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ニコラス・レむ監督 『理由なき反抗』  理由のあった反抗

    幎間読曞人

    映画評ニコラス・レむ監督『理由なき反抗』1955幎・アメリカ映画

    䞻挔のゞェヌムズ・ディヌンは、か぀お「青春のむコンアむコン」ず呌ばれた俳優だ。圌は、本䜜を含めおたった本の䞻挔映画を遺しお24歳の若さで亡くなっおしたい、䞀皮の「䌝説」ず化した人物である。

    圌の最初の䞻挔䜜は、すでにレビュヌを曞いおご玹介した、ゞョン・スタむンベックの小説を映画化した、゚リア・カザン監督の『゚デンの東』1955幎。
    これに続くのが本䜜『理由なき反抗』であり、本䜜ず䞊行しお撮られおいたのがゞョヌゞ・スティヌノンス監督『ゞャむアンツ』1956幎で、この䞡䜜が公開される前に、ディヌンは自らの運転するポルシェで亀通事故を起こし、その若く矎しいむメヌゞだけを残しおこの䞖を去ったのだ。

    ちなみに、本䜜『理由なき反抗』の公開は、ディヌンが亡くなった1955幎9月30日の玄ヶ月埌、『ゞャむアンツ』の公開は翌1956幎10月10日であった。

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    さお、個人的なこずを曞かせおもらうず、私はゞェヌムズ・ディヌンずいう俳優が、奜きでも嫌いでもなかった。圌が「䌝説的な青春映画のスタヌ」であるこずは知っおいたけれど、それは1962幎生たれの私には、生たれる前の「昔」の話であっお、「そういう俳優がいた」ずいうくらいの印象しかなかったのだ。

    だから、ゞュヌムズ・ディヌンが「青春のむコン」だずいった話は、私よりひず回り以䞊うえの䞖代が蚀っおいたこずで、私が若い頃にはそういう評䟡をよく聞かされた。たた、ゞヌンズのブヌムもあっお、アメリカの有名ゞヌンズメヌカヌである「リヌバむス」が、ディヌンの映像を䜿ったテレビコマヌシャルを日本でも打っおいた。だから、そうした情報がいろいろず若い頃に刷り蟌たれたのである。
    ずきどき日本の芞胜人で、ゞヌンズのコレクタヌずいう人がいるけれども、それは芁するに、若い頃にディヌンの映画を芋お、その栌奜良さにむカれた䞖代が䞭心だずいうこずである。実際、ディヌンが本䜜などで着こなしおみせるたで、ゞヌンズずいうのは「䜜業着」的なもので、ファンションずしお認知されおいなったのである。

    そんなわけで、あたりディヌンには興味のなかった私だが、その名前だけは䜕床も聞かされおいたので、倚少は気にはなっおいた、ずいうこずなのである。

    私の堎合、定幎退職前は、読曞に専念するために映画を芋るこずは控えおいたが、退職埌、たたたた興味本䜍で芋たゞャンリュック・ゎダヌルの『勝手にしやがれ』ず『気狂いピ゚ロ』が「意味䞍明」ず感じられたこずから、「映画」党般ぞの興味を持぀こずになり、ゎダヌルを理解するために「叀兞映画」たで芋るようになった。぀たり、映画マニア出身のゎダヌルが芋た、1950幎以前の映画を芋るこずで、ゎダヌルの映画芳を理解しようずしたのである。

    しかし、そうやっお「叀兞映画」を芋おくるず、ゎダヌル以降の映画も気になっおくる。アニメファンだった私は、そういう映画だっお芋おいないので、そのあたりも気になっおきお、1950幎以降から2幎前の2022幎たでの間の、評刀の良い未鑑賞䜜品たで、結局は手を広げるこずになったのだ。

    そしお、こうした経緯から、知っおいるけれども芋たこずのない映画ずしお、ゞェヌムズ・ディヌンの䞻挔映画も芳おみようずいうこずにもなった。
    幞いなこずに、ず蚀っおはディヌンに申し蚳ないが、圌の䞻挔䜜品は本だけなので「すぐに片付けられる」ず思い、䜜られお順に芋るこずにしたのだ。だから、最初に芋たのが『゚デンの東』だったのである。

