嬉しすぎて、カウンターから身を乗り出すぐらいの勢いでこたえちゃった。声もちょっとでかすぎたかもしれない。でもお店には誰もいないし、気にする必要もない。
「本当ですか!や、やった……!」
「今お店の中誰もいませんから、今のうちにいろいろ決めちゃいましょう!!」
「はい!」
お客さんをいったんお店の裏に連れていって、適当なイスに座らせる。ここは花瓶だったりスポンジだったり、お花をきれいに保つためのいろんなものが散乱しちゃってる。普段はお客さんに入られないようにしてるんだけど、今日だけは特別だから大丈夫だ。
「お花屋さんの裏って、こうなってるんですね……こっちはこっちで、ごちゃごちゃしてるところが落ちつくかもしれません」
「そうですか?いつか整理しなきゃいけないとは思ってるんですけどね。あ、テーブルは今出しますね!」
奥まった場所にある折り畳み式のテーブルを引っ張り出す。全然使ってなかったからホコリがものすごく積もってる。
「ちょっと汚れちゃってますけど、これ使ってください」
「わかりました!」
お客さんが今度は大きめのパンフレットを出して、テーブルいっぱいに広げる。ところどころに赤い丸とか文字が書いてあって、ここを見に行くのが楽しみなのがよく伝わってくる。
「じゃあ、明日の10時ここ集合で」
「了解です!また明日、よろしくお願いします」
手をひらひら振って、お客さんを見送る。何も考えてないのに頬がゆるみっぱなしだ。遊びに行く計画を立てるのって、なんでこんなに楽しいんだろう?お客さんと一緒に植物園に行くなんて初めてだ。植物園に誰かと一緒に行くってことも初めてだし、そもそも誰かと遊ぶってことも何年かぶりかもしれない。今僕は、すごく幸せだ。
今日は夢を見た。遠くに行ってしまった親友に、久しぶりに会いに行く夢だった。いざ顔を合わせてみると、見慣れたのに見慣れないような、知ってるのに知ってないような、不思議な感じだった。よく人は声から忘れるって言うけど、自分の場合は顔からだったらしい。親友の声とかはよく覚えてた。久々に会えて嬉しかったと思う。
いい夢も見られたし、時間に余裕をもって植物園に30分前ぐらいに着くようにする。朝ごはんを食べて、着替えして、起きてからずっとワクワクしてる。友だちと遊びに行ったのはずっと前で、こうやって遊ぶ準備をする楽しさを忘れてたかもしれない。
電車で揺られる間、ずっとその植物園のことについて調べたり、自分の好きな植物のことを考えたりする。ここの展示とかすごく面白そうじゃない?あの人は何が好きなんだろう?いろいろ話題も考える。こうやっていろいろ考える時間も特別なんだろうなぁって思った。
そうやって楽しみにいろいろ考える時間はあっという間に感じられて、気づいたら植物園の入り口についた。予定通り30分前に来れたし、あの人を待つ。
「あれ、お花屋さんの方じゃないですか!」
びっくりした。30分前に来たはずなのに、もっと早くこの人は来てたの?服装はいつも通りなのに、体格に見合わない大きなリュックサックを背中に背負って、普段小さく見えるこの人がもっと小さく見えるようだ。
「おはようございます!着くのすごい早いですね」
「いえ、さっき来たばっかりです」
お互い早く会いたかったらしい。それはそれで長い時間見てまわれるからありがたい。
「じゃあ早速植物園行きましょ!」
「はい!あ、あとそれと……」
「どうしました?」
「お花屋さんの名前聞いていいですか?せっかくだし名前知っておいた方が呼びやすいかなって」
「僕はミドリって言います。お客さんの名前も聞いていいですか?」
「アオイです。なんか、緑と青で似たような色ですね」
あははは!なんか、こういうところで共通点があるのって、親近感が湧くな。
「すごい、植物園ってこんな広いんだ」
「そう、すごいんですよ!誰かとここでお話ししながらいろんな植物を見るのがずっと楽しみだったんです」
ずっと広い敷地の中に、色とりどりで形もたくさんある植物があって、どこから見ようか目移りしてしまう。どれも魅力的で、きれいで、どうしよう!?
