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キャリアの中で自分らしさを失う時

    私が担当した社員研修のあと、
    数名の参加者が教室に残った。

    入社4年目の男性社員が、
    ぽつりと言った。

    「会社で働いていると、
    少しずつ自分らしさを失っていく気がするんです。

    周囲を見ていても、
    昔はもう少し、
    その人らしい輝きがあったんだろうな、
    と思うことがあって……。

    でも、
    気がつけば、
    自分自身もどんどんそうなっていて、
    時々、不安になるんです」

    そして、少し笑いながら言った。

    「学園祭でバナナジュースを売ってたときが、
    一番自分らしかった気がするんですよ」

    私は、その言葉が、
    なぜかずっと頭から離れなかった。

    「自分らしさを失う」という感覚は、
    おそらく多くの人が、
    キャリアのどこかで経験するものなのだと思う。

    しかもそれは、
    ある日突然やってくるものではない。

    少しずつ、
    静かに進んでいく。

    もちろん、
    それ自体が悪いわけではない。

    キャリアの初期から中期にかけては、
    組織に適応する力も必要だからだ。

    ただ時には、
    「評価されること」や、
    「生き残ること」を優先するあまり、
    少しずつ、
    本来の自分から離れていく人もいる。

    私の専門領域が人材育成であることから、
    これまで多くの組織で、
    さまざまなリーダーたちと仕事をする機会に恵まれてきた。

    その中には、
    年齢を重ねても、
    組織の階段を上りつめても、
    どこか“その人らしさ”を失わない人たちがいた。

    以前、
    私が働いていた会社の社長も、
    そんな一人だった。

    飾らず、
    正直で、
    どこか人間味があり、
    相手へのリスペクトを忘れない人だった。

    肩書や立場に関係なく、
    誰に対しても自然体で接していた。

    その姿に、
    私はいつも安心感を覚えていた。

    私は、そういう人たちに共通するものを、
    ずっと考えてきた。

    本当に自分らしい人というのは、
    温かさや思いやりを持ちながらも、
    どこかに、
    その人自身の“核”がある人なのかもしれない。

    だからこそ、
    周囲に流されすぎず、
    肩書や立場に飲み込まれず、
    自然体のまま、
    他者にも敬意を持って接することができる。

    そういう人たちは、
    年齢を重ねても、
    肩書が大きくなっても、
    “その人らしさ”を失わない。

    私は今でも、
    時々、
    バナナジュースの話をしてくれた彼のことを思い出す。

    これから先、
    彼もきっと、
    迷う時があるのだと思う。

    周囲に合わせすぎたり、
    役割を演じ続けたり、
    気がつけば、
    本来の自分が分からなくなってしまうこともあるのかもしれない。

    それでも、

    成長しながら、
    迷いながら、
    何度でも、
    自分自身の“核”へ戻っていく。

    自分自身の目線を失うことなく、
    未来へ向かって進んでいく。

    あの日、学園祭でバナナジュースを売っていた彼が見せた、少し無防備で、純粋に楽しんでいた、あの頃の“その人らしさ”を、心のどこかに残しながら。


     
     
    人材育成コンサルタント 大手日本企業、外資系IT企業、金融機関などで、人材育成・組織開発に長く携わってきました。 幅広い業界やグローバルな環境で働く中で感じた、カオスの時代のキャリア、自分らしさ、そして幸せについて発信しています。

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