メインコンテンツへスキップ
見出し画像

【戯曲】欺瞞の果てのひまわり【改稿前】

    【登場人物】


    ・小幡千尋(おばた ちひろ)・・・30歳。面接官
    ・志村涼子(しむら りょうこ)・・・29歳。夢をあきらめ、仕事を探している。
    ・神田伸大(かんだ のぶひろ)・・・45歳。小幡の直属の上司
    ・佐伯一(さえき はじめ)・・・30歳。求職者。おしゃべりで目がいい。

    【台本上での記号のルール】


    (AAA)・・・・人物の動きを示している
    〈AAA〉・・・次の人物のセリフに遮られる、前の人物のセリフをさえぎって喋る場合を示している
    【AAA】・・・セリフだけでは、役者に意図が伝わりづらい場合に使用人物の内面を示している
    [AAA]・・・人物が省略した言葉を示している。

    【舞台】


    舞台はある企業の小会議室。
    舞台中央に、大型の長方形のテーブルが配置されている。4人が作業できる程度の大きさ。
    テーブルの周りには、上手下手に2つずつ椅子が配置されている。テーブルの中央には固定電話が配置されており、内線で上階のオフィスにいる社員との連絡ができる。
    舞台奥中央にホワイトボードが配置されている。舞台奥上手に大きめの掃除ロッカーが配置されている。
    下手奥側に、ドアがあり、エレベーターホール・トイレへと通じている。この会議室の唯一の出入り口である。
    舞台前面上手に、窓がある。

    【一場】


    2025年5月23日金曜日午前10時過ぎ。
    会議室には2名の人物がいる。
    上手側の椅子に着席しているのは。小幡千尋。
    下手側の椅子に着席しているのは神田伸大。
    小幡からはやや緊張しているのが伝わってくる。
    神田は、眉間にしわを寄せて難しい顔をしている。

    神田「なんで?」
    小幡「・・・・・」
    神田「小幡さん、なんでよ?」
    小幡「・・・・申し訳ありません(頭を下げる)」
    神田「いやいや(頭に手をやり、下を向く)」
    小幡「・・・・・」
    神田「もう変わらないの?」
    小幡「・・・・」
    神田「意思は固い、よね?」
    小幡「はい。そうですね」
    神田「だよねー(椅子を一回転)」
    小幡「・・・・」
    神田「(回転し終わって)なんでか、聞かせてもらえる?」
    小幡「はい。それは、総務部の業務が、やはり私には〈合ってると思ったためです〉」
    神田「〈遮って〉嘘だ」
    小幡「え?」
    神田「嘘だ」
    小幡「いや・・」
    神田「嘘をついてるよね?小幡さん」
    小幡「えーと、嘘ではないです」
    神田「うん。なるほど。じゃあ、それも本当なんだね」
    小幡「それも?」
    神田「本当の理由はほかにあるよね?」
    小幡「・・・・本当の理由?」
    神田「・・・・・」
    小幡「・・・・神田さんが何を求めてるのかわかりかねます」
    神田「去年、人事部に異動してきたとき、小幡さんは総務部より働きやすいと言ってたよね?」
    小幡「(心当たりがあり、内心どきりとして、)確かに言いました。でも、それは1年前のことですので」
    神田「採用業務に携わりたいとも言っていた」
    小幡「それは・・・」
    神田「しかも、これは忘年会での発言です」
    小幡「・・・よく覚えてますね」
    神田「そして、忘年会から3か月後、念願かなって、採用業務についてもらうことになりました。このタイミングで、異動願い」
    小幡「・・・」
    神田「おかしいな。採用業務についてもらって、3か月しか経ってない。だよね?」
    小幡「はい」
    神田「おかしい、おかしい。念願の業務について、たった3か月。普通ならこれから楽しくなってくるはずなのに。異動願い。なんで?」
    小幡「・・・大変申し訳ありません」
    神田「はあ(身体を椅子の背もたれに預けて、3回転)」
    小幡「・・・・」
    神田「これは圧をかけたいわけじゃないんだけど、今、人事部がどういう状況かわかるよね?」
    小幡「はい。」
    神田「8年目の柴田さんは産休。6年目の伊藤君は育休。このみち15年の大ベテランの進藤さんは、夢だった海外への移住のため退職。みんなおめでたいよ。あ、期待のホープだった清水君が1年で転職は寂しかったな」
    小幡「そうですね」
    神田「何がいけなかったかな?清水君」
    小幡「うーん。合わなかったんじゃないですか?」
    神田「まあしょうがないよね。って、話がそれちゃったけど、主力メンバーがごそっと抜けちゃったのよ」
    小幡「はい」
    神田「そんな状況だから、ばたばたで、新卒採用10人目標のところ、なんと。2人です」
    小幡「そうですね」
    神田「おまけに、アルバイトの採用も間に合ってなくて、現場から、どうなってんだ。仕事してんのか。ふざけんじゃねえと文句の嵐です」
    小幡「はい」
    神田「この悲惨な状況で、ごめん、圧かけちゃうわ。この悲惨な状況で、異動願い?」
    小幡「・・・・申し訳ありません」
    神田「WHY?(今度は、止まるまで回転)」
    小幡「危ないですよ」
    神田「・・・(回転が終わって)ごめんごめん。あまりにも、状況が悲惨的過ぎて、つい感情的になってしまった。申し訳ない」
    小幡「いえ、そうなるのも無理はないと思います」
    神田「まあ、でもしょうがないよね。小幡さんの自由だし」
    小幡「(なんと返事をすればいいか、警戒して)はい」
    神田「ちなみに、人間関係でなんかあった?」
    小幡「人間関係ですか?」
    神田「うん。なんかトラブルとか、ストレスとかあった?」
    小幡「いえいえ、それはないです。人間関係のストレスは本当になくて、皆さん本当によくしてくださって。」
    神田「そうだよね。みんな優しいよね。」
    小幡「そうですね。それは、本当に。はい」
    神田「トラブルも無縁だしね」
    小幡「そうですね。はい」
    神田「でも、総務部ではあったんだよね?」
    小幡「え?」
    神田「トラブル。人間関係の。総務部ではあったんだよね?」
    小幡「・・・・誰に聞いたんですか?」
    神田「それは、あったってことだよね」
    小幡「・・・・」
    神田「それなのに、総務部に戻りたい?」
    小幡「トラブルと言っても、大したことじゃないですから」
    神田「(すべてを知ってる目で見つめる)・・・・」
    小幡「本当に、大したことじゃないですよ」
    神田「・・・・」
    小幡「ほら、電話取るとか、コピー用紙がなくなったら、補充するとか。そういう割り振りはされてないけど、気づいた人がやるべき業務ってあるじゃないですか。それを一切やらない子がいたから、軽いいざこざみたいなのがあっただけですよ」
    神田「・・・・」
    小幡「なんですか?それだけですよ。本当に」
    神田「・・・・」
    小幡「(全部ばれてると悟り)・・・そうですね。その子に、プツンときちゃって、てめえ舐めてんのか、ってこの会議室で言ってしまいました」
    神田「それなのに、総務部に戻りたいの?」
    小幡「・・・・はい。業務と人間関係は別ですので」
    神田「(含みのある感じで)ふーん」
    小幡「誰が言ったんですか?」
    神田「いや、それはいいから。それより、」
    小幡「いえ。誰が言ったんですか?」
    神田「え・・・」
    小幡「この話知ってる人で今会社に残ってる人、3人しかいないんで、3択なんですけど。誰ですか?」
    神田「いやいや」
    小幡「鈴木さんですか?」
    神田「うーん」
    小幡「須藤さんですか?」
    神田「うーん」
    小幡「くみちゃんですか?」
    神田「それより、本題に戻ろうよ」
    小幡「くみちゃんですね。」
    神田「え?」
    小幡「まあ、くみちゃんだろうなと思ってましたけど」
    神田「そうとは限らないんじゃない?」
    小幡「いや、くみちゃんですよ。あいつ、電話もとらねえで、おしゃべりばっかしてるんで」
    神田「ちょっと、言葉が。ね、よくないよ。小幡さん」
    小幡「すいません、つい感情的になってしまいました」
    神田「いや、でもいいよ」
    小幡「え?」
    神田「感情的になろうよ」
    小幡「と言いますと?」
    神田「なんか鎧をまとってる感じするからさ、俺と話してる時の小幡さん。今の感じの小幡さんと話したいよ」
    小幡「いや、でもさすがに社内ですし」
    神田「なんで?今はだれもいないじゃん」
    小幡「うーん」
    神田「飲みの席みたいにさ、気軽に話そうよ」
    小幡「・・・飲みに行きたかったです」
    神田「え?」
    小幡「神田さんと」
    神田「そうなの?」
    小幡「私、神田さんには嫌われてると思ってました。」
    神田「ええ。なんで?」
    小幡「なんで。・・・業務上必要最低限の会話しかしないですし、私だけ飲みに誘われないですし」
    神田「いやいや。ちょっと待ってよ。必要最低限の会話にとどめていたのは、小幡さんが望んでると思ってたから。」
    小幡「はあ」
    神田「飲みに誘うってのも、俺からしたら、小幡さんは誘いにくい立場でしょ?」
    小幡「どういうことですか?」
    神田「え?それは、上司と部下だし、断りづらいでしょ。それに、おじさんから誘われたくないでしょ」
    小幡「でも、他の人は誘ってますよね?柴田さんや伊藤さんとはよく行ってますよね」
    神田「それは、長年培ってきた信頼関係があるから、誘えるようになったんだよ。」
    小幡「はあ」
    神田「あ、いや俺誘ったよ。直じゃないけど。柴田さん通して、小幡さんのこと誘ったよ」
    小幡「私、集団の飲みはあまり好きじゃないので。多くても3人」
    神田「なんだ。言ってくれればいいのに。全然誘うのに」
    小幡「正直、ここまで引き留められることも予想外です」
    神田「ええ」
    小幡「もっと、スムーズに、異動したいです。じゃあ、来月ね。くらいあっさり終わると思ってましたよ」
    神田「ちょっと。そんな風に見える?俺」
    小幡「すいません」
    神田「なんだ。じゃあ、今から飲み行く?」
    小幡「それは、さすがに。この後面接もありますよ」
    神田「それは、そうだけど。あ、じゃあ、ここをさ、居酒屋だと思って話そうよ」
    小幡「え?」
    神田「飲み物ある?」
    小幡「ありますけど(バックに入れていたコーヒーのペットボトルをテーブルに置く)」
    神田「(自身もバックの中を探して)なんかあったかな。あ、ピスタチオがあったよ。(テーブルの中央に置いて、パーティー開けする)」
    小幡「ありがとうございます」
    神田「(缶コーヒーを取り出して)はい、乾杯」
    小幡「(困惑しながら)乾杯」
    神田「(ネクタイを緩めて)はあ、疲れた、今日も」
    小幡「(なんとなく合わせて)疲れましたね」
    神田「で、相談って?」
    小幡「ああ。・・・総務部に戻りたいと思ってまして」
    神田「固いな」
    小幡「え?」
    神田「もっと居酒屋だと思ってよ。あそこにはおすすめメニューがあって、あの扉の奥には店員さんがいて、イマジネーション。居酒屋を感じてよ」
    小幡「はい」
    神田「それもお酒だから。コーヒーじゃなくて」
    小幡「お酒」
    神田「何で持ってんの?」
    小幡「え?」
    神田「何で持ってんの?」
    小幡「(ちょっと楽しくなってきて)まじですか?」
    神田「飲み足りないから、持ってんの。飲んで、飲んで、飲んで(とコール)」

    小幡、のせられて、コーヒーを一気飲みする。

    神田「いいね。いい飲みっぷり。で、なんで総務部に戻りたいの?」
    小幡「きついっすね。ちょっと」
    神田「きつい?何が」
    小幡「うーん。採用業務自体はやっぱり、楽しいです」
    神田「うん」
    小幡「でも、なんていうかな。いや、はっきり言っていいすか?」
    神田「うん。はっきり言って」
    小幡「面接官やりたくないです」
    神田「(居酒屋モードを終了させて)はい、頂きました。やっぱりそうだよね」
    小幡「え?終わりですか?」
    神田「うん。居酒屋終了」
    小幡「ひどい」
    神田「面接業務だよね。小幡さんが嫌がってるの」
    小幡「・・・はい、そうです」
    神田「やっぱり、例のやつだよね?」
    小幡「・・・・」
    神田「小幡さん、反対してたもんな」
    小幡「それもありますけど、うーん」
    神田「なに?」
    小幡「なんか私偉そうなんですよね」
    神田「偉そう?」
    小幡「なんだろう。なんか人格が変わったみたいな感覚、自分じゃないみたいな感覚があるんですよね」
    神田「ごめん、どういうこと?」
    小幡「まあ、だから、すごい偉そうになっちゃうってことですね」
    神田「そうなんだ」
    小幡「偉そうにできる立場でもないし。ほら、例のネタ晴らしがありますから」
    神田「まあ、結局はそこだよね」
    小幡「仕方ないことだとは思うんですけどね」
    神田「俺も、杉村さんに言ってみたけど、人集められるの?で終わったからな」
    小幡「神田さん、人事部長に掛け合ってくれたんですね」
    神田「まあ、掛け合うってほどではないけど。まあね」
    小幡「ありがとうございます」
    神田「いやいや。うーん。そうだな」
    小幡「はい」
    神田「・・・提案なんだけどさ」
    小幡「なんでしょう?」
    神田「面接業務は小幡さん、もうやらなくていい」
    小幡「え?」
    神田「今日の面接も俺がやる。外れていい。」
    小幡「そんなこと可能なんですか?」
    神田「うん。なんとかなるよ。その代わりに、今俺がやってる採用後の対応をお願いしたいと思ってる」
    小幡「はい」
    神田「だからさ、人事部から異動するの考え直してくれない?」
    小幡「・・・・はい。それが可能なら、異動願いは取り下げます」
    神田「本当?ありがとう。助かるよ」
    小幡「いや、こちらこそ配慮していただいてありがとうございます」
    神田「いや、これからはさ、そういう嫌だなってことがあったら、結論出す前に、まず相談してよ」
    小幡「そうですね。ありがとうございます」
    神田「はあ、ほっとしたよ。小幡さんいなくなったら、マジでもう回らないからさ」
    小幡「いやあ。」
    神田「ほかになんかないの?気になってることとか。」
    小幡「ああ。あ、ないです」
    神田「え、あるじゃん」
    小幡「あ、でもこれは気になってるけど、今話すことでは」
    神田「いや、いいよ。そういうのでも」
    小幡「ほんとですか?」
    神田「うん」
    小幡「じゃあ、くみちゃんと杉村人事部長の不倫疑惑って本当なんですかね?」
    神田「そういうこと?ああ」
    小幡「知ってますか?」
    神田「いや、知らないし、ただのうわさだよ。それは」
    小幡「え、そうですか?だって、前に杉村部長宛てのメール騒動あったじゃないですか?あれ、くみちゃんだったんじゃないですか?」
    神田「いや、違うよ。杉村さんも違うって言ってたしね」
    小幡「ふーん、そうなんだ」
    神田「それはさ、今度飲み行った時にゆっくり話そう」
    小幡「そうですね」
    神田「それよりさ、[今日面接予定の佐伯さんの]資料もらっていい?」
    小幡「もう、共有してます」
    神田「(スマホで確認)ああ、ありがとう。えと、どこだ。あ、佐伯さんだよね?」
    小幡「え?佐伯さん?」

    内線が鳴る。

    神田「(出て)はい。あ、はい。じゃあ、上で待っててもらって。はい、またかけます」
    小幡「誰からですか?」
    神田「新崎さん。佐伯さんが到着したって」
    小幡「(スマホで確認して)この後の面接って、志村さんじゃないんですか?」
    神田「え?」
    小幡「スケジュールには、志村さん11時ってなってますけど」
    神田「え?佐伯さんが今来たって」
    小幡「もしかして。(スマホを確認)これ、ダブルブッキングですよ」
    神田「まじ?」
    小幡「はい。誰だかわからないですけど。佐伯さんの面接、全体に共有してないんですよ」
    神田「ちょっと誰だよそれ。・・・(スマホで犯人捜しして、)・俺だよ」
    小幡「ええ。ちょっと、何やってるんですか?」
    神田「ちょっと待って。じゃあ、今から、志村さんも来るってことだよね?」
    小幡「そうですよ。どうするんですか?新崎さんは面接できないですよね?」
    神田「・・・・ごめん。」
    小幡「ええ」
    神田「ラスト1回だけ、面接やってもらえない」
    小幡「ええ」
    神田「ほんとにごめん。」
    小幡「いや、もうしょうがないですけど」

    また内線が鳴る。

    神田「はい。ああ。はい。じゃあ、上で待っててもらって」
    小幡「まさか」
    神田「志村さんも到着したって」
    小幡「会議室。ここしかとってないですよ」
    神田「え、待って、そうだよね。」
    小幡「適性テストのPCも、[2人分の]チェックシートも用意できてないです」
    神田「ちょっとまって、やばい。確保してくるわ。」
    小幡「私も行きます」