「ありゃ、やっぱり混乱しちゃいますよね?もしよかったら案内しましょうか」
「……はい、お願いします……」
情けなさと恥ずかしさで、うつむいて答えてしまった……でもなにもわからないより、何か教えてもらいながらのほうがいい気がしてきた。
植物園に来たのは本当に初めてで、普段扱ってるお花たちと全然違う植物がたくさんある。お花屋さんをやってるのに全然見慣れない光景だ。きれいなのが多すぎて、どれから見ればいいのかわからない。
「すごい、たくさんある……」
「ここが温室って場所で、日本じゃ育たないような植物がここにいます。カラフルでいろんな植物が魅力的なんですよ!例えばこの木になってる実とか……」
アオイさんが指をさした先にあるのは、カボチャみたいな小さくてかわいらしい形をした、鮮やかな色の実だ。
「これはスリナムチェリーっていって、熱帯で育つ植物なんですよ。日本じゃあまり育たないし実も流通しないんですけど、熱帯のほうじゃジャムだったりお酒だったり、いろんなものに使われてるらしいです。でも見られる場所は限られちゃっても、こうやってきれいな実を見られるのは、すごく素敵だなっていつも思ってます」
今までお話ししてきた中で、アオイさんが一番いきいきと楽しそうに話してる。こんな姿は初めて見た。
「へぇ……僕も、こういうのを見られるのって特別だなって思います」
「ですよね!何度も植物園には行ってるんですけど、植物が見せる表情って毎回変わるから、こういうのって何度見ても見飽きないです」
なんとなく察してたけど、アオイさんはここの植物園のリピーターらしい。それならこんなにはきはきしてるのも納得がいく。
「じゃあ、次行きましょ!」
温室はもっとトロピカルなイメージがあったけど、自分の目で見るとだいぶ違う。どちらかっちゃジャングルな感じがする。
アオイさんは本当に楽しそうにしてる。植物園を見に行くのが楽しみだったのか、それとも僕と一緒に行くことが楽しみだったのか、どっちかはわからないけど、見てるだけでこっちも楽しそうになるぐらい明るい。
「あそこに浮いてるのがオニバスってでっかいハスの仲間です。ここに浮いてるのはまだ小さい方で、熱帯とかに生えてるのはもっと大きくて、人が乗れるぐらいでっかいんですよ!」
「そうなんですか……あんなのゲームでしか見たことないかもしれないです」
「そう!あんな現実離れした丸っこくてかわいい見た目、ついついひきこまれちゃいますよね」
アオイさんの一挙手一投足が弾んで見える。今までこの人と関わってきた中で、一番幸せそうだ。
「この植物はユキノシタって言って、こんな感じなかわいらしいお花をつけるんですよ。あとこの子の特徴が、葉っぱの裏がきれいな紫色に染まるんですよ。とってもきれいじゃないですか?」
「へぇぇ……」
すごい。この人自分より詳しい。温室から出て外を歩いてるときも、いろんな植物を楽しそうに解説してる。ここのリピーターとはいえ、全部の植物に対して特徴と好きなところをしっかり言えてる。アオイさんが学生だったら、生物は間違いなく満点だと思う。きっと自分よりお花屋さん向いてると思う。なんなら……
「もしよかったらなんですけど、うちで働いてみませんか?アオイさんそんな詳しいなら、絶対お花屋さんに向いてますよ」
「ああ、えっと、それは……」
そうするとまた考えこんでしまった。さっきまであった太陽みたいに明るい笑顔が、急に消えてしまった。眉をひそめながら、それか困ったような顔をしながら、いつもより考えこんでいるように思える。
「ごめんなさい、きっとそれはできません」
「えっ」
急にとんでもないお誘いしたとはいえ、ショックだ。この人なら、受けいれてくれると思ったのに、なんで、なんで?