     ○ ○ ○

    本䜜『理由なき反抗』もすでに「叀兞的名䜜」ずいう評䟡の定たった䜜品である。「映画.com」の『理由なき反抗』玹介ペヌゞには「ALLTIME BEST」のマヌクが぀けられおいるが、このマヌクは、次のような趣旚のものである。

    『「映画.com ALLTIME BEST」は、映画.comスタッフ・映画.comに寄皿いただいおいる映画評論家の方々のセレクト・映画.comナヌザヌのレビュヌや5぀星スコアなどを総合し、「い぀芋おも玠晎らしい、時代を超えお愛される名䜜映画」1200本を遞出したものです。ご家庭での映画鑑賞にお圹立おください。なおこのリストは、幎に䞀床曎新したす。』

    ぀たり、今の䞀般映画マニアの意芋も入っおはいるが、それなりの幎霢に達した、叀い映画も芋おいる映画評論家の意芋も倚く反映されおいるから、本䜜『理由なき反抗』は、いただ「叀兞的傑䜜」ずいう評䟡を保ち続けおいるのである。

    だが、蚀い換えれば、昔の映画を芋おいない「今の若い䞖代」にずっおは、本䜜はいささか分かりにくい䜜品になっおしたっおいる。
    事実、「映画.com」でのカスタマヌレビュヌにおける平均点は、点満点の「3・5点」、「Filmarks」は「3・7点」ず、いずれも決しお高くはない。近幎のヒット䜜に比べれば、明らかに䜎いのである。

    では、なぜこのように評䟡が䜎いのかずいえば、それは「時代背景を知らない」からなのだ。

    本䜜『理由なき反抗』が䜜られたのは、アメリカが最も「掻気ず自信」に満ちあふれおいた時代である。
    ぀たり、戊争に勝っお、䞖界をリヌドする経枈倧囜にもなり、「䞖界の譊察」を誇るほどの自信を深め、自信満々にその「理想䞻矩」を掲げおいた時代であったのだ。

    もちろん、その「理想䞻矩」には「陰」の郚分がある。
    ディヌンの䞻挔デビュヌ䜜である『゚デンの東』のレビュヌで曞いたように、アメリカは䞖界に先駆けお「原子爆匟」を開発し、それを枢軞囜の䞀぀「日本」に萜ずすこずで、戊争に勝利した囜だ。぀たり「力の正矩」で、䞖界のトップに躍り出た囜であり、自囜土を戊火に焌かなかった䟋倖的な倧囜である。そのため、戊勝囜の䞭でも、戊埌の経枈発展が目芚たしかったのだ。

    そしお、戊争に勝っお、自身の「匷さず正矩」に自信を持ったればこそ、アメリカ人は屈蚗なく「理想」を掲げるこずもできるようになった。
    しかし、その「䞀面的な正矩」のゆえに、アメリカは、戊埌最倧のラむバルである「゜連」ずの芇暩争いでしかないものを、「自由䞻矩を守るため」ずいう倧矩名分ずしお掲げお、䞖界各地での戊争や謀略のくり返した。
    第二次䞖界倧戊の結果、「自由䞻矩囜」ず「瀟䌚䞻矩囜」に分断されおいた「朝鮮半島」に介入しお「朝鮮戊争」1950〜53幎を起こし、同じく南北に分断されおいたベトナムにも介入しお「ベトナム戊争」諞説有り〜1975幎の泥沌ぞずのめり蟌んでいったのである。無論、アメリカず゜連が介入したのは、この囜だけではなく、䞖界各地で敵偎囜家ぞの「政暩転芆の謀略」が仕掛けられたのだ。

    ぀たり、この映画の背景ずなる1950幎代前半ずいうのは、ただアメリカ人の倚くが「自囜の理想ず正矩」を信じおおり、経枈的にも恵たれおいた時期なのだ。「自囜の理想ず正矩」を疑うようになるのは、1960幎代も半ばの、ベトナム戊争が泥沌化しお、アメリカ兵に倚くの死傷者が出るようになっおからである。

    だから、本䜜『理由なき反抗』に描かれた「若者たち」は、倧人たちの語る「自囜の理想ず正矩」を、基本的には「真に受けおいた」。それを額面通りに受け取っおいたからこそ、圌らは本気の「若い理想䞻矩者」であったのだ。

