メインコンテンツへスキップ
見出し画像

細かすぎて伝わらない「軽度」と「やや」と「わずかに」――画像診断レポートの言葉の曖昧さ|だいたい、調べるとわかる。

    画像診断レポートを書くとき、「これはかなり怪しい」「可能性はあるが、それほど高くない」といった診断の確信度を、微妙な言葉の違いで表現することがある。

    英語なら、likely、probably、possibly、may represent。日本語なら、「疑わしい」「可能性がある」「否定できない」など。

    経過を表すときにも、「増大しています」では強すぎる気がして、「やや増大しています」「わずかに増大しています」と、こちらとしては頑張って書き分けている。

    でも、その微妙な差は、読み手にも同じように伝わっているのだろうか。

    以前、こんな論文を抄読会で紹介した

    2021年の抄読会で、放射線診断レポートの「用語の曖昧さ」を扱った論文を紹介した。

    Shinagareらの、Radiologist Preferences, Agreement, and Variability in Phrases Used to Convey Diagnostic Certainty in Radiology Reportsという2019年の論文である。

    研究では、画像診断レポートで診断の確信度を表す16種類の表現が取り上げられた。

    compatible with
    consistent with
    diagnostic of
    highly suggestive of
    likely
    maybe
    may represent
    most likely
    possibly
    probably
    question of
    suggestive of
    suspicious for
    unlikely
    very unlikely
    worrisome for

    研究者は診断の確信度を、「100%確信」「非常に可能性が高い」「可能性が高い」「中程度」「可能性が低い」「非常に低い」の6段階に分けた。そして、239人の放射線科医に、それぞれの段階を表すならどの言葉を使うかを尋ねた。回答したのは142人だった。

    最も多く選ばれた表現は、次のようになった。

    確信度最も多く選ばれた表現選んだ人100%確信consistent with45.1%非常に可能性が高いhighly suggestive of46.5%可能性が高いmost likely31.0%中程度may represent50.7%可能性が低いunlikely47.2%非常に低いvery unlikely40.1%

    一見すると、確信度に応じて言葉を並べられそうに見える。

    ところが、6段階のうち5段階では、最も人気のあった表現でさえ半数に届かなかった。100%確信している場合ですら、consistent withを選んだのは45.1%だけだった。

    さらに、同じ表現が複数の確信度で選ばれていた。

    probablyは、100%確信を除く5段階で使われていた。consistent withも、「100%確信」から「中程度」までの4段階にまたがっていた。maybeは「中程度」と「可能性が低い」の両方で選ばれた。

    放射線科医同士の一致度を示すKrippendorffのαは0.217。つまり、同じ程度の確信を表すときに、放射線科医が同じ表現を一貫して選んでいるとは言いにくい結果だった。

    この研究は「実際のレポートが臨床医にどう読まれたか」を直接調べたものではなく、1施設の放射線科医に好みの表現を尋ねた調査である。ただ、それ以前の研究では、放射線科医と放射線科医以外の医師の間でも、これらの表現が示す確信度の理解はあまり一致していなかった。

    つまり、読み手に伝わるかどうかを考える前に、書き手側でも共通の物差しを持てていなかった。

    「やや」と「わずかに」の差は伝わっているのか

    この論文が調べたのは診断の確信度であり、「やや増大」と「わずかに増大」の違いを調べた研究ではない。

    それでも、問題の構造はよく似ている。

    書き手の中では、

    「増大」
    「やや増大」
    「わずかに増大」

    に、それぞれ少しずつ違うニュアンスがある。英語でも、increased、mildly increased、slightly increasedなどを書き分ける。

    しかし、その言葉にどの程度の変化を割り当てるかは、書き手と読み手の間で共有されているとは限らない。こちらが慎重に調整した微妙な差が、読み手には全部「ちょっと増えた」くらいにしか見えていない可能性がある。

    むしろ、数字で比較できるなら数字を示す、臨床的に意味のある変化なのかを明記する、必要なら次に何をすべきかを書く。その方が、形容詞を細かく使い分けるよりも伝わることがある。

    では、どう書けばよいのか

    この論文の著者らは、使用する言葉を少数に絞った共通語彙を提案している。diagnostic of、most likely、likely、may represent、unlikely、very unlikelyといった表現を、確信度の順に使い分ける考え方である。

    ただし、これで完全に決着したわけではない。2025年にはACRの委員会から改めて診断確信度の伝え方を整理した論文が出たが、標準化された尺度は有用としながらも、どれか一つを正式に推奨できるほどの合意はまだないとされている。

    だいたい分かったのは、微妙な差を言葉だけに背負わせても、読み手の側に同じ物差しがなければ、その差はかなり消えてしまうということだった。

    「この言葉なら伝わるはず」と思うより、使う表現をある程度そろえ、重要な場合には数値や臨床的な意味、次の行動まで書く。

    レポートは、細かく書き分けることより、読んだ人が同じ方向に理解できることの方が大事なのだと思う。

    (関連)

    レポートの言葉については、「散見する」と「散見される」のどちらを書くのかも気になって調べた。

    参考文献

     
     
    読書、IT、AI、暮らしのこと、ときどき仕事関連。テーマはばらばらです。 自分ではニッチな疑問だと思っていても、誰かが同じことを考えていたと分かるとちょっとうれしい、それが出発点です。 気軽にコメントいただけると嬉しいです。

    あなたへのおすすめ