「あの、この話するとちょっと長くなっちゃうので、あそこのサクラがきれいに生えてるところで話しませんか?たぶんどうでもいい話なんですけど、もしかしたら話さなきゃいけないことかもしれないって思ったので」
「わ、わかりました」
なにがなんだかわからないままアオイさんに引き連れられて、桜並木の下にやってきた。
「ここらへんでいいですかね?」
その言葉にうなずくと、大きめのリュックサックからレジャーシートとかコーラとかお菓子とか、いろんなものを次々に出してきた。
「え、これって……」
「せっかくこんなサクラがきれいなところ来たんだから、お花見しなきゃ損ですよ!ほら、ミドリさんも準備してください」
「で、でも、周りに人がいっぱいいますよ!こんなところでやるのはちょっと恥ずかしい気がするんですけど、それにアオイさんのお話も聞きたいし」
「そんなのどうだっていいじゃないですか!お花見ですよ!あ、そっちの角持ってもらっていいですか?」
「はい……」
ずっと自分が不安げにぼーっとしてる間に、お花見セットが完成した。カラフルなレジャーシートの上には、コーラとたくさんのお菓子、それといくつかパーティーグッズみたいなのが置いてある。
「じゃあ、私の話ですか?」
「聞かせてください、お願いします」
「じゃあ長くなっちゃうんですけど……」
そういうとアオイさんは座ったまま後ろに手をついて、空を見上げた。
「実は、私はすごく重い病気にかかってるんです。半年前ぐらいですかね、余命宣告されて、だいたい今日ぐらいで死んじゃう予定だったんです」
「えっ……」
うそ。ショックで言葉も出ない。信じられない。一瞬で仲良くなれてすごく嬉しかったのに、別れるのもこんなに早いの?うそ、うそだ…… なのに、アオイさんは空を見上げたままリラックスして、死ぬのが自分のことじゃないように話し続ける。
「最初のうちは何とかしようとお医者さんがいろいろしてくれたんですけど、一向に良くなりませんでした。だから、さいごにあなたの自由なことをしてきなさいって言われて、いろいろお薬をもらって、残り1週間ぐらい外に出る許可をもらったんです。それで自分のやりたいこと、お花屋さんで好きなお花を買って、自分の部屋に飾るってことをしたんです。そしたらたまたまミドリさんに会って、いろいろ楽しいことができて……本当に幸せでした。本当なら私はもう死んでるはずだったんですけど、ミドリさんに出会ってからちょっとだけ体調がよくなって、こうやってお花見もできるぐらいになったんですよ。なんででしょうね?」
「でもっ、アオイさんが死ぬのは避けられないんでしょ!?ねぇ、どうやったらもっと生きられる?せっかくできた友だちを、こんな早く失っちゃうなんて、無理だよ」
自分が何もできないことに、悔しくて、いつの間にか涙が出てくる。
「そんな暗い顔をしないで、あなたにとってはたくさんいるお客さんのうちのひとりでしょう?」
「そ、そんな、僕にとってはあなたが唯一の存在なんですよ!!!どうして、どうして……」
どこにもやりようがない悲しさのせいで、取り乱しそうになる。人の前じゃどうしようもないのが、すごくつらい。
苦しくて身を縮めてると、背中にあったかくて優しい感触が伝わる。
「実は私、こうやって誰かと一緒にお花見するのが一生の夢だったんですよ。でも学校じゃそんなことできる友だちが出来なくて、病気にかかった後も結局誰とも一緒に遊べなくて、そんな一生の夢が叶わなさそうでがっくりしてたんです。でも、ミドリさんに出会えてからこんな感じで、ギリギリ夢を叶えられそうで本当によかった!本当の本当に嬉しかったんですよ。こんな、最高に楽しいことをさいごにできて、もう後悔はありませんね」
「でも僕は、まだ一緒にいたい…………」
そうだ、おまじない、おまじないがあるなら、アオイさんがもっと生きられるかもしれない。アオイさんが生きたいって思うなら、僕も同じことを思ってるから。
「アオイさんは、絶対、もっと生きたいって思ってますよね!?僕はもっとアオイさんと一緒にいて、いろんなところ行って、もっといろんなことをしたいんです」
「んー...…」
じっくり考えてる間にも、アオイさんは表情があまり変わらない。
「別に、無理して生きる必要もないんじゃないですか?病気ならなおさらしょうがないです。私は別に、怖くもありません」
しばらく時間がたった後に答えたアオイさんの表情は、とても柔らかかった。ああ、この人は、そう思ってるんだ……
「ごめんなさい、ごめんなさい……」
「また、なにに謝ってるんですか?ミドリさん何にも悪いことしてないのに」
せっかくできた友だちをすぐ失うのに対して、何にもできないのがすごく苦しい。また何も喋れなくなった。何もできないのが嫌だ……
「悲しい気持ちばっかりでいると、サクラもきっと悲しんじゃいますよ!今日はすごろく持ってきたんですよ、私のさいごの時間、明るく過ごしてくれませんか?」
