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ドキュメンタリヌ映画ずは䜕か  金皔䞇ず 歊田倫和、 それぞれの進む道

    幎間読曞人

    映画評金皔䞇監督『キョンチャルアパヌト』『どんづる峯ず柳本飛行堎』
        歊田倫和監督『りトロ 家族の街』

    先日、倧阪・十䞉の「セブンシアタヌ」で開催されおいる「東京ドキュメンタリヌ映画祭 in OSAKA」で、「倧阪特別枠」ずしお䞊映された、短線本の総タむトル「知られざる「圚日」の蚘録」を芳おきた。
    内蚳は、金皔䞇監督の䜜品が『キョンチャルアパヌト』『どんづる峯ず柳本飛行堎』の本、それに歊田倫和監督の䜜品『りトロ 家族の街』である。

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    私はこれたで、䞡監督の䜜品を芳たこずはなかったし、監督の名前も知らなかったが、かねおより関心のあった「圚日」関係のドキュメンタリヌずいうこずで、曞物では埗られない情報を埗ようず、勉匷のために芳に行った。

    なお、「東京ドキュメンタリヌ映画祭 in OSAKA」では、各䜜品回きりの䞊映で、この日の䞊映埌には、䞡監督による舞台挚拶のトヌクショヌもあっお、ずおも興味深い話を聞くこずができた。本皿では、映画の内容よりもむしろ、そちらの話が䞭心になっおいる。

    しかし、その前に、話の前提ずしお、それぞれの䜜品に぀いお、ひずずおりご玹介しおおこう。

    金皔䞇監督『キョンチャルアパヌト』2022幎/11分

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    『キョンチャルアパヌトのキョンチャルずは、倧阪垂生野区所圚の 旧鶎橋譊察眲跡のこずである。この譊察眲は 1913 幎から 1934 幎たで存続し、その埌この建物が 犏祉団䜓に払い䞋げられ、戊埌は曎に民間に売华されおアパヌトずなり、2011 幎に解䜓撀去された。このアパヌトが昔、譊察眲だったずいうこずから、地元では「キョンチャル(譊察のハングル読み)アパヌト」ず俗称されおいた。解䜓埌、ここに譊察時代の煉瓊塀が残存しおいるこずが確認された。『幻のフィルムで぀づる 建囜の 60 幎』を補䜜した故高仁鳳さんが遺された映像を再線集しお䞊映する。』

    https://tdff-neoneo.com/osaka/lineup/lineup-3880/#movie01

    このように玹介されるず、私たち䞀般人は「テレビでも芋かけるような、歎史的な建造物を玹介したドキュメンタリヌ映画なのだろう」ず思うだろうが、本䜜は、そうした印象ずは、かなり違ったものになっおいた。

    たず、䞀芋したずころ「ただの蚘録映像に、若干のスヌパヌずBGMが぀いたもの」でしかなく、いかにも「玠人くさい䜜品」なのだ。
    私が匕っかかった郚分を順に曞いおいくず、たず音声の録音状態が悪い。BGMの䜿い方が雑。映像は、玠人が手持ちカメラでベタ撮りしたものを若干線集しおいるだけ、ずいう「感じ」で、たった11分の䜜品だが、芳終わっお「これでいいの」ず、その「金ず手間のかかっおいない造り」に驚いおしたった。これでは「ドキュメンタリヌ映画」ず蚀うよりは「蚘録映像に、BGMず最䜎限の説明文をスヌパヌむンポヌズしただけ」ずしか思えなかったのである。

    金皔䞇監督『どんづる峯ず柳本飛行堎』2022幎/34分

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    故藀原奜雄さん

    『奈良県倩理垂では、1995幎に誕生した歎史説明板が、歎史修正䞻矩者の倩理垂長により2014幎4月18日に突劂取り払われ、さらにわたしたちが垂民のカンパで建おた説明板を、法埋違反も犯しおいないのに、「違反しおいる、盎ちに撀去を」(倩理垂蟲業委員䌚)ず迫った。これら行為を公人 (垂長、圹人)が平然ず犯しおいるずころに、怍民地支配未粟算の闇の深さがある。今回䞊映する映像は2010幎撮圱の故藀原奜雄さんのフィヌルドワヌクの様子ず2018幎8月に来られた遺族、金成嬉さんの蚌蚀を䞭心に線集した。』

    https://tdff-neoneo.com/osaka/lineup/lineup-3880/#movie02

    この映画では、たず「どんづる峯」ず「柳本飛行堎」のカ所の遺構を玹介し、その埌「柳本飛行堎」の関係で「飛行堎跡地」に蚭眮された「歎史説明板」に関わるトラブルの顛末が語られおいる。぀たり、䞊の玹介文は、字数制限のためか、最埌の郚分に぀いおしか説明されおいないのだ。
    したがっお、「どんづる峯」ず「柳本飛行堎」に぀いお、簡単に玹介しおおこう。

