芋出し画像

サンピ゚トロ倧聖堂の矎の秘密はミケランゞェロずベルニヌニにあり

【むタリア・バチカン旅行蚘⑷】サンピ゚トロ倧聖堂の矎しさの秘密はミケランゞェロずベルニヌニにあり

前回の蚘事「サンピ゚トロ倧聖堂はい぀䜜られたその歎史ず聖地たる所以ずは」ではそもそもサン・ピ゚トロ倧聖堂ずは䞀䜓どんな建物なのか、そしおそこにどんな意味が蟌められおいるのかに぀いおお話しした。

今回の蚘事ではそのサン・ピ゚トロ倧聖堂の建築ずミケランゞェロ、ベルニヌニずいう二人の倩才に぀いおお話ししおいきたいず思う。

たず、サン・ピ゚トロ倧聖堂は䞻祭壇を擁するドヌム郚分ず、倧聖堂入り口からドヌム郚分ぞず向かう身廊郚分の二぀に分けるこずができる。

䞻祭壇ずドヌム
䞻祭壇ぞず続く身廊

前回の蚘事でお話ししたように、サン・ピ゚トロ倧聖堂建築のプロゞェクトは幎から幎ずいう幎以䞊にもわたる長期プロゞェクトだ。

䜕か巚倧な建築物を造ろうずするずきにはたず蚭蚈図を䜜り、それに基づいお工事を進めおいく。これが想像する限り普通なパタヌンだず思う。

だが、このサン・ピ゚トロ倧聖堂はそう簡単には事が進たなかった。

ドヌム郚分だけでも、建築家の死去が原因で途䞭で建築家が入れ替わり、回も蚭蚈プランが倉曎されおいるのだ。

しかもたたそのメンツがものすごい。

この倧聖堂のドヌム郚分の蚭蚈に携わったのは就任順に䞊べおみるず以䞋の人だ。

ブラマンテ→ラファ゚ロ→サンガッロ→ミケランゞェロ

これを芋お驚かれた方も倚いのではないだろうか。

そう。あのラファ゚ロずミケランゞェロがこのドヌムの建築家ずしお関わっおいるのである。

ラファ゚ロずいえば『アテネの孊堂』を描いたあのラファ゚ロだ。

ミケランゞェロに関しおもこれたでの蚘事でも述べおきたあのミケランゞェロその人だ。

驚くべきこずに圌らは建築家の才胜も持ち合わせおいたのだ。それも、超䞀流の。

そしお建蚭途䞭で䜕床もプラン倉曎はあったものの残念ながらラファ゚ロ案は䞖に出るこずはなかった、最終的にはミケランゞェロのプランが採甚され、珟圚のドヌム郚分は圌の蚭蚈ずされおいる。

圌の前任のサンガッロの建蚭プランは調和を欠き、䜙蚈なものを加えすぎたために混乱したプランであったずされおいる。

さらにミケランゞェロからすれば、採光があたりに䞍十分であるこずも䞍満であったそうだ。

ミケランゞェロは倧胆にも前任者が造った郚分を壊し、改めおドヌムを䜜り盎すずいう荒業を断行したずいう。

おかげで前任者の支持者からはかなりの嫌がらせを受けたずいう話も残っおいるそう。

幎歳にしおこの倧圹を任されたミケランゞェロはその晩幎の幎をこの倧聖堂ドヌムの建築に捧げたのであった。

ドヌム倖芳

ドヌムの工事はミケランゞェロが亡くなった幎の埌も続けられ幎に぀いに完成を迎える。

たしかにドヌム郚分は光が差し蟌んできおずおも明るかったのを芚えおいる。

ドヌムの窓から差し蟌む光の筋は神々しかった。

これがミケランゞェロの䜜品だったずは垰囜するたでは党く知らなかった。

実に惜しいこずをしたものである。

身廊
ファサヌド聖堂正面

さお、ドヌム郚分が出来䞊がるず次に取り掛かるのが身廊郚分ずファサヌドだ。

倧聖堂建築は同時進行でなされおいたわけではない。

ミケランゞェロが蚭蚈に関わったのはあくたで倧聖堂ドヌム郚分のみで、ここから先は別の建築家による蚭蚈ずなっおいる。

さお、こうしおサンピ゚トロ倧聖堂の党おが完成したのが幎。

倖芳は完成した。次は内装に取り掛からねばならぬ。

ここで登堎したのが二人目の倩才、ベルニヌニだったのである。

ベルニヌニ15981680) Wikipediaより

ベルニヌニは矎術史䞊皀に芋る倩才で、幌い時からその才胜を発揮しおいたず蚀われ、ミケランゞェロにも匹敵するほどの才胜を期埅されおいた人物だ。

そのベルニヌニぞのバチカン最初の䟝頌がバルダッキヌノず呌ばれる、䞻祭壇を芆う倩蓋の補䜜だった。

バルダッキヌノ

この䞻祭壇はサン・ピ゚トロ倧聖堂の䞭心であり、教皇しかここでミサを捧げるこずはできない。

実はこの真䞋の空間にこそ、聖ペテロのお墓がある。

いわば聖地䞭の聖地。この空間でもっずも重芁な堎所の装食をベルニヌニは䟝頌されたのだ。

ブロンズでできた独特な圢をしたこのバルダッキヌノ。

ねじれた柱に现かな装食。

芞術の専門家ではない私にはなんずも圢容しがたいが、芳る者をあっず蚀わせる䞍思議な姿ず、なぜか目の離せない魅力がある。

そしおバルダッキヌノの先には黄金に茝くステンドグラスが配されおいる。

この絶劙な配眮もすべおベルニヌニの発案だ。

ステンドグラスの䞋にはカテドラ・ペトリずいう、聖ペテロが座っおいたずされる怅子カテドラが玍められおいる。実際には聖ペテロの時代より埌のものであるこずが科孊的に蚌明されおいる。しかしそのこずが信仰者にずっお䜕の意味を持ずうか

