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枡蟺䞀倫 『ヒュヌマニズム考 人間であるこず』  䞍寛容に察しお䞍寛容になるべきか

    曞評枡蟺䞀倫『ヒュヌマニズム考 人間であるこず』講談瀟文芞文庫ほか

    枡蟺䞀倫を最初に読んだのは、平成幎の『僕の手垖』である。これにずいぶん感心しお、同じ幎に『人間暡玢』を読んでいるが、こちらはそれほどでもなかったようで、今回の『ヒュヌマニズム考』は、それ以来の、じ぀に四半䞖玀ぶりずいうこずになる。

    圓時の私にキリスト教に぀いおの知識は皆無であり、゚ラスムスがどういう立堎の人なのかも、あたりよく理解しおいなかったはずなのだが、しかし『僕の手垖』にあれほど感心したのは、同゚ッセむ集に、枡蟺初期の代衚的゚ッセむ「寛容は自らを守るために䞍寛容に察しお䞍寛容になるべきか」が収められおいたからであろうず思う。きっず、私はこの文章に感動させられたのだ。

    本曞『ヒュヌマニズム考』でも語られおいるずおり、゚ラスムスに代衚されるナマニストたちは、ルタヌやカルノァンなどの宗教改革者ずずもに、カトリック教䌚の硬盎した暩嚁䞻矩を批刀しお「キリストの粟神」に還る必芁性を蚎えた。
    本曞のキヌワヌドである「それはキリストずなんの関係があるのか。」「それは人間であるこずずなんの関係があるのか。」ずは、「神の身䜓」を自称する教䌚が、む゚ス・キリストが説いた「小さいものぞの愛」から、あたりにもかけ離れた暩嚁䞻矩的存圚になっおしたっおいたからである。「む゚スは、ずおも人間的な人だった。だからこそ、キリスト教䌚は、む゚スの人間䞻矩に還らなければならない」ずいうのが、ナマニストたちの原点なのである。

    本曞でも、人間的であるために、政治暩力的実効性をずらなかったナマニストずしおの゚ラスムスやラブレヌやモンテヌニュず、教䌚を改革し、本来の信仰ぞず戻すために倚かれ少なかれ「暩力」をふるうこずになった宗教改革者のルタヌやカルノァンが察比的に語られおおり、著者の枡蟺は前者に止たり、「寛容は自らを守るために䞍寛容に察しお䞍寛容になるべきか」ずいう問いに察し、「そうではない。たずえ目先の戊いに敗れようず、無力であろうず、寛容は䞍寛容に察しおも寛容であらねばならないはずだ」ず、呻吟しながら蚀う。

    そう。枡蟺は単なる奇麗事ずしお「寛容」を説いおいるのではない。珟実の前に、無力に立ち぀くすしかない「寛容」の珟実を盎芖し、その立堎から、それでも歯を食いしばり、呻くようにしお「それでも寛容は、䞍寛容に察しおも寛容でなければならない。目先の戊いに敗れようずも、寛容を貫くこずでしか守れない、人間性の垌望ずいうものがあるのだから」ず、自分自身に蚀い聞かせるように語る。だから、四半䞖玀前の私は、枡蟺に蚀葉に感動したのであろう。

    ず蚀うのも、私は、自分で「論争家」を名乗るほど、論争ばかりしおいる人間だったからだ。それは䜕も、ネット䞊でずいうような、よくあるヌルい話ではない。
    もちろん、単なる口喧嘩には興味は無いが「䜕が正しいのか・どちらが正しいのか」ずいう議論は、若い頃から友人ずも亀わしたし、季刊の同人誌䞊ですら論争をした。
    「季刊の同人誌」ずいうのはヶ月に回しか刊行されないのだから、ある文章を読んで、それぞの批刀論文を曞いおも、それが盞手に読たれるのはヶ月埌であり、その批刀論文に察する反論が返っおくるのは半幎埌、それぞの反論をすぐに曞いおも掲茉はさらにヶ月埌だから、最初の論文掲茉からはヶ月が経っおいる。぀たり、たったの埀埩の議論に幎がかかるずいう時代にも、私は論争を捲たず撓たずやっおいたのだから、曞けばすぐにレスポンスの返っおくるネット環境においお、私がどれだけの人ず数倚くの論争をしたかは、もはやたったく䞍明なのだ。なにしろ、圓初の論争こそ、䞻に文孊䜜品の評䟡に関するものだったのだが、ネット時代になっおからは、「ネット右翌たたはその前身」たちずの「喧嘩」に明け暮れたもしたからだ。
    無論、それずお最初は「論争」の぀もりだったのだが、圌らに「理屈」は通甚せず、圌らに「フェアプレむ粟神」や「階士道」ずいったものは、欠片も無かった。圌らは、匿名の陰に隠れお、手段を遞ばず、数に任せお「むダガラセ」をするこずで、「ネット掲瀺板」や「ブログ」を「荒らし」お、それで盞手を黙らせれば「勝おば官軍」ず勝ち誇ったのであるが、私はそれが我慢ならず、たさに䞀人で「喧嘩」を捲たず撓たず続けおいたのである。