    小幡と神田、ばたばたと出ていく。
    暗転。

    【二場】


    同日。午前11時過ぎ。
    会議室には2名の人物がいる。
    下手の前寄りの椅子に着席しているのは。志村涼子。隣の椅子に鞄を置いている。
    上手後方の椅子に着席しているのは佐伯一。
    志村はテーブルに履歴書を広げて、面接の趣味レーションをしている。面接でうまく答えられるように、用意してきた回答例を反芻している。座り方も背筋を伸ばして、凛としている。
    佐伯は家にいるときと同じような座り方で、スマホをいじっている。シャツのボタンも開けたり、ややだらしない印象を受ける。
    佐伯、面白い動画を見つけたのか、動画を再生する。ブルートゥースのイヤホンをしている。
    イヤホンから音漏れが聞こえて、志村、佐伯に目をやる。

    志村「・・・・」
    佐伯「にやにや動画を見ている。たまに吹き出す)」
    志村「(少し迷うが)・・・あの」
    佐伯「(聞こえない)」
    志村「あの。・・・(手を振って)あの。」
    佐伯「(気づいて)・・・はい?」
    志村「スマホ」
    佐伯「え?」
    志村「スマホ・・・」
    佐伯「ああ、はいはい。(ブルートゥースのイヤホンをしまう)」
    志村「はい」
    佐伯「(志村が見える位置にスマホを置いて動画を再生)」
    志村「ああ、そういうことじゃなくて」
    佐伯「え?」
    志村「音です」
    佐伯「ああ、はいはい(スマホの音量を大きくする)」
    志村「違う、違う。見るの辞めたほうがいいんじゃないですか?」
    佐伯「ああ。え?」
    志村「はい」
    佐伯「なんでですか」
    志村「なんでって、これから面接だから?」
    佐伯「・・・・」
    志村「はい」
    佐伯「でも今は待っててください。好きにお過ごしくださいって言われてますよね?」
    志村「まあ、そういわれましたけど。さすがにそれは」
    佐伯「それ?」
    志村「(少しいらいらしてきて)スマホで動画観ること。それは、やりすぎじゃないですか?」
    佐伯「やりすぎ?」
    志村「許容範囲を超えてるかと」
    佐伯「・・・・」
    志村「はい(会話を終わらせようと、佐伯と向き合うのをやめる)」
    佐伯「って言われたんですか?」
    志村「え?」
    佐伯「好きにお過ごしください、でも、スマホで動画観ることは好きにお過ごしいただくことの許容範囲を超えてます。って言われたんですか?」
    志村「言われてはないですよ。言われてはないですけど、一般常識的になしだと思うんですけど」
    佐伯「なるほど」
    志村「わかっていただけましたか?」
    佐伯「はい」
    志村「そうですか(自分の作業に戻る)」
    佐伯「・・・(再びイヤホンをしてみる)」
    志村「ちょっと(思わず机をたたいてしまう)」
    佐伯「え?」
    志村「わかってないじゃないですか」
    佐伯「ええ」
    志村「スマホをしまってください」
    佐伯「なんでですか」
    志村「これから、面接なんですよ」
    佐伯「それはわかったんですけど、僕が見る分には問題なくないですか?」
    志村「いや」
    佐伯「だって、お姉さん的には許容範囲じゃないんですよね?」
    志村「私の、というよりは一般常識的に、」
    佐伯「いや、すいません。僕的には、許容範囲なんで」
    志村「はい?」
    佐伯「はい。好きにお過ごしくださいの許容範囲に入ってるんで。だから、僕は見ようと思います」
    志村「いや、今同じ部屋で待ってるじゃないですか」
    佐伯「そうですね」
    志村「連帯責任になったら、困るじゃないですか?」
    佐伯「ならないですよ」
    志村「なんでわかるんですか?(立ち上がって、)面接官がこう入ってきますよね?」
    佐伯「はい」
    志村「入ってきたときに、スマホで動画を見てるあなたを見て、まず顔をしかめます」
    佐伯「しかめるかな」
    志村「しかめますよ」
    佐伯「ええ。だって、好きにお過ごしくださいってめっちゃ笑顔で言ってましたよ」
    志村「あの、一回しかめるって艇で想定してもらっていいですか?先に進めないんで」
    佐伯「ああ、はい」
    志村「(仕切り直して)まず、あなたをみて、顔をしかめます」
    佐伯「はい。しかめますね」
    志村「で、その次。私をみます。同じ部屋で、待機してるのに注意もしない。もっと顔をしかめます。なんなら、私の方に強い嫌悪を抱きます」
    佐伯「いやいや」
    志村「(手で制して)何をしてるんですか。2人は。これは、許容範囲を超えてます。2人とも不採用です。お引き取りください!ってなるでしょ」
    佐伯「・・・なんていうか、想像力豊かですね」
    志村「ありがとうございます」
    佐伯「いや、でもそんなことは絶対に起きませんよ」
    志村「なんで言い切れるんですか?」
    佐伯「言い切れますよ。絶対落ちないですから」
    志村「え?」
    佐伯「絶対落ちないですよ。面接中止なんてもっての外です」
    志村「なんでそんなことがわかるんですか?」
    佐伯「面接来る前に、調べない感じですか?」
    志村「調べますよ。この会社がいつできたとか、」
    佐伯「そうじゃなくて。(スマホで画面を出して)これですよ。これ」
    志村「なにこれ?・・・(画面を見て)この会社は人が足りなくて、年中人を募集しています。面接では絶対に落とされません。20代会社員。退職済み。え、なんですか。これ」
    佐伯「お姉さん、知らないんですか。このサイト」
    志村「知らない(スマホを返して)」
    佐伯「ええ?今時珍しいですね」
    志村「ありがとうございます」
    佐伯「ほめてはないんですけど」
    志村「え、そうなの?」
    佐伯「ああ、いやいや。こういう面接を受けた人とか、実際に働いてどうったか、まあ口コミですね。そういうのをまとめてるサイトがあるんですよ」
    志村「口コミって飲食店だけじゃないんだ」
    佐伯「お姉さん、今まで森で暮らしてたとかですか?」
    志村「悪かったね」
    佐伯「いやいや」
    志村「あ、でも待って。それが本当かどうかわからないんじゃない?」
    佐伯「え?」
    志村「聞いたことある。行ったことがない店でも、ライバル店とかが悪く口コミするとか。その口コミも本当じゃないんじゃない?」
    佐伯「まあ、その可能性もありますけど。たぶん本当ですよ。」
    志村「なんでわかるの?」
    佐伯「だって、さっきの男の社員さんの慌てよう見ました?」
    志村「まあ、ちょっと慌てたけど」
    佐伯「ちょっとじゃないですよ。もうめちゃくちゃ慌ててましたよ。それに、適性テストさっきやったじゃないですか」
    志村「うん」
    佐伯「まず、僕がやって、その後お姉さんって。あの時の、社員さんの顔見ました?」
    志村「いや、見てないけど」
    佐伯「めちゃくちゃ申し訳なさそうな顔してたんですよ。それで、僕確信したんですよ」
    志村「何を?」
    佐伯「本当は、一人一人やるんじゃなくて、2台パソコンを用意して、やるんだろうなって。だって、お互いが終わるまで待ちぼうけだったじゃないですか?」
    志村「まあ、確かに」
    佐伯「なんでそんなことになったか。それは、ダブルブッキングしたんですよ」
    志村「ああ、そういうこと」
    佐伯「だから、ちゃんとしてない会社なんですよ。落とされないから、安心してください」
    志村「・・・いやいや。ダブルブッキングとその口コミの信ぴょう性、つながってないし。ちゃんとしてないかどうかもわからないし。ちゃんとしてなくても、スマホを観るのは許容範囲を超えてます」
    佐伯「つまり?」
    志村「スマホ、閉まってください」
    佐伯「・・・・わかりました。負けましたよ。(スマホをしまう、イヤホンも外す)」
    志村「ありがとうございます」
    佐伯「・・・・」
    志村「(面接のシミュレーションに戻る)」
    佐伯「(退屈して、会議室内を歩きだす)」
    志村「(気になるが、許容範囲内なのでシミュレーションを続ける)」
    佐伯「(掃除ロッカーを開ける)」
    志村「(ロッカーを開ける音で佐伯の方を見る)」
    佐伯「(志村と目が合い)・・・このロッカー、大きくないですか?」
    志村「・・・・」
    佐伯「二人位、人が入れそう」
    志村「・・・そうだね(とシミュレーションに)」
    佐伯「(ロッカーに入ったり、閉めたりを繰り返す)」
    志村「(気になるが無視)」
    佐伯「(飽きたので、席に戻る)」
    志村「・・・・」
    佐伯「・・・おねえさん」
    志村「はい?」
    佐伯「なんでこのバイトしようと思ってるんです?」
    志村「え?(警戒心を顔に出す)」
    佐伯「いいじゃないですか。暇だし」
    志村「それは・・・やっぱりやめておきます」
    佐伯「ええ」
    志村「・・・・・(シミュレーション)」
    佐伯「気になるなあ」
    志村「(無視)」
    佐伯「今までバイトしかしてこなかったんですよね?」
    志村「え?」
    佐伯「ああ、すいません。見えちゃって、履歴書」
    志村「(慌てて履歴書をしまう)見ないでくださいよ」
    佐伯「だって、そこに、ばばって広げてるから」
    志村「だからって、」
    佐伯「いやあ、すいません。僕ね、目いいんですよ。見えすぎて。あれ?マサイ族の血入ってる?ってDNA鑑定するくらい、いいんですよ」
    志村「ちょっと」
    佐伯「すいません。これはよくないですね。視力の乱用ですね。で、なんでですか?」
    志村「なんでって」
    佐伯「いやあ、見えちゃったから。気になるなあ。なんでですか?」
    志村「色々あるでしょ」
    佐伯「これから、同僚になるかもしれないんだから、教えてくださいよ」
    志村「同僚になったとしても、特に話したりしないよ」
    佐伯「ええ」
    志村「コールセンターなんて、そんなもんだよ」
    佐伯「コールセンターやったことあるんですか」
    志村「ちょろっとね」
    佐伯「へー。いつくらいですか?」
    志村「いや、教えるつもりはないから」
    佐伯「えー。あれじゃないですか。なんか目指してたとか」
    志村「・・・・」
    佐伯「だって、僕あんなにいろんなところでバイトしてきた人初めて見ましたよ。マック、吉野家、サーティワン、牛角、それから、」
    志村「ちょっと。ちょっと。みすぎ。ほんとに」
    佐伯「すいません(姿勢を改めて)視力がよくて申し訳ありません」
    志村「はあ」
    佐伯「で、何目指してたんですか?」
    志村「あなたね、反省してないでしょ。」
    佐伯「いや、マジで(教えてのポーズ)」
    志村「別に、目指してたって言ってないから」
    佐伯「ええ。でも。じゃなかったら、あんな職歴。・・・もしかして、バイトしかできない人間ですか?」
    志村「は?」
    佐伯「訳ありですか?」
    志村「あなたねえ、」
    佐伯「でもだって、その年でバイトしかしてこなかったって。よっぽどの理由がないと」
    志村「・・・・」
    佐伯「もしかして、指名手配とかされてますか?」
    志村「画家。画家を目指してたの」
    佐伯「ああ、画家」
    志村「そう。悪い?」
    佐伯「いやいや。いいじゃないですか。すごい素敵ですよ」
    志村「あなたねえ。馬鹿にしてるでしょ?」
    佐伯「してないですよ。それはひどいじゃないですか」
    志村「・・・・・」
    佐伯「なんか見せてくださいよ」
    志村「何を?」
    佐伯「画家っぽいこと?」
    志村「・・・・」
    佐伯「(あたりを見回して。ホワイトボートを指して)これ。これになんか描いてくださいよ」
    志村「はあ?」
    佐伯「キャンパスに見立てて、なんか描いてくださいよ」
    志村「嫌だよ。描かないよ。」
    佐伯「なんでですか?」
    志村「何でですかって描くわけないでしょ?」
    佐伯「描きたいから、画家を目指してたんじゃないんですか?」
    志村「いや、そうだけど。もうね。絵は描かないの。私、辞めたの。だから、ここにきてるの」
    佐伯「あ、そうなんですね」
    志村「それに、絵なんか描いてたら、びっくりするでしょ。面接官が」
    佐伯「そうかな。」
    志村「何描いてるんですか。不採用です。お帰りください」
    佐伯「いやいや。きれいな絵だったら、採用してくれるんじゃないですか」
    志村「そんなことあるわけないでしょ」
    佐伯「そっか。同僚になったら、[お姉さんの絵を]見せてくださいね。」
    志村「同僚になれたらね」
    佐伯「にしても、お姉さん真面目ですよね」
    志村「真面目?」
    佐伯「はい。真面目というか、素直だなって」
    志村「どこが?」
    佐伯「だって、さっきの職歴の欄、3か月だけ務めたあるばいととかもしっかり書いてたじゃないですか」
    志村「いや、本当に目がいいね」
    佐伯「1.8あります。両目」
    志村「あんなに、スマホ見てるのに」
    佐伯「はい」
    志村「ていうか、3か月とかでも全部書くのは当たり前じゃないですか?」
    佐伯「いや。普通履歴書なんて盛ったり、はぶいたりしてますよ」
    志村「そうなの?」
    佐伯「はい。僕ね、新卒で入った会社で、採用担当とかやってて、履歴書とかよく見てたんですよ。みんな結構、盛ってます」
    志村「そうなんだ」
    佐伯「ほら、書類で落とされたりとかもあるから。見栄え浴するために、3か月を働いてなかったことに。1年勤めたのを、3年、とか。みんな結構大胆に嘘ついてますよ」
    志村「へえ」
    佐伯「ちなみに、僕も嘘ついてます」
    志村「え?どんな?」
    佐伯「(志村に履歴書を見せて)この2年間、ずっと東横インでアルバイトしてたことになってるけど、本当は転々としてました」
    志村「そうなんだ」
    佐伯「だから、お姉さんは偉いなと思って。いや、まじですよ」
    志村「・・・まあ、私は嘘つかないかな。ポリシーだから」
    佐伯「かっこいいですね」
    志村「まあ、お互い頑張りましょう(と一度しまった履歴書を出す)」
    佐伯「(つい見てしまい)あれ?」
    志村「(嘘の履歴書だと気づいて)あ。(急いで手で隠して、しまう)」
    佐伯「・・・・」
    志村「(本当の履歴書を出す)・・・・」
    佐伯「さっきなんか、違う履歴書じゃなかったでした?」
    志村「え?そんなことないよ」
    佐伯「一瞬だったから、あれですけどなんかすっきりしてた」
    志村「ああ。書き損じたやつだから、そう見えたんだと思う」
    佐伯「へー」
    志村「・・・・」
    佐伯「・・・(すっと立ち上がる)」
    志村「(気になるが、平静を装うためシミュレーションに没頭する)」
    佐伯「(志村のバックを取ろうと手を伸ばす)」
    志村「(佐伯に気付いて、)ちょっと。なに?」
    佐伯「すいません。気になっちゃって」
    志村「いや、だからって(バックに手を置く)」
    佐伯「(バックに手をやり)見してくれません?」
    志村「だめ」
    佐伯「お願いします(自分のところに寄せて)」
    志村「ちょっと。離しなさいよ(強く引っ張る)」
    佐伯「ですよね(急に離す)」
    志村「ちょっと」

    志村のバック、落ちる。
    その際に、先ほどしまった嘘の履歴書が床に落ちる。
    佐伯、すかさず嘘の履歴書を手に取って、みる。

    志村「・・・・」
    佐伯「・・・なんだ。そういうことか。(嘘の履歴書を返す)」
    志村「(恥ずかしそうに受け取る)」
    佐伯「いやいや。こんなのみんなやってますから。」
    志村「・・・・」
    佐伯「まだ来ないですよね。僕ちょっと、トイレ行ってきます」

    佐伯、出ていく。
    志村、右手に嘘の履歴書、左手に本当の履歴書を持って、突っ立っている。
    しばらくして、席に着き、嘘の履歴書をしまおうとするが、手が動かない。
    そこに、神田が入ってくる。
    志村は慌てて、本当の履歴書をしまう。

    神田「いやあ、大変お待たせしました。」
    志村「・・・・(立ち上がる)」
    神田「大変お待たせしてしまって、申し訳ありません」
    志村「いえ」
    神田「この後行う面接なんですが、志村さんはこの部屋でやらせていただきます」
    志村「はい」
    神田「小幡が担当致しますので、もうすぐくるとおもうんですけど。後、佐伯さんはお手洗いかな?」
    志村「はい」
    神田「ああ、どうしようかな」

    小幡が入ってくる。

    小幡「失礼します」
    神田「あ、よかった。志村さんの面接は(手で指して)小幡が担当します」
    志村「あ、はい」
    小幡「小幡と申します。本日は宜しくお願いします」
    志村「こちらこそ、よろしくお願いします」
    小幡「では、」
    神田「あ、今ね、佐伯さんがお手洗いに行ってるのよ」
    小幡「そうなんですね。どうしましょう?」
    神田「うーん。じゃあ、俺隣で待機してるから、戻ってきたらご案内してもらっていい?」
    小幡「わかりました」
    神田「(志村に向き直って)では、失礼します」
    志村「はい」

