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Photo byninohiro

『たく泪』ボーナストラック『未来の食卓』─綴と夏空─


    海辺の夕方。
    あと少しで夕陽が海に溶ける。
    今日は早く店を閉めようと、夏空は店の外に出た。

    행복한식탁
    (ヘンボッカン シクタク)
    『幸せな食卓』

    看板を照らすライトがふっと消えた。
    潮風が強くなった。少し寒い。

    「ハヌル、寒くない?」
    店のデッキにいたフレンチブルドッグを呼んだ。
    シェルティよりも人懐っこい犬種。看板犬にはおおらかな子を、と綴が選んだ。まん丸な顔のハヌルが短い尾を振り夏空にまとわりついた。

    「も少ししたら皆で散歩に行こうね」

    夏空は厨房に戻りまな板の前に立つ。
    冷蔵庫から出した余り物の食材を見て思案している。
    薪ストーブの炎が揺らめいている。
    古びた寸胴鍋で牛テールスープがふつふつと煮えている。

    綴は椅子に座り、テーブルでナプキンを畳みながら夏空の背中を見ていた。
    手を規則正しく動かしながら、目はずっと夏空を追っている。

    夏空は41歳。
    シニヨンを一つにまとめ、チョゴリをアレンジした制服にエプロンをしている。
    佇まいの凛としたこの店のオーナーシェフだ。
    この店は一日一組しか予約を取らない。
    夏空がそう決めた。
    「ゆっくりおもてなししたいから」
    その言葉を、綴は気に入っていた。

    夏空の髪が夕焼けの光に輝いて美しい。
    ハシバミ色の瞳に合わせた淡い髪色だ。

    「あ、そうだ」

    独り言を言う夏空に、綴がわずかに微笑んだ。

    「……夏空?」

    「んー?」

    「何、作ってんの?」

    夏空の手が止まった。綴に振り返った。

    「あるもんでカルパッチョ。海鮮がいろいろ残ったから」
    刻んだ白身魚にごま油をまわし掛けた。
    「ごま油風味だけど、いいよね?」

    搾りたてのごま油の香りが綴に届いた。
    綴は目を閉じて、香りを吸い込んだ。

    「夏空」

    「うん」

    「爺さんになっても、傍にいてくれてありがとな」

    綴は少し照れたように、夏空に言った。

    「何それ?……爺さんって」

    夏空は手を拭きながら綴を見た。

    「定年したばっかだよ。綴は100まで生きるんでしょ」

    優しい声で言った。

    「綴って、ほんと……昔から」

    夏空はゆっくり近づきながら微笑む。

    「わかりやすいんだよね」

    テーブル越しに身を屈め
    綴の白髪混じりの髪を撫でた。

    「キスしてほしいんなら、そう言えば?」

    夏空が綴の頬に手を添え、キスを落とした。
    瞼を閉じて、綴は夏空を迎えた。


    「サランヘヨ、綴」

    「俺も、愛してる、夏空」


    二人は微笑み合い、もう一度キスをした。


    それは

    長く
    甘く
    深い

    恋人みたいな夫婦のキスだった。


     2048.5.1     ある海辺のレストランにて


    🔗https://open.spotify.com/track/39EXZNMxb4RBHlRjnRaOKp?si=4NWtRhzXSPOrpXr6OnShrw

    ──


    三人を愛してくださった読者の皆さま、
    長すぎたお付き合いになりました。
    ミヤネ、コマウォヨ、サランヘヨ。

    泪が磨いた
    透明な心が皆さまに残りますように。
    新しい世界を生きる希望になりますように。

                空ーHanuelー




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    「空」──韓国語でハヌルと読みます。 なぜ在日外国人(マイノリティ)に生まれたのか? 長い自問に答えるために物語を紡ぎ始めた🔰セラピストライター。初小説『たくさんの泪から僕は生まれた』note.67話完結。史実・事実・誠実を創作倫理に愛・人間・心理を深く描いています。落語ファン。

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