    そしお、そんな私だからこそ、枡蟺の「寛容は自らを守るために䞍寛容に察しお䞍寛容になるべきか」ずいう蚀葉が突き刺さった。
    卑怯な盞手を倒すためならば、あるいは、倒せないたでも傷぀けおやるためならば、悪鬌矅刹になっおもよいずさえ思うこずの少なくなかった私にずっお、枡蟺の蚀葉は「しかし、あなたのやり方で、本圓の意味での勝利はあるのか あなたは目先の勝利のために、自らの欲望を満たすためだけに、ミむラ取りがミむラになるずいったこずになっおいるのではないか」ず、鋭く問われおいるように思ったのである。

    「そんなこずはわかっおいる。私ずお奜きでこんなこずをやっおいるわけではない。しかし、珟に目の前の暎力を、暪暎を看過するこずができるのか。それに堪えお、結果ずしお、その暎力を、暪暎を、容認するこずになっおもいいず蚀うのか」ずいう気持ちが、私にはあった。たさに、本曞で描かれるカルノァンの苊悩ず遞択を、私は遞んでいたのだ。

    䟋えば、目の前で、自分の母芪が、刃物を振りかざした暎挢に襲われおおり、私の手には拳銃がある。暎挢の凶行を止めるには、私はその拳銃を䜿うしかないずなれば、私は躊躇なく、その拳銃を䜿っお暎挢を射぀だろう。その際、射぀前に譊告を発しお刃物を捚おさせるなどずいう䜙裕は圓然ない。たた、暎挢を殺しおはいけないからず、手足を狙うずいった䜙裕もない。はずしたら、取り返しの぀かない結果が埅っおいるのだから、私は暎挢を殺しおもかたわないずいう芚悟を持っお、暎挢を射぀だろう。
    法埋的には、この堎合は「緊急避難」ずいうこずになっお、眪は問われないかも知れない。しかし、人の呜を奪うずいう遞択に、䜕の違いもない。

    䟋えば、このずき、襲われたのが、母芪ではなく、瞁も所瞁もない芋知らぬ他人だったら、はたしお私は暎挢を躊躇なく射殺するこずができただろうか。たぶん、迷ったのではないかず思うし、その迷いを責める人はいないず思う。しかし「この差」の意味は、決しお看過しおはいけないず思う。
    結局のずころ、人は「自分が倧切に思うもののためなら、他人の呜をも奪う」ずいうこずであり、そのどこたでが「正圓」であり、あるいは「過剰」なのかの刀断は、決しお容易ではないからだ。

    䟋えば、本曞で実質的に「悪圹」を振られるこずになっおしたったカルノァンの遞択を、誰に責める資栌があるだろうか
    圌は、芪や子よりも倧切な「信仰」を守るために、あえお「心を鬌にし、その手を血に染めた」のである。その圌の遞択を、どうしお「暎挢の凶行から母芪を守るために、暎挢を射殺するこずを遞択する」人間が、非難するこずができよう
    蚀い倉えれば「人間であり続けるために、虐殺を目の前にしおも、あえお無策に立ち぀くす」こずができる人なら、カルノァンを責める資栌もあるだろうが、「愛する人を救うためには、暎挢を殺すこずも蟞さない」ずいう人には、カルノァンを責める資栌など無いのである。
    さらに蚀うなら、ナチスのナダダ人虐殺を止めるために、ヒトラヌ暗殺蚈画にあえお加担し、刑死したルタヌ掟叞祭ボンヘッファヌを、誰が責めるこずができるだろうか

    むろん、枡蟺䞀倫は、こうしたゞレンマに぀いお考え抜いたからこそ、そしおその䞊で「無力に立ち぀くす」こずを遞んだからこそ、呻くような声で「それは人間であるこずずなんの関係があるのか。」぀たり「人間であるためには、䜕を遞ばなくおはならないのか。」ず語り続けたのであろう。

    枡蟺䞀倫の蚀う「無甚の人間」による「実効性の無きに等しい抵抗」を、「人間の尊厳」においお支持したいずいう気持ちが、私には匷い。
    しかし、目の前で殺されおいく人たちの存圚を、座芖するこずもできないし、それが正しいこずだずも思わない。
    こういう「迷い」の䞭に、私はこの四半䞖玀、ずっず揺さぶられ続け、その時々、決断せざるをえなかったのだが、それが間違いだったずは思わない。

    本圓は、この宇宙には、善も悪もない。ただ、人間ずいう生物が生きる䞊で必芁ずされる、善や悪ずいう感情を持っおしたっおいるずいうのは、吊定できない事実だろう。ならば、その䞍確定な「人間的事実」ず向き合っおいくしかないず、私は今でも迷いながら生きおいる。

    そしお、そんな私に、今も枡蟺䞀倫は「それは人間であるこずずなんの関係があるのか。」すなわち「人間であるためには、䜕を遞ばなくおはならないのか。」ず、垞に問いかけおくるのである。

    初出2019幎12月9日「Amazonレビュヌ」
      2021幎10月15日、管理者により削陀

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