
ごうごうにおやつをあげる
わたしは双極性障害と慢性疼痛と慢性片頭痛という障害をもっていて、働くことも遊ぶことも、ほとんどできない。
正直、毎日死にたいと思っている。
ただ、音楽だけが、わたしの言いたいことを、言ってはいけないそれを、許してくれる。
普通に言葉にしたら、糾弾されてしまいそうな言葉も。
この病気をかかえて、13年目に突入した。
わたしの買っている犬と同じ歳だ。保健所で懐かなくて余ってしまっていた、中国人が多頭飼育崩壊して1匹の川上犬を引き取った。
ごうごうという名前だ。
全く躾などされてなくて最初は困ったけれど、躾教室に通うなどして、割といい子になった。
子供のような存在である。
朝起きて身体が痛くて頭が痛くて、それでも頑張って散歩に行って、最近は加齢のせいかおもらしが酷いので1日に何度もトイレに連れて行ったりなど。その度にどんどん愛情が増してくる。ごうごうが居なくなったらわたしはどうなってしまうのか。
わたしは価値のない人間だし、生きてる意味なんてないし、今すぐにだって死にたいし、散歩中にこの濁流に身を投げれば死ねるのかとか考えている自分がいつもいる。
それでもごうごうという存在がいるからわたしはまだそれを実行しないでいる。
そんな歌を作った。
そしたら、あるミュージシャンの方が、クラシックギターと映像を作ってくれた。
その方は、不運にも耳が聞こえなくなり、癌の闘病生活を何度も繰り返している方で、それでを私には弱った姿を一切見せない、とてもとても弱いひとだった。
死にたいわたしを見て、何を思ったのだろうか。だって、彼は生きたいのだから。
羨ましい思うのか、自分と重ねるのか。
わたしは彼を羨ましいと思ってしまう汚い人間だった。結局目を背けることしか出来なかった。
でも、ずっとずっとこの歌と共に、彼のことを忘れることはない。感謝していると共に、わたしの汚さを許して欲しいという気持ちだ。