    「どんづる峯」ずは、奈良県銙芝垂にある奇岩矀・奇勝「屯鶎峯どんづるがう」のこず。ここに『倪平掋戊争䞭に造られた耇雑な防空壕』があっお、それは『本土決戊を目前にした陞軍が航空郚隊・航空総軍の戊闘叞什所ずしお建蚭されたもの』で、本䜜では、その遺構を玹介しおいるのだが、問題は、この過酷な建蚭工事に、怍民地であった朝鮮から匷制連行されおきた、倚く朝鮮人たちが動員され、呜を萜ずしたものも少なくなかったずいう、歎史的事実である。『』内は、WIKIpedia「屯鶎峯」による
    䞀方「柳本飛行堎」ずは、奈良県倩理垂柳本に、同じく本土決戊を前にしお建蚭が進められた垝囜海軍の飛行堎で、こちらも朝鮮からの匷制連行された倚くの朝鮮人が城甚されたが、飛行堎の完成を芋るこずなく敗戊に至っおいる。

    以䞊のような、「匷制連行朝鮮人劎働者」に関する歎史を遺すために、垂民有志のカンパによっお蚭眮された「歎史説明板」に、歎史修正䞻矩者芁は「ネット右翌」的な人たちだろうが難癖を぀けお、圓時の保守系倩理垂長が、説明板を撀去しおしたった、ずいうような顛末が語られおいるのである。

    この映画に関しおは、䞊の玹介文に玹介されおいる、元県議䌚議員である故藀原奜雄氏の、歎史を遺そうずする献身的な掻動に感動をおがえ、いちおう「ドキュメンタリヌ映画らしいドキュメンタリヌ映画」にはなっおいるずは思ったが、しかし、「カネ」がかかっおいないずいう印象は、『キョンチャルアパヌト』ず同じであった。
    映画の造りずしお、倉にBGMが付けられおいない点や蚌蚀映像などによる説明で、遺構の歎史的意味や䟡倀がわかりやすかった点で、『キョンチャルアパヌト』より、技巧的には栌段掗緎されおいたず蚀えるだろう。その䞀方、぀の゚ピ゜ヌドが「匷制連行朝鮮人劎働者」問題で貫かれたものだずいうのはわかるものの、奈良に詳しくない者には、それぞれの䜍眮関係や、具䜓的な関連ずいったこずがわかりにくくもあり、決しお満足できる䜜品ずたでは蚀えなかった。

    歊田倫和監督『りトロ 家族の街』2002幎/58分

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    『戊埌57幎、日本に故郷を築いた「圚日」の物語京郜府宇治垂にある圚日朝鮮人の街「りトロ」。珟圚この町の䜏民達は立ち退きを迫られおいる。芪子四代にわたっおりトロに䜏む田䞭(埐)信雄(57)にずっお、ここはかけがえのない故郷。映画は圌の䞀家を䞭心に、故郷に䜏み続けるために闘いながら、独自の文化を守っお生きるりトロの人々の日垞を描き、ここに䜏み続ける意味を問う。』

    https://tdff-neoneo.com/osaka/lineup/lineup-3880/#movie03

    この䜜品は「監督歊田倫和 / 総指揮原䞀男」ずあるように、今から20幎前、ただ二十歳頃であった歊田監督が、『ゆきゆきお、神軍』などのドキュメンタリヌ映画䜜品で知られる、原䞀男監督の䞻催する「CINEMA塟」で孊んでいた際に、そのプログラムの䞀環ずしお撮った映画で、蚀わば「習䜜」だ。
    䜜品の内容は、䞊の「玹介文」どおりで、特に付け加えるこずはない。
    本のうちでは、䞀番たずたっおおり、「ドキュメンタリヌ映画らしいドキュメンタリヌ映画」になっおいる。

     ○ ○ ○

    さお、ここたでの「映画の内容玹介」は、以䞋の「議論」のための、地ならしにすぎない。

    本皿のタむトルが「ドキュメンタリヌ映画ずは䜕か」ずなっおいるのは、以䞋で論じられるのは、各䜜品の出来䞍出来の話ではなく、そもそも「ドキュメンタリヌ映画ずは䜕か」ずいう、私がこれたで考えもしなければ、気にもしおいなかったこずに぀いおであるこずを瀺しおいる。
    今回、これらの映画を芳、二人の監督の話を聞いお、私が考えさせられたこずに぀いお、曞いたものずなっおいるのである。

    舞台挚拶に぀づくトヌクショヌでは、金皔䞇監督、歊田倫和監督の順で「自䜜玹介」がなされた。

    金皔䞇監督によるず『キョンチャルアパヌト』は、䞊の「玹介文」にもあるずおり『『幻のフィルムで぀づる 建囜の60幎』を補䜜した故高仁鳳さんが遺』した、貎重な蚘録映像から、「キョンチャルアパヌト」に関する郚分を切り出しお再線集したもの、だそうだ。

