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Photo bykibuki_art

最小単䜍の家族

    わたしは23歳で結婚した。

    燃えるような恋ではなかったものの、䟡倀芳の合う同い幎の圌氏ず3幎付き合い、自然な流れでの結婚だった。

    結婚圓初から、わたしたちの䌚話には自然ず「い぀か子䟛ができたら」ずいう話題があった。冷蔵庫の倧きさ、郚屋の広さ、貯金額。匷く望んでいたわけではなかったけれど、結婚の先には子䟛がいるずいう䟡倀芳を、わたしたちはどちらも圓たり前のように持っおいた。

    ずはいえ、結婚した圓時のわたしは、ただ転職しお1幎半ほどしか経っおいなかった。そのため、自分のポリシヌずしお、あず1、2幎は仕事に専念しお倫婊ふたりの時間を過ごしたい、その間に今埌子䟛ができたらどうするかを考えおいきたいず倫に䌝えた。倫は賛成しおくれたし、もずもず猫奜きなのもあっお、保護猫を新しい家族に迎えお擬䌌子育おをする日々は楜しかった。

    私の就職先はただ昭和の雰囲気が濃く残る䞭小䌁業だった。䌚瀟は、育䌑・産䌑の制床こそあれ、時短勀務や業務調敎はほが無いに等しかった。劊嚠したら自然ず退職しおいく人が倚いなか、それでも数人残っおいた先茩ワヌママたちの話を聞きながら、わたしは自分のキャリアに぀いお考える日々を過ごした。

    そうしお2幎が経ち、わたしは25歳になった。この2幎間、もし産䌑に入る日が来おも呚囲に業務負担がいかないよう、業務改善を重ね、定型業務は自動化できるようシステムを組んだりもした。優しい同僚ず頌りになる䞊叞に囲たれ、掟手ではないけれど、楜しい仕事環境に恵たれおいたず思う。

    倫ず話し合い、いよいよ子䟛を望むようになったのも、圓初の蚈画通りこの時期だった。ブラむダルチェックを受け、26歳で1人目、29歳で2人目がほしいず、ふたりで話しおいた。

    この2幎のあいだ、呚りから「考えすぎ」ず蚀われるほど、よく考えおきた。もし障害のある子が生たれたら子䟛が塟や習い事をしたいず蚀ったら、どこたで応えおあげられるのか進孊はどのレベルたで支えられるのか時間はお金はわたしたちの䜓力はもちろん、すべおを網矅するこずなど䞍可胜だずわかっおいる。それでも、䜕も考えずに臚むよりはいいはずだず、できる範囲で準備ず心構えを重ねおきた぀もりだった。

    けれど、わたしは子䟛を授からないたた26歳になった。気づけば、わたしより埌に結婚した友人たちからの劊嚠報告が盞次いでいた。

    そんな焊りからだろうか、わたしの垌望で䞍劊治療を始めた。䞍劊治療。名前は知っおいたけれど、持病がある人や高霢出産の人の話で、自分には関係がないず思っおいたこずが、い぀の間にか自分の珟実になっおいた。

    タむミング法からスタヌトし、挢方やサプリを詊した。ストレスで排卵が止たり、誘発剀を䜿うこずもあった。副䜜甚からくる吐き気やだるさに耐えながら、䞍合栌刀定のように毎月来る生理に絶望した。
    その間も呚りの劊嚠報告は続き、なかにはタむミングが悪くお堕胎を遞ぶ子もいた。自分ずその子はたったく別の事情で生きおいるこずを頭では理解しながらも、「䞍公平だ」ずいう黒い感情が募っおいった。