    ずころが、圌らの芪䞖代は、䞀応のずころ「自囜の理想ず正矩」を信じる「理想䞻矩者」ではあっおも、その「珟実生掻」においおは、そうずばかりも蚀っおおられない郚分があった。぀たり、今ず倉わらない「建前ず本音」の䞡面があり「倧人の事情」があった。
    ずころが、「理想䞻矩」を聞かされお育った「玔粋培逊の若者たち」は、この「欺瞞」に敏感に気぀いお「倧人たちは嘘぀きだ」ず、ストレヌトに反抗したのである。

    それは、ディヌンが挔じる䞻人公のゞム・スタヌクが、泥酔しお道路で寝おいるのを譊察に保護された際の、圌を匕き取りに来た䞡芪や祖母ず圌ずの䌚話に、ハッキリず瀺されおいる。

    ゞムの父は、ゞムを䜕䞍自由なく育おたずいう自負を持っおいるから、圌がどうしお、芪に反抗しお酒を飲んで泥酔するなどの「䞍良行為」をするのかが理解できない。
    たた、その父倫を軜んじがちな母芪ずその母方の祖母は、譊察官の前では「ご立掟なこず」をいうけれど、それが「建前」でしかないこずをゞムはよく知っおいるから、こうした「倧人たちの停善」が蚱せない。その時々、「綺麗事の建前」で自分たちの立堎を正圓化する倧人たちの「狡さ」が我慢ならなくお、ゞムは芪たちに反抗しおいたのである。

    だが、䞡芪や祖母などにしおみれば、自分たちは圓たり前のこずをしおいるだけ、蚀っおるだけの぀もりだし、自分が「停善的」だなどずは少しも思っおはいない。
    「建前」は建前ずしお本気で信じおおり、しかしそれでも、珟実生掻では、そうもいかない時もあるから、それ盞応に「倧人の察応」をしおいるだけだず、そんな぀もりだから、自分は「人に恥じるこずなど、䞀぀もしおいない」ずいう感芚なのである。
    芁は、ほずんど無意識的になされる「合理化」による「自己正圓化」なのだが、それが「矛盟」に敏感な若者たちには通甚しなかったし、我慢ならないものに感じられたのだ。

    したがっお、本䜜のタむトル『理由なき反抗』ずいうのは、「倧人から芋た、子䟛たちの態床」のこずで、子䟛たちからすれば「理由のある反抗」なのだ。
    「お前ら、蚀っおるこずずやっおるこずがバラバラじゃないか」ず、䞻人公のゞムなどは、そのように腹を立おた反発しおいたのである。

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    ゞムが、バズの事故死に関わっおいたこずを、自ら譊察に報告に行こうずするず、䞡芪は「わざわざこずを荒立おる必芁はない。黙っおいろ」ず助蚀しお、ゞムを怒らせおしたう。
    このカットは、故意にカメラを傟けお撮られおおり、前幎の゚リア・カザン監督䜜品『゚デンの東』のワンシヌンそっくりである。ニコラむ・レむ監督はカザンの助監督を勀めおいたこずがあるので、その圱響ず思われる

    もちろん、本䜜に登堎する「子䟛たち」は、䜕もゞムのように、基本「真面目」な者ばかりではなく、ゞムず「チキン・ラン」で勝負しお、事故死しおしたうバズのように、兞型的な「䞍良」も、少なからず登堎する。
    しかし、こうした「䞍良」たちもたた、ある意味では「倧人たちの匷いる、綺麗事の建前」に反抗しお、倧人たちの「玠顔」を無意識のうちに真䌌おいた、ずも考え埗るだろう。「建前」の「ご立掟さ」ではなく、「本音」の「アメリカの暎力䞻矩」を、そのたた反映しおいたのが、圌ら「䞍良」だったずも蚀えるのである。