    金皔䞇監督は「もずもず高仁鳳さんの撮ったものなので、音声も含めお、なるべくそのたた䜿うようにしたした」ずのこずだったので、私が「いかにも玠人くさい」ず感じた「映像の線集」ぶりや「ズレたBGMの䜿い方」などは、たぶん、元のものを残そうずしたこずから来たものではないかず、そんな事情が窺えた。

    たた、この再線集䜜品は、倧孊の研究者たちずの協働の䞀環ずしお䜜られたものであり、いわゆる䞀般向けに䜜られた䜜品ではなかったから、その結果、「映像資料」的性栌が匷く、圓たり前の「ドキュメンタリヌ映画」にはならなかったのではないだろうか。

    『どんづる峯ず柳本飛行堎』の方は、『キョンチャルアパヌト』ずは違い、金皔䞇監督が「匷制連行朝鮮人劎働者」問題関連の映像ずしお撮り貯めおいたフィルムをたずめたものなので、「ドキュメンタリヌ映画らしいドキュメンタリヌ映画」になっおいたのではないかず窺えた。

    䞀方、歊田倫和監督よるず、『りトロ 家族の街』は、前蚘のずおり、原䞀男監督の䞻催する「CINEMA塟」で孊んでいた歊田青幎が、そのプログラムの䞀環ずしお撮った映画なのだが、面癜かったのは、この映画の「裏話」である。

    本来、教育プログラムずしおのこの映画制䜜は、「日本の家族」をテヌマずする課題制䜜で、その意味では、朝鮮人家庭を扱ったこの䜜品は、最初から「反則」䜜品だった。
    では、なぜ、わざわざ「反則」をしたのかずいうず、この映画の制䜜が始められたのは、長幎「りトロ地区」に䜏んでいた䜏民たちが、地暩問題で敗蚎し、すでに出されおいた「立ち退き呜什」の期限が迫っおいた時期だったからである。

    䜏民たちは、この「りトロ地区」長幎䜏んできた、その事実行為を持っお「居䜏暩」を䞻匵したが、裁刀では負けおしたい、立ち退きを呜じられおいた。しかし、圌らに立退く぀もりはさらさら無く、培底抗戊の構えを芋せおいた。
    ぀たり、立ち退き期限たえから、町の様子を撮っおおけば、立ち退き期限が過ぎた時に発生するであろう「匷制執行に䌎う、荒っぜいトラブル」を撮るこずができるのではないかず、歊田監督は皮算甚しお、この町を撮るこずにしたのである。
    たぶん、圓時の歊田監督の頭には、垫匠である原䞀男監督の代衚䜜『ゆきゆきお、神軍』の、むンパクト絶倧であった䞻人公「奥厎謙䞉による栌闘シヌン」があったのではないか。ああいう映画にできるず思っおいたのではないかずいうのが、私の掚枬である。

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    ずころが、「立ち退き」の猶予期限が過ぎおも、いっこうに「匷制執行」はなされず、圓初は緊匵感もあったが、埐々に日垞の生掻ぞず回垰しおいったため、映画の方も「りトロ地区」の日垞を撮った䜜品ぞず、おのずずシフトしおいった。
    たた、圓初は「男たち䞭心の物語」になるはずだったのだが、長期間䜏み蟌んでの撮圱の結果、町を支えおいるのは、むしろ女たちであるこずに気づいお、その内容も「女たちの物語」ぞずシフトしおいくこずになった。

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    だが、撮圱期間にはおのずず限床があったため、いったんは課題䜜品ずしお提出したものの、いずれ補足撮圱をしお「女たち䞭心の物語」ずしお完成させようず歊田監督は考えおいたのだが、それも果たせないたた、珟圚に至ったのが、この䜜品である。䞀䞀ずいうような説明であった。

    そしお、この埌の話が、さらに興味深かった。

    「みなさん、この映画を芋お、匕っかかった郚分があるんではないですか じ぀は、もずもず撮っおあったのを、切っちゃったシヌンが、箇所あるんです。それで、原監督にずおも厳しく叱られお、圓時は盞圓萜ち蟌みたした。切ったのは、りトロ地区の野球チヌムの郚分ず、子䟛さんの小孊校入孊匏のシヌンです。実は、あの野球チヌムの郚分では、あの埌、日本人チヌムずの詊合で喧嘩になっおおり、圓然それも撮っおはいたんです。たた、入孊匏のシヌンでは、匏での「君が代」斉唱のずころで、お父さんがむっ぀りず黙っおいる様子が映されおいたすが、あの埌、圌が『俺らは朝鮮人なんだから、君が代なんか歌えるか』みたいなこずを蚀うんですが、それもカットしたんです。で、そのこずに぀いお、原監督から『それは間違った優しさだ。そこは是非ずも残すべきだった』ず蚀われ、そのずおりだず反省したので、付け加えようずしたら、原監督から『そんなこずはしなくおいい。だけど、今埌この映画を䞊映した時には、芳客に、切った郚分の話をしお、それを自分の戒めにするず良い』ず蚀われ、こうしおお話ししおいるんです。よく話し忘れるこずがあるんですけどね笑」

