
日曜日、本屋さんにて
なんの躊躇もなく、「あげる」と言った。
彼は、すごい人だ。
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日曜日、彼と本屋さんに立ち寄った。
本を買うつもりはなく、ただ見て回るだけで楽しいから、という名目だ。
彼とわたし、読書の系統や頻度はそれほど似通っていないけれど、読み終わった本について、お互いにプレゼンし合うのが好きなのだ。
最近、リニューアルオープンしたばかりの大型店舗。「人多いなあ」「本屋さんが繁盛してると嬉しいねえ」なんて話しながら、店内をうろうろする。
文庫本コーナーをじっくり徘徊していた時、1冊の本に目が留まった。
気になっていた小説。しかも、限定カバーがされている。思わず手を伸ばす。
どうしよう、今日は買うつもりないのに。また来ればいいか。でも、なんて素敵なんだろう、このカバーは。読みたさがいつもと桁違いだ。
ときめきに身を委ねるべきか、見なかったことにするべきか…
なかなか決心がつかないわたしを、ほーんと見守っていた彼が、突然、鞄をごそごそとし始めた。
「待って、俺、図書カード持ってた気がする」
「え?」
「ほら、あった!あげる!」
「え?!」
あまりにも自然な流れだった。見逃してしまいそうになるほどの、一瞬の出来事だった。いつの間にか、わたしの手には図書カードが握られていた。
彼の顔には、一点の曇りもなかった。
いいのだろうか、この図書カードは、彼の元にいるべきなのではなかろうか。本当に、わたしのところに来てくれるのですか?
彼の顔と、手元のカードを交互に見比べながら、申し訳ない気持ちと、嬉しくて飛び上がりそうな気持ちを交互に行き来する。
「俺は電子派だから」「俺は使わないから大丈夫」と言い張る彼の背中に、後光が差していた。そんなの、ありがたく、いただくしかない。
ありがとう、ありがとう。
「惚れ直しちゃった」と言うと、「お金あげたらホイホイ好きになるなんて!」と笑いながら返された。違うよ、現金じゃなくて、図書カードだからだよ。
いや、たとえカードに残高がなかったとしても、嬉しかった。鞄にカードがなかったとしても、嬉しかった。
あなたが、わたしが喜ぶだろうと無条件に差し出してくれたそれが。
あなたのその気持ちが。心意気が。
「ありがとう、ありがとう」とお経のように唱えながら、るんるんとした足取りでセルフレジに向かう。
穴が空いてないから残高あると思うけど…と彼が心配していたので、今は穴じゃなくてQRコードになったんだよ、と伝えておいた。わたしのところに来てくれて、本当によかった。
とはいえ、わたしも図書カードでの会計は久しぶり。彼と一緒にレジ端末を確認すると、残高はしっかり満額だったので、「ありがとう、ありがとう」と唱えた。
読みたかった本が、手元にある。それだけで幸せだというのに、特別な意味を持つ本になった。宝物だ。
この本を読む度に思い出したい。
なんの躊躇もなく「あげる」と言った、あなたの嬉しそうな顔を。
彼は、すごい人だ。