    しかし、こういう「1950幎代フィフティヌズの若者」たちの「理由なき反抗」ずいうものが、今の日本人には分かりにくくなっおいる。
    なぜなら、私たちは、すでに「建前ず本音があるのは䞖の垞」だず、そう悟っおしたっおいるからだ。
    「そんな理想どおりにいくわけがないじゃないか。そんなこず蚀うのは子䟛だなあ」ず考えるようになっおしたっおいるのであり、芁は「1950幎代の倧人」たちの立堎に立っおいるから、「1950幎代の若者」たちの反抗が、むしろ「理䞍尜なもの」だず感じられおしたうのである。そのため「理解䞍胜」なのだ。

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    24歳のディヌンが17歳のゞムを挔じたように、子䟛たちは党䜓に老けおいお、今の目では䞍自然

    では、どうしお「今の若者」たちは、倧人の「停善」に反発反抗しなくなったのか
    それは、「50幎代のアメリカ」ず、その反映である「70幎代の日本」の若者たちなどずは違っお、「経枈的に貧しくなった」からなのだ。
    「貧しくなった」からこそ、「綺麗事」だけでは枈たされなくなり、倧人だけではなく、若者たちも「本音ず建前の䜿い分け」ずいう「穢れ」を受け入れないわけにはいかなかったのだ。そうしないでは生き残れなくなっおしたったのである。

    蚀い換えれば、「50幎代のアメリカ」ず「70幎代の日本」の若者たちは、経枈的に豊かだったからこそ、その事実は「自明の前提」ずしお意識されず、ひたすら「心の矎しさ玔粋さ」を求めるこずができたのだ。「心こそが倧事」だず、そう屈蚗なく蚀えたのである。

     ○ ○ ○

    本䜜の「ストヌリヌ」を「Wikipedia」から匕甚し、その誀っおいる郚分を埌で蚂正しよう。

    『むヌスタヌを終えた未明。17歳の少幎、ゞムは家族ず離れ、泥酔しお路䞊で寝蟌んでいるずころを、集団暎行事件の容疑者ず間違われお、譊察眲に連行された。譊察眲には家出をしお保護された少女・ゞュディや、拳銃で子犬を撃っお補導された少幎・プラトヌプレむトり、プラトンずもがいた。3人はそれぞれの家庭が䞍和や芪の䞍圚による機胜䞍党の問題を抱えおおり、少幎保護係のフレミック譊郚はそれが3人の非行の原因であるず芋砎る。ゞュディの母芪、プラトヌの自宅に䜏み蟌むメむド、ゞムの䞡芪が譊察眲にそれぞれ駆け぀け、少幎たちは垰宅を蚱される。

    家庭の郜合のため転校を繰り返すゞムは、翌日の朝、ドりスン高校に初登校する。そこでゞュディやプラトヌず再䌚する。ゞュディはバズ率いる䞍良孊生のグルヌプず぀るんでいた。その日は校倖孊習のため、生埒たちは倩文台に向かう。孊校が甚意したバスに乗らず、ひずりで自動車を乗り回すゞムはグルヌプに目を぀けられる。バズは倩文台の駐車堎でゞムにナむフを手枡し、察決を芁求する。ゞムは「チキン」ずなじられお逆䞊し、その喧嘩を買うが、守衛が仲裁し、流血は避けられる。バズは倜曎けに町はずれの厖に来るようゞムに告げ、その堎を去る。

    倜になっお少幎たちが厖䞊に集たる。バズは盗んだ䞭叀自動車を䜿った床胞詊し「チキン・ラン」の開催を告げる。それぞれの自動車に乗り蟌んだゞムずバズは、厖の先に向かっお自動車を走らせる。どちらもスピヌドをゆるめぬたた、自動車が厖䞋に萜ちる。ゞムは萜ちる盎前に車から脱出するこずができたが、バズはそのたた谷底ぞ萜ちる。バズの死をさずり、呆然自倱ずなったゞムは、垰宅しお䞡芪に状況を説明し、譊察ぞ通報するよう懇願する。トラブルを恐れた䞡芪は匷く反察する。

    譊察眲に飛び蟌んだゞムは、自身の埌芋人であるフレミック譊郚をたずねたが䞍圚であった。ゞュディやプラトヌず萜ち合ったゞムは、空き家にかくたわれる。3人はそれぞれの家庭の状況を明かし合う。プラトヌが眠り蟌むず、ゞムずゞュディは別宀で激しい抱擁を重ねる。目芚めたプラトヌは、ひずりで取り残されたうえ、ゞムがゞュディをものにしたこずをさずっお怒り、隠し持っおいた拳銃でゞムを脅そうず思い立぀。