    ぀たり、りトロ地域に䜏み蟌んでの撮圱をし、地区の人に䞖話になった歊田監督ずしおは、地区の人たちが「だから、朝鮮人は柄が悪い」などず蚀われおしたうような郚分は切ろうずいう、圓たり前の配慮が働いたのではないか。
    しかし、「䞍郜合な郚分を圓たり前にカットしお、小綺麗にたずめたドキュメンタリヌ映画」など、そもそも「ドキュメンタリヌ」の趣旚にも反しおいるし、䜕より「映画ずしお、぀たらない」のはわかりきっおいるから、若い歊田監督の「圓たり前の配慮」を、垫匠である原監督は厳しく戒めたのではないだろうか。単に「刺激的なシヌン」を残すずいうこずではなく、「遺されにくい事実を、だからこそ遺す」ずいうのは、ドキュメンタリヌ映画の重芁な䜿呜だからである。

    で、こうした説明の埌に、恒䟋の「質問コヌナヌ」に移ったのだが、私には、ひず぀、ぶ぀けおみたい質問があった。

    最初に手を挙げた、最前列に座っおいた男性は、自分もドキュメンタリヌ映画を䜜っおいるずか孊んでいるずか自己玹介した人で、質問ずいうよりは、各䜜品ぞの感想であり、芁は䜜者を前にした「半分お䞖蟞の感想」であった。
    私は「こんなマむナヌな映画をやるんだから、この䌚堎には、関係者も少なくないんだろうな」ず、そのいささか「銎れ合い」めいた雰囲気に、錻癜んだりしおいたちなみに、私はこの郚分を、その質問者圓人が読むこずを想定しお、あえお、このように正盎な感想を曞いおいる。

    そしお、叞䌚者が次の質問者を求めた際、こういう堎所には珍しく、すぐには手が挙がらなかったので、私が挙手しお質問した。その内容は、次のようなものである。

    「私が気になるのは、ドキュメンタリヌ映画䜜家ずいうのは食っおいけるのか、぀たり職業ずしお成立するものなのかずいうこずです。ただでさえ、ドキュメンタリヌ映画を芳る人ずいうのは少ないだろうし、たしおや、この映画通でもやっおいるロズニツァ監督の䜜品みたいに、䞖界的に売るこずのできるような䜜品ならただしも、いくら貎重な蚘録だずは蚀っおも、地域限定的なテヌマで、おのずず単通䞊映の倚い、こうした地味なドキュメンタリヌ映画では、この先、どうなるのかず心配になるのですが、そのあたりはいかがお考えでしょうか」

    平たく蚀えば、これは「金目の話」であり、普通なら遠慮しお、誰もしないような質問だったが、私には、今回の䜜品を理解する䞊で、必芁な質問だず思われた。

    特に、私が「金がかかっおいない」ために「映画らしくない」「玠人っぜい」ず感じた金皔䞇監督の䜜品などは「自腹を切っお䜜り、持ち出しの方が倚いのではないか。その意味では、いくら貎重な蚘録映像の映画ずは蚀え、ほずんどアマチュア䜜品に近いのではないか」ず感じおいたからである。

    この質問に察しおは、たず歊田倫和監督が、おおすじ次のように答えた。

    「それはもちろん、ドキュメンタリヌ映画にかぎらず、日本の映画界党䜓が興行的に倧倉なので、圓然、ドキュメンタリヌ映画も、制䜜費を捻出するのは倧倉で、みんなそれぞれのやり方で、あれこれ苊劎しながらやっおいたすし、私もそんな感じでなんずかやっおいたす。埌でお願いする぀もりでしたが、ちょうどいいので、ここでお願いしおおきたすず、新䜜に関しお、カンパをお願いするこずなどもやっおおりたすので、どうか良ければご協力いただけるず助かりたす。䞀䞀ず、こんな優等生的な返事で良かったでしょうか笑 次は、金皔䞇監督にお話しおもらいたしょう」

    こんな感じに話し慣れおいる感じの歊田倫和監督に察し、どちらかずいえば蚥匁で語る金皔䞇監督は、おおむね次のように語った。

    「映画ずいうのは、䜜るだけじゃなくお、宣䌝ずか公開ずかで、いろんな人の協力がなくおは芳おもらえないものなんですが、私ずしおは、できるかぎり、自分のできる範囲で、やれるこずをやろうず思っおいお、その意味では、䞖間の目を惹くようなものをやりたいずか、掟手に公開するずかいったこずは、考えおいたせん。あくたでも、自分が興味を持぀テヌマを远っおいきたいず考えおいたす」

    この発蚀を受けお歊田倫和監督は、おおよそ次のように補足した。

    「ドキュメンタリヌ映画ず蚀っおも、それは、人それぞれに考え方も違えば、䜜り方も違っおいるから、お金も問題もいろいろだずいうこずですね。金監督は、貎重な蚘録を遺すずいう趣旚の䜜品を撮られおいお、それはずおも玠晎らしいわけですが、私の堎合は、それだけではなく、芳お面癜い映画、お客さんに楜しんで芳おもらえる映画、゚ンタテむメント・ドキュメンタリヌ映画ず呌んでいるんですが、そういう䜜品にしたいずいう気持ちがあっお䜜っおいたす。それは、映画ずしお、正攻法だず思っおいたす」

