
君は河童を見たことがあるか。⑮~最終回~
もう一度、自分自身を思い返す意味でも、俺の歩んできた47年の事を書いてみようと思った。
———なぜ、今の俺がいるのか。
最終回。
30で結婚した。
ハッキリ言ってする気なんかこれっぽっちもなかった。
———正直、怖かった。
俺には家庭をかえりみない両親の血が流れている。
結婚なんかお互い不幸になるだけだ。
子供が出来たら、その子まで不幸にしてしまうんじゃないか。
貯金もない、仕事も不安定。
結婚しても相変わらず、釣りか飲みにばかり行っていた。
今思えば、不安を抑えるために逃げていたのかもしれない。
それでも嫁さんは家で待っていてくれた。
———なんで待っとんねん。
本当に酷い男だ。
結婚して1年ほど経った頃だった。
「子供ができた」
そう告げられた。
嬉しさはもちろんあった。
でも、不安の方が強かった。
———俺がお父さん?
いや、無理だろ。
金も甲斐性もない。
そもそも、
———父親が何者なのかがわからん。
そんな得体のしれない不安に押しつぶされそうになっていた頃、
ばあちゃんが死んだ。
ばあちゃんは、いつも俺を見る優しい顔で静かに眠っていた。
『あんたはほんまに優しい、いい子や。人に好かれて周りの人を幸せに出来る子やで。』
ばあちゃんはいつも俺にそう言ってくれていた。
———ごめんなさい。
ばあちゃんの期待通りに全然なってない。
それどころか、嫁さんも、これから生まれてくる子も、
幸せにしてやれる事なんか出来ないかもしれない。
葬儀の時、人目もはばからずに、
あんなに号泣したのは初めてだったかもしれない。
身重の身体で、妻はずっとそばにいてくれた。
ばあちゃんが煙になって登っていくのを見ながら、
———今のままじゃだめだ。
そう思った。
———そうか。
俺は爺ちゃんとばあちゃんみたいになればいいのか。
葬儀が終わってしばらくして、
俺は今の会社に入ることになった。
土日祝日休み、朝8時から夕方5時まで。
給料は良くはないが、3人で食べていける位はあった。
飲みに行くのもやめた。
———釣りはやめなかったが。
その年の暮れ、初雪の降った日、
長女が生まれた。
2440g。
初めて抱きかかえた。
少し小さな、
でも温かい。
———小さい命を前に泣いた。
子供の前で初めて泣いた。
それからは必死で働いた。
気が付けば工場長になっていた。
3姉妹の父にもなった。
あんなに小さかった長女も、今や高校生だ。
思春期真っただ中の長女と次女には、汚物を見るような目で見られることもある。
いまだに失敗もするし、家族にも迷惑かける。
でも、
なんとか面白おかしく生きてる。
一番下の子が最近、一緒に釣りに行ってくれるようになった。
正直センスがありすぎて困っている。
いや、
嫉妬している。
———なにも変わってないな。
今まで関わってきた人や、経験してきたこと。
その全部が、いい意味でも悪い意味でも、今の俺を作っている。
今までの人生を振り返ってそう思える。
———感謝。
ありきたりだが、最近特にそう思うようになった。
人生、思い通りにはならない。
———でも、
捨てたもんじゃない。
ある日、子供が慌てて帰ってきてこう言った。
『お父さん!川に河童がいた!』
———あんたが見たんやったら、ほんまにおったんやろなぁ。
ばぁちゃん、河童はまだあの川にいたよ。
5月7日。
今日はばあちゃんの命日だ。
おわり。