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息を潜めていた


    両親の介護がはじまったのは10年前。

    それからの私は、次に両親に何が起こるのかと、いつも身構えていた様に思う。


    両親に何かが起こると、泣きたいような怒りたいような思いを抱えているのに、平気なふりをしながら対処してきた。

    もちろんひとりじゃ何もわからなくて、ケアマネさんやヘルパーさん、主治医や看護師さんなどに、その都度教えてもらったり助けてもらったりしながら、最善と思える方に向かおうとしてきた。

    それが本当に両親にとっての最善であったかはわからない。
    娘である私にとって都合が良い事だったかもしれない。

    とにかく私の頭の中はいつだって
    『どうしようどうしよう』だった。
    私が元々持っている思考癖なのだろう。


    数年前、気の置けない友とお酒を飲んでいた時に、母の変化に戸惑って「どうしたらいいんだろう」と言葉をこぼした私に、「どうしたらいいって、どうにかできる事じゃないんじゃない」と返された。

    全くその通りだ。
    母自身の変化を他者が止めたり変えたりできる訳ではない。

    正論だとわかっていてもなんだかカチンと来てしてしまった私は、
    「そんなのわかっているよ。でも、いつでも私がどうにかしなくちゃならなくて、どうしたらいいんだろうって思っちゃうんだよ」
    と言い返していた。

    私の八つ当たりに、友は黙ってしまい、その時には申し訳ない事をしたなと思い出す。


    *


    そんなガチガチ頭の主たる介護者である私を例えるのなら、ラケットを構えてコートの真ん中に立っているテニスプレイヤーではないかと思う。

    どこにボールが飛んでくるのかを予測しながら、相手がボールを打ったタイミングで素早くボールを拾いに行き、ここぞの場所へ打ち返す。

    ミスは命とりなのだと、いつも真っ向からボールを打ち返し続けてきた。

    それは、息を潜めている戦闘体制の状態だったなと気付く。
    それじゃあ、疲れる訳だった。


    もっと深くゆっくり息をすれば良かったと思うし、飛んできたボールを打ち返せずに転がっても、後で拾っておけば良かっただけだった。
    介護は勝ち負けではないし、流れに逆らえない事もあるのだ。

    それなのに、いつだって私は何かに追われている様に焦っていたし、何だかわからない何かに怒っていた。

    もしかしたら、自分のミスを許してくれない自分に怒っていたのかもしれない。


    *


    母が入院先の病院から退院するタイミングで、リハビリの為に老健(介護老人保健施設)という介護施設に移った。

    自宅に帰る事を目指そうと思っているけれど、これまでの在宅介護のサービスとは一旦離れなければならない。
    自宅に戻れた時に、改めて在宅の介護サービスを組み立て直す事になるそうだ。

    それは、在宅介護のケアマネさんが中心になって、少しずつ積み上げてきたその時々の母にとっての最善の環境が、一度崩れてしまうという事だ。

    信頼してきた在宅介護のケアマネさんとも一旦離れるので、とても不安で心の拠り所がなくなる様な感覚だ。


    母の方が、私よりずっと心細いのかもしれない。
    それでも、母は変化する日常を『仕方ないわね』ってな具合に受け入れている。
    全く強い人だ。

    私も柔軟に思考を変えていこうではないか。


    ひとまず、ゆっくりと深く呼吸をする。
    どうなるか予測しなくていい。
    目の前にある現実を受け入れる。
    変化があったら、その時の母にとっての最善を考える。
    自分だけでは持てない荷物は、人に持ってもらえば良い。


    運動神経の悪い私は、テニスラケットは置いておこう。
    その方がきっと息がしやすいだろうから。





    今日のはなうた
    『夏服のイヴ』
    松田聖子


     
     

    nicori

     
     
    まぁいいか と、ご機嫌でいられるように 気付いたことなどを備忘録として 書いています。 笑うことが好きです。 ご褒美にクラフトビールを呑むことが幸せです。 日常のなんてことのない出来事や 母の介護の事も書いたりします。

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