    たた、二人のコメントを受けお、トヌクショヌの叞䌚進行圹をしおいた、この人も「ドキュメンタリヌ映画を撮っおいる」ずいう「東京ドキュメンタリヌ映画祭 in OSAKA」の運営スタッフの男性が、次のようにたずめた。

    「実際のずころ、ドキュメンタリヌ映画を撮っお、それで食えおいる人の方が珍しいず思うんですが、でも、それでも撮りたいものがあるかぎり、手匁圓でも、撮る人は撮るんでしょうから、その意味で、ドキュメンタリヌ映画が消えおなくなるずいうこずはないず思いたすし、たた、少しでもドキュメンタリヌ映画を盛り䞊げたいず思っお、私たちもこうしたドキュメンタリヌ映画祭なんかを開いおいたす。だから、皆さんも、ただただ映画祭のプログラムは続きたすから、たくさん芳おほしいず思いたす」

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    ※ 以䞊の関係者の蚀葉は、もっぱら私の「蚘憶に基づく再珟」である。明らかな誀認い぀いおは蚂正もあり埗るので、䞡監督が本皿を読たれお、蚂正が必芁な誀認だず感じられた郚分があれば、事埌的に削陀可胜なコメント欄などに、是非ご連絡いただければず思う

     ○ ○ ○

    こうした回答をもらい、私は、それたで考えたこずがなかった、「ドキュメンタリヌ映画」に぀いお考えた。そもそも「ドキュメンタリヌ映画ずは、䜕なのか」ず。

    私は、これたでも、こうしたレビュヌを曞く際に、「ドキュメンタリヌ」ず「ノンフィクション」の違いがよくわからず、倚少の匕っ掛かりを芚えながらも、なんずなく、掻字䜜品の倚くは「ノンフィクション」ず肩曞きされ、映像䜜品の倚くは「ドキュメンタリヌ」ず呌ばれおいるようだからず、そうした慣習に準ずるかたちで、「ノンフィクション映画」ずは曞かずに「ドキュメンタリヌ映画」ず曞いおきた。

    しかし、今回ひっかかったのは、そこではなく、これたで意識しなかった、「蚘録映画」ず「ドキュメンタリヌ映画」の違いだった。
    たしかにこれも、蚀葉は違うけれど、実質的には、ほずんど同じようなものずしお扱われおいるはずなのだが、しかし、この䞡者の違いを、今回は考えさせられたのだ。

    芁は、金皔䞇監督の䜜品は、「ドキュメンタリヌ映画」ず蚀うよりも、「蚘録映画」ずいう印象が、きわめお匷かった。なぜかずいうず、それは「蚘録」性が匷い、ず蚀うよりは、私の持っおいる「映画䜜品」のむメヌゞが薄く、そのために「蚘録映像䜜品」ずいう印象の方が匷く感じられたからだ。

    そしお、これを蚀い換えるならば、私が「ドキュメンタリヌ映画」に持っおいたむメヌゞずいうのは、「蚘録映像䜜品」に「映画」性が加わったものであり、その意味では、歊田監督の蚀う「゚ンタテむメント・ドキュメンタリヌ映画」に近いず思うのだ。
    「映画」ずは、単なる「蚘録映像」ではなく、「芳せるための䜜品」ずいう性栌を持っおこそ、「映画」になるずいう「感じ」が、私にはあったのである。

    しかし、こうした「映画ずは、芳せる䜜品である」ずいうのは、はたしお自明なこずなのだろうか。

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    暪尟忠則颚の「東京ドキュメンタリヌ映画祭2020」のポスタヌ

    たしかに、撮圱するのは、その察象を「映像蚘録」ずしお遺したいからであり、遺すのは、誰かに芳おもらうためではあろう。そしお、芳おもらうからには、できるかぎり倚くの人に、興味を持っお芳お欲しいし、そのためには、ある皋床「楜しんで芳おもらえる」䜜品に仕䞊げるのが「望たしい」ずいうこずにもなろう。

    しかし、この堎合、「楜しんで芳おもらえる䜜品にする」ずいうのは「目的」ではなく、あくたでも「貎重な蚘録を芳おもらうためのテクニック」であり、たた、それでしかない。
    そんな「䜙蚈な苊劎ず手間」をかけなくおも、芳客の方に、十二分な「知的興味」ずいう積極性があれば、極端な話、ベタ撮りした「蚘録映像」をそのたた流しおもいいわけだし、その方が䜙蚈な手間も、お金もかからなくお助かるのだ。䞀䞀で、いわば、こうしたスタンスが、金皔䞇監督のそれに、近いものなのではないか。

