メインコンテンツへスキップ
見出し画像

noteの記事の『間』で、人は何を読むのか?


          『間』




    noteの記事における「間(ま)」は、単なる余白や改行ではなく。
    読者が、

    • 一度立ち止まって考える時間
    • 感情を受け取って消化する余地
    • 次の言葉を待つ期待感

    として機能します。


    つまり「間」で読者が“読む”のは 書かれていないもの です。


    • 行間に込められた筆者の意図
    • 文字にできなかった感情や余韻
    • 自分自身の記憶や体験との照らし合わせ



    文章が走り続けると、読者はただ情報を処理するだけになりがちです。
    でも、間があると「読者の思考」が文章に入り込みます。



    要するに、noteの記事の「間」で人は “自分の心”を読んでいるのです。




    noteの記事の『間』で、人は何を読むのか?ご存知でしたか?



    記事は、作者の一方的な”想い”や”考え”を伝えるのではなく…。
    読者との対話。

    ”コラボ作品”

    のようなものなのかな、と私は思ってます。



    ”世界の見え方”が人の数だけあるように、
    心のレンズを通した”認知”も”認識”も、それぞれの色を帯びる。
    その中で「間」をどう活かすかも、ただ一つの”答え”に縛られることはない。




    『絵画にある余白』

    描かれていない、余白の場所が輝くのは…。

    そこにあなたが、”見えない想い”を添えているからなのかもしれませんね。



    間・空間・余白・無・空白の時間…

    ”ないもの”に、どんな”意味”が宿っているのか?を探すのが心地よい、最近の私です。


    いつも私との”対話”をありがとう!
    見えないあなたとの“魂”の対話。
    noteがある、この時代に生まれてラッキーでした。


    コメントしている相手が人間なのか?
    AIなのか…?

    その区別も、そのうちつかなくなるでしょうね。
    純粋に人間同士で遊べるのも、
    後、数年かも知れませんね。

    いや… 。もうAIさんもいるのかも?

    また、対話しましょう。
    ステキな週末を🍀

     
     
     
    アフリカ長期留学中の高校生の母 最新ビジネス書×逆張り思考×気づき×教育 ラグジュアリーミニマリスト/本質 ただ…過去の私へつぶやく 気づける人は何を見ても気づける。賢さとは、“答え”を知るのではなく、世界の見え方そのものを組み替える力 楽天ROOM、Amazonアソシエイト参加

    あなたへのおすすめ