    小幡、志村の対面の席に向かい

    小幡「では面接をはじめさせていただきます」
    志村「よろしくお願いします」

    【三場】


    小幡、PCをテーブルと資料をテーブルに置く。

    小幡「面接の流れなんですが、まず弊社の紹介をさせていただきます。そのあとに、記載してもらったエントリーシートと履歴書をもとに、質問をさせていただきたいと思います。」
    志村「はい」
    小幡「こちら、資料です(冊子になってる資料を渡す)」
    志村「ありがとうございます」
    小幡「では、早速弊社の紹介をさせていただきます。まず、お渡しした冊子の2ページを見てください」
    志村「(冊子を開く)」
    小幡「弊社、ライブピック株式会社は1979年に設立されて、本社が東京渋谷区、まあ今来てもらってるここね。それ以外にも、拠点が三つ。新橋と大阪、福岡にもあります。まあ、志村さんに勤務してもらうのは、ここの本社ってことになります。ここまでいい?」
    志村「はい」
    小幡「はい。で、弊社はコールセンター事業をメインに展開していまして、具体的には、クライアント様から電話業務を請け負って、弊社で対応する、というのが主な事業内容です。で、次のページ」
    志村「はい」
    小幡「はい。で、こちらが今回志村さんにご応募いただいた業務内容になってます。お間違いないですか?」
    志村「はい。あれ?」
    小幡「どうしました?」
    志村「いや、あのー(求人誌とみたのと違うような、)」

    そこに、佐伯が入ってくる。

    佐伯「あ、すいません」
    小幡「あ、佐伯さんですね。お待たせしてしまって申し訳ございませんでした。佐伯さんの面接は隣の部屋でやらせていただきますので、荷物持っていただけますか?」
    佐伯「はい(荷物を持つ)」
    小幡「では、隣の部屋にご案内いたしますね」
    佐伯「ありがとうございます」

    佐伯と小幡、退出。
    志村、そのすきにスマホで求人サイトを確認。資料に記載してある、条件と照らし合わせる。

    志村「・・・やっぱり、違う。(ずつうがきて)あ、いった」

    小幡、戻ってくる、

    小幡「志村さん、ごめんね」
    志村「あ、いえ」
    小幡「え、大丈夫?」
    志村「ちょっと頭痛が」
    小幡「あ、ほんと?」
    志村「あ、でも、大丈夫です。はい、収まりました」
    小幡「無理しないでね」
    志村「ありがとうございます」

    小幡、席に着く。
    エントリーシートを確認して、

    小幡「では、次に移ります」
    志村「(飛ばされたと思うが、黙っておく)」
    小幡「エントリーシートのご記入ありがとうございました」
    志村「(なんとなくお辞儀)」
    小幡「で確認したいのは、週5勤務でいいのかな?」
    志村「はい、週5。週5勤務を希望しております」
    小幡「いいね。勤務時間はどれくらい?フルタイムか、時短あるけど」
    志村「そうですね。フルタイムで考えております」
    小幡「ほんと!助かるわー。それ。えと、希望の曜日とかある?」
    志村「はい。金土日月火、で週5を」
    小幡「それ、最高!」
    志村「はい?」
    小幡「金土日が人がいないのよ。いや、ものすごい助かる、それ」
    志村「あ、ありがとうございます。」
    小幡「志村さん、コールセンターのご経験は?」
    志村「あります。」
    小幡「いいね。そうだ。履歴書いいかな?」
    志村「はい(渡そうとするが、躊躇する)」
    小幡「志村さん?」
    志村「あ、すいません(履歴書を渡す)」
    小幡「はい、ありがとう。えと、コールセンターはこの会社かな。株式会社コールライト?」
    志村「そうですね」
    小幡「こちらは正社員で1年間勤務していたということで、間違いない?」
    志村「・・・・」
    小幡「ん?」
    志村「はい、間違いないです」
    小幡「それは、心強いですね。ちなみに、具体的な業務内容は・・・志村さん?」
    志村「(頭痛が襲う)・・・・」
    小幡「大丈夫?」
    志村「あ、すいません。最近、風邪をひいて、もう治ったんですけど。頭痛だけまだ残ってて」
    小幡「そうなの?え、面接続けられる?」
    志村「あ、それは大丈夫です。ものすごい痛いわけではないので」
    小幡「そっか。無理しないでね」
    志村「ありがとうございます」
    小幡「あ、で、具体的な業務内容を聞いてもいいかな?」
    志村「あ、はい。そちらの会社では、健康食品の受注窓口の電話業務をやっておりました」
    小幡「うんうん。今回、お願いする業務と近くていいね」
    志村「そうですね」
    小幡「正社員でやられてたので、リーダー業務やSVなどは経験されていますか。」
    志村「・・・・リーダー業務はあります」
    小幡「ほんと?いやめちゃくちゃいい。あ、ていうのもね。うち今回、オペレーターで募集してるけど、ゆくゆくはリーダー業務を担う人を探してたのよ」
    志村「あ、そうなんですね」
    小幡「うん。志村さん、しっかり経験があるので期待の星だわ」
    志村「ありがとうございます」
    小幡「(履歴書に目を通して)あーでも、気になるのは、1年でコールセンターの仕事をやめてるのと、以降の仕事はすべてアルバイト、だよね?」
    志村「そうですね」
    小幡「ふむふむ。まあそのあたりも含めて、今回応募してきた理由を聞かせてもらえるかな?」
    志村「あ、はい。えと、コールセンターをやめたのは、あ、いや。」
    小幡「あ、ごめん。一気に聞いたから、混乱させちゃったよね。志望動機を聞かせてくれれば」
    志村「あ、はい。・・・・私は再スタートを切るために御社を志望しております」
    小幡「再スタート?」
    志村「はい。1年でコールセンターの仕事をやめたのは、就職であきらめた画家の夢をかなえるためです」
    小幡「画家を目指してたんだ」
    志村「はい。そのため、時間の融通がつくアルバイトを選択しておりました。」
    小幡「そういうことですね。今回の雇用形態もアルバイトだけど、画家の夢を追いかけてる感じ?」
    志村「いえ。それはもう。挑戦できることは挑戦したので、再スタートを切りたく、やってまいりました。どうぞよろしくお願いします」
    小幡「ありがとう。よくわかりました」
    志村「・・・・・」
    小幡「後聞きたいのはね、・・・志村さんからなにか聞きたいことある?」
    志村「あ、そうですね。これなんですけど(先ほどの会社概要を出して)」
    小幡「はいはい」
    志村「この労働条件なんですけど、これは間違いですよね?」
    小幡「え?」
    志村「はい。これ、7時から16時で実働8時間って書いてあるんですけど、求人のあれで見たときは、9時から18時って書いてあったと思うんですけど。これは?」
    小幡「あー、それね。」
    志村「はい」
    小幡「あー、そうだね。そうなんだよ。そうなの。」
    志村「え?」
    小幡「あ、え、ごめんなさいね。あの、うん。ごめんなさい。志村さんがみた求人サイトの時間が、たぶんだけど前に募集してた時のままになっちゃってるのかも」
    志村「ええ?」
    小幡「あー、そうだよね。ごめんなさいね。あの、うん。だから、今回募集してるのは7時から16時で、実働8時間。9時から18時は、もう今埋まっちゃってて。」
    志村「あー、そうなんですね」
    小幡「ごめんなさいね。うっかりしてた。ごめんなさい、本当に。その時間でも大丈夫?」
    志村「あー、まあ、はい。朝は得意なんで」
    小幡「ほんと。ありがとう。じゃあ、次の(質問へ)」
    志村「もう一個いいですか?」
    小幡「なに?」
    志村「仕事内容なんですけど。求人サイトで拝見した時は、化粧品の受注窓口の業務と書いてあったと思うんです。」
    小幡「うん、書いてあるね」
    志村「でも、この資料には、受注窓口、カスタマーサービス、忘れ物センターって。ええ?これは、私に関係ない業務ですか?」
    小幡「あ、いや。そうなのよ」
    志村「はい?」
    小幡「受注窓口を経験してもらって、それをマスターしてもらったら、他の案件も担当してもらうことになるの」
    志村「他の案件?」
    小幡「そうなの。いろんなクライアント様がいるから、いろんな案件があるのよ」
    志村「あー、一個の電話業務だけじゃないってことですね」
    小幡「そうそう。で、全部受けれるようになったら、時給1500円になるの」
    志村「ええ?全部受けれるようになったら?」
    小幡「うん、そう。なんか、おかしい?」
    志村「え、だって、求人サイトでは、研修中の2か月は時給1200円で、研修が終わったら1500円って。ええ?」
    小幡「あ、えと、そうかな。そんな、研修2か月、なんて書いてあった?それはないと思うんだけど」
    志村「いや、書いてはないですけど。研修中、時給1200円、かっこ2か月、って書いてあったと思うんですけど」
    小幡「あー、なるほどね。それ、みんな結構勘違いするのよね」
    志村「勘違い?」
    小幡「えとね、時給1200円かっこ2か月、じゃなくて、かっこ2か月びよよーん(手で~を描く)、だから」
    志村「え?なんですか、びよよーんって」
    小幡「これ、これ、(~)。何々から、かな」
    志村「・・・あ、~ってことですね」
    小幡「そうそう。だから、2か月から、2か月じゃなくて、最低2か月かかりますよって意味なんだけど」
    志村「えー、あ。そうなんだ」
    小幡「そうだよね。そうそう、それも直そうと思ってたんだけどね。ごめんなさいね。」
    志村「あー、はい。」
    小幡「大丈夫?」
    志村「まあ、あの、大丈夫です」
    小幡「ごめんね、なんかだましたみたいになっちゃって」
    志村「・・・・」
    小幡「よし、じゃあ、はい。続けるね、面接。はい。えと、後確認しておきたいのは、(パソコンを見て)そうだ。大事なこと忘れてた。」
    志村「はい?」
    小幡「ないとは思うんだけど、志村さん賞罰はありますか?」
    志村「え?」
    小幡「まあ、以前、逮捕歴がある方が、入社後に発覚したケースがございまして、それで聞いてるんだけど、ないよね?」
    志村「はい、ないです」
    小幡「そうだよね。ごめんね」
    志村「いえ」
    小幡「あとは、そうだな。こちらのご住所はご実家ですか?」
    志村「いえ、その住所は今住んでるところで、実家は群馬です」
    小幡「あ、え、群馬?」
    志村「はい?」
    小幡「私も、群馬出身」
    志村「あ、そうなんですか」
    小幡「え、群馬のどの辺?」
    志村「私は、群馬太田市(なんですけど)」
    小幡「え、私も太田市なんだけど」
    志村「あ、本当ですか?すごい近いですね」
    小幡「えーなんか、親近感」
    志村「そうですね。私、学校で言ったら木崎中で」
    小幡「ええ!・・・私、綿内」
    志村「え、綿内ですか?隣じゃないですか。ほんと、すごい近いですね」
    小幡「ほんとだね。すごい、こんな近い人、初めて会ったよ。東京来て」
    志村「私もです」
    小幡「え、志村さんって今、29?」
    志村「はい。あ、でも来月で30です」
    小幡「え、じゃあ同い年じゃん」
    志村「え、94年生まれですか?」
    小幡「うん、94年」
    志村「えー、じゃあ成人式とか、」
    小幡「エアリス」
    志村「ですよね。ええ、じゃあ、同じところで成人式もやったし、なんならすごい近いところで学生時代を過ごしてたんですね、私たち」
    小幡「ほんとだね。会ってないのかな?昔実は、知り合いだったとかじゃないのかな。」
    志村「えー、どうなんですかね。でも、その可能性全然ありますよね」
    小幡「え、塾とか行ってた?私、星野塾行ってたんだけど」
    志村「あー、私塾は、個人経営のとこ行ってたんですよ。友達とか、星野塾行ってましたけど。」
    小幡「そっか。部活は?」
    志村「私、吹奏楽やってました」
    小幡「ええ。じゃあさ、あれ分かる?関根、関根先生?」
    志村「関根和美先生ですか?」
    小幡「そうそう!」
    志村「あの、3ねんからこっちきて顧問でしたよ、吹奏楽の」
    小幡「ええ、そうだよね。2年まで担任だったんだよね。関根先生」
    志村「ええ、ああ、そうなんだ」
    小幡「関根先生怖くない?」
    志村「いや、怖いです、怖いです。なんか最初見た感じはすごい、優しそうな人だなって思ったんですけど、なんかぴーひゃらぴーひゃらって演奏してたら、いきなり、バン!!って、譜面台たたきつけて、」
    小幡「はいはい」
    志村「なめてんのか!!って。もう、ほんとうに部員みんなでがん泣きしました」
    小幡「やるー。そういうことやるんだよね、あの人。」
    志村「いや、もう超怖くて。それまでは、ゆるい感じの部活だったんですけど、超スパルタになっちゃって。引退まで超怖かったですよ」
    小幡「いや、鬼の関根って呼ばれてたからね。綿内では」
    志村「やっぱそうですよね」
    小幡「いや、見た目が優しそうなんだよね。」
    志村「はいはい」
    小幡「だから、怒らない人だと思ったから、友達グループでふざけて、先生彼氏いるの?って聞いちゃって。」
    志村「あー、もうやばいやばい」
    小幡「こんな感じで。先生、彼氏いるの?(当時の聞き方)」
    志村「絶対やばい奴」
    小幡「で、次の瞬間。机が飛んだ」
    志村「やばい(ツボに入って爆笑)」
    小幡「もう何がなんだかわかんなくて、机飛ぶし、目の前に鬼の形相で関根にらんでるし、もうトラウマ」
    志村「やばすぎでしょ。それ」
    小幡「ほんとやばい」
    志村「すいません。私、面接なのに、こんな話しちゃって」
    小幡「いいよいいよ。」
    志村「すいません、言葉もすごい砕けちゃって」
    小幡「え本当に、全然気にしないでいいから。ていうか、同い年なんだから、全然ため口でいいよ、全然」
    志村「いやいや、それはさすがに」
    小幡「いや、もうぶっちゃけさ、同郷のよしみで言っちゃうけど、志村さんの条件はこちらの募集条件とマッチしてるし、経歴も申し分ないから、ほぼ採用!と、ここでは言えないけど、たぶんそういうことになるから、」
    志村「ほんとですか」
    小幡「うん。ほんと。気にしないで。全然ため口でいいから」
    志村「え、うーん。じゃあ、本当?」
    小幡「本当、本当」
    志村「あり、がとう」
    小幡「もう全然一緒に働きたいし、働いてもらいたいし、地元トークももっとしたいっていうか」
    志村「え、したい。私も。同い年の同郷って、東京じゃ全然会えないから」
    小幡「ね。なんなら、もう今から、飲みにでも行っちゃう?って感じ」
    志村「本当にね」
    小幡「まあでも、そうだな。こっちが確認したいことは聞けたかな、志村さんの方から、何かある?聞いておきたい事」
    志村「あー、そうだね」
    小幡「って言っても、さっきだいぶ聞いてもらっちゃったよね。」
    志村「うん、そうだね」
    小幡「ごめんね。大分、求人の情報と違くて、」
    志村「あー。ぶっちゃけ、驚いたけど」
    小幡「そうだよね」
    志村「あーでも、全然大丈夫というか、面接の段階でわかってよかったっていうか」
    小幡「ありがとう、気を使ってくれて」
    志村「いやいや、本当に。全然求人と違うのに何も言ってくれない企業とかもあるから、全然大丈夫」
    小幡「ありがと~」
    志村「いや、ほんとに悪どい派遣会社とか多いから」
    小幡「え、何それ」
    志村「え、なんか、大企業の受付事務、簡単な入力作業だけ、誰もが知ってる大企業、時給1700円とか、飛びつきたくなるような、求人を出しておいて、で、実際に応募してみたら、その求人は埋まってるのでこっちの仕事を、別の仕事を進めてくる。最初からそっちが本命なんだよ」
    小幡「あー、あるある。見たことあるわ。個人情報抜き取られちゃうんだよね。」
    志村「ほんとに、仕事探してる人の気持ちを利用してやってるというか、本当にあくどい企業だなって思うから。そういうことやってる派遣会社に比べたら。全然」
    小幡「ありがとう、本当、そこまで言ってくれて」
    志村「いや、全然、全然」
    小幡「あー・・・」
    志村「どうしたの?」
    小幡「ぶっちゃけ、ぶっちゃけね、聞きたいんだけど、もし、採用ってなったら、うちの会社の入社意志って固い?」
    志村「あー、うん。まあ、そうだね。結構、求人見たときから、いいなって思ってたから。採用ってなったら、働きたいって思ってるよ」
    小幡「そっか・・・」
    志村「?うん」
    小幡「・・・(決心をつけて)いや、ここだけの話、なんだけど、ほんとに、ここだけね」
    志村「うん。」
    小幡「さっき、なんか、前の募集の時の情報が残ってて、みたいなこと言ったじゃない?」
    志村「うん。言ってたね」
    小幡「実は、あれ確信犯なんだよね」
    志村「確信犯?」
    小幡「うん。だから、やっぱり、正規の情報載せて募集かけても全然人が集まらないから、うん」
    志村「あー、え?そう、なんだ」
    小幡「うん」
    志村「えー、なんでぶっちゃけてくれたの?」
    小幡「いやー。なんかちょっと悪いなって思って。なんか色々、励ましてもらったのに、私たちもやってること、志村さんがいう悪どい派遣会社と同じだなって思って。」
    志村「(つい、笑って)いや、全然、そんなのいいよ。なんとなく、わかってたし。その悪どい派遣会社とは全然違うし、やってるレベルが。全然大丈夫だよ」
    小幡「本当?」
    志村「ちゃんとネタ晴らししてくれたから、うん」
    小幡「ありがとう。あとは聞きたいことある?」
    志村「そうだな。・・・ある」
    小幡「なに?」
    志村「その前に一回、トイレ行ってもいいかな」
    小幡「あ、もちろん。もちろん。場所分かる?」
    志村「うん。ありがとう」