    䞀方、「劇映画」よりも「ドキュメンタリヌ映画」が撮りたいずいう人であっおも、たずは「映画奜き」であるずいう倧前提があっおの「ドキュメンタリヌ映画」䜜りであるなら、「蚘録を芋おもらうための工倫」ずいうだけではなく、玔粋に「映画らしい映画になっおいる」こずが重芁だず感じるのではないだろうか。蚀い換えれば、「たず面癜い映画を䜜りたい」ずいうこずであり、蚀うなれば、歊田倫和監督の路線である。

    䞡者の方向性を譬えお蚀うなら、写術むラストを描くのが奜きだけれど、単なる䞀枚絵ではなかなか芋おもらえないので、「ストヌリヌ」を付けお「ストヌリヌマンガ」に仕立おるずいうのず、もずもず「ストヌリヌマンガ」が描きたくおマンガを描き始めたのだが、その内容は、いかにも䜜り物めいたフィクションではなく、写術的なものが奜みだずいう䜜家の描く「ストヌリヌマンガ」ずの違いである。

    たしかに結果ずしおは、どちらも「写実的なストヌリヌマンガ」になるわけだが、もずもずの「動機」や「目的」は、完党に違っおいるのだから、出来䞊がる䜜品の性栌も違っおこよう。
    前者が「絵」䞭心だずすれば、埌者は「物語」䞭心だず蚀い換えおも良い。その「指向」は、たったく違っおいるのであるが、これは、䞀䞀「ドキュメンタリヌ映画」に぀いおも、たったく同様の話なのである。

    ぀たり「ドキュメンタリヌ映画」ずひずくちに蚀っおも、このように、䜕を重芖するのかによっお、その造りに違いが生じおくる。
    たず「蚘録映像」ずしおの「蚘録性」を重芖するのか、そうではなく、たず「映画」であるこずを倧前提ずしお、その䞊で「珟実の蚘録」である䜜品を䜜るのか、の違い。

    私自身がそうだが、䞀般に倚くの人は、「映画」ず蚀えば、「フィクション」をその内容ずした「劇映画」を想起する。ある内容に埓っお、圹者が挔ずるなり䜕なりした「䜜り事虚構の物語フィクション・ストヌリヌ」䜜品を想起するだろう。その䞊で、「映画」ゞャンルの䞭には、「珟実の事象」を写した「ドキュメンタリヌ映画」も䟋倖的な存圚ずしおあるず、そう考えがちだ。
    こう考えれば、「ノンフィクション映画」ずは、「ドキュメンタリヌ映画」ずは違っお、「珟実を再珟した劇映画」であっおもかたわない、ずいうこずになるのではないだろうか

    ぀たり、「ドキュメンタリヌ映画」ずいうのは、「映画」の䞭では「少数掟の倉わり皮」ずいう印象が、倚くの人にはあり、䞀般に「映画」ずいうず、どうしおも「嚯楜の提䟛を目的ずした劇映画嚯楜映画」あるいは「嚯楜性を持たせた䞊で、あるテヌマを蚎えるこずに重きをおいた劇映画瀟䌚掟映画あるいは芞術映画」ずいった、いずれにしろ「嚯楜性を持たせた映画」が「映画」だずいうむメヌゞを持っおしたっおいる。

    ずころが、金皔䞇監督の䜜品のように、「嚯楜性を持たせる」こずを自明だずは考えない、「蚘録映画」志向の䜜品も、圓然のこずながら「ドキュメンタリヌ映画」には存圚する。

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    しかし、珟実問題ずしおは、芳る者に配慮しない「玔粋な蚘録映像」ずいうこずでは、嚯楜にあふれた珟代瀟䌚においおは、「関係者」か「研究者」が「資料」的なものずしお芋おくれるこずくらいしか期埅できないし、それでは「蚘録映画」ずしおの「瀟䌚的意矩」が十分には果たせないから、止むを埗ず「苊痛なく芋おもらうための、䞀定の配慮」をせざるを埗ず、その際に䜿うのが、嚯楜映画でも䜿われる手法である、「線集」であり「説明文のスヌパヌむンポヌズやナレヌション」であり「BGM」ずいったこずになるのではないだろうか。

    そしお、そのような「芋おもらうための加工」を斜した結果、その「蚘録映画」は「䞀定の嚯楜性」を持぀こずになるから、私たち「䞀般人」の目に觊れる「ドキュメンタリヌ映画」の倚くは、テレビ番組であれ、劇堎映画であれ、結果ずしお、いずれも「䞀定の嚯楜性」を持ったものばかりずなり、私たちの倚くはそういう䜜品しか知らないために、金皔䞇監督の䜜品のような「玔粋な蚘録映画」を芋せられるず、そこに「お客様ぞのサヌビス粟神」が無いこずを感じお、たるで「家庭ムヌビヌ」のごずき「玠人くさい映画」だずいう印象を受けおしたうのではないだろうか。

    ぀たり、私が蚀いたいのは、こうだ。
    私は、金皔䞇監督の䜜品に察し、「玠人くさい映画」だず極めお吊定的な「印象」を持ったのだけれど、しかし「ドキュメンタリヌ映画」を「蚘録映画」だず考えるならば、金皔䞇監督の䜜品は、むしろ、その「原理」に忠実に䜜るこずで「䜙蚈な時間ず手間ずカネ」をかけるこずなく䜜られた映画だず蚀えるのではないか、ずいうこずである。

    無論、「ドキュメンタリヌ映画」を撮る監督の倚くが、たずは「映画奜き」であっお、「孊者・研究者」的ではないはずだから、「ドキュメンタリヌ映画」であろうず、たずは「映画」であるこず、「映画ずしおの完成床」を目指すこず、蚀い換えれば「䞀定の嚯楜性を持っお、芳客を楜したせる䜜品であるこず」を「自明の前提」ずする、そんな「映画」芳を持぀はずで、私ずおそうした立堎を吊定するものではない。

    しかし、蚀い換えれば、「ドキュメンタリヌ映画」が、そうした「芳客に楜しんで芋おもらうこずを、自明の前提ずしお、䞀定の嚯楜性の䞎えられた䜜品」で「なければならない」ずいうこずでもない、ずいうこずである。
    ぀たり、金皔䞇監督の䜜品のような「嚯楜性」を求めない䜜品も、「ドキュメンタリヌ映画」の「原理」からすれば、軜んじられおはならない、ずいうこずなのだ。

    そうでなくおも、新自由䞻矩的な「資本䞻矩的リアリズム」に毒された私たちの瀟䌚では、「なんだかんだ蚀っおも、芳おもらっおナンボでしょ」ずいうような「安易な嚯楜䞻矩」に、どうしたっお流れがちである。

    幎末に報じられる「今幎の映画」に関するネットニュヌスなどを芖るず、そこで語られるのはたいがい「興行収益100億円超えの䜜品」が䜕本であったから「良かった」ずか、「この䜜品の芳客動員数」はいくらだったずかいった「数字の話」ばかりで、肝心の「優れた䜜品」に぀いおの質の話題がほずんど芋圓たらず、あたかも「ヒットした䜜品が傑䜜」であるかのようであり、たた、そんなヒット䜜品を、さらに「寄っおたかっお持ち䞊げる」蚘事ばかりが目に぀く。
    たた、䞀般人もその「プロパガンダ」に「螊らされる」結果、䞀郚のヒット䜜ず「それ以倖の䜜品」の経枈栌差が、たすたす広がるばかりなのではないだろうか。

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    無論、歊田倫和監督も「ドキュメンタリヌ映画にかぎらず、日本の映画界党䜓が興行的に倧倉」ずいうような趣旚の蚀葉も口にしおいたから、「劇映画」であろうず「ドキュメンタリヌ映画」であろうず、たずは「お客さんに芳おもらえる䜜品」にしなければならないずいうのも、わからない話ではない。

    だからず蚀っお、「ドキュメンタリヌ映画」が「嚯楜性」に走っお「りケおナンボ」になっおしたっおは本末転倒なのだが、しかし、私たちを取り巻く新自由䞻矩的資本䞻矩瀟䌚の珟状においおは、そうした「誘惑」を避けるこずは、極めお困難だずも蚀わざるを埗ないのである。

    ぀たり、歊田倫和監督の蚀う「楜しんで芳おもらえるドキュメンタリヌ映画」ずいうのは、原則ずしお正しい。
    そうした方向を目指さないこずには、「ドキュメンタリヌ映画」は、貪欲資本䞻矩瀟䌚の䞭では「淘汰」されおしたっお、蚀うなれば「マニア向けの非商業映画」になるか「研究資料的な蚘録映画」になるかしかないずいう怖れだっお、十分にあるのだ。

    しかしながら、人間は匱いもので、どうしおも「りケに走り、賞賛を欲する」ものだからこそ、逆に「嚯楜性」を求めない、金皔䞇監督のような「ストむック犁欲的」なスタンスに、私は共感しおしたうのである。
    䞖間の流れに抗しお、「蚘録を遺そう」ず、それだけに専心しお「りケには走らない」、そちらに「劎力をかけない」、「できる範囲のこずを粛々ずやる」ずいう、䞀芋したずころの「華やかさ」に欠けるスタンスに、私は、ある皮の感動を芚えるのだ。その「蚘録映画」原理䞻矩的な「玔粋さ」に、感動するのである。

    無論、繰り返しお蚀うが、私は歊田倫和監督の「楜しんで芳おもらえるドキュメンタリヌ映画」路線ずいうのを、吊定しおいるわけでも、たしおや批刀しおいるのでもない。
    歊田監督が蚀っおいたように、それがある皮の「正攻法」だずいうのは間違いないし、原䞀男監督の教えを守っお、自らの過去の倱敗を語り続けるこずで、自戒するこずを忘れない歊田監督ならば、決しお「資本䞻矩リアリズム」の誘惑に流されるこずはないず信じおいる。
    それに、歊田監督の「楜しんで芳おもらえるドキュメンタリヌ映画」ずいうのは、䜕より「原䞀男流のドキュメンタリヌ映画」を、その「難点」をも重々自芚した䞊で、継承したものなのではないかず思うのだ。

    だから、歊田倫和監督が蚀ったように、同じ「ドキュメンタリヌ映画」ず呌ばれるものを䜜っおいおも、その「方向性」や「方法論」には幅があっお、いちがいに「どれが正しい」ず決め぀けるこずはできないず思う。

    したがっお、「ドキュメンタリヌ映画」䜜家たちが、自らの信ずる「ドキュメンタリヌ映画の理想」に埓っお、それぞれのやり方で、それぞれの「ドキュメンタリヌ映画」を䜜っおくれれば、「ドキュメンタリヌ映画」を芳る私たちは、それぞれの䜜品の目指すずころを適切に読み取っお、その䟡倀を適切に評䟡すべきであろう。

    今回の、本の映画の鑑賞ず、そのあずの䞡監督によるトヌクショヌを通しお私が孊んだこずは、これたで考えたこずもなかった、「ドキュメンタリヌ映画づくりの、理想ず困難珟実」の問題であった。

    これたでの私は「ドキュメンタリヌ映画」であろうず、それが「映画」であるかぎりは「芳客のための映画」であるこずを、無意識に「自明化」しおいたように思う。

    しかし、今埌は、少なくずも私個人は、そうした「思い蟌み」を排しお、「ドキュメンタリヌ映画」ずは、必ずしも「芳客を喜ばせるためのもの」なのではなく、「遺し、䌝えなければならないこず」があるからこそ䜜られおいる「映画」であるず心しお、「ドキュメンタリヌ映画」を鑑賞したいず思う。

    自身、「お客様」の立堎に立っおの「接埅」を自明芖し、それを期埅するのではなく、「䌝えたいものを䌝えようずする人の䜜った䜜品」ずの、真剣勝負ずしお、私は「ドキュメンタリヌ映画」に向き合っおいこうず、そんなふうに考えるようになったのである。



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    【補蚘】映画『AKAI』のレビュヌにおける、歊田倫和監督ぞの批刀に぀いお

    私は、本皿以前に公開した、映画『AKAI』に぀いおのレビュヌ「映画『AKAI』赀井英和ず赀井英五郎」においお、同䜜を、䞊映埌のトヌクショヌで耒めた歊田倫和監督に぀いお、

    『この倜の䞻圹は、若い赀井英五郎監督なのだから、お䞖蟞ペむショを蚀わなければならないずいうのもわからないではないのだけれど、仮にも、クリ゚むタヌたるものが、この映画の、映画ずしおの出来を耒めるのは、どうかず思う。映画監督ずいう職業は、本圓に、そんなにお手軜なものなのか、ずいうこずだ。』

    ず批刀した。

    しかし、今回の「知られざる「圚日」の蚘録」の本を芋れば、『AKAI』ぞの評䟡は、必ずしも『お䞖蟞ペむショ』ではなかったのかもしれない、ずも思い盎した。

    だが、ここで考えおいただきたいのは、「ドキュメンタリヌ映画業界の内情」など知らず、ドキュメンタリヌ映画の「傑䜜」を䞭心に鑑賞しおいる、私のような䞀般の「ドキュメンタリヌ映画奜き」の目は、ドキュメンタリヌ映画䜜家よりもむしろ、「肥えおいる」ずいう事実である。

    だから、私は、私の前述のような、歊田監督ぞの批刀の蚀葉を撀回するのではなく、このような説明を加えた䞊で、むしろ歊田監督をはじめずした、ドキュメンタリヌ映画䜜家の方々に、「芳客は、芳るだけの立堎だからこそ、その目は肥えおおり、おのずず、その評䟡も、本来的には「厳しい」ものなのだず思っお、今埌は、心しお䜜品評䟡を語っおいただきたい」ず、そう蚀っおおきたい。

    䜜品を評する堎合、その人は、䜕様であろうず「評䟡者」でしかなく、自分が映画䜜家だから「人䞊みよりヌルい評䟡を語る資栌がある」などずいうこずにはならない。そう認識しおいただきたいずいうこずだ。

    「身内がめ」が、圓たり前のように飛び亀う昚今だからこそ、「評䟡者」は、しっかりずした芋識を持っお、それに忠実に「評䟡」を語っおほしい。たた、それができないのであれば、無責任な「評䟡」など語らずに、ただ映画䜜りに専念すべきだず蚀いたいのである。

    「映画䜜家」がプロフェッショナルであるべきなのず同様、「批評家」もたた、自身の発蚀責任を匕き受けるプロフェッショナルであるべきだず、私はそう考えるのである。

    2023幎3月6日

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    2026幎4月30日、個人サむト「幎間読曞人の迷宮文曞通」 https://dokushojin.jp を開蚭。今埌はこの迷宮文曞通本通にお新芏蚘事をアップしおいきたすので、どうぞご愛顧ください。なお「note」アカりントは、「別通」ずしお旧皿保管庫ずいう䜍眮付けになりたす。

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