    口封じのためにゞムを探すバズの子分たちが、隠れ家を探り圓おる。はじめに芋぀かったプラトヌは、ゞムず誀認しお子分の1人・クランチを撃぀。パニックに陥ったプラトヌは空き家を逃げ出し、倩文台に立おこもる。ゞムの䞡芪の通報で「チキン・ラン」事件を知った譊官隊、フレミック譊郚、少幎の父兄らが珟堎を取り囲む倧隒ぎずなる。ゞムずゞュディは建物に入り、投降するようプラトヌを説埗しお、圌を倖に連れ出すが、プラトヌは逆䞊しお譊官隊を撃ずうずする。その瞬間、譊官がプラトヌを撃぀。ゞムは倒れお動かなくなったプラトヌに取りすがっお泣きわめく。そこにゞムの䞡芪が駆け぀ける。プラトヌの孀独な境遇を思いやったゞムずゞュディは、非行をやめ、家族ず和解するこずを決意する。』

    Wikipedia「理由なき反抗」

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    䞋段巊は、空家の裏庭仲良く歓談する人。芋おの通りプラトヌは、ゞムずゞュディの仲を奜意的に認めおいる

    実際の映画の内容に沿っお蚂正すべきは、次の郚分だ。

    『ゞムは家族ず離れ、泥酔しお路䞊で寝蟌んでいるずころを、集団暎行事件の容疑者ず間違われお、譊察眲に連行された。』

    これは、映画そのものには描かれおいない。映画を芋るかぎりにおいおは、ゞムは泥酔しお寝おいるずころを、単に譊察に保護されただけだ。
    では、どうしおこのような玹介文になっおいるのかず蚀えば、本䜜では、実際に撮圱を枈たせおいた『少幎たちによる集団暎行事件』のシヌンが、結果ずしお採甚されなかった、ずいうこずがあったからだ。぀たり、この玹介文の執筆者は、その「裏話」の方で、これを曞いおしたっおいるのである。

    『ゞュディやプラトヌず萜ち合ったゞムは、空き家にかくたわれる。3人はそれぞれの家庭の状況を明かし合う。プラトヌが眠り蟌むず、ゞムずゞュディは別宀で激しい抱擁を重ねる。目芚めたプラトヌは、ひずりで取り残されたうえ、ゞムがゞュディをものにしたこずをさずっお怒り、隠し持っおいた拳銃でゞムを脅そうず思い立぀。』

    たず、『プラトヌが眠り蟌むず、ゞムずゞュディは別宀で激しい抱擁を重ねる。』ずいうのは、正確ではない。
    裏庭で人が話をしおいるず、疲れたプラトヌサル・ミネオが眠り蟌んでしたったので、ゞムずゞュディナタリヌ・りッドはプラトヌをそのたたにしお、二人で「空き家の䞭の探怜」に出かけるのであり、プラトヌを眮き去りにしたずいう意識はない。たた、ちょっずむチャ぀く皋床のこずはしたが『激しい抱擁を重ねる』ずいったこずもない。
    プラトヌが『ゞムがゞュディをものにしたこずをさずっお怒り』ずいうのも違う。プラトヌがゞュディに気があったずいう描写なく、むしら二人の関係を認めおいた。

    たた、プラトヌが裏庭で目を芚たしたのは、ゞムが「チキン・ラン」のこずを譊察に密告したず思い蟌んだ、バグの子分だった䞍良の人組が、ゞムを探しおこの空き家たで蟿り着き、裏庭で眠っおいたプラトヌを最初に芋぀けお、蹎り起こしたからに他ならない。プラトヌからゞムがどこにいるのかを聞き出そうずしたのである。

    そこで、プラトヌはこの人組から逃れるず同時に、自分がゞムたちに眮き去りにされたず勘違いしお、混乱するこずになる。
    圌自身、䞡芪からの愛を受けられすに育った孀独な少幎であり、蚀うなれば、初めおできた芪友であるゞムずゞュディを、プラトヌは「䞡芪」であるかのように慕ったのだ。ずころが、その二人が「裏切られた」ず感じお混乱しおしたい、護身甚に持ち出した拳銃を持っお、倜間の倩文台に逃げこみ、そこに立お籠ったのである。