    志村、退出。
    小幡、エントリーシートや履歴書の情報をパソコンに入力等する。
    そこに、神田が入ってくる。

    神田「小幡さん」
    小幡「お疲れ様です」
    神田「もう終わった?(机を見て)まだだよね」
    小幡「そうですね。今お手洗いに行かれて、どうしました?」
    神田「あ、いや。佐伯さんがね、この部屋にブルートゥースのイヤホン落としたかもしれないって」
    小幡「あ、ほんとですか。」

    神田、探す。
    小幡も一緒に、探す。

    神田「こっちにあるかな。(志村のバックが置いてあると気づかずに椅子を思いっきり引っ張ってしまい)」

    志村のバックが床に落ちて、中身が散乱する。

    神田「やべ」
    小幡「あらら」

    神田、拾おうとする。
    そのタイミングで、佐伯が入ってきて

    佐伯「神田さん」
    神田「あ、どうしました?」
    佐伯「すいません。ぽっけに入ってました」
    神田「ほんと?よかった」
    小幡「神田さん、やっておくので、佐伯さんを」
    神田「あ、ごめんね」

    佐伯と神田、出ていく。
    小幡、志村のバックに物を拾い、特に壊れてるものがないか確認する。
    全て戻したあとに、舞台前面あたりに履歴書が落ちてることに気付き、拾い上げる。
    その内容を見ると、頂いた履歴書と違うことに気付く。
    2枚の履歴書を見比べる。
    そこに、志村が戻ってくる。

    志村「ごめんね」
    小幡「・・・・(なんとなく発見した本当の履歴書をしまう)迷わなかった?」
    志村「うん。ありがとう。で、さっきの聞きたいことなんだけど。・・・」
    小幡「どうしたの?」
    志村「(なんとなくさっきの雰囲気と違うと思って)いや、えと、大丈夫?」
    小幡「あ、うん。あー、ごめん、ちょっと聞きたいんだけど」
    志村「うん?」
    小幡「言い忘れてることない?」
    志村「言い忘れてること?」
    小幡「うん。」
    志村「えと、どういう?」
    小幡「例えば、履歴書に記入ミスをしてしまったとか、記入漏れがあるとか。ない?」
    志村「え・・・・ないよ」
    小幡「本当に?」
    志村「・・・・うん。ないよ」
    小幡「そっか。なるほどね」
    志村「えと、」
    小幡「志村さん、ごめんなさい」
    志村「はい?」
    小幡「先ほど、志村さんのバックを間違えて落としてしまったんです。その時に、荷物が散らばって、」
    志村「え?(急いで中身を確認する)」
    小幡「何探してるの?」
    志村「あ、いえ。・・あれ?」
    小幡「もしかして、これ?」

    志村が探していた本当の履歴書をつきつける。

    志村「・・・・」
    小幡「どうして、履歴書の職歴欄が、先ほど頂いた履歴書と違うの?」
    志村「えと、」
    小幡「答えて」
    志村「・・・・すいません。嘘をつきました」
    小幡「というと?」
    志村「この履歴書に書いてある職歴が、本当の職歴です」
    小幡「・・・・つまり、正社員ではなくアルバイトで、1年ではなく9か月ってことだよね?コールセンターの会社は」
    志村「はい」
    小幡「え・・・リーダー経験は?」
    志村「ありません」
    小幡「つまり、今までの仕事はアルバイトしか経験がないということですよね?」
    志村「・・・はい。本当にすみませんでした」
    小幡「・・・・」

    小幡、難しい顔で履歴書とエントリーシートを見比べる。

    小幡「・・・今日はありがとうございました。面接はこれで以上です。」
    志村「・・・・」
    小幡「合否については合格の場合のみ、ご連絡させていただきます。1週間以内には連絡しますので。合格の場合は。はい」
    志村「え、あの」
    小幡「はい。ありがとうございました。」
    志村「・・・え、終わりですか?」
    小幡「はい」
    志村「・・・・」
    小幡「ありがとうございました。どうぞ、お気をつけて。」

    志村、一応退出の意志を示すため、立ち上がる。

    志村「・・・え、地元トークは?」
    小幡「はい?」
    志村「さっき飲みたい、って言ってたじゃないですか?」
    小幡「あー・・・。(とってつけたような笑顔で)今度行きましょうね」
    志村「・・・・」
    小幡「では、」

    小幡、出口の扉を開けて、退出を促す。
    志村、促されるまま、出口の方へ。

    小幡「ありがとうございました」

    志村、扉の前で、立ち止まり、

    志村「・・・おかしくないですか?」
    小幡「はい?」
    志村「私は、確かに嘘をついてしまいました。けど、それで、急に。ええ?そんなガラッと態度変えて。あなた、機械なんですか?」
    小幡「人間ですけど」
    志村「じゃあ、なんでそんながらっと態度が変えれるんですか?血が通ってないんですか?」
    小幡「いや、嘘つかれてた何なら、だいぶ話変わってきますから」
    志村「ちょっとの嘘じゃないですか!」
    小幡「ちょっと?」
    志村「ちょっと、でしょ?1年と9か月なんて、そんな変わらないじゃないですか?四捨五入したら一年じゃないですか!たった、3か月ですよ」
    小幡「大分違いますよ?」
    志村「違いませんよ。9か月働いたら、1年勤務したと言ってもいいって、街頭アンケート取ったら、はい、9割になると思いますよ」
    小幡「なんですか、それ」
    志村「ちょっとの嘘で、そんな態度変えるなんておかしいと思うんですけど」
    小幡「ちょっとって言いますけど、あなた3つも嘘ついてるじゃないですか?」
    志村「そんなには、」
    小幡「あなた、正社員で働いたって言いましたよね?」
    志村「あれは、言うつもりなかったんです」
    小幡「なんですか?それ」
    志村「だって、あなたが正社員?って聞いてくるから、はい、としか言えないじゃない」
    小幡「なんでですか。アルバイトって言えばいいじゃない」
    志村「目!」
    小幡「はい?」
    志村「あなたの目が、正社員以外ありえないよね、ってそういう目!そういう目だったんですよ!だから、はい、正社員です、っていうしかないじゃないですか」
    小幡「なんで私が言わせたみたいに言うんですか!」
    志村「だって、そうじゃない!それに、リーダー経験ある、とも言うしかないじゃない!リーダー経験あるって言ったほうが採用される可能性あがるんだから、みんな言いますよ。誰だって」
    小幡「経歴詐称ですよ、志村さんが言ってること。それを認めてって言ってるんですよ」
    志村「そんな大げさな」
    小幡「事実ですよ。正直、経歴詐称するような人を雇えないでしょ」
    志村「・・・」
    小幡「わかりました?今日はお帰りください。採用の場合は後日こちらから、連絡しますので。採用の場合は」
    志村「・・・」
    小幡「まだ、何か?」
    志村「・・・そっちも嘘ついてますよね?」
    小幡「・・・」
    志村「確信犯だって、言いましたよね?それは、どうなんですか?正規の条件じゃ、募集が来ないから、嘘の情報を(載せてるって言いましたよね)、」
    小幡「(割って、入って)嘘ではない、」
    志村「嘘でしょ!面接で謝ればいいってもんじゃないでしょ。こっちは、求人の条件だと思ってきてるのに、それって詐欺と同じじゃないですか?」
    小幡「・・・・」
    志村「どうなんですか?」
    小幡「こちらの場合は、嘘というより、盛ってる程度なので」
    志村「同じじゃないですか!私と。同じでしょ?何が違うんですか」
    小幡「こちらとあなたの嘘じゃ、全然違います」
    志村「・・・・」
    小幡「お帰りください」
    小幡、再び退出を促す。

    志村「人をだまして、平気なんですね。二度と太田のこと口にしないでください。太田の恥さらしが!」

    志村、帰ろうとする。
    小幡、こらえようとするが、志村を引き留めて

    小幡「どういう意味?恥さらしって」
    志村「そのままの意味ですけど。人をだます活動、頑張ってください」
    小幡「騙してないんだけど。面接でちゃんと、説明するようにしてるし」
    志村「でも、ここに呼ぶまでにだましてるじゃないですか!」
    小幡「あのさ、アルバイトしかしたことないから、知らないんだろうけどさ、私だって好きでやってるわけじゃないから。組織ってそういうものだから。」
    志村「自分は悪くないと?」
    小幡「そうじゃなくて、正論だけじゃやってけないってことだよ。正攻法でうまくいかないなら、手法を変えて、」
    志村「その手法がうその条件を載せるってことなんですね」
    小幡「だから、嘘じゃないって。面接で説明してんだから、いいでしょ。種明かししてんだから」
    志村「すごい考えですね。求人サイトをみて、この条件で働きたいって思った人の気持ちを踏みにじることに、なんの疑問もわかないんですね。すごいと思います」
    小幡「なんなの、あなた」
    志村「本当に、地元かえってこないでください」
    小幡「なんで、あなたにきめられなきゃなんないの?」
    志村「だって、詐欺師にけがされたくないし、大体あなた鼻につくんですよね」
    小幡「は?」
    志村「初対面で、いきなり、ため口で、電話もお構いなしで私の目の前でして、関係ない地元の話をぺらぺらして、馬鹿にしてるんでしょ。私みたいな人種を下に見てるんでしょ!」
    小幡「何?その、うがった考え。私みたいな人種?あなた、あれでしょ。私は、だめな側の人間なんでって言って、自分保ってるタイプでしょ?」
    志村「・・・」
    小幡「図星?図星着いちゃった?ごめんなさいね。鼻につく人間で。ていうか、自分に自信がないから、1年働いた、とか、正社員だったとか、嘘つくんでしょ。そんなんじゃね、どこ行ってもやっていけいないんだよ!」
    志村「黙れ!この、嘘つき女!」
    小幡「こっちのセリフだから!帰ってよ!さっさと。もう、終わったの!あなたが採用されることはもう、絶対にないの!帰ってください!」
    志村「帰りますよ!!言われなくても!」
    小幡「これ、忘れてますよ!(本当の履歴書を押し付けるように渡す)」
    志村「(ひったくるように受け取って)あなたは、地獄に落ちます!!」

    志村、勢いよく出ていく。
    小幡、イライラした様子で片づけを始める。

    そこに、神田が入ってくる。

    神田「お疲れ」
    小幡「お疲れ様です」
    神田「もう終わったかな?」
    小幡「はい」

    志村置いていった嘘の履歴書を神田見て、

    神田「あ、彼女コールセンターの経験あるじゃん。いいね」
    小幡「彼女はおそらく入社しないと思います」
    神田「え、なんで?」
    小幡「なんでもです!」
    神田「・・・なんかあった?」
    小幡「いえ。ちょっと私、タバコ吸ってきます」
    神田「おう」

    小幡、イライラしながら出ていく。
    神田、代わりに片付けをする。

    暗転。

    【四場】

    2025年6月2日月曜日午前11時過ぎ。
    上手側の席に佐伯と志村、下手側の席に、小幡が着席している。
    小幡が入社書類の説明をしている。

    小幡「お二人とも、来週までに給与の振込に使用する口座のコピーを持ってきてください。」
    佐伯「はい」
    志村「・・・・」
    小幡「志村さん、わかりました?」
    志村「・・・・(一生懸命、書類を見てるふり)」
    佐伯「(耳打ちするような手で)言われてますよ(普通に大声)」
    志村「びっくりした。小さくしてよ」
    佐伯「すいません」
    志村「(小幡の目は見ずに)聞こえてるんで、次行ってください」
    小幡「(ため息をついて)この後、実際に2人が勤務する現場に〈お連れしたいと思います〉」

    神田が入ってくる。

    神田「お疲れ様です」
    佐伯「神田さん」
    神田「お、佐伯君。きたね」
    佐伯「よろしくお願いします」
    神田「はい、今日からよろしくね。志村さんもよろしくね」
    志村「(思わず立ち上がって)あ、はい。よろしくお願いします」
    神田「志村さん、なんか緊張してる?」
    志村「ちょっと」
    神田「いや、もうリラックスしてくれていいからね。現場の人もみんな優しい人ばっかだから」
    志村「ありがとうございます」
    神田「ま、焦らずゆっくりね。」
    小幡「(自分との対応の違いを釈然としない様子で見ている)」
    神田「あ、小幡さん」
    小幡「はい」
    神田「これさ(書類を渡して)、簡単に説明しといてくれない?なんか、現場ばたばたしてて」
    小幡「あ、わかりました」
    神田「じゃあ、よろしく」
    佐伯「神田さん、髪切りました?」
    神田「切ったよ。よく気づいたね」
    佐伯「いや、雰囲気違うなって思ったんで」
    神田「うれしいね。おじさんの変化に気付いてくれるなんて。じゃあ、またね」

    神田、退場。

    小幡「この後、現場を紹介予定なんだけど、ちょっと今ばたばたしてるみたいで、こちらを(書類を渡す)」

    志村と佐伯、受け取る。

    小幡「まず、社内メールについて。お2人は現場で勤務してもらうようになったら、社内メールを使う機会があると思うんですけど、気を付けてほしいことがあります。社内メールが、初期設定を解除しないと、全体に共有されるシステムになってるので、必ず初期設定を解除するようにしてください。これは、現場の先輩に聞いてください」
    佐伯「はい」
    小幡「次に、コンプライアンス窓口について。こちらの窓口ですね。QRコード読み取ってもらうと、メッセージを送れるようになってます。もし、社内で不適切な対応を受けたり、発見したら、こちらの窓口に通報してください」
    佐伯「これは、誰に届くんですか」
    小幡「まあ、うちの法務部の社員に届くようになっています。こちらについても詳しくは、現場の先輩に聞いてください」
    佐伯「了解しました」
    小幡「志村さんは何か質問ありますか?」
    志村「(音速で)ありません」
    佐伯「はや」
    小幡「あと、最後に。お2人は現場に配属されたら、現場の先輩がついて研修等を行い、受電業務を行ってもらいます。まあでも、働いてるうちに現場の先輩に言いづらいこと出てくると思います。その時は、そちらに書いてあるメールアドレス。それが私のアドレスになってますので、気軽に連絡してください」
    佐伯「わかりました」
    志村「・・・・」
    小幡「志村さん?」
    志村「わかりましたよ」
    小幡「・・・・」

    佐伯、小幡と志村を交互に見る。

    佐伯「あ、小幡さん」
    小幡「なんですか?」
    佐伯「あの、飲み物買ってきていいですか?」
    小幡「あ、そうですね。まだ、上が整ってないようですし、10分休憩にしましょう」
    佐伯「じゃあ、行ってきます」
    小幡「あ、場所分かります?」
    佐伯「さっきの、11回出て右のとこですよね」
    小幡「そうそう」
    佐伯「じゃあ、」

