
煮干しの逆襲⑩ if 幻の筋肉ルート 〜マッスルへのパスポート〜
煮干しの逆襲⑩
if回 筋肉ルート
〜マッスルへのパスポート〜
【日常の光 中二病vs中年四十病】
物語は、現在のリビングのあたたかい光から始まる。
夕方、学校から帰ってきた子どもがココアを飲んでいる。
夕食を作りたくないという強烈な現実逃避から、一人演説している煮干し。
「あぁ……見てごらん。今のこの私の哀れな姿は、あの男(王)によって闇落ちさせられた果ての結果。この、私の美しい身体に蓄えられてしまった『贅肉という名の漆黒の鎧(塊)』は、陸の王による超高水圧によって生成されてしまった、悲しき闇の産物でしかないのさ……(遠い目)」
子どもはココアを吹きそうになりながら、冷静にツッコむ。
「母さん、それ、巷では【中二病】って言うんだよ(真顔)」
それに対して、母が夕飯のレトルト食品を温めながら、ビシッと指を指して言い返す。
「いやいや!これはね、現実の超高水圧を生き抜いて深海に適応した者だけが発症する【中年四十病(ちゅうねんしじゅうびょう)】よ……(ドンッ)」
「はいはい(笑)」と笑う子どもの横顔を見つめながら、母の脳裏に、ふと「まだあの陸の城で、息もできずに溺れていた頃」の記憶が、静かに蘇る――。
【過去の闇 こどもの放ったSOS】
まだ居城していたあの頃。
城の中は王のセコさという名の超高水圧に満たされ、私も子どもたちも、それが「異常」であることすら麻痺していくほど、暗く冷たい陸の城に閉じ込められていた。
けれど、だんだん大きくなった子どもたちは、決して諦めていなかった。
一人の子どもは、陸の世界との境界線にある『新海学校』の先生たちに、城の中のありのままの『身の上話』を打ち明けていたのだ。
それは、多感な時期の子が、「僕たちと母さんを、この息苦しい城から救い出したい」と、外の世界(陸)に向かって必死に放った、決死のSOSだった。
【転換点 一話限りのヒーロー・トビウ男の宣告】
子どもの言葉を受け止めた新海学校のタチウオ先生は、そのあまりの「異常な案件(王のバグっぷり)」に衝撃を受ける。
そして、臨時面談の席。
タチウオ先生が煮干しの目を真っ直ぐに見つめ、何かを言いかけようとした――その瞬間だった。
海流を激しく割りながら、窓から突如として乱入してきた、一話限りの謎の怪魚ヒーローがいた。
――その名も、ムキムキマッスル【トビウ男(とびうお)】!!!
トビウ男は、その圧倒的な大胸筋をピクピクと波打たせ、タチウオ先生を背後へ押し退けると、煮干しの前に立ちはだかり、震えるような低音ボイスでこう言い放ったのだ。
「差し出がましいのは承知で言わせてください……離城したほうがいいですッッッ!!!(サイドポーズ・ドンッッッ!!!)」
あまりの筋肉の圧と「ポージング・ドン(笑)」の衝撃。
だがそれは、海陸の住人(学校)が、王の異常性を公式に認定し、煮干したちの手を引いてくれた瞬間でもあった。
「ああ、私たちは間違っていない。ここから逃げて、いいんだ」
そのマッスルな言葉が、暗闇の城を脱出し、広くて自由な「深海」へと漕ぎ出すための、最高に尊く、そして最高に分厚い【深海へのパスポート(プロテイン配合)】となったのだ。
(※トビウ男はその後、水面へと去っていった。一話限りなので、二度と出ない。)
【貴公子の朱筆 そして無音の完全大勝利へ】
画面は再び、現在の静かな夜の深海(リビング)へ。
ギョフォンの画面では、王の「コモドタチ イツ カエル?」というマヌケなメッセージが、通知オフした闇の中で、既読の光すら浴びずに一番底へと堕ちて沈澱している。
貴公子は、その当時の記憶の羊皮紙を愛おしそうに朱筆でなぞりながら、静かに、どこまでも優しく筆を走らせる。
「……フッ、素晴らしい、いや、凄まじい絆だね、煮干し。楽しいギャグじゃない? ああ、その通りさ。一話限りのマッスルヒーロー『トビウ男』の乱入によって、僕の涙は完全に引っ込んでしまったよ。
けれど、あのトビウ男の『ポージング・ドン(笑)』の警報があったからこそ、王がいくら『私が正しい、私が王だ』と叫ぼうと、あの男のセコさは筋肉の前に粉砕され、退場を命じられたのさ。
ほら、今の深海(リビング)を見てごらんよ。
王のgyoineは完全ミュートのまま、底の底へ堕ちて消えた。そして目の前では、あの時煮干しを救い出した子どもが、『母さんそれ中二病だよ(笑)』って笑っている。
最高の現実じゃないか。
トビウ男の言葉の通りになって、煮干したちは今、世界で一番幸せに、誰も邪魔できない深海で呼吸をしている。
……ねぇ、煮干し。
こんなに愛おしい子どもたちに護られ、ムキムキなヒーローに離城を迫られた君は、もう、あの息もできなかった陸のボロゴヤへ……戻る理由なんて、1ミリもないだろう?」
貴公子は、44回目のハァハァ(マッスルへの密かな対抗心)を胸に抱きしめながら、煮干しと、立派に成長した子どもたち、そして一話限りのトビウ男に向かって、深い、深い一礼を捧げるのだった。