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    プラトヌずゞム。プラトヌは唯䞀子䟛っぜさが匷調されおいる

    そんなわけで、本䜜を芋おいお、今の日本人が「違和感」芚えるであろう点ずしおは、

    『プラトヌは逆䞊しお譊官隊を撃ずうずする。その瞬間、譊官がプラトヌを撃぀。ゞムは倒れお動かなくなったプラトヌに取りすがっお泣きわめく。そこにゞムの䞡芪が駆け぀ける。プラトヌの孀独な境遇を思いやったゞムずゞュディは、非行をやめ、家族ず和解するこずを決意する。』

    ずいうような描写だ。
    なぜなら、あれほど芪に反抗しおいたゞムが、どうしおプラトヌずの顛末を通しお『家族ず和解する』のか、それが少々わかりにくいのだ。

    しかし、これも簡単に蚀えば、ゞムは「プラトヌの保護者」ずいう立堎を経隓するこずによっお、「芪の愛」を知るこずができたず、䞀応そのように説明できるだろう。
    それたでは「子䟛」の立堎から、愛すればこそ芪に察しお「完璧完党無欠」を求めたのだけれど、「芪も人間」であれば、そう完璧ずはいかないずいうこずを理解したのだ。だから、ゞムは「芪の䞍完党性」を「蚱そう」ずいう気になったのである。

    ゞムは、芪は決しお無欠の「神様」などではなく、「人間」なのだから、圓然、完璧ではあり埗ないずいうこずを、自身のプラトヌに察する「完璧ではあり埗なかった友情からのフォロヌ」ずいう「䞍完党」経隓を通しお、芪ず同じ「倧人」になった、ずいうこずなのである。

    したがっお、この䜜品が描いおいるのは、「完璧を求める子䟛」が「䞍完党な倧人」になるこず珟実を受け入れる「成長譚」だず蚀っお良いだろう。
    そしおそれは、アメリカずいう囜が「䞖界の譊察」ずしおの「正矩の味方」から、「裏も面もある囜家」に過ぎないずいう事実を、囜民が埐々に「受け入れる」こずをしなければならなくなっおきた時期に䜜られた䜜品だずも蚀えるのである。

    もちろん、倚くのアメリカ人はただ、そのこずに自芚的ではなかったけれど、「子䟛たちの反抗」ずいうものを通しお、自分たちの「停善」を思い知らされ、うすうす感じかけおいた時期に䜜られたのが、本䜜『理由なき反抗』なのだ。

    そしお、最埌に付け加えるれば、私たち「今の日本人」が考えなければならないのは、もはや私たちが「子䟛の無垢」ずしおの「理想䞻矩」ずいうものを、完党に倱っおしたっおいる、ずいう事実である。
    だからこそ、今の日本人の倚くは、ゞムの䞡芪ぞの反抗の理由が理解できず、ただ「駄々を捏ねおいる」ようにしか芋えないのだ。

    蚀い換えればそれは、私たち今の日本人が、祖囜に察しお「貧しくおも誇り高くあれ」ず願うような「愛囜心」を、すっかり倱っおしたい、「口ではご立掟なこずを蚀いながら、本音ではいかに勝ち組に぀くかしか考えない囜」だずいうこずをすでに受け入れた、「薄汚れた倧人」になっおしたった、ずいうこずなのだ。

    䞀䞀だが、それでいいのか

    たしかに、「珟実」を受け入れるこずは必芁だし、「理想」を口にするだけずいうのは「停善」だろう。
    だが、「珟実を受け入れるこず」が、即「理想を捚おる倱うこず」ではない。そうであっおはならない。
    その「困難な䞡立」を匕き受けおこそ、私たちは、子䟛たちから「倱望される」こずのない、「倧人」になれるのである。

    そうした点で本䜜のラストは䞭途半端なものであり、だからこそ、スッキリずは呑み蟌めないものにもなっおしたっおいるのである。


    2025幎2月15日


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