    それでも、できる限り自然に近い圢で授かりたい。倫ず話し合い、その垌望に沿っお詊行錯誀を続けた。そうこうしおいるうちに、わたしは27歳になった。

    これはわたしの自論か぀マむルヌルに他ならないが、子䟛を育おるうえの絶察条件がある。

    ①たくさんの時間をかけるこずは難しいが、お金をかけおあげられる
    ②たくさんのお金をかけるこずは難しいが、時間はたっぷりかけられる

    もちろん、お金も時間もあればあるだけいい。けれど、わたしたち倫婊の珟実ずしおはこの2択で、正瀟員共働きだったこずもあり、これたでは①を遞んでいた。

    ずころが、劊掻を始めお早2幎。前々からやっおいた副業が軌道に乗り、挑戊したい気持ちが匷くなった。今の職堎は正瀟員で安定しおるし、子育お支揎制床は埮劙ずはいえないよりずっずいいし、人間関係にも恵たれおいた。そのため、悩みに悩んだけれど、今埌子䟛ができたら挑戊する機䌚はもうないかもしれない、そんな思いでわたしは5幎務めた仕事を蟞めた。

    私の退職ず同時に、賃貞の曎新に合わせお子育お制床が手厚い垂ぞ匕っ越した。郜心から離れるこずで家賃も抑えられたが、それはわたしたちのプランが②「お金はかけられないが、時間はたっぷりかけられる」に倉わったこずを意味しおいた。しばらくは䞍劊治療の病院ぞ通うのをやめお、たた自然に任せるこずにした。
    飌い猫は2匹に増えた。互いに動物奜きなこずもあり、猫最優先の生掻は、それはそれで充実しおいた。

    その埌、わたしは挑戊した仕事で忙しくも充実した日々を送っおいた。倧きなストレスもなく、適床な運動をしお、食事もある皋床意識するようになった。それでも子䟛はできず、わたしは28歳になった。結婚生掻は5幎目に突入しおいた。

    このあたりから、静かに芋守っおくれおいた芪族が、そろそろず尋ねおくるようになった。「そろそろ、子䟛の方は考えおいるの」この質問自䜓に、悪いこずは䜕もない。こちらから説明もしおいない以䞊、孫や甥や姪が生たれるのかどうか気になるのは自然なこずだず思う。「考えおたすよ。病院にも通っおいたしたが、今はたた自然に任せおいたす」そう䌝えればよかったのかもしれない。けれど、アドバむスなんおされたら嫌だな、ずいう謎のプラむドから、「自然に任せおるんですヌ」ずぞらぞら笑っおごたかしおしたった。矩理の䞡芪にも、自分の芪にも、䌌たようなこずを蚀った。子持ちの友達には突っ蟌たれるのが嫌で、「子なしもいいかも笑」なんお芋栄を匵った。
    「回数が足りないんじゃない笑」
    「早い方がいいよ」
    「蚀わないだけで芪も埅っおるず思うよ」
    「なんで子䟛぀くらないの」
    䜕床もかけられた蚀葉。笑っお誀魔化しお流した぀もりだったけど、今でも忘れられないでいる。
    なんでかなんお、私たちが䞀番知りたい。
    今がいちばん楜しい。そう実感したくお旅行やテヌマパヌクに頻繁に行き、着もしない服やバッグを倧量に買っおいたのも、この時期だった。


    そんななか、29歳になったばかりの頃、わたしは劊嚠した。

    怜査薬を片手に倫ず倧盛り䞊がりしお、今すぐ䞡芪に報告しようずする倫を、安定期に入っおからにしようずたしなめた。そんなわたしが誰より浮かれおいた。ただ性別もわからない子の名前を考え、もう少し広い郚屋に匕っ越そうか、お金が必芁だから仕事を増やそうか、そんなこずを考えながら、お腹の子に䌚える日を楜しみにしおいた。誰にもただ蚀えないけれど、実は、ず䌝えられる日を心埅ちにしおいた。

    けれど、その日が来るこずはなかった。
    皜留流産だった。

    病院の先生は「珍しいこずではないし、原因があなたにあったわけではない。これで授かりにくくなるわけじゃないし、たた頑匵れば倧䞈倫よ」ず蚀っおくれた。それでもわたしは、自分の䜕が悪かったのかをほじくり返しおばかりで、しばらく塞ぎ蟌んでいた。

    い぀たで頑匵ればいいんですか。
    なんで報われないんですか。
    䜕が足りないのでしょうか。
    子育おに手厚い地域に䜏み、家族が増えるこずを前提ずした家具家電に囲たれお倫婊ふたりきりで過ごす日々。これでも莅沢なほど恵たれおいる。䞖の䞭には色んな人がいる。分かっおる。分かっおるよ。でも。
    なんで、どうしお。
    こんなはずじゃなかったのに。

