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回収したはずの私が、また疲れて壊れた話

    第1章 「グランプリ」のその後の現実

    あの日、私は14cmのヒールを履いて、置き去りにしていた「女性としての自分」を華やかに回収しました。

    でも、そこから先も人生は続いていきます。 華やかなステージの余韻を抱えたまま、私は再び「日常」という激流の中にいました。

    東京と長野の二拠点生活は、気づけば6年目。 仕事の重圧、新幹線での移動、そして前回お話しした「ウォーキングという名の沼」への没頭。

    「まだ大丈夫」「もっとできる」

    そう自分に言い聞かせながら、パンパンに膨れ上がったスケジュールを、壊れたアクセル全開で駆け抜けていました。

    けれど、9月になっても暑さが残るある日。
    移動の連続と過信で摩耗した私の心と身体は、ついに悲鳴を上げました。

    一瞬の、空白。

    ボーッとしていた私は、ついに車で事故を起こしてしまいました。

    第2章 強制終了と、とけていった心

    事故の連絡を受け、県外から慌てて駆けつけてくれたパートナーは、私の姿を見てこう言いました。

    「全部休んで。一歩も外に出ないで。」

    「やれるのに、止められること」が、たまらなく悔しかったのを覚えています。

    根性で壁を乗り越えるのが私の「正解」でした。

    でも、止まってみて初めて気づきました。 私は「止まれない自分」だったのです。正直に言うと、今もあまり変わっていません。

    私の身体は、ひどいむち打ちで、2週間はほぼ寝たきり。口も開けられずご飯も食べられない。

    その間、パートナーは何も言わず、温かいうどんを作り続けてくれました。 私の大好きな「魚河岸あげ」が、毎回必ず入っている稲庭うどん。

    出汁の香りと、ふわふわの練り物の温かさ。それが、尖っていた私の心を、少しずつ、少しずつ、ほどいてくれました。

    今は、当時のことを「あのときは首もげたね」と笑って話せるようになりましたが、あの時間は、初めて「強制的に止まる」ことを学ぶ、静かな修行のようでした。

    第3章 「やめられない私」との、もう一つの戦い

    実は、私はまだ懲りていませんでした。
    事故から10日ほど経ち、少しずつ起きられる時間が延びてきた頃。

    数日後に、ずっと楽しみにしていた大きなウォーキングイベントを控えていたのです。

    首はまだ痛む。体も万全ではない。
    けれど、心の中では「絶対に出る」と信じて疑いませんでした。

    そんな私を、パートナーは再び、強く、強く止めました。
    「今無理をしたら一生後悔するよ。」

    私はちょっと悔しくて泣きました。 カッコ悪い自分、イベントに穴をあける自分、期待に応えられない自分……。なんだか情けない。

    でも、今ならはっきりわかります。 あのとき強引にでも止めてもらわなければ、私は今も後遺症に苦しみ、ウォーキングを楽しむことさえできなくなっていたかもしれません。


    終わりに:崩れながら、前に進む

    コンテストでグランプリを獲った私の「その後」は、決して華やかでも、カッコよくもありません。

    むしろ、こんな風に失敗して、泣いて、止められて、ようやく自分の足元を見つめ直す。そんな、泥臭い日々の連続です。

    でも、一度壊れたからこそ、わかったことがあります。 「止まること」もまた、自分を大切に回収するプロセスの一部なのだと。

    私は今、14cmのヒールを脱いだ自分も、少しずつ愛せるようになっています。そして、今日も仲間たちとイベントに向けて練習を重ねています。

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    ✨𓈒𓂂𓂃𓂃𓂂𓈒✨
    最後までお読みいただき、ありがとうございました。
    ✨𓈒𓂂𓂃𓂃𓂂𓈒✨


     
     
    50代。美容・健康・旅・走ることが好き。 15年以上ラン習慣を継続✨ 無理するより、整えて進むことを大切にしています。 ハワイ・ハパルア完走🏃‍♀️ 真逆な性格の69歳相棒と暮らしながら 年齢を重ねても心地よく進む生き方を綴っています✨

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