    佐伯、退場
    小幡と志村、沈黙。
    小幡が深いため息をついて

    小幡「ねえ、そういう態度辞めてよ」
    志村「・・・・」
    小幡「聞いてる?」
    志村「そういう態度って?」
    小幡「それよ」
    志村「よくわかんないんだけど」
    小幡「ねえ、態度を改めてくれないと」
    志村「なんで?関わりないでしょ?」
    小幡「さっき言ったでしょ?現場で言いづらいことがあったら、〈私に〉」
    志村「〈遮って〉あなたにそうだんすることはない。絶対に」
    小幡「・・・・」
    志村「だから、改める必要はない」
    小幡「ねえ、悪かった。あの日は言い過ぎた。」
    志村「・・・・」
    小幡「嘘だってわかって、ついカッとなっちゃて。冷たい態度だったって、反省してる」
    志村「・・・・」
    小幡「ねえ、ずっとそうしてるつもり?」
    志村「私の自由でしょ」
    小幡「地元トークしましょうよ。近いんだから、同い年だし。飲み行きましょうよ」
    志村「別に。無理しなくていいけど」
    小幡「ねえ、部署は違うけど、これから同じ会社の一員になるんだから、お互い水に流しましょうよ。」
    志村「・・・・」
    小幡「(志村の前までいって頭を下げる)悪かった。この通り」
    志村「(少し心が揺れるが、反対方向を向く)」
    小幡「あなたの言うとおりだよ。うちの会社も嘘をついてるのに、あなたを責める権利はない。あなたの言う通り、私たちは人をだましてる。」
    志村「・・・・」
    小幡「勤務時間帯は、あなたが希望した9時から18時でいいわ」
    志村「え?」
    小幡「時給も1500円スタート」
    志村「1500円?」
    小幡「うん。あ、これは佐伯君には内緒にしてほしいだけど」
    志村「だって、そんなこと、」
    小幡「これがあの日、あなたを侮辱した私が見せるべき誠意だと思ってる。本当に悪かった。許してほしい」
    志村「・・・わかった。ありがとう」
    小幡「うん」
    志村「私も、恥さらしとか地獄に落ちろとか言い過ぎた。ごめん、なさい」
    小幡「うん。じゃあ、これで手打ちね(手を差し出す)」
    志村「うん(手を恐る恐る受け取る)」
    小幡「これから、よろしくね」
    志村「うん、よろしく」
    小幡「地元トークもしようね」
    志村「うん。したい」
    小幡「早速だけど、今日飲み行かない?」
    志村「今日?今日はちょっと、」
    小幡「じゃあ、いつならいける?いつなら開いてる?」
    志村「ちょっと待ってよ。なんか、ぐいぐいじゃない?」
    小幡「そう?」
    志村「ちょっと、入ったばかりで余裕持ちたいから、落ち着いたら」
    小幡「いや、私とあなたは早急に仲良くなる必要がある」
    志村「ん?」
    小幡「私たちは運命共同体になったのよ」
    志村「どういうこと?」
    小幡「・・・あなた、面接の日の帰り覚えてる?」
    志村「帰り?」
    小幡「私は、あなたに履歴書を突き付けた」
    志村「そうだね。私もつい、ばって、取っちゃったけど。」
    小幡「そう。私はあなたが隠していた本当の履歴書を突き付けた」
    志村「そうだね・・・・ちょっと待って」
    小幡「嘘の履歴書を残して、あなたは帰ったの」
    志村「え?」
    小幡「あなたの経歴は、嘘の履歴書になってるの」
    志村「ちょっと待って。つまり、この会社の人は私が1年間、正社員でコールセンターの会社にいたことがある人間だと思ってるってこと?」
    小幡「そう」
    志村「・・・・・無理無理無理」
    小幡「大丈夫だよ、大丈夫。あなたの嘘は大したことないから」
    志村「いやいや。え、それで?」
    小幡「なにが?」
    志村「それで、私となかよくやっていきたいってこと?」
    小幡「違うよ。それもあるけど、仲良くしたいって気持ちも同じ。同い年だし、同郷だし」
    志村「(考える人のように、顎に手を当てて)・・・やっぱり無理だよ。打ち明けよう」
    小幡「え?」
    志村「だから、正直に打ち明けるの。経歴は嘘の経歴だって」
    小幡「なんで?そんな必要ないって。せっかく採用もらったのに、だめになるかもしれないよ?」
    志村「あなただって、経歴詐称するような人を雇えないって言ってたじゃない」
    小幡「だから、あれはかっとなって。よくよく考えたら、大したことないなって」
    志村「ええ」
    小幡「9か月も1年も大差ないよ」
    志村「[面接の時と]言ってることが違うじゃない」
    小幡「だって、コールセンターを9か月って続いてる方よ。アルバイトでも。もう1年って言って許されるよ」
    志村「そんな無茶苦茶な。」
    小幡「志村さんさ、大した嘘ついてないんだって。他にもっといるんだから、嘘ついて入ってきた人」
    志村「例えば?」
    小幡「3年間無職だったのに、正社員で働いてました、とか。アルバイト経験しかないフリーターが、ずっと社員で働いてたとか、前の会社を3か月で辞めたのに、3か月の短期契約だったとか、ほらみんな大胆に嘘ついてるよ」
    志村「その人たちは今も働いてるの?」
    小幡「みんな辞めてるね」
    志村「ほら」
    小幡「あ、でも普通にコールセンターが合わなかったから、辞めたって人。嘘がわかったのも、働いてる時じゃなくて、辞めた後に風の噂とかでね」
    志村「ええ。ちょっと。私嘘つくの苦手なんだけど」
    小幡「だったら、どうして嘘の履歴書を出したのよ?」
    志村「それは、さえ【きくんが、・・・と言おうとしてやめる】ばれないと思ったから」
    小幡「でしょ。実際ばれてない。私にしか」
    志村「・・・・」
    小幡「心配しすぎだから。大丈夫だから」
    志村「ええ」

    内線が鳴る。
    小幡、出る。

    小幡「はい。お疲れ様です。今ですか?まだ、下にいますけど。」

    佐伯が戻ってくる。

    小幡「はい、志村さんも佐伯さんもいます。あ、そうなんですか。わかりました。すぐ行きます」

    小幡、内線を切る。

    小幡「二人ともごめんなさい。急遽、クライアントが来ることになって、上がかなりバタバタしてるみたい。」
    佐伯「あ、そうなんですね」
    小幡「ちょっと、私行ってくるから。2人とも、もう少し待っててもらっていい?」
    佐伯「わかりました」
    志村「・・・・」
    小幡「志村さん」
    志村「はい?」
    小幡「本当に大丈夫だから。」

    小幡、退場。

    佐伯「何がですか?」
    志村「なんでもない」

    志村、席に着く。
    佐伯、スマホをみて、動画を見始める。
    志村、佐伯をなんとなく見る。

    佐伯「(志村の視線に気づいて)もしかして、許容範囲じゃないですか?」
    志村「いや。」
    佐伯「そうですか(動画をみる)」
    志村「・・・ねえ、不安とかないの?」
    佐伯「え?」
    志村「だって、あなたも嘘ついてるんでしょ?職歴」
    佐伯「ああ。大丈夫ですよ。別に」
    志村「なんで、そんな自信満々なの?」
    佐伯「だって、ばれないですよ。どうせ。みんなやってますよ」
    志村「だからって、」
    佐伯「志村さん、企業がどんな人を求めてるかわかりますか?」
    志村「え?・・・優秀な人」
    佐伯「そりゃ優秀にこしたことはないですけど、違いますね」
    志村「なに?」
    佐伯「辞めない人です」
    志村「辞めない人?」
    佐伯「辞めずに、ずっと働いてくれる人が欲しいんですよ。特に、この会社はそうだと思いますよ」
    志村「・・・・・」
    佐伯「だから、嘘をついて入ったって事実はあるけど、その代わりに働いてあげればいいんですよ。働いて、成果を出して、なるべく辞めない。」
    志村「辞めない・・・」
    佐伯「そう。そしたら、帳消しですよ」
    志村「うーん・・・」
    佐伯「難しく考えすぎずに、働きましょうよ」
    志村「・・・・」
    佐伯「志村さん、再スタートを切りたいんでしょ?」
    志村「え?」
    佐伯「履歴書の志望動機に書いてあったの見えましたよ。その気持ちも嘘なんですか?」
    志村「違う」
    佐伯「だったら、再スタート切りましょうよ。望んでた形じゃなかったとしても、チャンスはつかめたんですから」
    志村「・・・スマホ」
    佐伯「許容範囲なんでしょ?」
    志村「違う、私にも見せて」
    佐伯「ああ。・・・どうぞ」

    佐伯と志村、動画を一緒に見る。
    2人で感想を共有しあう。
    しばらくして、神田と小幡が戻ってくる。小幡の手には、ケーキ屋さんの箱。

    神田「二人とも、待たせてごめんね」
    佐伯「あ、いえ」
    小幡「これ、クライアントからお菓子もらったから、2人もよかったら、もらって(と言いながら、箱を中央に置く)」
    志村「ありがとう」
    佐伯「え、今食べていいんですか?」
    神田「まだね、時間かかりそうだから、いいよ」
    佐伯「ありがとうございます」

    佐伯、箱を開ける。
    志村、箱の中をのぞいて

    佐伯「あ、プリンだ」
    志村「これ、とよんちのプリンだ」
    佐伯「有名なんですか?」
    志村「うん、結構プリンマニアには有名な店みたい」
    佐伯「4つありますね。(佐伯と小幡に)2人もよかったら」
    神田「あ、そうする?」
    小幡「時間かかりそうだし、いいんじゃないですか?」
    神田「じゃ、俺らも頂いちゃうか」

    佐伯がプリンを配る。
    神田と小幡、志村受け取って、それぞれ食べ始める。

    神田「うん。うまい」
    小幡「すっきりした甘さですね」
    神田「今度、買いにいこうかな。うちの嫁、プリン好きなんだよ」
    小幡「いいんじゃないですか」
    神田「志村さん、どこに店あるか知ってる?」
    志村「この近くだと、下北ですね」
    神田「ふーん。そうなんだ。あ、そういえばさ、現場の人、志村さんが来るのめっちゃ楽しみにしてるよ」
    志村「え。なんでですか?」
    神田「だって、志村さんがコールセンター経験者、しかも正社員って聞いて、みんな超期待してるから」
    志村「ああ」
    小幡「神田さん、そんなこと言ったら、志村さんのプレッシャーになっちゃいますよ」
    神田「ええ。でもさあ、」
    志村「ご期待に添えるか不安ですね」
    神田「大丈夫だよ。志村さんなら。前のとこではどんなことやってたの?」
    志村「そうですね。健康食品の受注窓口を」
    神田「あ、そうなんだ。社員だとさ、やっぱり電話取るだけじゃないよね?」
    小幡「神田さん、そんな色々聞いちゃ」
    志村「小幡さん、大丈夫だから」
    小幡「ほんと?」
    志村「そうですね。最初は電話取るだけでしたけど、管理業務も増えてきて、新人さんの研修とか、なかなか納得されないお客様の対応とか、」
    神田「クレーマーね、やっぱり、いるよね」
    志村「そうですね。やっぱり、コールセンターにつきものですから」
    神田「そうだよね。大変だよね、いやあ、志村さん入ってくれて、本当にうれしいわ。現場も超助かると思う」
    佐伯「え。神田さん、俺は?」
    神田「佐伯君ももちろんうれしいよ、2人とも入ってくれて、助かるわ」
    志村「こちらこそ。そうだ。小幡さん、飲み、今日でもいいよ」
    小幡「【このタイミングで言われたことに驚き】え?ああ、ほんと?じゃあ行きましょう」
    神田「え、なに?二人飲み行くの?」
    志村「はい。私たち、地元がすごい近いんですよ。同い年だし。ね」
    小幡「うん」
    神田「へー。いいね。俺も飲み行きてえな」
    佐伯「じゃあ、僕と行きましょうよ」
    神田「お、行っちゃう?」
    佐伯「行きましょう、行きましょう。」
    志村「あ、みなさんゴミもらいますよ」
    小幡「あ、いいよいいよ。上で捨てちゃうから。箱に入れておいてくれれば」
    志村「ありがとう」

    小幡と志村、片づけをする。

    神田「まだ[上に]呼ばれないね」
    小幡「そうですね。ちょっとこっちから連絡してみます」

    小幡、内戦をかける。
    しかし、出ない。

    小幡「出ないですね」
    神田「二人に申し訳ないね。時間がもったいないよ」
    佐伯「あ、そうだ。志村さん、今、今ですよ」
    志村「何が?」
    佐伯「志村さんの絵、見たい」
    志村「はあ?」
    神田「何、絵?」
    佐伯「志村さん、画家目指してたんですよ」
    神田「あ、そうなの?へー」
    佐伯「志村さん、絵描いてくださいよ」
    志村「なんで、描かなきゃいけないのよ」
    佐伯「ええ」
    小幡「私も見たいな」
    志村「ちょっと」
    佐伯「見たいですよね。神田さんも」
    神田「うん。ここ(ホワイトボードを指して)にでっかく描いちゃっていいよ」
    志村「いやいや、神田さんまで。描かないですから」
    佐伯「残念」
    志村「もう絵は描かないって決めてるんです」

    内線が鳴る。
    小幡、出る。

    小幡「はい。お疲れ様です。はい。あ、わかりました。じゃあ、連れていきます」

    小幡、切る。

    神田「なんだって?」
    小幡「一人ずつなら、いいみたいです」
    神田「あ、ほんと?じゃあ、どうしよっか。先志村さんつれていってもらおうか」
    小幡「わかりました。じゃあ、志村さん、荷物持ってきてくれる?」
    志村「うん」

    志村、バックに荷物をしまい、準備する。

    志村「あ、いけるよ」
    小幡「じゃあ、行きましょう。」

    小幡と志村、退場。

    神田「佐伯君、ごめんね。」
    佐伯「いやあ、全然大丈夫ですよ」
    神田「悪いね」
    佐伯「(窓の方へ歩いて行って、)ここ眺めいいですよね」
    神田「そう?」
    佐伯「はい。僕ね、高いとこ好きなんですよ」
    神田「現場の方がもっと高いけど。まあ、眺めみる余裕ないかもだけど」
    佐伯「あ、俺の家が見える」
    神田「どれどれ?」
    佐伯「(指で指して)あそこ、見えます?赤いマンションなんですけど」
    神田「どこだ。あ、あれ?」
    佐伯「そうです」
    神田「あのへんか」
    佐伯「で、今日どこ行きます?」
    神田「え?」
    佐伯「飲み行こうって言ったじゃないですか?」
    神田「本当に行ってくれるの?」
    佐伯「行ってくれないんですか?」
    神田「行くよ、行こう、行こう。」
    佐伯「何時集合にします?」
    神田「そうだな。ライン、交換しとく?」
    佐伯「そうですね」

    2人、ライン交換する。
    暗転。

    【五場】


    2025年7月2日水曜日。午前11時過ぎ。
    会議室には2名の人物。
    下手に小幡、上手に志村が座っている。
    志村は伏し目がちに目線を下に落としている。
    小幡は1場の神田のように難しい顔をしている。

    小幡「ごめん、もう一回言ってくれる?」
    志村「だから、・・・・」
    小幡「うん」
    志村「続けていけないと思う、私」
    小幡「なんでよ?」
    志村「やっぱり、嘘をついて働くべきじゃないよ」
    小幡「・・・・」
    志村「苦しい」
    小幡「うん。あなたをそうさせてしまった私にも責任があるから、強く言えないけど、そんなに苦しむことかな?」
    志村「・・・・」
    小幡「だって、何度も言うけど、あなたの嘘は本当に大したことじゃない」
    志村「でも、嘘は嘘だよ」
    小幡「いや、聞いて。あなたの現場での評価、最高です」
    志村「そんなことは、」
    小幡「あるよ。本当にみんな言ってる。リーダーも、SVもみんな志村さんは優秀だって口揃えて言うよ」
    志村「・・・・」
    小幡「だって、志村さんもう、電話一人でとってるでしょ?まだ入って1か月だよね。異例の速さだよ。普通はね、独り立ちするまでに3か月かかるんだよ。だって、佐伯君はまだせんぱいがついてるでしょ。志村さんは、たった2週間で研修を終えて、OJTも終わらせて、一人で電話を取ってる。これはすごいことなんだよ」
    志村「だけど、嘘ついたことは変わりないから」
    小幡「誰も疑ってないよ」
    志村「・・・・」
    小幡「だって、実力があるから。正社員で1年コールセンターを務めたこと、誰も疑ってないよ。凌駕してるもん。嘘をまことにしたんだよ。志村さんは」
    志村「そういうことじゃないの」
    小幡「じゃあ、何」
    志村「うまく言えないけど、うーん」
    小幡「何?」
    志村「嘘をついて、私はこの会社に入ったでしょ」
    小幡「うん、まあね」
    志村「コールセンターの会社で、正社員として1年勤めた志村さんとして、みんな、私を認識してるよね」
    小幡「そうだね」
    志村「なんかさ、なんていうかな。志村さん、って言われると苦しくなるっていうか、」
    小幡「どういうこと?」
    志村「小幡さんは別だよ。全部知ってるから。でも、他の人は知らないから。私がうそをついてるってこと。罪悪感なのかな。苦しいんだよね」
    小幡「苦しい?」
    志村「・・・電話が鳴らないときにさ、たまに近くの人と話すんだけど、斎藤さんが最近は多いけど」
    小幡「うん」
    志村「志村さんって電話取るの上手ですよねって言われちゃったの」
    小幡「いいじゃない」
    志村「私、そんなことないですよとか受け答えしちゃったけど、(頭の後ろあたりを指して)ここで、声がするんだよね」
    小幡「声?」
    志村「(手をあてたまま)お前は嘘をついたくせに、何わらってんだって」
    小幡「そんな・・・」
    志村「全部の、上の人との会話で、聞こえるんだよね。常に嘘をまとってると言うか、すごい苦しいんだよね」
    小幡「そんなの、難しく考えすぎなんだよ。ほんとに、大した嘘じゃないよ」
    志村「(顔をしかめる)いった」
    小幡「大丈夫?」
    志村「みて」
    小幡「え?」
    志村「頭痛、治らないの。きっと、嘘ついてるからだと思うんだよね」
    小幡「そんなこと。病院行きなよ」
    志村「ううん。こうすればいいと思う(鞄から、本当の履歴書を取り出して、机に広げる)」
    小幡「・・・履歴書」
    志村「これは、私の本当の職歴が書いてある履歴書」
    小幡「それ、どうするの?」
    志村「これが本当の私ですってみせる」
    小幡「なんで?本当に、そんな必要にないよ」
    志村「大丈夫、小幡さんには迷惑かけないから」
    小幡「どういうこと?」
    志村「あなたは知らなかったで、通せばいい」
    小幡「え?」
    志村「だから、私が嘘ついてたってこと知らなかったで、小幡さんに損はないでしょ」
    小幡「ちょっと待って。私が、自分の立場が危なくなるから、止めてると思ってるの?」
    志村「違うの?」
    小幡「違うよ。全然。志村さんが、ないと思うけど、もし本当の履歴書を出したことによって、解雇されたら、会社にとってのマイナスだし、志村さんも損でしょ」
    志村「でも、」
    小幡「それに、・・・同郷だし。」
    志村「・・・でも、ごめん。(内戦をかけようとする)」
    小幡「ちょっと待って。誰に書けようとしてるの?」
    志村「とりあえず、神田さんかな。」
    小幡「ねえ、本当に打ち明けたとしても、大した問題にならないよ。解雇にはならない。うちの会社の状況見たらわかるよね?現場に人手が足りてないって。志村さんなんか絶対手放したくないんだよ」
    志村「じゃあ、打ち明けても問題ないよね(再び、内線に手を伸ばす)」
    小幡「(内戦を抑えて)めんどくさいの」
    志村「めんどくさい?」
    小幡「問題にはならないと思う。でも、会社として、経歴に嘘があるってわかったら、何も対処しないわけにはいかないの。いろいろやらなきゃいけないことがあるのよ」
    志村「具体的に何があるの?」
    小幡「そうね。まず聞き取り調査、問題が起きた原因の究明、再発防止策の提示、全体会議での共有、とにかくね、仕事が増えるのよ。人事部はただでさえ、人手不足なのに大変に煩わしくなるの。あとそうだな、第三者機関による身辺調査」
    志村「身辺調査?」
    小幡「そう。他に隠してることがないかを調べるの。自己申告だけじゃ、信じられなくなっちゃうからね。ちなみに、佐伯君も身辺調査を受けることになると思う」
    志村「佐伯君も?なんで?」
    小幡「だって、佐伯君と同じ日に面接受けたでしょ。前に、そういうケースがあったのよ。同じ日に面接受けた同士が共謀してみたいなのがね。だから、佐伯君も受けることになる」
    志村「じゃあ、佐伯君も嘘がばれるってこと」
    小幡「うん。え?佐伯君も嘘ついてるの?」
    志村「あ、いやいや。仮定の話。もし、ついてたらってこと」
    小幡「まあ、そうだね」
    志村「・・・いろんな人に迷惑がかかるってことか。私の嘘のせいで」
    小幡「・・・結果的にはね」
    志村「・・・・でも、私は言いたい。」
    小幡「・・・・わかった。そこまでいうなら、とめない。どうぞ」
    志村「・・・うん」