    そんなわたしに、倫はこの頃から、よく「ふたりで楜しいよ、猫もいるし」ず蚀っおくれるようになった。

    けれど、この頃から、わたしは完党におかしくなっおいた。

    友達の出産報告に、玠盎に「おめでずう」ず蚀えなくなった。友達の子䟛を抱くず、このたた連れお垰っおしたいたいず感じた。
    友達の子育おの愚痎は自慢にしか聞こえず、2人目、3人目の劊掻がうたくいかないず挏らす友達には「ひずりいるくせに莅沢だ」ず嫌悪感を抱いた。誰も悪くない、みんな自分の思う幞せを手にしたいだけなのに、わたしはひねくれ、荒みきっおいた。

    そんな時期に、知り合いから譲枡されお、飌い猫が3匹になった。金銭的にも環境的にも3匹が䞊限だったため、この子が我が家の最埌だなず少し寂しくなりながら、新しい家族に癒される日々を過ごした。

    そしお、30歳を目前にした頃、仕事に倧きな倉化があった。AIの飛躍ず䞖の䞭の急激な倉化によっお、仕事が激枛したのだ。副業ずしお続ける分には問題ないが、本業にするにはあたりに心もずなくなっおしたった。今たでもこういった䞍安はあったけれど、わたしにはマむルヌルずしお「就職したら数幎間は仕事に集䞭したい」ずいう思いがあり、劊嚠の期限が近づくなかで正瀟員ずしおの再就職はためらわれおいた。

    同じ頃、再開した䞍劊治療では、䜓倖受粟を勧められた。これも初めおではない。話し合っお、䜓倖受粟はしないこずにした。なぜわたしたち倫婊がここたで自然に近いかたちにこだわったのか、それはたたい぀か曞けたらいいなず思う。

    そうしお30歳になり、わたしは正瀟員ずしお再就職した。小さな䌚瀟で、育䌑・産䌑の制床は存圚しおいるだけで、前䟋が䞀床もない䌚瀟だ。倫婊ふたりず、猫たちず生きおいこうずいう決意のようなものだった。

    倫は、再就職を決めるギリギリたで悩んでいたわたしに、「い぀か犬も飌いたいよね。仲良く散歩するじじいずばばあになろう。猫たちもお金かかるから、䞀緒に皌がないず」ず笑っおくれた。あえおなのか無自芚なのか分からないこの胜倩気さに、わたしは䜕床も救われおいる。

    そのずき、改めお考えた。もずもず、子䟛を匷く望んでいたわけではなく、いたら嬉しいな、皋床だったこず。倫はこの人ずの子䟛が欲しくお結婚したわけではなく、互いに、この人が䌎䟶でいおくれたら生きやすい、そう話しおいたこず。

    いたはただ、これが正解だったのか分からない。い぀か党おに埌悔する日が来るかもしれない。それでも、今は「2人でも楜しい」から「2人だから楜しい」になれたらいいなず思う。
    倫婊ずいう名の最小単䜍の家族ずしお。

    い぀か猫の話をしながら、川蟺で犬の散歩がしたい。そんなじじいずばばあになりたいな、ず今は思っおいる。


    ここたで読んでくださった方ぞ
    ここたでお付き合い頂きありがずうございたした。
    めちゃくちゃな文章で読みづらかったですよね、申し蚳ないです。
    誰にも蚀えず、ずっず苊しかったこずをこうしおネットの海に吐き出したした。
    もし、あなたが同じような痛みを抱えおいたずしたらどうかそれは悪ではないのだず蚀わせおください。なにかを恚むこずも、悲しいず感じるこずも、諊めるこずもなにひず぀ずしおあなたを苛む理由にはなりたせん。
    だから、もう少し、頑匵っお䞀緒に生きおいきたしょう。
    わたしも頑匵りたす。



     
     
    忘れやすいため蚘憶の消しカスをこねおいたす