……わからない。でも、そう提案してくれるなら、それに乗るしかない。
「いいですよ、なんでも付き合います」
「やった!!」
一緒に遊んだすごろくは、とても楽しかった。いろんなマスに止まって、いろんな経験を一瞬でした気がした。楽しいはずなのに、どこかずっと苦しかったのは、友だちを絶対失うからだったからかもしれない。「海外旅行に行くマス」、「仕事で成功するマス」、「大きな買い物をするマス」……どれも僕はまだチャンスがありそうだけど、友だちはもう経験できなさそうなことだったのが、つらかった。
「あちゃー、ギリギリで負けちゃいましたね」
でも、友だちはそんな不安も微塵も感じてないような笑顔で、ずっと楽しそうに笑ってた。
「ミドリさんは、楽しかったですか?」
「もちろんです」
「やった!」
本当は2割ぐらい嘘。楽しかったけど、苦しかった。
「そういえば、実はプレゼントがあって……」
写真を渡してくれる。殺風景な白い部屋のなかに、花瓶に活けられたガーベラと、天井から吊り下げられているエアープランツが、色鮮やかに写ってる。壁にはヒマワリの押し花が額縁に飾られている。どれも僕の見覚えのあるお花と植物だ。
「これ、私の部屋です。お花を置いてから急に明るい雰囲気がしたんですよ。単純なところにきれいなものを置くと、映えって感じがしますね!この後もできるだけ長持ちさせてくださいってお願いもしてますよ」
「そうなんですか……」
本当なら嬉しい。お花を大事にしてくれるだけでも嬉しいのに、やっぱり苦しい。
「暗い顔してますね?でももう一つサプライズがあるんですよ!」
まだ中身がたくさん入ってそうなバッグから、大きな色紙を出してくる。そこに書かれているのは、額縁いっぱいに描かれた、みずみずしくて明るい大きなヒマワリの絵だ。本当に太陽に照らされているみたいで、見ている自分も明るくなっちゃいそうな気がする。
「じゃーん!これ、私の手作りなんですよ。お花のイラストを普段から練習しててよかった!どこに置いてもいいですから、記念にとっておいてくださいね」
今までずっと表情が変わらなかったけど、今はきらきらの笑顔で僕を見つめてくる。期待と嬉しさが混ざったような笑顔で、そこに不安とか後悔とかの感情は微塵も感じられない。これを受け取っちゃったら、もうアオイさんの未練はなくなって、幽霊にもなれなくて、もう二度と会えなくなる気がする。そう考えるとどうしてもこれを受け取りたくない。アオイさんに未練を残して、幽霊になってもらってでもまだ会いに来てほしい気持ちがある。 でも、アオイさんの期待を裏切ることになるから、そんなことはできない……
「ありがとうございます。本当に、本当に、一生大事にします」
どうにか言葉を絞り出した後の僕は、知らないうちに泣いてた。
「じゃ、また会いましょうね!空からずっと見守ってますよ」
「いつでもまた来てくださいね」
アオイさんは近くの駅から電車に乗りこんで、お互いが見えなくなるまでずっと手をひらひら振った。もう二度と会えないって思うとすごく苦しかった。でも今だけはせめて笑顔でいようと思って、頑張って笑顔を作って、もう会えない友だちをどこまでも見送った。
僕も帰路につく。行きはすごく楽しかったのに、帰りはものすごく体が重たい。息ももつれるぐらい苦しい。でも僕はまだ生きなきゃいけない。アオイさんの言葉を思い出す。
『悲しい気持ちばっかりでいると、サクラもきっと悲しんじゃいますよ!』
……うん、そうだ。悲しい気持ちは今日で終わりにして、また会えるって信じて、明るく生きなきゃいけない。帰ったらせっかくもらった素敵なヒマワリの絵をどこに飾ろうか考えて、ワクワクした気持ちで生活しよう。
サクラの木が全部緑色になった頃。もうそろそろ植物にとって最高の時期がやってくる。焼きつくような日差しを好むお花をたくさん仕入れて、お花屋さんまるごと夏を感じさせるような雰囲気にしようと思ってる。
あとそう、この時期に忘れちゃいけないものが、やっぱりヒマワリだ。あの眩しすぎるお花は、夏に絶対欠かせない。僕自身もヒマワリが大好きだから、このお花はお店の一番目立つところに置いてあげよう。
夏になってからおまじないがますます強くなった気がする。そのおかげか、リピーターになってくれるお客さんもちょっとずつ増えてる気がする。商売繁盛も嬉しいけど、お花とおまじないで幸せになってくれるお客さんの笑顔が、僕の原動力になってる。
それと僕のお花屋さんには一年中咲いてるヒマワリがある。もう会えないけど、一生忘れない大事な友だちからもらった、大事なヒマワリだ。このヒマワリをどこに置くかは一日中迷って、今はいつでも誰でも見えるようなレジ横に置いてる。理由はたくさんあるけど、一番身近でいつでも見える場所に置いてると、その友だちがずっと見守ってくれるような気がしてるからだ。
「私の一番大好きな、お花屋さんへ」
あの人と過ごした楽しい時間を、僕は一生忘れない。