それにしおも、なんず厳かな眺めだろう。

黄金に茝くステンドグラス。そしおその䞭心にはこの写真では芋えにくいが神を衚すハトが描かれおいる。

ステンドグラスを囲む圫刻もその効果を劇的に高めおいる。

たるで神の光が呚囲に拡散しおいくかのような、そんな印象を䞎える。

そこに目の前にあるバルダッキヌノの黒い色が萜ち着きを䞎え、党䜓に調和をもたらす。

なんず蚈算され尜くした矎しさだろう。

倧聖堂の建築ずも完党に調和しおいる。

ベルニヌニの倩才ぶりがいかんなく発揮されおいる蚌拠だろう。䞀぀䞀぀にたったく違和感がない。

ベルニヌニはバルダッキヌノやカテドラ・ペトリの他にも倧聖堂内郚の様々な圫刻も手掛けおいる。

それらをここで玹介するこずはできないが、数倚くの䜜品をベルニヌニは残しおいるのだ。

私はそれずは知らずに芋過ごしおしたったが、バチカンに行かれる際はぜひみなさんにはじっくりず堪胜しおいただきたいず願っおいる。

そしおさらに驚くこずに、ベルニヌニはこのサンピ゚トロ広堎の蚭蚈たで手掛けおいたのだ。

広堎を囲む円圢の柱廊ずその䞊郚にはこちらを芋䞋ろす䜓もの聖人像。

石の塔のようなものがオベリスク

広堎の䞭倮にそびえ立぀オベリスクの存圚感。

ベルニヌニの偉業は倧聖堂内郚の装食にずどたらない。

この広堎の存圚があるからこそ、サン・ピ゚トロ倧聖堂の嚁厳がさらに高たる。

サンピ゚トロ倧聖堂を目指しおはるばるやっおきた巡瀌者はたずこの広倧な広堎ぞずたどり着く。

円圢の柱廊はさながら巡瀌者を向かい入れる倧きな腕のように、圌らを包み蟌む。

そしお県前には䜓もの聖人が巡瀌者を芋䞋ろし祝犏する。

正面に堂々ずそびえ立぀オベリスクは圧倒的な力を感じさせ、芋るものに畏怖の感情を䞎えるこずだろう。

そしおいよいよ倧聖堂ぞずたどり着く。

その䞊には十字架を持ったむ゚ス・キリストの像。

巡瀌者はこれたでの苊難を思い返し、そしお神の恵みをここで感じるこずだろう。

ベルニヌニはこの広堎をたるで舞台であるかのように蚭蚈したず蚀われおいる。

぀たり今私が蟿っおきたように、巡瀌者はサン・ピ゚トロ倧聖堂に入る前からすでに聖地巡瀌のフィナヌレずいう挔目に匕き蟌たれおいるかのような感動を味わうこずになるのだ。

いわばこの広堎はサン・ピ゚トロ倧聖堂での䜓隓をより劇的なものにするための舞台装眮なのである。

実際にこの広堎が生み出しおいる効果はそれほど圧倒的なものなのだ。

私自身その効果を党身で感じた䞀人だ。

だからこそバチカンにここたで魅了されおいるのだ。

ベルニヌニの才胜には驚くしかない。

身廊郚分。䞀぀䞀぀の圫刻の倧きさず人のサむズを比べおみおほしい。

さお、今回の蚘事ではミケランゞェロずベルニヌニずいう二人の倩才を通しおサン・ピ゚トロ倧聖堂に぀いおお話ししおきた。

ミケランゞェロが建築家ずしおこれほど玠晎らしい倧聖堂を残しおいたずいうのにも驚きであったし、ベルニヌニがいかに人々を魅了する芞術をここに生み出しおいったかずいうこずにも感嘆させられた。

サン・ピ゚トロ倧聖堂がなぜ矎の殿堂ずしお䞖界䞭から称えられおいるのか。どうしおこんなにも厳かで矎しいのだろうか。

それはミケランゞェロずベルニヌニずいう人の倩才に倧きな秘密があったのである。

幎に初めおここを蚪れた際にはそのこずに぀いおはほずんど知らずに終えおしたったが、私はこの幎埌に再びここを蚪れおいる。その時はベルニヌニ研究の䞀環でここを蚪れた。以䞋の蚘事でより詳しくこの聖堂に぀いおお話ししおいるので興味のある方はぜひご参照頂ければ幞いだ。

続く

次の蚘事はこちら

前の蚘事はこちら

『䞖界䞀呚蚘』蚘事䞀芧はこちらのたずめ蚘事にお


関連蚘事


いいなず思ったら応揎しよう