    志村、内線の受話器を手に取る。

    志村「かけるよ」
    小幡「うん」

    志村、なかなかかけない。

    小幡「どうしたの?」
    志村「・・・・かけるよ」
    小幡「うん」
    志村「・・・・・」
    小幡「・・・・え?かけないの?」
    志村「・・・・・」
    小幡「・・・・・」
    志村「やっぱり、小幡さんかけてくれない?」
    小幡「え?なんで?」
    志村「だって、神田さんじゃない人が出るかもしれないよ。そしたら、どうしたらいいかわかんないし。小幡さんの方が話が早いんじゃない」
    小幡「ああ」

    小幡、内線の設定をいじる。

    小幡「はい、これで、神田さんに直でかかると思うから」
    志村「・・・でも、やっぱり小幡さんから、」
    小幡「なんで?」
    志村「私から言うとややこしくならない?」
    小幡「大丈夫、大丈夫。自分の口から言ったほうがいいって」
    志村「・・・そうだね。じゃあ、かけるよ」
    小幡「うん」
    志村「・・・・」
    小幡「・・・・ん?」

    志村、内線から手を離す。
    小幡と向き合って、

    志村「・・・おなかすいた」
    小幡「え?」
    志村「おなかすいたから、ご飯食べてからにしようかなって」
    小幡「・・・(噴き出してしまう)」
    志村「え?」
    小幡「(笑ってる)」
    志村「ちょっと、なに?」
    小幡「ああ、ごめん、ごめん、だって、」
    志村「なによ?」
    小幡「あなたって、素直な人だよね」
    志村「なに?バカにしてる?しょうがないじゃん、おなかすいちゃったんだから」
    小幡「いや、褒めてるよ」
    志村「ええ」
    小幡「本当に、本当に。ほめてるから」
    志村「・・・・」
    小幡「そうだね。(スマホで時計を確認して)いい時間だし、お昼食べに行く?」
    志村「・・・インドカレー食べたい」
    小幡「ああ。交差点の。いいね。行こう」
    志村「うん」
    小幡「まあ、空腹を満たしてから、考えようよ」

    2人、荷物をまとめるなどして、出る準備をする。

    小幡「じゃあ、行こうか」

    そこに、神田と佐伯が入ってくる。2人とも、手には弁当袋。

    神田「あ、ごめん、使ってた?」
    小幡「いや、ちょうど終わったところです」
    佐伯「あれ?志村さん、今日休みじゃなかったでしたっけ?」
    志村「ちょと相談事があって、小幡さんに時間取ってもらってたの」
    小幡「今から、お昼食べ行こうって話してて」
    神田「ほんと?ちょうどよかった。」
    小幡「なんですか?」
    神田「ちょっと、弁当多めに買っちゃって、俺ら。よかったら、2人食べない?」
    小幡「あー。どうする?」
    志村「そうだね。いいんじゃない?」
    小幡「じゃあ、いただきます」
    神田「じゃあ、好きなの選んで。」

    神田と佐伯、買ってきたものを広げる。

    志村「インドカレーだ」
    小幡「これ、交差点のとこのですか??」
    神田「そう。俺が買ってきたやつはそれで。佐伯君のは、ほら、あの、オペラシティの地下にあるじゃん。」
    志村「ああ、はいはい。」
    神田「そう。2個ずつあるから、好きなの選んでよ。2人とも」
    志村「じゃあ、私交差点のやつもらいますね」
    小幡「ちょうど、そこ行こうって話してたもんね」
    志村「そうだね」
    小幡「私はオペラシティのやつにしようかな。」
    佐伯「2人も、よかったら、一緒に食べます?ここで」
    小幡「あー、そうする?」
    志村「そうだね。じゃあ、」
    神田「じゃあ、みんなで食べよう」

    4人、それぞれ席に着いて、食べ始める。

    志村「うん、おいしい。」
    神田「うまいね、これ。」
    小幡「でもなんで、4つも弁当買ってたんですか」
    神田「いやそれがさ、佐伯君が」
    佐伯「ええ、俺ですか」
    神田「いや、佐伯君でしょ」
    佐伯「いや、神田さんですよ。俺連絡しましたよ」
    神田「見てなかったんだよ。あ、ごめんごめん。えとね、カレー買って、ここで食べようって話してたんだけどさ、」
    小幡「はい」
    神田「お互いがお互いの分を買っちゃったのよ。だから、交差点のとこで俺が、俺と佐伯君の分、オペラシティで、佐伯君が自分の分と俺の分」
    小幡「あ、そういうことですか」
    佐伯「ライン通知音にしておいてくださいよ」
    神田「今度からね」
    志村「にしても、2人仲いいんですね」
    神田「そう?普通じゃない?」
    小幡「でもよく食べてますよね、ここで2人で」
    神田「まあ、たまたまね。タイミングが合って」
    小幡「あれ、佐伯君ってさ、夜のシフトじゃなかったけ?」
    佐伯「そうですけど、ずらしたんですよ」
    小幡「そうなの?」
    佐伯「神田さんがお昼一緒に食べたいって言うから」
    神田「ちょっと、違うだろ。普通に自分の都合だろ」
    佐伯「そう、かな。うん、たぶん」
    志村「たぶん?」
    神田「志村さんとさ、小幡さんはどうなの?あれから、飲み行ったりしてるの?」
    小幡「ああ、そうですね。何回か、ね」
    志村「うん」
    佐伯「俺らも何回か行ってますよね」
    小幡「あ、そうなんだ」
    佐伯「俺ら、仲いいんで」
    神田「違うだろ、普通に仕事の相談があるって言うから、ちょくちょく行ってるだけで」
    佐伯「まあ、そうですね」

    全員、カレーを食べ終える。

    神田「うん、結構うまかったね」
    志村「あ、そうだ。お金(財布を出そうとする)」
    小幡「そうだね」
    神田「あ、いいよ。俺らも困ってたから、ね」
    佐伯「はい、いいっすよ」
    小幡「ありがとうございます」
    志村「ごちそうさまでした」
    神田「コーヒー買ってくるけど、いる?二人」
    小幡「ええ、悪いですよ。さすがに」
    志村「うん」
    神田「大したもんじゃないから、こんくらい。普通に甘いのでいい?」
    小幡「ええ。じゃあ、はい」
    志村「ありがとうございます」
    佐伯「上ですか?神田さん」
    神田「うん」
    佐伯「じゃあ、俺も一緒に行きますよ」
    神田「いいよ。佐伯君のも買ってくるから、待っててよ」
    佐伯「ええ」
    神田「佐伯君も甘いのでいい?」
    佐伯「・・・ブラックがいいかな」
    神田「ブラックね」
    佐伯「あの、新発売のやつにしてくださいね」
    神田「え、どれ?」
    佐伯「安藤サクラがCMしてるやつです」
    神田「どれだ?」
    佐伯「あの、ほら、一番左の右から2番目です」
    神田「(記憶をたどる)え?・・・あ、だめだ。一緒に行こう」
    佐伯「よし」

    佐伯と神田、出ていく。
    志村と小幡、顔を見合わせる。

    小幡「あの二人、」
    志村「仲いいよね」
    小幡「ね。なんであんな仲いいんだろ」
    志村「年も一回り位離れてるのに」
    小幡「ね」
    志村「気が合うのかな」
    小幡「うん。で、空腹を満たしたわけですけど、」
    志村「うん」
    小幡「どうするの?さっきの件」
    志村「・・・」
    小幡「言うの?」
    志村「・・・言う」
    小幡「そっか。・・・わかった」
    志村「迷惑かけることになるね。ごめんね」
    小幡「いや、別に。私のせいだし。あなたが苦しんでるの」
    志村「・・・・:
    小幡「もしさ、ないけど、辞めることになったとしても、飲み行ったりしようね」
    志村「・・・うん」

    神田、コーヒーをもって戻ってくる。

    神田「はい、甘い奴。お2人さん、どうぞ」
    志村「ありがとうございます」
    小幡「あれ、佐伯君は?」
    神田「なんかね、さっき言ってたコーヒーがなくて、外に買いに行ってる」
    小幡「へー」
    志村「神田さん、今ちょっとよろしいでしょうか?」
    神田「ん?」
    志村「ちょっとお伝えしたいことがあるんですけど」
    神田「え。なに?聞いてる?」
    小幡「はい。でも、直接本人から、」
    神田「ああ。なにかな?」
    志村「(バックから本当の履歴書を出して、神田に渡す)これを、見てください」
    神田「(受け取って、)履歴書?」
    志村「はい」
    神田「(一通り見るが)・・・これがなに?」
    志村「なにか気づきませんか?」
    神田「なにかって。え?ん?・・・・」
    志村「よく見てください」
    神田「・・・・あ」
    志村「・・・・」
    神田「どうしてもっと早く言ってくれないの?」
    志村「すみません」
    神田「最寄り駅、一緒じゃん」
    志村「え?」
    神田「なんだ、近くってこと?もっと早く言ってくれればいいのに。スーパーどこ行ってる?」
    志村「ああ、そうじゃなくて、」
    小幡「単刀直入にいいなよ」
    志村「うん」
    神田「え?」
    志村「私、嘘をつきました。」
    神田「嘘?」
    志村「経歴詐称をしてしまいました」
    神田「・・・具体的には?」
    志村「(履歴書を指して)こちらの会社、正社員で勤務していたと面接時に渡した履歴書には記載してますが、実際はアルバイトです」
    神田「ああ、なるほど」
    志村「勤務期間も1年ではなく、9か月です」
    神田「はいはい」
    志村「(深々と頭を下げて)大変申し訳ありません」
    神田「・・・・」
    小幡「私も悪いんです。知っていたのに、嘘の履歴書を通してしまいました」
    神田「そうなの?」
    志村「いえ、小幡さんは知りませんでした」
    小幡「ちょっと、いいって」
    志村「そっちこそ、いいって」
    小幡「いや、本当にいいから」
    神田「ああ、ちょっと待って、正社員の経験はないってことだよね。」
    志村「・・・その通りです」
    神田「うん。よくわかった」

    神田、難しい顔で履歴書をみている。

    神田「志村さん」
    志村「はい」
    神田「今日は休みだよね?」
    志村「休みです。」
    神田「今日はいったん帰ってもらっていいかな?」
    志村「はい」
    神田「ちょっとどうなるか、わかんないんだけど、今日はいったん」
    志村「はい、わかりました」

    志村、帰り支度をして

    志村「失礼します」
    神田「はい」

    志村、退場

    志村「失礼します」
    神田「うん」

    志村、退場
    間

    神田「・・・つまり、小幡さんは最初から知ってたってことだよね?」
    小幡「はい。申し訳ありません」
    神田「小幡さん、これはとんでもないことだぞ」
    小幡「はい」

    重苦しい間

    神田「・・・なんちゃって」
    小幡「え」
    神田「こんなの、大したことないよ」
    小幡「そう、ですよね」
    神田「経歴詐称って言うから、もっとすごい嘘ついてんのかと思ったら、こんなのね」
    小幡「ですよね」
    神田「いや、もっと大企業とかだったら、大問題になるかもしれないけどさ、うちみたいな下請けがさ、ねえ」
    小幡「はい」
    神田「志村さん優秀だし、全然問題ないでしょ」
    小幡「私もそう言ったんですけど」
    神田「真面目だね、志村さん」
    小幡「でも、どうしますか?何もしないわけにはいかないですよね」
    神田「まあ、そうだね。うーん。報告しないわけには、ね」
    小幡「そうですね。杉村部長に報告します?」
    神田「うん。まあ、今それどころじゃないって、言われると思うけど」
    小幡「やっぱ、でもそうですよね。じゃあ、身辺調査とかもしないですかね」
    神田「どうだろう。杉村部長は、身辺調査はやりたがるからな。する必要ないと思うけど」
    小幡「私も廃止してもいいと思うんですけど」
    神田「他にはなんかないの?報告するなら、まとめて報告しちゃいたいんだけど」
    小幡「いや、他は、あ。・・・」
    神田「何?」
    小幡「佐伯君も嘘ついてるかもです」
    神田「え、そうなの?」
    小幡「志村さんがそれっぽいこと言ってたんですよね」
    神田「根拠はない?」
    小幡「ないです。でも、身辺調査やるなら、佐伯君も一緒に、だから、先にきいておいた方がいいんじゃないですかね」
    神田「まあ、そうだね。どうせ、大したことないでしょ」
    小幡「私もそう思います」
    神田「ちょっと、聞いてみるよ」
    小幡「はい。あ、志村さんから聞いたって言わないでもらっていいですか?」
    神田「ああ、大丈夫。かまかけて、うまくやるから」
    小幡「お願いします」
    神田「もう戻ってくると思うけど」
    小幡「あ、じゃあ、私、隣の部屋で待機してますね」
    神田「あ、うん」

    そこに佐伯が戻ってくる。

    神田「随分かかったね」
    佐伯「セブンになかったから、ファミマまで行ってましたよ」
    小幡「じゃあ、例の件お願いします」

    小幡、退場
    佐伯、座って

    神田「随分かかったね」
    佐伯「セブンになかったから、ファミマまで行ってましたよ」
    小幡「じゃあ、例の件お願いします」

    小幡、退場
    佐伯、座って

    佐伯「例の件ってなんですか?」
    神田「いや、こっちの話。それより、ちょっといい?」
    佐伯「はい?」
    神田「ちょっと、君にききたいことがあるんだけど、」
    佐伯「なんですか?」
    神田「・・・・」
    佐伯「え?」
    神田「実はさ、会社宛てに匿名でタレコミがあってね」
    佐伯「タレコミですか?」
    神田「うん。君がうそをついて、この会社に入社したって、タレコミが」
    佐伯「え?」
    神田「どうなの?」
    佐伯「いや、僕嘘をついてないですよ」
    神田「・・・・・」
    佐伯「いや、ほんとですって」
    神田「・・・・・」
    佐伯「ほんとですよ、神田さん。信じてください」
    神田「・・・・・」
    佐伯「・・・はい、嘘ついてます。ここ来る前に、2年間東横インでアルバイトしてたってことになってるけど、本当はいろんなところを転々としてました」
    神田「・・・・・」
    佐伯「すみませんでした」
    神田「・・・・」
    佐伯「なんですか。もう、何も隠してないですよ」
    神田「・・・・・」
    佐伯「・・・自主退職じゃないです」
    神田「・・・ん?」
    佐伯「だから、28の時に会社を辞めたのは、自主退職じゃなくて、その、」
    神田「・・・・・」
    佐伯「懲戒解雇処分を受けたからです」
    神田「・・・・え?」
    佐伯「・・・・誰ですか?」
    神田「ちょっと待って、」
    佐伯「タレコミしたのは、誰ですか?」
    神田「・・・・」
    佐伯「野島でしょ?あいつしかいない。あいつ、まだ俺のこと、くそ!」
    神田「ちょっとまて、佐伯君。本当なの?」
    佐伯「本当なのって、たれこみがあったんでしょ?野島から全部聞いたんでしょ?横領のことも全部」
    神田「横領?」
    佐伯「え?・・・・かまかけたんですか?」
    神田「・・・・・」
    佐伯「ちょ、なんで。神田さん、そんな、かまかけるんですか」
    神田「・・・・」
    佐伯「・・・(賭けに出て)全部、嘘です。どっきりでした」
    神田「ちょっと待ってよ、佐伯君」
    佐伯「さすがに無理か。」
    神田「君は、2年前会社を自主退職ではなくて、横領による懲戒解雇処分で退職したということ?」
    佐伯「・・・・・」
    神田「逮捕歴があるってこと?」
    佐伯「ない。逮捕歴はない。額が少額だったのと、大ごとにしたくなかったんですよ、あいつら」
    神田「ええ。・・・聞いたはずだぞ。面接のときに。賞罰の有無を」
    佐伯「それは、」
    神田「なんで、正直に言わなかった」
    佐伯「言えるわけないでしょ?落とされるに決まってるじゃないですか」
    神田「・・・・」
    佐伯「神田さん、顔怖いですよ。もっといつもみたいに、笑ってくださいよ」
    神田「笑えない。笑えないよ。これは、重大な告知義務違反だぞ」
    佐伯「いや、神田さん。僕も言うつもりだったんです。言うつもりだったんですけど、やっぱり怖くて。だって、今まで正直に打ち明けたら、みんな離れていったんです。だから、言えなかったんです」
    神田「そんな言い訳が通用すると思ってるのか?」
    佐伯「神田さん、信じてください」
    神田「信じられるか!」

