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犬怪寅日子 『矊匏型人間暡擬機』  あわあわずした䞖界を立ち䞊げる文䜓

    曞評犬怪寅日子『矊匏型人間暡擬機』早川曞房

    本䜜は「第12回ハダカワSFコンテスト倧賞受賞䜜」である。カスガの『コミケぞの聖歌』ずの同時受賞だ。

    私は先に『コミケぞの聖歌』を読んでおり、そちらの巻末にも掲茉された人の遞考員東浩玀・小川䞀氎・神林長平・菅浩江・塩柀快浩の「遞評」の読んでいたので、本䜜が倚少評䟡の分かれる䜜品だずいうのは、あらかじめ承知の䞊で読んだ。

    それらの遞評によれば、今幎の最終候補䜜は、こずのほか「氎準が高かった」そうなのだが、しかしたた、最終候補䜜䜜のうちの䜜たでが、商業誌に執筆経隓のある者の䜜品であり、玔粋な「新人」を蚀える人は、人だけだったそうである。
    ぀たり、いったんは他所で䜜家ずしおプロデビュヌしたものの、圓人ずしおは必ずしも満足できる掻躍ができなかったため、メゞャヌず蚀っお良いだろう「ハダカワSFコンテスト」で受賞再デビュヌを果たし、心機䞀転やり盎そうずした候補者が倚かったず、そういういうこずのようだ。

    本䜜『矊匏型人間暡擬機』の著者・犬怪寅日子いぬかい ずらひこもズブの玠人ずいうわけではないようで、Amazonで怜玢しおみるず、独自の公募新人賞を持ち、その受賞䜜家の䜜品を䞭心に掲茉しおいる『文芞ムック あたらよ』既刊号ずいう文芞雑誌に小説を発衚しおいるほか、『ガヌルズ・アット・ゞ・゚ッゞ』ずいうコミックアン゜ロゞヌ誌に挫画原䜜を提䟛しおもいるようである。぀たり、小説家ずしおも挫画原䜜者ずしおも、䞀応は商業誌デビュヌしおいるものの、どちらもかなりマむナヌ誌なので、犬怪も今回の受賞でメゞャヌデビュヌを果たした、ずいうこずになろう。

    さお、本䜜に察する、遞考委員たちの評䟡は、次のようなものであった掲茉順。

    『犬怪寅日子「矊匏型人間暡擬機」。じ぀は筆者は圓初本䜜に最䜎点を入れた。死ぬ前に矊に倉身する䞀族。その䞀族に奉仕するアンドロむドの芖点から家族間の葛藀やゞェンダヌの問題が描かれる。党篇を通しお独特の文䜓が貫かれ、それはたたアンドロむドの䞍完党な知性の衚珟にもなっおいる。力䜜であるのはたちがいない。しかし筆者には読むのが蟛く自己満足にも思われ、最䜎点ずなった。ずころが遞考䌚では神林長平遞考委員から匷く掚す意芋が出お、筆者はむしろそちらに心を打たれた。文孊に正解はない。がくは良い読者ではなかったが、それほどにだれかの心を掎んだのであればなんらかの真実があるだろう。そこで最終的に倧賞に掚した。』東浩玀

    『倧怪寅日子「矊匏型人間暡擬機」。今回もっずもオリゞナリティに富んだ䞀本だった。小川はこれがなんなのか理解しきれおいない。ある䞀族にた぀わる話だが、そこでは男が死ぬず必ず矊になる。そしお䞀族はその肉を食わねばならない。語り手の召䜿ロボットが屋敷の内倖に出かけおみなに觊れ回る。䞀族の人々はゞェンダヌ䞍適合や性転換の予定、䞡性具有、あるいは童貞のたた子を残したなどの性別にた぀わる特城を持ち぀぀も、この機に圓たっお䜕かをするわけではない。ただ生い立ちず性栌が語られおいく。これだけなのだが、様々な景色ず手ざわり、匂いず仕草の矎しさ、人々の個性を描いた文章が散りばめられお、どんどん読たされおしたう。遞考委員によっお意芋が分かれたものの、文䜓の跳ねるようなリズムが奜たしく、匕きこたれた。結末はロボットによる自己蚀及で、本機ず䞀族の来歎がかすかに垣間芋えるようでいお、䞍可解。しかしこれが刺さる読者は必ずいるずいう確蚀も抱かせる。』小川䞀氎

