『シーミレ』
——前と同じように、好きになってしまうのか——
同窓会の幹事は、彼だった。
店の手配も、人数の調整も、当日の進行も、全部彼がやっていたらしい。
昔からそういうことが自然にできる人だった。
私はただの参加者として、その場にいた。
なのに、最初に目に入ったのも、最後に気になったのも彼だった。
会場の隅にはピアノがあった。
彼は昔から、ピアノを弾くときだけ少し癖があった。
鍵盤に触れる指が、誰よりも優しい。
強く叩かないから、音が少し遅れて届く。
——変わってない。
そう思った瞬間、胸の奥が少しだけ痛くなった。
彼は親友と楽しそうに話していた。
その隣には、私のあまり好きではなかった女子もいる。
昔と同じ構図。
昔と同じ空気。
幹事としては、ちょうどいい配置だったはずなのに。
感情としては、少しだけ違っていた。
(来なきゃよかった)
そう思ったとき、笑顔を作るのが急に重くなって、私はトイレに立った。
廊下は静かだった。
さっきまでの喧騒が嘘みたいに遠い。
そのときだった。
「……あ」
角を曲がった先で、彼とぶつかりそうになる。
幹事だった彼が、そこにいた。
「……元気そうだね」
彼が先に言った。
「そっちこそ」
私は少しだけ笑う。
空白の時間が、喉の奥で重くなる。
「相変わらず綺麗だな」
その言葉に、昔の自分が少しだけ揺れた。
「変わってないね」
「いや」
私は小さく首を振る。
「変わったよ」
その一言に、彼の目がわずかに動いた。
沈黙が落ちる。
幹事としての彼は、さっきまであれだけ場を回していたのに、
今だけは少しだけ何もできない顔をしていた。
「奥さんいるの?」
「いるよ」
「子どもは?」
「いる」
それだけで十分だった。
それ以上は、踏み込まないほうがいい。
どちらともなく、少し笑った。
「話したいこと、山ほどあるのにね」
「うん」
彼は頷いた。
「でも今日はこれくらいでいい気がする」
私は小さく息を吐く。
戻る場所がある。
幹事としての顔に、もう一度戻らなければいけない。
でもその前に分かってしまった。
この同窓会を作っている人間が、
一番“過去”に引き戻されていることを。
そして——
人は場を整えながらでも、前と同じように誰かを好きになってしまうことがある。
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