命名式〜名前を決めるまでの紙は、最初の手紙だったのかもしれない〜
父は、私を叱った翌朝には必ず、枕元に長ーーーい手紙を置いてくれていた。
前の日には叱られているのに、朝起きると手紙がある。
父は、言葉にして伝えたいことがたくさんある人だったのだと思う。
母は、私が大学進学で家を離れてから、何度も何度も手紙をくれた。
今みたいに、LINEですぐに言葉を届けられる時代じゃない。
書いて、封筒に入れて、切手を貼って、送る。
今考えると、そのひと手間も含めて手紙だったんだろうなと思う。
そして私にはもうひとつ、手紙ではないけれど、両親の直筆で残された大切な紙がある。
私の名前が決まるまで
私が生まれてから、出生届を提出するギリギリまでの約2週間。
両親が私の名前を考え続けた、
命名会議のメモ📝
そこには、候補の名前がたくさん書いてある。
漢字。
音の響き。
呼びやすさ。
そして几帳面な母の字で、
「これは○○だから……」
と、却下された理由まで書き込まれている🤣
ひとつ消え、
またひとつ消え、
別の名前が候補に上がり……
見ていると、まるでトーナメント戦。
勝ち残っていく名前と、惜しくも敗退していく名前🤣
この紙を見るたびに思う。
私がまだ自分の名前なんて知るはずもなく、ただ寝て、泣いて、おっぱいを飲んでいた頃。
二人は、
この子にどんな名前を贈ろう。
どんな漢字がいいだろう。
どんな響きなら呼びやすいだろう。
大人になっても似合うだろうか。
そんなことを、何度も何度も話していたんだろうな。
たった一枚の紙なのに、二人がどれほど考えてくれたのか、伝わりすぎるほど伝わってくる。
そして、トーナメントを最後まで勝ち残ったのが、
今の私の名前。
やっぱり私は、この名前
この名前を、今まで何度呼ばれただろう。
そして何度、自分で書いてきただろう。
メモに残っている他の候補を見ると、
「もし、この名前になっていたら……」
と、たまに想像してみる。
…………。
いやいやいや。
しっくりこない🤣
やっぱり私は、この名前。
大好きな、愛すべき、お気に入りの名前。
そして両親の思惑通り、この歳になって新しく出会う人からも、ずっと同じ愛称で呼ばれている。
名前と一緒に、この命名会議のメモも、いつの間にか私の宝物になった。
そして今度は、私たちの命名会議
時は流れて、今度は私が親になった。
二人の子どもは早々に性別がわかったので、お腹にいる頃から夫との長い長い命名会議が始まった。
私には、両親が残してくれたあの紙があった。
だから、
私も、この命名会議を残しておこう。
いつか大きくなった子どもたちに渡そう。
そう思って、最初は丁寧に書いていた。
……最初は🤣
そのうち、
紙をきれいに残すことよりも、
命名に全集中。
候補を書いて、
消して、
矢印を書いて、
また追加して。
横に何か書き足して……
気づけば立派な殴り書き🤣📝
「将来渡す大切な紙」という意識はどこへやら。
完全なるリアル会議メモになっていた。
でも、今となっては、それもいい。
候補になった名前。
最後に決めた名前。
その名前に込めた由来。
生まれてくる我が子への、私たち二人の想い。
きれいな字ではないけれど、あの時の私たちが、そのまま一枚の紙の中にいる。
……まあ、
もっといい紙に書けばよかったとは思う🤣
今、その命名会議の紙は、出生届のコピーと一緒に、それぞれのアルバムの1ページ目にいる。
もし、違う名前だったら
時々、そのアルバムを見ながら話す。
「こっちの名前も候補だったんだよね〜」
「でも、やっぱりこっちだったら、しっくりこなかったね〜😙」
何度見ても、同じ会話。
何度話しても、結論も同じ。
今の名前しか考えられない。
そう思った時、ふと気づく。
私も、自分の命名メモを見ながら、まったく同じことをしている。
「この名前だったら、しっくりこなかったな〜」
きっと私の両親も、私が大きくなっていく姿を見ながら、そんな話をしたことがあったのかもしれない。
名前って不思議だ。
生まれたばかりの、自分では何ひとつ決められない時に贈られて、
それから何十年も、
呼ばれて、
書いて、
名乗って、
少しずつ自分そのものになっていく。
そして気づけば、
「この名前以外の自分なんて考えられない」
くらいになる。
名前は、
生まれて最初にもらって、一生呼ばれ続ける、親からの贈り物。
そして、私の両親が残してくれたあの命名会議のメモも、
私たち夫婦が子どもたちに残した殴り書きの命名会議メモも、
まだ言葉を交わせない我が子に向かって、
「あなたのことを、こんなに考えていたんだよ」
と書いた、
最初の手紙だったのかもしれない。
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