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Photo byasdeldi

彼は王子様ではないけれど

    女の子なら、どんなに遠くても迎えに来てくれたり、困った時にはすっ飛んで来てくれたりするような、王子様みたいな男性に憧れたことがあると思う。わたしも少し前まではそんな人に憧れていた。

    わたしはそれほど恋愛体質ではなく、初めて彼氏ができたのもアラサーになってからだった。それが今の大好きな彼なのだけれど、彼はいつも穏やかで、一緒にいるととても落ち着く。

    彼といる時のわたしは、とても自然体だと思う。一方で、わたしは人にものすごく気を遣ってしまうタイプだから、彼が嫌な気持ちにならないといいなと考えてしまうことも多い。だから、わがままらしいわがままは、たぶんほとんど言ってこなかった。

    そんなわたしが一度だけ、彼に「迎えに来て」と頼んだことがある。

    その頃のわたしは、とある出来事でひどく落ち込んでいて、体調も崩し、数日寝込んでいた。寂しくてたまらなくなって、彼のところに行きたくなった。そこで初めて、「迎えに来て」と連絡した。送信ボタンを押すだけなのに、ひどく緊張したのを覚えている。わがままかなぁという罪悪感もあった。でも、普段はいい子にしているんだから、たまにはいいよねって思っちゃったんだよなぁ。

    彼は最初、「いいよ」と言ってくれた。けれど話をするうちに、「そんなに体調が悪いなら移動しない方がいいよ。動けるようになってから会おう」と言った。そして結局、迎えには来なかった。

    乙女心全開で期待していたわたしの夢は、あっけなく打ち砕かれた。

    その時初めて気づいた。

    「あ、この人に王子様を期待しちゃいけないんだ」

    彼は効率の悪いことをあえてしない。冷静に考えれば当然だ。体調の悪い人を無理に動かしたくないと思うのは優しさでもある。

    彼は、わたしが思っていたよりずっと地に足がついていて、とても現実的に物事を見る人だった。

    ああ、わたしの彼は王子様じゃないんだ。

    もしかしたら、王子様なんて最初からいないのかもしれない。

    彼はすぐ「遠い」と言う。わたしは電車や飛行機での長距離移動もそれほど苦にならないのだけれど、彼にとっては数十分の移動でも立派な長距離らしい。わたしの家に来るにも、「遠いからなぁ」とよく言われる。

    だから、デートのたびに迎えに来てくれる王子様みたいな彼氏は、どうやら別世界の住人らしい。

    とはいえ、なんだかんだでうちにも遊びに来てくれるし、普段は積極的に出かけるタイプでもないはずなのに、デートの時にはたくさん行き先を提案してくれて、一日中一緒に歩き回ってくれる。

    そして彼は、わたしといる時はとても甘えん坊だ。

    おいしそうなご飯屋さんのリンクを送ってきては、二言目には

    「連れてって」

    と言う。

    わたしを迎えに来る気はないみたいなのに、

    「家までお見送りして」

    なんて言われたりもする。

    デートの終わりには、

    「帰らないで〜」

    と毎回言われる。会おうと思えばまたすぐ会えるのに。

    うちの彼は全然王子様じゃないな。

    でも、普段はとてもクールな彼が、わたしにだけこうして甘えてくれることがたまらなく愛おしい。

    そんな彼だけれど、デートの終わりにいつもお見送りしてくれるのは、結局彼の方だったりする。

    わたしの家と彼の家では、路線も違うし、改札もまったく別の場所にある。途中で「じゃあね」と別れてもいいはずなのに、彼はいつも遠回りして、わたしを改札の前まで送ってくれる。改札を通る時、わたしは何度も振り返ってしまう。すると彼は、改札の外からずっと手を振っていてくれる。

    デート中はずっと手をつないでいてくれるし、ときには肩を抱き寄せてくれる。

    家ではたくさん抱きしめてくれるし、歩き回って疲れた脚をお互いにマッサージしたりもする。

    食べたいものがあれば、一人で食べに行ってもいいはずなのに、

    「今度、一緒に食べたいね」

    といつも言ってくれる。

    彼との時間は、いつも穏やかでやさしい。

    彼は、幼い頃に憧れたような王子様ではない。けれど、わたしはとても幸せだと思う。

    考えてみれば、わたしもどちらかというと人に頼らず、なんでも自分の力でやってきた方だと思う。どちらかといえば、雑草みたいな人生だったかもしれない。わたしにはお手伝いさんも、じいやもいない。日々仕事やお金のことに悩んだりもするし、ごく普通に現実を生きている。

    わたしも全然お姫様なんかじゃなかった。

    愛おしいと思えるような時間は、実はとてもささやかな瞬間なのかもしれない。

    王子様はいないみたいだけれど、その代わりに、改札の向こうからずっと手を振ってくれる愛おしい人に出会った。

    これからも彼と手をつないでいられたらいいなと、心から思う。

     
     
    夜ときれいな青が好きです。 音楽のこと、日々の小さな出来事、過去のこと、家族のこと。明るい日も暗い日も、夜にほどけるようなエッセイを書きます。

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