
あの日見た軍手の落とし主の名前を僕達はまだ知らない。
今日も見かけた。
道端に落ちている、
軍手。
子供の頃から気になっていた。
田んぼの脇。
用水路の横。
農道のカーブミラーの下。
なぜかそこには軍手が落ちていた。
しかも片方だけ。
軍手だけはいつもそうだ。
財布なら探す。
スマホなら探す。
車の鍵なら大騒ぎする。
なのに軍手は、そこに置き去りにされる。
落としても誰も探している様子がない。
まるで最初からそこに生えていたかのように、
静かに道端に存在している。
大人になった今でもそうだ。
通勤途中。
ホームセンターの駐車場。
草刈りの終わった法面。
やっぱり、
軍手は落ちている。
しかし落とし主は見たことがない。
僕は考えた。
軍手は本当に落とされたのだろうか。
もしかすると軍手は繁殖しているのではないか。
春になると芽吹き、
アスファルトの隙間から指先が覗く。
そして、
恋をする。
秋になると子孫を残し、
土にかえる。
そう考えた方が説明がつく気がする。
でも、そんなはずはない。
たぶん。
今日も一枚見つけた。
少し泥で汚れた白い軍手だった。
誰かが落としたのだろう。
誰かが使っていたのだろう。
誰かが困ったかもしれない。
そう思って数秒眺めた。
そして帰った。
結局、僕達は何も知らない。
そして今日もまた、
どこかの道端に新しい軍手が落ちている。
あの日見た軍手の落とし主の名前を、
僕達はまだ知らない。
あれ?
俺の軍手の片っぽどこ行った?