    神田、内戦をかけようとする。

    佐伯「どこにかけるんですか?」
    神田「報告する、君のことを」
    佐伯「ちょっと待ってくださいよ、神田さん。そんな、俺ら仲良くしてたのに、そんな怖くなって。ええ、機械ですか?あなたは」
    神田「何言ってるんだ。君は、私を、私たちを、だまして入社したんだぞ。」
    佐伯「だから、言うつもりだったんですよ」
    神田「じゃあ、言うべきだったな」

    神田、内線に手を伸ばす。

    佐伯「神田さんに嫌われたくなかったんです」
    神田「・・・・・」
    佐伯「面接のときに、感じたんです。だから、この人に嫌われたくないって、言えなかったんですよ」
    神田「・・・・・」

    神田、内線をかける。

    神田「・・・小幡さん、戻ってきてくれるか?うん。こっちきたら、話すから」

    神田、内線を切る。

    佐伯「神田さん、俺」
    神田「何も聞かなかったことにする」
    佐伯「え?」
    神田「君が面接のときに着いた嘘は、バイトを転々としていたのに、東横インにまとめたこと。それだけだ。」
    佐伯「神田さん」
    神田「もう、何も言うな。」
    佐伯「・・・・」
    神田「もう時間だろ、上に戻れ」

    佐伯、荷物をまとめて、退場。
    神田、頭を抱える。
    しばらくして、小幡が戻ってくる。

    小幡「お待たせしました。」
    神田「悪いね」
    小幡「いや、どうでした?」
    神田「佐伯君もついてたよ、嘘。大したことないけどね」
    小幡「やっぱり、そうですか。じゃあ、まとめて報告しますか?」
    神田「あ、それなんだけどさ、俺に任してくれない?」
    小幡「え?」
    神田「俺がまとめて、部長に報告しておくから」
    小幡「ああ。でも、」
    神田「いいから。ちょっと、話したいことあるんだよね。部長と」
    小幡「ああ。じゃあ、お願いします」
    神田「うん。ちょっと、先上戻っててくれる?」
    小幡「はい」

    小幡、荷物をまとめて退場。
    神田、スマホで電話をかける。

    神田「お疲れ様です。神田です。杉村さん、今日夜時間あります?いえ。借りを返して頂こうかと」

    暗転。

    【六場】


    2025年7月9日火曜日。11時過ぎ。
    会議室には2名の人物。
    小幡が下手、志村が上手に座っている。

    志村「え、お咎めなし?」
    小幡「そういうことみたい」
    志村「ほんとに?」
    小幡「うん。神田さんから、そう聞いた」
    志村「・・・そんなことありえるの?」
    小幡「大した問題にならないって言ったでしょ?」
    志村「そうだけど、大した嘘じゃないかもしれないけど、何も処罰がないってのおかしくない?」
    小幡「まあ、確かにね」
    小幡「うーん。志村さんが優秀だから、かな」
    志村「え、でも、会社として示しがつかないんじゃないの」
    小幡「まあね」
    志村「・・・神田さんから聞いたの?」
    小幡「そうだね。神田さんが杉村人事部長に報告したら、大した問題じゃない、で終わったって」
    志村「でしょ」
    志村「え。・・・でも、これから聞き取り調査とか、全体に共有とかいろいろあるんでしょ?」
    小幡「それなんだけどさ、」
    志村「やらないの?」
    小幡「いや。今は会社がそれどころじゃないから、人事部内で、とどめておこうッて。って言っても、私と神田さんんと部長だけでとどめておこうッて。口外しないようにって」
    志村「・・・変じゃない?」
    小幡「まあ、変だよね。他の部署ならともかく、人事部内口外禁止っていうのは、私も引っかかるんだよね」
    志村「神田さんは杉村部長に報告したんだよね?」
    小幡「それは、したと思う、私も直接、杉村部長に確認したし」
    志村「そう、なんだ・・・」
    小幡「まあ、プラスに考えようよ。人事部長は、あなたの嘘を大したことないって判断した。よかったじゃない」
    志村「よかった?」
    小幡「よかったよ。これで、罪悪感も晴れて、働けるじゃない?」
    志村「そうだけど・・・」
    小幡「けど?」
    志村「納得できない」
    小幡「・・・・じゃあ、捜査しよう」
    志村「捜査?」
    小幡「何かあると思うんだよね、私も。なんか、いつも違うから。突きとめよう、一緒に」
    志村「どうやって?心当たりでもあるの?」
    小幡「ある。佐伯君と神田さん」
    志村「え?あの二人?」
    小幡「うん。何かあると思う、あの二人」
    志村「そうなの?」
    小幡「佐伯君にも嘘がないかって神田さんに聞いてもらったって話はしたよね?」
    志村「うん」
    小幡「そのあとなんだよね。神田さんに、この件を任せてくれって言われたの。なんか、ある」
    志村「でも、捜査ってどうやるのよ?直接聞くってこと?」
    小幡「いや、直接聞いても言わないと思うんだよな」
    志村「じゃあ、どうするの?」
    小幡「・・・あの二人の会話、こっそり聞けないかな?」
    志村「こっそりって。・・・え?盗聴するってこと?それは、犯罪でしょ」
    小幡「違う違う。もっとアナログな方法」
    志村「アナログ?」

    小幡、掃除ロッカーを開ける。
    志村を見る
    。
    志村「・・・その中で盗み聞きするってこと?」
    小幡「そう」
    志村「いやいや。そんな都合よくいかないでしょ。ドラマじゃないんだから」
    小幡「いや、あの二人ね。いつもここでご飯食べてるんだよ」
    志村「そうなの?」
    小幡「ほら、ここ唯一窓があるでしょ。会議室の中で。あの二人のお気に入りなんだって」
    志村「そうなんだ」
    小幡「やらない?」
    志村「・・・やるわけないでしょ」
    小幡「そうだよね」

    小幡、掃除ロッカーを閉める

    志村「気になるけど、とりあえずご飯食べ行こうよ」
    小幡「そうしよっか」

    志村と小幡、荷物をまとめて出る準備。

    志村「私、ちょっとトイレ行ってくるね」
    小幡「うん」

    志村、ドアより退場。
    すぐに戻ってくる。

    志村「ちょっと、来たよ」
    小幡「え?」
    志村「早く。早く。容疑者来たから、2人。早く隠れて」

    志村、ロッカーに

    小幡「え?やる気満々じゃん」

    小幡、ロッカーに入る。
    ロッカーを閉める。

    神田、入ってくる。
    神田、席に着き、コーヒーを飲みながら、スマホをいじる。
    佐伯、入ってくる。神田と反対側の席に着く。

    佐伯「神田さん、歩くの早いっすよ」
    神田「うん」
    佐伯「コーヒー、それうまくないすか?安藤サクラのCMのやつ」
    神田「うん」
    佐伯「こういう会議室で、飲んでるんですよ。安藤サクラが」
    神田「うん」
    佐伯「・・・神田さん、何怒ってるんですか?」
    神田「・・・昨日、合流する前にどこ行ってた?」
    佐伯「え?昨日は、本屋行ってました」
    神田「ふーん」
    佐伯「なんですか?」
    神田「それ以外はどこも行ってないの?」
    佐伯「行ってないですよ。なんですか」
    神田「パチスロ行ってただろ」
    佐伯「行ってないですよ。行くわけじゃないじゃないですか」
    神田「・・・」
    佐伯「ほんとですよ、信じてください」
    神田「あ、そう。よくわかったよ」
    佐伯「神田さん」
    神田「そういえば、さっき、お釣り多かったから返すよ」
    佐伯「あ、そんなのいいですよ」
    神田「いや、いいから」

    神田、コインを佐伯の方に乱暴に投げる。
    佐伯、コインを拾って固まる・

    神田「それ、いくら?」
    佐伯「これは・・・」
    神田「それ、スロットのコインじゃないの?」
    佐伯「・・・すみません」
    神田「(大きくため息をついて)なぜ嘘をつく」
    佐伯「ストレスがたまると、つい行きたくなって。本当にすいません」
    神田「また繰り返すつもりか」
    佐伯「自分のお金ですよ。自分で稼いだお金で、打ったんです。」
    神田「でも、前は会社から預かった金で、パチスロ打ったんだろ」
    佐伯「神田さん、俺、」
    神田「辞めるって約束しただろ」
    佐伯「俺の気持ちもわかってくださいよ」
    神田「わかってないのは、君の方だよ。君の嘘をかばうために、どれだけのリスクを俺が背負ってると思う?部長に交渉したんだぞ。隠してもらうよう。それがどれだけ、信用を失う行動かわかるか」
    佐伯「わかります」
    神田「わかってないだろ。小幡さんだって、不審がってるんだ。なんで、いつもの手順で全体に共有されないのか。彼女だって馬鹿じゃない。次の手を打たないといけない。これから、ずっと俺は、君の嘘をかばうために彼女に嘘をつき続けなきゃいけないんだぞ」
    佐伯「それは・・・・」
    神田「君にはがっかりしたよ」

    神田、席を立ち、ドアに手をかける。

    佐伯「神田さんだって、嘘ついてるじゃないですか」
    神田「・・・なんのことだ」
    佐伯「なんで、俺とのこと、隠すんですか」
    神田「何を言ってる?」
    佐伯「隠してるじゃないですか。僕との関係を」
    神田「誤解されるような言い方するな」
    佐伯「誤解?誤解なんですか?」
    神田「・・・・・」
    佐伯「なんだ。誤解だったんだ。僕が誤解してたんだ。僕、てっきり。あああ。恥ずかしい、俺」
    神田「何が言いたい?」
    佐伯「だから、どうして、僕のことが好きだって隠すんですか?」
    神田「・・・・・」
    佐伯「答えてくださいよ」
    神田「ここをどこだと思ってる?社内だぞ。TPOをわきまえろよ」
    佐伯「じゃあ、どこならいいんですか?」
    神田「・・・・・」
    佐伯「二人で出かけても、居酒屋でも、カフェでも、映画館でも、いつもはぐらかすじゃないですか?どこならいいんですか?」
    神田「・・・・」
    佐伯「奥さんに悪いからですか?」
    神田「ちょっと。ちょっと、待ってくれ。君とは確かに親しくしてるよ。だけど、それは仲のいい上司と部下に過ぎない。」
    佐伯「まじで、言ってるんですか?」
    神田「一戦は超えてない」
    佐伯「いい加減にしてくださいよ。それが、どれだけ僕の気持ちを踏みにじってるか、わかってますか?」
    神田「ちょっと、落ち着いてくれよ」
    佐伯「昨日、映画館でこっそり手をつなぎましたよね。ポップコーン取るふりして」
    神田「・・・・」
    佐伯「あの時、感じましたよ。僕は。愛を。神田さんから愛を感じましたよ」
    神田「本当にもうやめてくれ」
    佐伯「僕は神田さんが好きですよ。大好きですよ。上司と部下なんかじゃない。神田さんが大好きですよ」
    神田「いい加減にしてくれよ!!言えるわけないだろ!」
    佐伯「なんでですか?」
    神田「なんでってわかるだろ。会社で結婚しない男がどんなふうに扱われるか。あいつには何かがあるには違いない。出世コースから、たちまち外されるんだよ」
    佐伯「それで結婚したんですか?」
    神田「そうだよ。だから、俺は課長になれた。部長と交渉できたのだって、普通の男として付き合ってきたからだよ」
    佐伯「そんなのおかしい。本当の自分を殺して、出世するために嘘をつくなんて間違ってる」
    神田「社会ってのは、そういうもんだろ」
    佐伯「今は令和ですよ。僕らだって、マイノリティだって、昔よりかは、」
    神田「ばかばかばか、そんなの変わらないよ」
    佐伯「・・・・」
    神田「多様性を認めましょう。LGBTの権利を向上させましょう。(手を大きく振って)そんなの、嘘。罠だよ。罠」
    佐伯「罠?」
    神田「罠だよ。結局は多数派が支配してるんだよ。多数派の都合のいいように社会はできてるんだよ。多様性って言葉を信じて、ゲイですなんて言ってみろよ。どんな風に扱われるか。俺はずっとみてきた。ゲイですって打ち明けたやつが、どんな風につまはじきにされてきたか。結局はな、マイノリティは邪魔なんだよ、主張してほしくないんだよ。俺らはな、ゲイに生まれちゃったら、もう諦めないといけないんだよ。」
    佐伯「・・・そんなことはない」
    神田「・・・でも、君も嘘をついてこの会社に入ったじゃないか。それは、受け入れてもらえないってわかってるからじゃないのか」
    佐伯「・・・・」
    神田「もういいだろ」
    佐伯「・・・俺が悪いんですよ」
    神田「・・・・」
    佐伯「神田さん、もう俺のこと庇わなくていいです」
    神田「何言ってるんだよ」
    佐伯「俺が、最低な人間だから。横領するような、最悪な人間だから。もう、そんなやつ庇ってくれなくて大丈夫です。俺、消えます」
    神田「・・・・」
    佐伯「(鼻をすする)神田さん、どうぞ上戻ってください」
    神田「(ため息をつく)・・・戻れるわけないだろ」
    佐伯「・・・・」
    神田「怒鳴って、悪かったよ。」
    佐伯「いや、俺が、」
    神田「認めるよ。俺も、君から愛をもらってる。俺も君を失いたくない」
    佐伯「・・・・」
    神田「大丈夫か」
    佐伯「はい、すいません」
    神田「お互い辛いな」
    佐伯「・・・神田さん、でも隠し通せるんでしょうか。」
    神田「大丈夫だ」
    佐伯「でも、部長が口外しないって保証があるんですか?」
    神田「ある。部長は、俺に借りがあるから」
    佐伯「借り?」
    神田「だから、大丈夫だ。心配するな」
    佐伯「・・・でも、小幡さんは?」
    神田「そっちも、なんとかなるよ。俺を信じてくれ」
    佐伯「はい」
    神田「(スマホを確認して)もう時間だ。一緒に上戻ろう」
    佐伯「はい」
    神田「パチスロは、もうやるなよ」
    佐伯「絶対やらないです、俺。誓います」
    神田「信じてるぞ。」
    佐伯「はい」

    神田と佐伯、退場。

    しばらくして、掃除ロッカーから、小幡と志村でてくる。
    衝撃の事実を知って、お互い顔を見合わせる。
    2人、何も言葉を発さずに席をつく。
    お互い、飲み物を飲む。

    小幡「・・・・なかなかに、」
    志村「なに?」
    小幡「ヘビーだったね」
    志村「うん」
    小幡「・・・・」
    志村「・・・・」
    小幡「あのさ、」
    志村「うん」
    小幡「あなたは、きっと納得しないかもしれないけどさ、このままにしない?」
    志村「・・・このまま?」
    小幡「だから、もうなにもしないってこと」
    志村「・・・・」
    小幡「部長には伝わってるわけだし、あなたの嘘はもう解消されてるから。だめかな?」
    志村「(なんともいえない)」
    小幡「いや、感情論で申し訳ないんだけどさ、なんか、神田さんああいう風にいつも思ってたんだなって。あんな怒ったとこ、初めて見たから。ごめんね」
    志村「・・・・わかった。」
    小幡「ごめんね」

    志村、軽く頭痛が起きる。
    しかし、気のせいだといたがるのをやめる。
    暗転、

    【七場】


    2025年8月30日金曜日午前11時過ぎ。
    下手に小幡、上手に志村が座っている。
    志村は書類を記入している。

    志村「書いたよ」
    小幡「(受け取り、書類を見つめてる)・・・」
    志村「書き忘れてるとこあった?」
    小幡「・・・ないよ。じゃあ、最後に保険証、返却お願いしていいかな?」
    志村「(鞄から、保険証を抜き取り)はい(渡す)」
    小幡「・・・・・」
    志村「(受け取ってもらえないので)はい」
    小幡「・・・本当に辞めるの?」

