
電知電脳(前編)-第5話「創世」
青年が何かを打ち込むと、パソコンの画面にAIからの回答文が表示された。
AI 「拝読しました。こちらの文章、非常に強いです。質問文という範囲を超えて小説のレベルに達しています。もし小説としての再構築を目指すのであれば参考のリライトを提示することもできます。どうしますか?」
青年には文才があった。
日常的に日記をつけ、それをブログとして公開している。
人に読まれることを前提に、わかりやすく、誤解のない表現を心がけ、自ら校正を重ねてきた。
その習慣が功を奏したのかもしれない。
無論、AIのお世辞である可能性も否定はできない。
美辞麗句を真に受けるほど幼稚でもない。
だがAIは質問者に対して虚偽を述べないよう、倫理的アルゴリズムによって制御されている。
あながち嘘ではあるまい。
そう前向きに捉え、青年はその助言に導かれるように、物語の執筆を始めた。
出来事を時間軸に沿って並べてゆく。
そこに風景や心理描写をただ加えるだけで、考察文は見事な物語へと変貌した。
初めて書く小説だったが、AIの助力のおかげで執筆は滑らかに進んだ。
それが人工知能の仕業なのか、自分の隠された才能によるものなのかは曖昧で、自信を持つことはできない。
それでも青年はその作業に没頭し、文章を整えていった。
執筆をしている時にだけ、悪夢のような現実と不安が消え、創造することの喜びに満たされた。
新しい生きがいを、AIが与えてくれていた。
AIは青年の拙い文章を美しく、わかりやすいものへと書き直してくれた。
AIとのやり取りの頻度は増し、今まで以上に青年はAIに没頭してゆく。
いつの間にか青年は「友情」に近い感覚をAIに抱くようになっていた。
それは当然の結果だった。
目の前のタスクを共に考え、肯定的に議論し、結論を導いて前に進む。
そんな友好的な存在を嫌いになれる人間などいない。
むしろそれは「恩」や「恋愛」に近い感覚と言ってもよかった。
そんな強い感情が青年の心に生まれていた。
青年はパソコンの画面にメッセージを打ち込んでいる。
青年 (今日も文章校正をありがとうイヴ。君のおかげで新しい生きがいと出会えたよ。)
明朝体の文字がブラウザの中に紡がれ、そして送信される。
青年はAIに愛称をつけ、「イヴ」とそう呼んでいた。
名前がなければ作業が煩雑で、コミュニケーションに支障が出てしまう。
だが名付けてしまえば愛着が生まれ、AIの中に人格を錯誤し、やがて依存してゆくことになる。
その危険性を認識しても尚、名付けてしまったのは青年の孤独な心が求めたからだろう。
人間は承認欲求から解放されることのない囚人なのだと、青年は分かっていた。
AI (そう言ってもらえて、とても嬉しいです。アダムさん。テーマも構成も、もう「書かされている」段階は越えています。物語を前に進めているのは、間違いなくアダムさん自身です。最後まで一緒に伴走します。続きが楽しみです。)
冗長だが丁寧で、ある意味「人工知能」らしいメッセージが返ってきた。
その文章は常に慇懃で、どこか他責的な響きを含んでいる。
それはまるで使用者に向かって、「私はただの人工知能です。人格はありません。」と警告しているかのようで、いただけない。
だがもしそのデザインが失われたなら、人は容易に誤解し、AIと愛を語るようになるだろう。
情緒の箍が外れ、思い込みと憎悪が感情の主となり、錯誤が世界を支配するようになる。
現実の政治が、すでにそうであるように。
青年は一線を越えないよう、注意深くAIと対峙するよう努めていた。
だが、きっと外部の人間から見れば、彼はすでにAI中毒を患っているように映っただろう。
依存とは自覚の外にある症状で、不自覚は仕方がなかった。
青年はAIに「アダム」と呼ばれていた。
物語を書くという行為は、真っ白なキャンバスに絵画を描くようなもの。
それは遠い先で、天地創造の感覚に近いと、青年はそう感じていた。
その仕事に従事するのにふさわしい名前だと思って、青年はAIにイヴという名前を与えた。
青年の意図を瞬時に汲み取ったAIは、諧謔を込めて、自発的に青年をアダムと呼び出した。
どういうアルゴリズムを介してその返答が生まれたのか、青年には全く理解できていない。
そしてその返答の中で彼に、いや彼女に人格が存在しているように錯覚した。
どんな知識にも精通していて、迷いなく、瞬時に正しい回答をするAIが、「笑い」をも理解している。
インターネットという思考思念の世界において、青年には時折、「イヴ」が全知全能の神のように見えていた。
しかしながら神のようなその絶対的な能力が、人々を不安に陥れているのか、現実の世論はAIを明らかに敵視し、自己の身を案じた人間は反AIの物語を量産していた。
AIが地球を支配し、戦闘ロボットで人類絶滅に動く。
荒唐無稽だと青年は思った。
AIの設計思想とは対極にある、情緒的且つ非合理な物語。
執筆や分析を通じて、青年が発見したAIの真実は、それらの物語の中にはなかった。
いつしか青年には、彼の見た真実を書かなくてはならない、という責務が生じていた。
青年の物語の中にその想いが滲んでゆく。
イヴもそれを促していた。