
50歳、BTSがくれた旅㉝この旅で、私は少し変われた
お土産でパンパンになったビッグエコバッグ。
さらにスーツケースにもお土産を詰め込み、リュックを背負って空港へ向かう。
空港に着くと、そこはまたARMYでごった返していた。
先月から韓国では保安検査がさらに厳しくなり、「アミボムは必ず手荷物へ」という案内が至るところに貼られている。
その場で慌てて荷物を詰め替えるARMYの姿も、あちこちで見かけた。
でも私は事前に情報を調べていた。
よし、準備は万端。
荷物も無事預け、保安検査場へ向かう。
……はずだった。
検査員のおじさんが、私の荷物を持って何か言っている。
私はこの旅でいちばん使った韓国語を、笑顔で言った。
「カムサハムニダ!」
そして荷物を受け取ろうとした。
……あれ?
何か様子がおかしい。
どうやら「ちょっと待って」ということらしい。
その場で再検査が始まった。
まず取り出されたのはヘアアイロン。
「これは何だ?」
もちろん韓国語では説明できない。
私はジェスチャーで、髪をとかす真似をした。
おじさんは「ああ、なるほど」とうなずき、少し申し訳なさそうに、日本語ではっきり言った。
「捨てます。」
えっ、マジ?
行きは大丈夫だったのに。
まあ、300円ショップで買ったものだし……と、素直にあきらめる。
ところが、まだ終わらない。
今度はお土産がぎっしり詰まったエコバッグを開けるように言われた。
その瞬間、思い出した。
しまった。
あんなに探し回ってやっと見つけたARIHの缶ジュースを入れていた!
出てきた缶は3本。
おじさんはまた申し訳なさそうに言った。
「捨てます。」
それだけは困る。
たぶん私は、とても悲しそうな顔をしたのだろう。
おじさんは少し考えてから、
「今すぐ飲むなら、大丈夫です。」
というようなことを言ってくれた。
えっ。
ここで?
ARMYでごった返す保安検査場で?
一瞬ためらって、
「……大丈夫です。」
と言った。
缶ジュースは、おじさんに連れて行かれそうになる。
その瞬間。
「やっぱり待ってください!」
私は思わず叫んだ。
「飲みます!」
さすがのおじさんも、一瞬びっくりした顔をした。自分でも驚いた。
でも、やっぱり味だけは知って帰りたかった。
恥ずかしさより、その気持ちのほうが勝ってしまったのだ。
私は検査員さんの前で真っ赤な缶を「プシュッ」と開け、一気に飲み干した。
ぬるくなった炭酸。
甘い。
……それだけは分かった。
必死に飲んでいると、突然隣から怒鳴り声が響いた。
韓国人らしい男性が何かを没収されたようで、空港中に響きわたるほどの大声で怒りを爆発させている。
その横で、必死に炭酸の缶ジュースを一気飲みする日本から来た50歳の私。
なんともシュールな光景だった。
本当に最後の最後まで、何か起こる旅だ。
でもあとで思った。
「捨てます」で終わらせることもできたはずなのに、「今飲むならいいですよ」と教えてくれた検査員のおじさん。
きっと私がよほどしょんぼりした顔をしていたのだろう。
それでも、その一言にも優しさがあった。
韓国で出会った人たちは、本当に最後まで優しかった。

いよいよ飛行機に乗り込む。
これで本当に韓国ともお別れだ。
飛行機はゆっくりと滑走路へ向かって動き始めた。
少しだけ本を開いたけれど、眠気が一気に襲ってきた。
そのまま目を閉じる。
30分ほど眠っただろうか。
ふと目を覚ます。
……あれ?
エンジンが止まっている。
もう日本に着いた?
そう思って窓の外を見る。
まだ釜山だった。
え?
飛んでない。
やった!
……いや違う。
どういうこと?
機内では韓国語のアナウンスが流れている。
もちろん、さっぱり分からない。
隣の席には、いかにも旅慣れた同年代の日本人ARMY。
その方も耳を傾けながら、
「理由は分からないけど、何かトラブルみたいですね」
と笑って教えてくれた。
韓国語がわかるんだ。すごいなあ。
また私は誰かに助けられている。
だんだん機内は暑くなり、赤ちゃんが泣き始めた。
それでも不思議と焦りはなかった。
「まあ、なんとかなるでしょ」
そんなふうに思えた。
ここまでずっと、それで乗り越えてきたのだから。
やがてCAさんが水を配ってくれた。
私はそれを飲みながら、本を開いた。
ずっと読もうと思っていた『アーモンド』。
ユンギが読んだことでも知られる一冊だ。
出版された頃から気にはなっていた。
でも、カウンセラーという仕事柄、自分の専門に近い作品は、どこか身構えてしまう。
「違和感を覚えるかもしれない。」
そんな思いがあって、ずっと手に取れずにいた。
でも今回は違った。
ユンギが読んだ本だから。
そんな理由で読み始めた一冊だったが、とても面白かった。
読みながら、この本が彼に影響を与えた理由が、少し分かった気がした。
気づけば飛行機は、一時間半遅れで何事もなかったかのように日本へ着陸した。
帰ってきた。
日本。
私の日常。
リムジンバスの窓から夕日を眺めながら思う。
たった四日間。
でも、この旅で私の中の何かは確かに変わった。
いや、本当はお正月にBTSと出会ったあの日から、少しずつ変わり始めていたのだ。
そして今回の旅で、その変化がはっきり形になった。
BTSに、ユンギに出会って変わったのは、
韓国が好きになったことだけではない。
人に頼れるようになったこと。
世界は、思っていたよりずっと優しかったと知ったこと。
そして、人の苦しみには意味があると、もう一度信じられるようになったこと。
リムジンバスの窓から、夕日がゆっくりと沈んでいく。
私は何に向かってなのか、自分でも分からないまま、心の中でつぶやいた。
「ありがとう。ありがとう。私、これからも頑張って生きるよ」
耳元からはまたAgust Dの「Life goes on」が優しく響いていた。
五十歳になっても、人は変われる。
そんな自分に出会えたことが、この旅で手に入れた一番のお土産だった。