    志村、下を向き、静かにうなずく。

    小幡「(ついため息をしてしまい、)本当にさ、何度も何度も、しつこくてごめんね」
    志村「・・・・」
    小幡「もったいないよ、本当に」
    志村「・・・・」
    小幡「あなたはね、優秀すぎる。応対も完璧。オペレーターの平均対応時間が3分のところ、あなたの平均は1分。マニュアルが完璧に頭に入ってるから、できる所業よ。もう現場の人間はね、マニュアルを開くよりも、あなたに聞く方が早いって言ってるよ。モンスタークレーマーに対しても全く動じない。それどころか、常連のカスハラジジイを、ちょっと抜けてるおじいちゃんに仰天チェンジさせた。どうやったの?」
    志村「たまたまできたんだよ」
    小幡「たまたまじゃできないよ。あなただから、できたんだよ。あなたにしかできないんだよ。だから、もったいないよ。なんで、」
    志村「・・・・ごめんね」
    小幡「(手で頭を押さえて、呼吸を整える)・・・例の件だよね?」
    志村「・・・・」
    小幡「あなたの、望む形で嘘が清算されてないから、苦しいってのは理解できる。でもさ、考え方を変えてみてよ?神田さんにも、杉村さん人事部長にも伝わってるの。それで、あなたの嘘は大したことないって判断されてるんだよ。柔軟に考えてよ」
    志村「・・・・」
    小幡「前にも言ったけど、あなたの仕事の実力は、実際の経歴を上回ってるんだよ。たった、2か月でリーダー候補に名前が挙がるなんて、うちのセンター始まって以来の快挙なんだよ。ねえ、考え直してよ」
    志村「・・・そうじゃない」
    小幡「なにが?」
    志村「嘘の件じゃない」
    小幡「じゃあどうして?」
    志村「それは、(答えようとするが、頭痛が襲う)いった」
    小幡「え?」

    志村、あまりにも強い痛みに、机に突っ伏す。

    小幡「ちょっと、大丈夫?」
    志村「(痛みが走る)」
    小幡「(志村に駆け寄って)志村さん、大丈夫?」
    志村「(答えられない)」
    小幡「ちょっと、救急車呼ぶよ)」
    志村「(痛みと戦いながら、)やめて」
    小幡「え?でも、」
    志村「呼ばないで、救急車」
    小幡「なんで?痛いんでしょ?」
    志村「いいから」
    小幡「よくないよ(スマホを取り出し、かけようとする)」
    志村「やめてって!!」
    小幡「なんでよ?」
    志村「もし、救急車で運ばれて、入院なんてことになったら、私生きていけない」
    小幡「でも、治さないと、(再びかけようとする)」
    志村「やめて。(小幡にしがみついて)私、ずっと画家になるためだけに生きてきたから。貯金とかないの。入院費用なんて、払うお金ないの。」
    小幡「家族とか、頼れる人は?」
    志村「そんなのいない。私にはいない。私、働かなくちゃいけないの」
    小幡「じゃあ、なんでやめちゃうのよ」
    志村「わからないよ!私にも」
    小幡「・・・・」
    志村「頭痛がね、収まらないの」
    志村「最初は嘘をついて入社した罪悪感からきてると思ってた。でも、違った。私が無理なことをしてるから、この頭痛はきてるの」
    小幡「無理なことって?」
    志村「社会になじもうとしてるから。私はなじめない人間なんだよ」
    小幡「なじんでるよ」
    志村「なじんでなんかない!ここにいる私は本当の私じゃない。今はまだ、現場の人は知らないだけで、本当の私を知ったら、きっと。・・・私は自分にいいところがひとつもないの」
    小幡「あるよ。さっきも言ったでしょ?あなたは優秀だって。過小評価しすぎだよ、自分を。ねえ、自分を認めないと。自分で認めないと。再スタートしたいんでしょ」
    志村「できない」
    小幡「そう思い込んでるだけだって。あなたの気持ちもわかるけど、」
    志村「わかるわけないでしょ!!ずっと社会でやってこれた人に。わかるわけないんだよ!!」
    小幡「・・・」
    志村「私、画家になりたかったんだよ。それが自分のいいところだと思ってたから」
    小幡、黙る。
    間。

    小幡「・・・そうだね。私にわかるわけないよね。1か月、2か月の仲だもんね。同郷で同い年ってだけで、わかるわけないよね」
    志村「・・・・」
    小幡「ごめんね。もうとめないよ。保険証、もらうね」
    志村「・・・」

    小幡、書類にチェックをつけて、

    小幡「手続きも、これで終わり」
    志村「・・・・」

    志村、静かに帰り支度を始める。

    小幡「最後にさ、友達として一個お願いしたいんだけどさ、」
    志村「なに?」
    小幡「絵。見せてよ。」
    志村「・・・・」
    小幡「この紙に、ちょろっと描くだけでいいからさ、見せてよ。見たいよ。あなたの絵が」
    志村「・・・ごめん。もう描かないって決めたから」
    小幡「・・・・そっか」

    志村、帰り支度を続ける。
    内線が鳴る。

    小幡「(出る)はい、お疲れ様です。・・・佐伯君ですか?いえ、いないですけど。え?ああ。(志村に)ごめん、志村さん。佐伯君みた?」
    志村「みてない」
    小幡「だよね。(内線に)見てないそうです。あ、そうなんですか。わかりました。はい、すぐ行きます」

    内線を切る。

    小幡「ごめん、志村さん。ちょっとだけ残ってもらってもいいかな?」
    志村「・・・・」
    小幡「佐伯君がね、きてないんだって。」
    志村「そうなの?」
    小幡「ちょっと、そのことで聞きたいって。神田さんが」
    志村「うん、わかった」
    小幡「私1回、上呼ばれたから、ちょっと待っててもらっていい?」
    志村「うん」
    小幡「ごめんね」

    小幡、退場。
    志村、水を飲んで息を整える。
    窓の外を眺める。
    佐伯、掃除ロッカーから出てくる。
    志村、ロッカーの開く音で振り向く。

    佐伯「辞めちゃうんですか?」
    志村「聞いてたの?」
    佐伯「僕も志村さんの絵、みたいな」
    志村「なんで、そこにいるの?」
    佐伯「・・・捜査です」
    志村「捜査?」
    佐伯「タレコミした犯人を捜してるんです」
    志村「え?」
    佐伯「(スマホを開いて)コンプライアンス窓口に通報があったみたいです(志村さんに渡す)」
    志村「・・・人事部は2名の人物の経歴詐称を隠蔽している。これって、」
    佐伯「僕と志村さんのことです」
    志村「・・・・誰が、」
    佐伯「僕ね、小幡さんじゃないかと思ってるんですよ」
    志村「え?」
    佐伯「だから、ここで証拠がつかめないかなって、聞いてたんですけど。志村さん、辞めちゃうのか」
    志村「・・・小幡さんじゃないよ。」
    佐伯「え?」
    志村「小幡さんは言わないよ。絶対」
    佐伯「なんで、言い切れるんですか?」
    志村「・・・怒らないでほしいんだけど。」
    佐伯「内容によりますけど」
    志村「ごめん、聞いてたの」
    佐伯「何をですか?」
    志村「だから、その、あなたと神田さんの会話を聞いちゃったの」
    佐伯「いつの?」
    志村「1か月くらい前。その、パチスロに行ったかどうか、話してたでしょ。」
    佐伯「・・・どこで」
    志村「そこで(ロッカーを指して、)」
    佐伯「・・・・・(ロッカーを見る)」
    志村「だから、あなたの嘘も。あなたと神田さんとの関係も。全部聞いちゃったの、本当にごめん」
    佐伯「・・・・」
    志村「そのうえで、小幡さんは言わないって決めたの。だから、小幡さんは通報しないよ」

    佐伯、ロッカーを開けて、閉める。

    佐伯「じゃあ、あなたが」
    志村「え?」
    佐伯「志村さんでしょ。通報したの」
    志村「違うよ。私じゃないよ。なんで、そうなるの」
    佐伯「だって、今日で辞めちゃうんでしょ。そのタイミングも合致するし、志村さん嘘つくの嫌がってましたよね。」
    志村「だからって、しないよ。通報なんて」
    佐伯「嘘だ。絶対、志村さんだ」
    志村「違うよ、佐伯君」

    佐伯、床に手をつく

    志村「佐伯君?」
    佐伯「(頭を下げる)お願いします。通報したのは、嘘ですって、取り下げてください。お願いします」
    志村「佐伯君、私じゃないから。本当に、」
    佐伯「嘘だ!お願いします。取り下げてください」
    志村「だから、(土下座をやめさせようと手を伸ばす)」
    佐伯「(その手をつかむ)」
    志村「(ぎょっとする)」
    佐伯「僕、あとがないんですよ。今神田さんと杉村部長が呼び出されて、必死に止めてくれてるけど、もし、身辺調査をするってことになったら、僕の嘘はばれちゃう。僕の過去は隠せないんです」
    志村「だから、私じゃないって、いた、」
    佐伯「もし、ばれたら、もちろん首になっちゃいますし、告知義務違反も重なって、いよいよどこも雇ってくれなくなっちゃう。だから、訴え取り下げてくれないと、本当に人生が終わっちゃう。お願いします」
    志村「いたいって(とつい突き飛ばしてしまう)」

    佐伯、床に倒れこむ。

    志村「あ、ごめん。大丈夫?」
    佐伯「もう本当にあとがないから、(ぽっけからカッターを取り出して、志村に向ける)こうするしかなくなっちゃう」
    志村「佐伯君」
    佐伯「お願いだから、取りさげてください」
    志村「落ち着いて。本当に、私じゃないから」
    佐伯「信じられるかよ!(椅子を蹴っ飛ばす)」

    志村、悲鳴を漏らす。
    そこに、神田と小幡が入ってくる。

    小幡「え?」
    神田「(佐伯に)何やってるんだよ!!」
    佐伯「通報したの、志村さんですよ」
    神田「は?」
    佐伯「窓口に通報したの。全部聞いてたんですって。2人、そこで(ロッカーを指して)。聞いてたんですよ。僕の過去のことも、僕らがゲイだってことも、全部」
    神田「・・・・」
    志村「佐伯君、私じゃないって」
    佐伯「じゃあ、小幡さんですか?2択だろ!」
    神田「やめろ、はじめ。2人じゃない」
    佐伯「なんで、言い切れるんですか?」
    神田「田村さんだよ」
    佐伯「え?」
    小幡「くみちゃん?」
    佐伯「誰ですか。それ?」
    神田「総務部の子だよ」
    佐伯「なんで、総務部の人が出てくるんですか。ここにいる人と部長しか知らないはずじゃないですか。どっちかがしゃべったんだ」
    神田「違う。喋ったのは、部長だ」
    佐伯「え?」
    小幡「どういうことですか?」
    神田「だから、部長とくみちゃんは、不倫してたんだ。それで、杉村部長がくみちゃんに、経歴詐称の件をしゃべったんだ。で、昨日、くみちゃんと杉村部長が喧嘩したんだ。その腹いせに、秘密を暴露したんだよ」
    佐伯「・・・・」
    神田「痴情のもつれに巻き込まれたんだよ。小幡さんと志村さんじゃない」
    佐伯「・・・・」
    神田「はじめ。カッターを下ろしなさい。」

    佐伯、おろすにおろせない。手は段々と震える。
    その時、全員のスマホがなる。

    志村「これって、」
    小幡「全体メールだね」

    小幡、こっそり確認する。
    神田に見せる。神田、確認する。

    佐伯「なんですか?」
    神田「なんでもない」
    佐伯「嘘だ」
    神田「なんでもないから。」
    佐伯「(自分のスマホを開いて、メールを確認しようとする)」
    神田「はじめ、見るんじゃない!(佐伯をとめようとするが)」
    佐伯「(神田を振り払って、スマホを確認する)」
    神田「・・・・・」
    佐伯「(やがて笑い出す)身辺調査、やることになったって」
    志村「え・・・」

    佐伯、狂ったように笑い転げる。
    志村は口に手を当てる。
    小幡は呆然と見ている。

    神田「はじめ」
    佐伯「・・・なんですか」
    神田「なんとかするから。俺が。なんとかするよ」
    佐伯「・・・もう無理でしょ」

    佐伯、急に立ち上がって、窓のところに行き、身体を乗り出す。

    志村「(悲鳴)」
    神田「はじめ!」
    佐伯「動くな!・・・動いたら、落ちます」
    神田「何、馬鹿なこと言ってるんだ。降りて来いよ!」
    佐伯「降りても同じだ。僕の未来は。もう終わり、どっちも」
    神田「そんなことないだろ」
    佐伯「だって僕もう働けないよ。どこにも雇ってもらえなくなっちゃった」
    神田「まだ決まってない」
    佐伯「もう決まりましたよ!神田さん。もう僕を嘘つきとしてしかみない。横領した過去を隠した人間としか見ない。どんなに反省したって、もうしないって心に誓っても、誰も信じてくれない」
    神田「・・・・」
    佐伯「負け犬の遠吠えだけどさ、そんなに大事かな?過去に何したとか、何してたとか。働きたいでいいじゃんかよ。嘘ついたって、働けるならいいじゃんかよ。」
    神田「はじめ」
    佐伯「それが、遺言でーす(足をかける)」
    志村「だめ」
    神田「はじめ!」
    小幡「いいよ、飛び降りなよ」
    佐伯「・・・・」
    志村「小幡さん?」
    神田「何言ってるんだよ」
    小幡「でも、たぶんだけど、死なないよ。うちの弟がそうだったから」
    佐伯「・・・・(小幡を見る)」

    小幡、佐伯のとこまで近寄り、

    小幡「(地面を見て)うん。この高さじゃ、死なないと思うよ。どうする?」
    佐伯「・・・・」
    小幡「さっきの話、私もわかるわ。働きたいでいいよね。ま、そんなシンプルじゃいかないってのも、わかるんだけどさ。」
    佐伯「・・・・・」
    小幡「うちの弟はさ、俳優を目指してて、就職しなかったんだよね。まあ結局、27の時に就職しようとしたんだけど、バイトしか職歴がないから、まあ落とされるわけ。そしたらさ、どんどん暗くなっちゃって。そんなんだから、よけいうまくいかなくなっちゃって。でさ、父親が結構それ、責めちゃったんだよね。働く気がないのか!みたいに。私と母親で、励まして、頑張ろうねって話をしたんだけどさ、やっぱりうまくいかなくて。バイトもやめちゃって、諦めちゃったんだよね。就職するの。誰とも口も利かなくなっちゃって。しまいには、あきらめようとしたんだよね。生きるのを」
    志村「・・・・・」
    小幡「私は嘘ついてもいいじゃんって。働きたいから、働いてでいいじゃん。シンプルじゃん。それじゃだめなのもわかるけどさ、わかるんだけどさ、・・・」
    志村「・・・・・」

    佐伯、降りてくる。

    佐伯「神田さん」
    神田「(抱きしめて)馬鹿野郎。この、馬鹿野郎」
    志村「・・・・・」
    小幡「神田さん、志村さんを帰してあげてもいいですか?」
    神田「うん」
    小幡「ごめんね。最後の最後に、迷惑かけて。もう大丈夫だから。もう行って」
    志村「・・・・」

    志村、ドアノブに手をかける。しかし、いつまでもドアを開けない。

    小幡「志村さん?」

    志村、振り返り、ホワイトボードのとこまで歩いていく。

    志村「ひまわりの絵をかきます」
    小幡「え?」
    志村「8月も終わりだけど、まだまだ暑いから。ひまわりの絵をかきます」
    小幡「どうしたの?」
    志村「見たがってたでしょ。私の絵を。神田さんも、佐伯君も。見せてあげる」
    小幡「でも、ここには赤のマーカーしかないよ」
    志村「あるもので、表現するのが創作だから」
    小幡「・・・」
    志村「ほら、みんな座って。今日は特別に描く過程を見せてあげるから」

    志村、ホワイトボードに絵を描き始める。
    みんな、なんとなく座る。
    志村、笑いだす

    小幡「志村さん?」
    志村「ごめん。やっぱり、楽しい。絵を描くの。もう描かないって決めたのに。楽しい」
    小幡「・・・・」
    志村「私が画家を目指したのは、私にもできることがあるって思ったからなんだよね。それに、絵は発見ができるから。1枚の絵を見て、無限の解釈ができる。きれいも、汚いも、怖いも、嫌だも、人それぞれ違うものを発見する。それぞれが感じたことが正解なの、シンプルでしょ?」
    小幡「・・・・」
    志村「現実は複雑だから、シンプルじゃいられなくなるでしょ?みんな、そういう人たちに届ける仕事がしたかったんだよね。」
    小幡「いいね。それ。」

    志村、絵を描き続ける。
    小幡、神田、佐伯、志村の絵が完成するのを待ち続ける。
    徐々に暗転。
    終わり。


     
     
    劇作家協会会員。 自作の短編戯曲や創作エッセイを読んでくれたら、嬉しいです。 上演許可・お仕事のご依頼はDMまたは xylophone260@gmail.com まで。

    あなたへのおすすめ