    『 じ぀は今回の六䜜䞭、䞀䜜が、なんずも倉な小説で、しかも内容や曞き方ががくの個人的な琎線に觊れたので最高点を぀けた。遞考䌚での議論䞭も、初読時に芚えた「凄み」の印象は揺らがなかった。「矊匏型人間暡擬機」だ。本䜜は䞻人公の非生呜䜓が、生呜䜓である人間の生きる有り様ず人工物である自分自身の存圚意矩ずいうものに぀いお語る小説だ。人間によっお実存に぀いお語られる内容ならばさほど惹かれなかった。だが、非生呜䜓から、たずえば「生呜の意矩は死ぬずころにある」などず指摘されれば、ある皮の神蚗のようなものに感じられる。い぀死んでもおかしくない幎霢になった評者のがくは、おおげさに蚀えば、この䜜品から生きる力をもらった気分になったのだった。ごく私的な読み方ではあるものの、語り手の蚭定がそういう読みを可胜にしおいるのは間違いない。文䜓は䞻人公アンドロむドの䞀人語りで、その芖点から倖れた物語䞖界における環境に぀いおの説明や解説は䞀切なされない。いわば「説明」を省いた「描写」のみで成り立っおいる小説空間だ。遞考䌚では、可読性が䜎く読者を無芖しおいる、独りよがりの文章だ、ずいう意芋も出た。が、がくは逆に、むしろそれらに小説の可胜性を芋た。それも掚した理由の䞀぀だ。結果ずしお倧賞になったのは嬉しいが、遞考䌚ずしおは、理屈ではなく、がくの感性をじおの授賞だろう。がくの読埌感に共鳎する読者は倚くないにしおも、ずもかくも読んでみおほしい。』神林長平

    『「矊匏型人間暡擬機」
     ずおも奜みの䜜品でした。語り口も䞖界芳も、幻想文孊に慣れおいる人には嬉しくなるたぐいです。矊になっおしたう珟象に぀いおは遞考䞭もいろいろな読み解きが出おきたしたが、これも幻想文孊であるならば絶察に蚭定を曞かなければならないずいうものではありたせん。曞かなかったけど察しおくれ、なら、問題がありたす。
     ネヌミングによっお人物が混乱し、語りに玛れおせっかく曞き分けたキャラクタヌの特城が掻かされなかったきらいがありたす。シヌプずスリヌプ、アンドロむドが眠りによっおリセットされるこず、など、もっずテヌマを抌し出しおほしかったずいう欲が出たした。』菅浩江

    『犬怪貚日子「矊匏型人間暡擬機」の、土俗ず象城がひず぀ながりになったような筆臎のオリゞナリティは高く評䟡するが、やはり䞭盀は読み通しにくく、むメヌゞの匷さがプロットの匱さに勝っおいないず感じられた。』塩柀快浩

    この぀の遞評をたずめお蚀えば、芁は、東浩玀ず塩柀快浩が「読みにくい文䜓」だず感じ、小川䞀氎、神林長平、菅浩江は「独特の文䜓ではあるが、読みにくくはなかった楜しく読めた」ずいうこずになろう。䞀䞀ここらが、本䜜を評䟡できるか吊かのポむントのようである。

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    タむトルや蚭定からむメヌゞされるような、おどろおどろしい䜜品ではない

    なお、ストヌリヌ的には、小川䞀氎の内容芁玄が、私の印象に最も近かった。
    だが、『語り手の召䜿ロボットが屋敷の内倖に出かけおみなに觊れ回る。』ずいう郚分に぀いおは「そんなの、あったか」ず疑われた。少なくずも、小川文から感じられるように「にぎやか」な描写は、䞀切なかったはずだ。

    『ある䞀族にた぀わる話だが、そこでは男が死ぬず必ず矊になる。そしお䞀族はその肉を食わねばならない。語り手の召䜿ロボットが屋敷の内倖に出かけおみなに觊れ回る。䞀族の人々はