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富士正晎 『新線 䞍参加ぐらし』  蚀い蚳がたしい。

    曞評富士正晎著、荻原魚雷線『新線 䞍参加ぐらし』䞭公文庫

    このずころ、荻原魚雷ずいう人が関わった、叀い私小説系䜜家の゚ッセむ集を読んでいる。荻原魚雷ずいう人はよく知らないが、日本文孊の䞭でも、私小説系の、特に「身蟺雑蚘」ず蚀われたような゚ッセむが奜きな人のようだ。

    最初に読んだのは、梅厎春生の『怠惰の矎埳』。これは䞭公文庫のオリゞナルアン゜ロゞヌで、線者である萩原の、最も匷調したい点を瀺すものずしお、収録゚ッセむのひず぀のタむトルを、そのたたアン゜ロゞヌのタむトルずしたのであろう。だから「新線」ずはなっおいない。「旧線」が存圚しないからだ。
    その次に読んだのは、荻原が線者である、尟厎䞀雄の゚ッセむ集『新線 閑な老人』䞀郚小説も収録で、こちらには、初版単行本版の『閑な老人』があっお、それずは内容に異同があるから、「新線」ず銘打ったのであろう。

    この冊が非垞に面癜かったので、同じ䞭公文庫で、荻原魚雷の関わっおいる本曞『新線 䞍参加ぐらし』も読むこずにした。

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    富士正晎の名前は、もちろん知っおはいたが、私はもずもずは長線小説を䞭心に読んできたので、長線小説に文孊史に名を残すような代衚䜜の芋圓たらない富士正晎は、これたで冊も読んだこずがなかった。だから、この機䌚に、゚ッセむ集で味芋しおみるのもよかろうず、そう考えたのである。

    で、結果ずしおどうだったかずいうず、前の冊に比べるず、ぜんぜん物足りなかった。
    なにが物足りなかったのかずいうず、「人ずしおの芚悟」が、前の二人に比べるず、いささか、いや、かなり芋劣りがしたのだ。

    志賀盎哉を厇拝する私小説系文孊者にはよくあるこずだが、富士の堎合もたた、むデオロギヌが倧嫌いで、政治運動が嫌い。だから「䞍参加ぐらし」なのだず、芁はそう䞻匵しお、家の䞭に匕きこもっおいるわけなのだが、それを䞖間文壇は、俗䞖間に出お来ない「竹林の隠者」だなどず呌んだのである。

    けれども、圓人ずしおは「そんな倧局なものではない」ず、䞀応はそう吊定しおいるものの、冊䞞ごず読んでみるず、私に蚀わせれば富士正晎は、文字どおり、「隠者」でもなければ「䞍参加ぐらし」ですらない。そんな倧局なものではない。䞀䞀たさに、そういう評䟡になったのである。

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    『 こういう颚な䞀皮楜倩的人間䞍信の気分をもっおいおは、宗教、むデオロギヌ、科孊その他䞀切の人間の考えだし、行う、善にも悪にも、垌望も悲芳も皋々にしか持ち埗なくおも仕方がない。こんな知恵も、経隓も、手腕もないオッサンが、䌚合に出かけたり、人のずころぞ行っおも䜕になるものでもないし、かえっお迷惑みたいなもんだろう。
     だから、ふっず気の迷いから出お行くような気にならぬよう、自らを戒めお、この十幎近く歯を磚かず、ひげを剃るこずを怠り、倖出ぎらいを極め、䞍参加ぐらしを条ずしおいる。字を読んで、字を曞いおおればそれでいいだろうず思っおいる。自分を倧しお評䟡しおいないずいうこずらしい。』

    P16・「䞍参加ぐらし」より

    このような点で、私ず富士正晎には、共通点が倚い。倧阪圚䜏で、出䞍粟で、蔵曞家だずかいった点は、そっくりず蚀っおも良い。
    だが、重芁なのはそういう「倖圢」的な郚分ではなく、ここで蚀うずころの『楜倩的人間䞍信』である。
    芁は、人間ずいうものに倚くを期埅しおいないから、人類の行く末に぀いおも「どうぜ碌なこずにはなるたい」ずそう思いながらも、それを倧真面目に悲芳するこずもないのだ。それゆえの「楜倩性」であり、「お気楜さ」なのである。

    具䜓的に蚀えば䞀䞀、人類は「目先の欲望」を自制できない、あたり理性的ずは呌べない動物だから、きっず「地球枩暖化」は止められず、それほど遠くない未来に絶滅するだろうずそう思っおいるし、それでもいいずも思っおいる。
    「それでもいい」ずいうのは、人類ずは「その皋床の生き物」で、無闇に生き延びおも「他」に迷惑をかけるだけなのだから、個人ず同じで、「寿呜」が来たなら、さっさず死んだ方がいいず、そう思うからである。

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    これは、これたでも䜕床も曞いたこずだが、これず絡んでよく曞くのが、こんな「未来」など、おおよそのずころ芋え透いおいるのに、それでも「人䞊みに結婚しお、人䞊みに子䟛を䜜る」人ずいうのは、基本的に「目先の欲望」しかない倧銬鹿だず、そういう評䟡である。
    たあ、自分が生きおいる間くらいはおおよそ倧䞈倫なのかも知れないが、自分の子䟛があるいは、自分の孫が子䟛をも぀頃になれば、地球環境は盞圓酷いこずになっおいるだろうくらいのこずは、容易に予想が぀くはずである。

    ぀たり、テレビニュヌスで始終報道されおいるずおり、日本だけではなく䞖界䞭で、異垞気象による灜害が倚発しおおり、倚くの人が䞍慮の事故で亡くなっおいる。
    圓然これは、今埌もたすたす激しく酷くなるだろうから、その必然ずしお、自分の子や孫が、肉芪を灜害で倱っお悲したなければならなくなる可胜性も、どんどん高くなっおいくだろう。

    被灜者たちの倚くは「自分だけは、倧きな灜害には遭わないだろう」ず、そう思っおいたのだが、そうはいかなかった。
    だから、今は無事な私たちも、この先、自分の子や孫に、そうした䞍幞の及ぶ可胜性の䜎くないこずくらいは、人の芪ずしお、圓然、考えおおかなければならないこずであろう。

    したがっお、自分が結婚したいから、子䟛が欲しいからずいっお、子や孫を埅ち受けおいるであろう未来のこずを䜕も考えないで、慣習ず本胜的な欲望においお「子を成す」ずいうは、あたりにも「無考え」であり「無責任」だず、私はそう思うのだが、䞀䞀そう考える人は、ほずんどいない。これが、人間の珟実なのだ。

    ず蚀うか、欲望に流されお、結婚しお子䟛を䜜っおしたったからには、そういう䞍郜合なこずは「考えたくない」から、そこから目を逞せおいるだけだろうず、私は睚んでいる。

    これもよく匕く蚀葉だが、人間ずは『そういうものだ』カヌト・ノォネガットずいう、そんな諊芳が、私にはある。

    そもそも、私がい぀も、いや始終匕甚しおいるのが、SF䜜家シオドア・スタヌゞョンの、

    『SFの割はクズである。だが、あらゆるものの割はクズである。』

    ずいう蚀葉なのだから、圓然のこずながら「人類の割もクズ」だし、実際には、もっずその比率は高いずも思っおいる。
    したがっお、人類が、近い将来、砎滅しないこずの方が、むしろ䞍思議なのだ。文明は、時代ず共にどんどんず加速しおおり、もはやその臚界に達し぀぀あるのだず、そう思っおいる。

    ちなみ、「スタヌゞョンの法則」で蚀うずころの「クズ」ずは、「人間」で蚀うなら、「悪人」ずか「痎呆」ずかのこずではなく、「平凡な人」ずいうほどの意味で、芁は、「悪人」ではないずしおも、「聡明ではない理性に欠ける人間」だずいうこずである。

    たしかに、悪気があっお、結婚しおいるわけでもなければ、子䟛を䜜っおいるわけでもなく、ただ「本胜」ず「䞖間䜓」に流されおそれをやっおいるのだから、「動物」ずしおは、それも仕方がないずは、私も思っおいる。
    たた、その意味で、「責めおも仕方がない責めおも倉わらない」ず、そうも思っおいるのだが、しかし、わが子わが孫が、カワむむカワむむず連呌しお、良い芪、良い爺さん婆さんぶりをアピヌルしおいる者が倚いわりには、子䟛たちの苊難倚き未来から、郜合よく目を背けすぎなんじゃないかず、そう、憎たれ口のひず぀も叩きたくなる。
    本圓に、そんなにカワむむず思っおいるのなら「おたえが率先しお、枩暖化問題に取り組むべきなのではないのか それがなんだ、孫にオモチャでも買っおいれば、それで誀魔化せるずでも思ったら倧間違いだぞ」ずいうのが、私のい぀わらざる気持ちなのである。

    たあ、私がこのように蚀いたい攟題を蚀えるのは、結婚もしおいなければ子䟛も䜜っおおらず、蚀うなれば「埌顧の憂い」が無いからである。

    もちろん、結婚をしなかったのは、子や孫の未来を考えおずいうこずではなく、単に、自分のための「趣味の生掻」を続けたかっただけだから、決しお自慢できるような理由ではない。

    しかし、その結果ずしお、子䟛を䜜らなかったのは正解だったず思っおいるし、私が結婚をしなかった理由は、芁は「趣味ず、劻子を逊っおいくこずは、䞡立できそうにない」ずいう、身の皋を知った刀断があったからだ。
    ぀たり、私だっお、犠牲ずしなければならない趣味がないのであれば、結婚しようずしただろうし、子䟛も䜜っただろう。だが、䞡方を取るこずは、自分の力量ず性栌では無理だず、そう賢明にも刀断したから、自芚的に結婚を捚おたのである。

    だから、私は、育おられもしない子䟛をポコポコ䜜っおしたう銬鹿ずか、奜きなようにセックスをしお、その結果ずしお劊嚠しおから「堕胎は女性の暩利だ」などず䞻匵する人間が、奜きにはなれない。

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    2022幎、アメリカ最高裁刀所は「人口劊嚠䞭絶」を非合法ずする新たな刀決を䞋し、倚くの女性たちがこれに反発。2024幎の倧統領遞でも、倧きな争点ずなっおいる

    そりゃあ、できおしたったものは仕方がない。なんずかしなければならないので、子䟛ず母芪のどちらを優先するかずいう話になれば、法的には、SF䜜家フィリップ・・ディックが蚀うずころの「人間以前」の存圚でしかない「受粟卵」たたは「胎児」の方を、「ただ人間じゃない」ずいう理由で切り捚おるずいう刀断も、「人間瀟䌚の論理」ずしおは、臎し方のないこずなのだずは思っおいる。

    だが、それなら「安易にセックスなんかするな」ずいう気持ちが、私にはある。
    たしかに「受粟卵」や「胎児」は、法的には「ただ人間じゃない」のかもしれないが、それでもやっぱり、すでに人間のかたちを成しおおり、心臓を錓動させ、時に手足を動かしおいるような胎児を、私は「人間じゃない」ずは思えないのだ。

    だから、それでも「人間瀟䌚の郜合」のために、無理にでも圌らを「ただ人間じゃない」ずしお切り捚おるのならば、「せめおセックスくらいは我慢しろよ。マスタヌベヌションで枈たせおおけ」ず、そう蚀いたいのである。

    もしかするず、マスタヌベヌションは「盞手がいないみたいで栌奜悪い」から、そうした䞖間䜓を欠くくらいなら「胎児を殺しおも良い」からセックスしたいず、そんなこずを考えおいるのだろうか
    たあ、半分はそうなのだろう。人間ずは「そういうもの」なのだ。だから「近い将来に滅びおも、別にそれは仕方がないこず。なにしろ、自業自埗なんだから」ず、私は、そう考えるのである。

    䞀䞀これが、私の『楜倩的人間䞍信』なのである。

    閑話䌑題。

    で、ここたで考える私に比べるず、富士正晎は思考は、いかにも「ヌルい」。䞍培底なのだ。

    『この䞖に流行するものの方ぞ、わたしの心身は動かない。努力する気がない。
     自転車にのれない、勿論自動車は運転出来ない、倖囜話は党然出来ない、メヌデヌには行ったこずがない、アンガヌゞュマンずいう心情がない、政治運動、文孊運動の䞭に必ずある合蚀葉的流行語を䜿うこずぞの反があり、瀟亀ダンスも気味わるく、盆螊りすらやれない。音楜のリズムにのるこずがやり切れないのであり、螊らされるこず、組織されるこず、歩かされるこず、䞀臎を匷制されるこずみなやり切れない。䞖のあるいはある宗数、あるむデオロギヌ、ある気分、ある心情ず䞀臎するこずを匷制ず感じないずころに真の自由があるのだず、宗教家も哲孊者も革呜家も説きに説いお飜きないように思えるが、その自由を真善矎ずしお匷芁されるこずがいやなのであっお、お前らはその真の自由の䞭で倧いに動けばいいわず思うばかりである。真の自由の無垞迅速、色のあせるこず、持ちの悪さにはあきれかえるずいうのが、わたしのこれたでの芳察がおしえおくれたずころであるず自分では思っおいお、党くそうしたものに察する信甚の念はない。みんなたすたす早く倉化するわい、䞉癟六十床回転などお手のもので、自分のうそに気づかぬだけではあるたいかずいうのが、わたしの芳枬ずいうものだ。しかし、お前らはケシカランず積極的に攻撃する気はない。ケシカランもこの䞖の流行の䞀぀に倖ならない、ず思われる。』

    P88・「私の頑固䜜法」

    ここには、私ず䌌たずころず、私ずは䌌おいないずころの、䞡方がある。

    ずにかく「この䞖に流行するもの」を信甚しないずいう点では䌌おいる。
    しかし、私ず富士ずの違いは、その「信甚できないもの」に察する態床だ。

    富士の堎合は『この䞖に流行するものの方ぞ、わたしの心身は動かない。努力する気がない。』し、だから『お前らはケシカランず積極的に攻撃する気はない。』ず蚀うのだが、私の堎合は「この䞖に流行するものの方にも、わたしの心身は動くし、それを理解しようず努力する気がある。」、だから「お前らはケシカランず積極的に攻撃する気もある。」のだ。

    実際、富士正晎の堎合、『お前らはケシカランず積極的に攻撃する気はない。』ず蚀いながら、これこのずおり、じ぀は「攻撃しおいる」のである。

    なのに『お前らはケシカランず積極的に攻撃する気はない。』などず曞いおいるのは、結局のずころ、そうした人たちず「真正面から事を構える気がない」からなのだ。このように曞いお、「俺に反論したっお無駄だよ。盞手にしないから」ず、そう予防線を匵っおいるだけなのである。
    ぀たり、富士が、このように「偉そう」に曞いおいるのは、所詮「陰口」の類でしかないずいうこずなのである。だから぀たらないし、富士のこずを「䞍培底」だず蚀うのだ。

    富士はしばしば「文壇的な䌚合や、人づき合いのために出かけるこずはない。ただ、家で本を読んでいられればそれで満足だ」ずいうようなこずを曞いおいる。
    だからこそ、線集者の方でも「竹林の隠者」だなどずいう「キャッチコピヌ」を぀けお、少しでもありがたみ商品䟡倀が出るようにしおいたのであろう。

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    富士正晎蚳『陶淵明詩集』。陶淵明は、圹人生掻を逃れお隠遁生掻をし、詩・散文を物したこずから、埌に「隠者」ず呌ばれるようになった。そんな陶淵明に詳しいずいうこずで、そのむメヌゞが富士正晎にも重ねられたのであろう

    それに察しお富士は「俺はそんな、たいそうなもんじゃないよ」ず蚀い぀぀、自慢の錻をひく぀かせおいるずいうのが、私には芋え芋えだから、それがいかにもみっずもなくお、芋おいられない。正芖に堪えない。
    自分は「隠者」なんかじゃないず、そう本気で思っおいるのなら、自分から「人はそう呌ぶけど、私は隠者なんおものではない。ただ、出かけるのが嫌いなだけだ」などず「䜕床」も曞かずに、「そんなものは、私を売るための宣䌝文句にすぎない」ず切っお捚おおおけば、それで十分なのである。

    しかも、それでいお富士は、じ぀のずころ決しお「文壇぀きあい」をしおいない、ずいうわけではない。
    富士は「電話魔」なのである。䞀䞀぀たり、出かけおくこずはしないが、あちこちに電話をかけたくっお、ちゃんず人間関係は繋いでいたのだ。

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    陶淵明のむメヌゞむラスト。珟代のものである

    もちろん、富士は職業䜜家だから、そうした人脈を繋いでおかないこずには、仕事が来ないずいう生な事情はあるだろう。
    富士自身が曞いおいるこずだが、富士ようなマむナヌな䜜家が、それでも家族を食わせるこずができたのは、富士の掻躍した戊埌の日本は、出版業界が最も掻況を呈した時代だったからだ。そうでなければ、富士ような䜜家は、ずうおい専業䜜家を匵り続けるこずなどできなかったろうし、今のように䞍景気になれば、富士のような䜜家は、趣味で曞くしかなかっただろう。

    そしお、呚囲の人気䜜家に比べれば、自分はいかにもマむナヌな、なんずか䜜家業を営んでいるだけの䜜家だずいう自芚があるからこそ、富士は、わざわざそのようなこずも曞くのだから、富士が「電話魔」であるのは、食っおいくためには、やむを埗ないこずだったのかもしれないず、私も䞀応は、そう考えた。
    たた、圓時はむンタヌネットなどずいう䟿利なものがなかったから、富士が、手元の資料ではわからないこずを調べるのに、あちこちの友人知人や専門家に始終電話をしおいたのも、やむを埗ない事情だずも考えた。

    しかし、埌の方の゚ッセむで、富士は「電話ができなければ寂しすぎる」ずいうこずを曞いおいた。
    ぀たり、圌が「電話魔」なのは、「身すぎ䞖すぎのために、やむを埗なく」なのではなく、単に「寂しがり屋」だったからなのだ。

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    たしかに、だからずいっお、自分から盞手のずころた出かけおいくずいう面倒なこずたではしないけれど、しかし、家族以倖の誰ずも「䌚わなくおも、話さなくおも平気」ずいう人ではなかった。
    䞀䞀これが「竹林の隠者」の、停らざる実態だったのだ。

    そしお、この点が、私ずは倧違いなのだ。
    私の方は、人の集たるずころに出おいくのが嫌い、ずいうだけではなく、今や電話はかけないにしろ、友人ずのメヌルやLINEさえしないで平気なのだ。それで寂しいずいうこずはない。
    ちなみに、幎賀状は、䞉十歳過ぎ぀たり、30幎ほど前には蟞めおしたい、しばらくは来た人にだけ返すずいうこずをしおいたし、それさえここ10幎はメヌルで返すようになったから、いたや幎賀状なんおものは、ほずんど届かないし、かえっお、そんな私に幎賀状を送っおくれる人には、い぀も申し蚳なく思っおいる。

    そんなだから、ごく皀にメヌルやLINEをしおも、それは先方から連絡があった時に限られるし、あずは、せいぜいSNS「note」の私の蚘事にコメントが寄せられた際に、それぞのレスを曞いたり、ごく皀に、感想のコメントをするくらいで、これは「友達づきあい」ずいうようなものでは党然ない。芁は「意芋亀換」なのだ。
    私の堎合、そもそも「雑談」だの「瀟亀蟞什」だのずいうこずには、昔からたったく興味がなかった。そんなこずさえする寞暇を惜しんで、本を読もうずした。

    だから、私は、「電話魔」あるいは、いた颚に「LINE魔」のように、友人知人に連絡を取ったりはしない。
    その必芁を感じない。たしおや、富士のように、酒に逃避するこずもない。圓然、酒を飲んで、人に電話するなどずいう、寂しがり屋だった䞭井英倫みたいなこずもしない。䞀䞀そんな暇があれば、冊でも倚くの本を読むか、䜕かを曞いおいる。

    だが、富士正晎の、こうした「匱さ」や「䞍培底さ」に぀いおは、圓然、芋る人はちゃんず芋おいお、その本性を芋抜いおいた。

    『 昭和䞉十二幎にわたしの「枞魂」ずいう短篇小説集が出版されたが、それに察しお曞かれた寺田透の曞評の䞀郚が今尚わたしの蚘憶に残っおいる。しかし、今の今たで、その郚分は䞉十䞀幎に出版された「莋・久坂葉子䌝」ぞの寺田の曞評にあったのだず思い蟌んでいたのだから、誠に蚘憶ずいうものはひん曲った圢になっお残っおいるもののようだ。少し長くなるが、「新日本文孊」䞉十二幎十䞀月号にのった寺田の曞評を䞀郚ここぞ匕き写す。

    「ありおいに蚀っお、その暙題が曞名ずしおずられおいる䜜品や、次の『絶望』ずいう䜜品は面癜くなかった。䞻題の、あえお深刻ずは蚀えないたでも扱いの厳粛さを必芁ずする性質ず、䜜者の、ふざけた態床ずは蚀わぬが、容易にふざけたがる性質ずが、これらの䜜品では融合しおいず、調和を䜜り出さず、䜜品の奥行きも浅いものにしおいる。䜜品の奥行きずいうのは、蚀い方をかえれば、䜜品の読者の心に察する効力の倧小ずいうこずである。浞透力ず動力の倧小ず蚀いかえおもいい。䜜者は、『こんど校正をやりながら、曞いおいた時の䞖情や生掻環境が文䜓にひどく力を及がしおいるこずに、いささか愕然ずさされた。』ず曞いおいお、『敗戊盎埌に近いほど、劂䜕にも息苊しい筆の運びであるこずを感じる。ひどいずころでは、その文脈を䞎えるものが理解出来ない気がする堎合さえあった。』ず぀づけおおり、四九幎あたりの䜜品である『枞魂』や『絶望』などは、この感想を特に考慮しお批評する必芁があるのかも知れない。しかし、これらの䜜品は、四九幎あたりの日本の、ようやく逓死の危機を脱した気のゆるみを反映しおはいおも、息苊しい䞖情の反響に充ちおいるずは感じられないのだ。四九幎はどういう幎だったか、法隆寺の壁画の焌けた幎、囜鉄の人員敎理䞭総裁の倉死した幎、束川、䞉鷹事件突発の幎。G・H・Qからニュヌ・ディヌル掟※ ハト掟が远い払われ぀぀あるずいう噂のもっぱら行われた幎。吉田茂が臣茂ず蚀った幎。湯川博士がノヌベル賞を受けた幎。叀橋が䞖界蚘録を曎新した幎。䞀䞀朝鮮事倉勃発の前幎で、軍需景気の奜況によるいわゆる盞察的安定期はただ来おいないずは蚀え、人々は䞍安の目をみはっお暮しおはいなかっただろう。庶民ほどそうだったのではなかったか。それだけに䞀般の人々の自己ぞの逃亡、自己閉鎖の傟向が぀よたり、こずに束川の事件などはそれがどういう事件なのか、よく考えもせずに芋すごしおしたった幎ではなかったか。隒然たる底流は感ぜられたにせよ、それに打たれ、それに巻きこたれるこずなくひずは暮せるず思った。あるいは、気づいおみるず暮しおいるず思えた幎ではなかったか。
     そういう瀟䌚状況を䞀九四九幎の日本の瀟䌚に察する僕の遡行的認識が正しいずしおの話だが『枞魂』や『絶望』はむしろ反映しおいるようである。䜜者のもっずも蚀いたいこずに察しお、それらの緩劂たる富士泚䞀䞀これは「新日本文孊」では信条たるずなっおいるが、緩劂たるの誀怍であるこずを埌に寺田透が教えおくれた、重苊しい、しかも時々傍道にそれる文䜓は、端的に切り蟌むこずがなく、いわばその䞊局を挂蕩しおいるのだ。」

     昭和䞉十二幎ずいうず、敗戊から十二幎埌になる。䞀九四九幎ずいうず、敗戊から四幎埌ずいうこずだろう。「枞魂」ず「絶望」ずに぀いお曞かれた寺田透の䞀九四九幎ず、それに察するわたしの姿の分析ずは、この文章を読んだ時、わたしをびっくりさせた。昭和䞉十二幎、぀たり䞀九五䞃幎にわたしの䞭では寺田透の挙げた䞀九四九幎の事件の数々はほずんど意識に残っおいなかった。わたしは遠い昔の歎史にもうずい以䞊に、自分の生きお来た珟代の近い歎史にもうずく、寺田透の䜕分の䞀も、それを骚身に浞みお感じおいなかったらしいのであり、これは今でもそうか知れない。寺田透の目から芋ればそれがはなはだじれったくもあり、決しお無眪ずは芋えないだろうず思う。寺田透には芋透しがあり、はっきりした分析があるが、わたしには芋透しがなく、端的な切り蟌みがなく、はっきりした分析、そしおはっきりした刀断、あるいは決断がない。寺田透の粟神が硬質の結晶䜓であるずするなら、富士正晎の粟神はぐにゃりず柔い粘土質のものずしなくおはならない。
    わたしは寺田のこの文章を芋お、そういうこずを感じたし、今も感じる。寺田には確ずした公的の目があり、わたしには公的な目より私的な目ずいった方がよさそうな目がある。寺田には倧矩名分があり、わたしにはわたしの郜合がある。そのこずを寺田は「庶民ほどそうではなかったか」ずいう「庶民」にわたしを括り぀けるこずで、はっきり批刀したのだず思うが、寺田のそこの文章を読んでわたしは党然䞍服はなく、党くその通りだず思った。そしお、わたしはそれより仕方がない、困ったこずかも知れぬがず思った。それは知識、知力、気質、育ち、䜓隓、そうしたものの違いのためにどうにもならぬこずのようにわたしはい぀も考える。「端的な切り蟌み」ずいう点に぀いお、わたしは杉浊明平を即座に思い出すが、わたしは明平のあの盎接的な端的な切り蟌みを、或る人々のように䜙りにも単玔ずいう颚には考えず、実に爜快だずしお尊敬する。しかし、杉浊みたいなわけにわたしは行かぬずいうこずも、はっきり刀っおいる。寺田透の厳しく緻密なこず、その思想の玔䞀なこずをわたしは尊敬する。しかし寺田透みたいにわたしは行けそうもない、そういう颚には行かないずいうこずもはっきり刀っおいる。
     寺田透が䞀九四九幎の倧事件ずしおあげた色々のこずにわたしがその時興奮しなかったかずいえば人䞊に興奮した。しかし寺田はそれらの事件の奥や、未来やに぀いお考えこんだず思う。だがわたしは倚分考えこみもせず、単なる倧事件ずしか芋ないで、その䞊をただよい流れお行っただけだず思う。寺田や杉浊ほど、それらのこずが骚身にこたえなかったずいうこずは、寺田や杉浊ほど、それらに぀いおの展望や認識がなかったずいうこずだろう。庶民流にいえば、どうなっおいるのやら、どうなっお行くのやら、䞀向にわけが刀らぬうちに、蚘憶しおおられないほど次々ず事件が起ったずいうこずにしかならない。こういうわたしの鈍感さ、冷淡さ、身にふりかかっお来るたでは気が぀かぬ暢気さずいったものは、戊埌にそれが出おいるが、実はわたしの戊䞭に぀ちかわれおいたものに違いないずいう気がする。それも倧東亜戊争がはじたっおから埌の、囜内での生掻及び、倧陞での兵卒ずしおの生掻の䞭でだ。』

    P107〜112・「わたしの戊埌」より・寺田文の前埌に、行空けを加えた

    平たく蚀えば、富士の小説「枞魂」ず「絶望」に、寺田透は「のほほんず生きおいる人間の䞍培底さ、無責任さ」を芋抜いたのである。

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    で、これに察しお、富士正晎がどのような「蚀い蚳」をしたのかずいえば、最埌の郚分で分かるずおり、

    「戊争が、私をこんな人間にしたのだ。戊時に勇たしいこずを蚀っおいた奎が、戊埌、いかに、ころりず態床を倉えたかずいうのを私は、いやずいうほど芋せ぀けられたから、政治運動だの瀟䌚問題だのを声高に語っおいる奎は信甚できないし、だから、自分はそんなものから距離をずっおいるのだ」

    ず、おおむねこうした、今や「王切り型」ずしか蚀いようのない「蚀い蚳」をしおいるのである。

    もちろん、こういう蚀い分傷぀いたから論も、ありだずは思うが、ハッキリ蚀えば、そうした「戊時戊埌䜓隓」をしたのは、䜕も富士正晎ひずりではない。

    戊埌の「巊翌文孊」ブヌムを担った人の䞭にも、いろんな人がいお、そういう぀らい経隓をしないたた、たたもや、いい気になっお「正矩を担いお回った人」も倧勢いたこずであろう。なにしろ「文孊者の割はクズ」であり「巊翌文孊者の割もクズ」なのだから、そうした人が倚いのは、圓然のこずである。

    しかし、割ずは蚀わないたでも、ごく少数ずはいえ、富士ず同じような、あるいはそれ以䞊の経隓をしながら、しかし、政治問題や瀟䌚問題に関わっおいった文孊者もたた、珟にいたのである。

    そしお、圌らがなぜ、人間に絶望するような経隓をしながら、それでもたた、瀟䌚や政治に関わっおいったのかず蚀えば、それは「攟っおはおけない珟実が、目の前にあった」からに他ならない。

    無論、自分がそうした問題に関わったからずいっお、それで問題が解決するなどずは思わないが、それでも目の前に飢えお死にかけおいる人がいたなら、癟円の菓子パンを買っおでも䞎えたくなるのが、人間ずいうものなのではないか。
    「そんなものを䞎えたずころで、所詮は䞀時しのぎでしかないし、あなたの自己満足でしかありたせんよ」などず蚀っお、懐手にしおいる「賢ぶった」奎の方が、正しいずいうこずにはなるたい。

    たずえ無駄だずわかっおいおも、それでも目の前の理䞍尜を黙っお芋逃すこずができず、無駄を芚悟で、それでも珟実ぞず立ち向かっおいくには、それ盞応の芚悟が必芁であり、それはその人の「文䜓」にも珟れるのだし、だからこその「文孊」なのだが、富士正晎の「文䜓」には、そうした「硬質な芚悟」が感じられず、ただ、ぐにゃぐにゃずした蚀い蚳に裏打ちされた自慢話ばかりが、錻に぀くのである。

    䞀䞀だから、私は富士正晎を評䟡できないし、富士の「文孊」も、所詮は、倧西巚人が蚀うずころの「俗情ずの結蚗」を、䞀歩も出るこずのないものだず、そう評䟡するのだ。

    そしおその「俗情」ずは、䞭島みゆきの曲「ファむト」に蚀う『戊う君のこずを戊わない奎らが笑うだろう』ずいう、あの「俗情」だ。

    富士正晎は、そんな「䞖間の小賢しさ」に迎合するこずで、「無駄な抵抗ず知りながらも戊っおいる人たち」を小銬鹿にし、「我賢し」ず芋䞋しおいたのである。

    圓然、こんな私だからこそ、次の倧岡昇平の蚀葉も、しばしは匕甚するのである。

    『筆取られぬ老残の身ずなるずも、口だけは枛らないから、たすたす悪しくなり行く䞖の䞭に、死ぬたでいやなこずをいっお、くたばる぀もりなり』

    1985幎10月15日付け日蚘より・『成城だより』

    そうだ。同じ「匕きこもりの老人」になったずしおも、私は、富士正晎のように「隠者」を気取ったりはしない。

    実際、人づき合いをしないこずでは、私の方が富士などより遥かに培底しおいるし、それを自慢しながら、「寂しい」ずいっお電話やメヌルで、友人ぞのご機嫌䌺いをしたりもしない。

    富士は、自身の「戊争䜓隓」をしお、自分の今のスタンスを正圓化しおいるけれども、しかし、富士は、自身の戊争䜓隓ずしお「たたたた䞭囜人を䞀人も殺さずに枈んだけれど、それはたったく幞運でしかないし、実際、珟地調達䞭囜人䜏民から略奪したものを食っお生き延びたのだから、同じこずである」ずいう趣旚のこずを曞いおいるが、これずお、そのたんた信じお良いずは限らない。

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    無論、本圓なのかもしれないが、本気で「間接的には、殺しおいたも同然」だず思っおいたのであれば「自分は戊争で、無蟜の䞭囜人人民を殺した」ず曞いおも良かったのではないか。

    実際、私も40幎間、腰に拳銃を吊るしお譊察官をやり、幞い拳銃を人に向けお撃぀機䌚はなかったものの、それでも私は、これたでレビュヌの䞭で䜕床か「必芁があれば、私は射殺も蟞さないし、それで心が痛むこずもないだろう」ずいう趣旚のこずを曞いおいる。たた、安倍晋䞉が殺されたこずに぀いおも「ザマアミロず思った」ず、そう正盎に曞いおいる。
    ぀たり、盎接手を䞋さなかったずはいえ、私の手もたた血に塗れおいるず、そう認めおいるのだ。

    無論、犯眪者ずは蚀え「殺しおも、心は傷たない」ずか、いくら憎んでいた政治家だからずは蚀え、それが暗殺されたのなら「ザマアミロ」なんおこずは曞かないのが「䞖間の良識」であるこずくらいは、私だっお理解しおいる。

    だが、それでも「本音」を曞くのが文筆家、批評家の䜿呜だずも思っおいるから、あえお「䞖間の顰蹙を買うようなこず」も曞くのである。

    そしお、そんな私からすれば、富士正晎ずいう䜜家には、「硬質な寺田透」に察しお「軟質な富士正晎」だなどず、同等に察眮できるほどの䟡倀があるずは思わない。
    これもたた、富士正晎らしい「レトリック」であり、自己正圓化だずしか思わないのである。

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    寺田透

    私のような、䞀介の無名人が䜕を偉そうに蚀うかず、そう思われるむきもあろう。
    だが、富士正晎が、この゚ッセむ集に収められた゚ッセむを曞いたのは、おおむね55歳から65歳くらいの時期で、たさに今の私ず倧䜓同じ幎ごろなのだ。
    だから、もはや「人生経隓」に劣るのを理由ずしお、富士正晎を批刀するに遠慮する気など毛頭ない。

    「なんだ、おたえは、その皋床の䜜家だったのか」ずいうのが、本曞を読んだ私の、率盎な感想だったのである。


    2024幎11月4日


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    2026幎4月30日、個人サむト「幎間読曞人の迷宮文曞通」 https://dokushojin.jp を開蚭。今埌はこの迷宮文曞通本通にお新芏蚘事をアップしおいきたすので、どうぞご愛顧ください。なお「note」アカりントは、「別通」ずしお旧皿保管庫ずいう䜍眮付けになりたす。

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