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【連載小説】『あの人は、冷たい人じゃなかった』

第1話:苦手な先輩と、決めつけていた第一印象
「おはようございます」
美穂が、そう声をかけても、隣の席の柳瀬は、パソコンの画面から目を離さないまま、小さく、頷いただけだった。
(また、これか)
美穂が、この会社に、中途入社して、二週間。まだ、慣れない職場の中で、一番、心が、疲れる瞬間が、この、毎朝の挨拶だった。
隣の席の先輩、柳瀬。年齢は、三十代半ばだろうか。仕事は、正確で、早い。だが、その分、周囲との、雑談には、一切、乗ってこない。
「柳瀬さん、この書類、確認、お願いできますか」
「……そこに、置いといて」
顔も、上げずに、そう、返された。
(冷たい人だな)
その印象は、日を追うごとに、確信に、変わっていった。
*
「柳瀬さんって、いつも、ああなんですか」
昼休み、給湯室で、同じ部署の、同期入社の、由香に、思い切って、聞いてみた。
「あー、柳瀬さんね。まあ、そうだね。ずっと、あんな感じ」
由香は、苦笑いを浮かべた。
「仕事は、すごく、できるんだけどね。ちょっと、とっつきにくいかも」
「ですよね。……私、正直、ちょっと、苦手で」
そう、口にしてから、美穂は、少し、罪悪感を覚えた。だが、同時に、同じように感じている人が、いたことに、ほっとしてもいた。
*
その日の午後、美穂は、初めての、大きな、資料作成を、任されることになった。
「この資料、明日の会議で、使うから。今日中に、仕上げてね」
上司から、そう、言い渡された美穂は、慌てて、作業に、取りかかった。だが、不慣れな、社内システムに、手間取り、思うように、進まない。
(どうしよう、このままじゃ、間に合わない)
焦りが、募る中、隣の席から、ちらりと、視線を、感じた。柳瀬が、こちらを、見ていた。
(また、冷たく、何か、言われるのかな)
身構えた、美穂だったが、柳瀬は、何も言わず、再び、自分の画面に、視線を戻した。
*
夜八時を回った頃、ようやく、資料が、完成した。
「はぁ……なんとか、間に合った」
安堵の息を、つきながら、ふと、時計を見ると、部署には、もう、ほとんど、人が、残っていなかった。隣の席の、柳瀬も、いつの間にか、席を、外していた。
(帰ったのかな)
そう思った、その時、美穂は、ふと、デスクの上に、見覚えのない、一枚の付箋が、貼ってあることに、気づいた。
『三ページ目のグラフ、数値、更新前のものが、残ってます。確認を』
それは、柳瀬の、几帳面な、筆跡だった。
美穂が、慌てて、該当の、ページを、確認すると、確かに、古い数値のまま、グラフが、更新されていなかった。
(危なかった……)
もし、この付箋がなければ、明日の会議で、誤った、数値を、提出してしまうところだった。
(柳瀬さん、気づいてたんだ)
その事実に、美穂は、複雑な、思いを、抱いた。
*
帰り道、美穂は、頭の中で、今日の出来事を、反芻していた。
冷たい、と思っていた、隣の席の先輩。だが、その先輩は、誰にも、告げることなく、そっと、間違いに、気づかせてくれていた。
(どうして、直接、言ってくれなかったんだろう)
そんな、素朴な、疑問が、美穂の胸に、小さく、芽生えていた。
まだ、この時の、美穂は、知らなかった。あの、無愛想な、先輩の、本当の姿が、これから、少しずつ、見えてくることを。
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最後までお読みいただきありがとうございます!
この物語は全5話の連載小説です。第2話も近日公開予定です。「スキ」やフォローで応援いただけると嬉しいです!

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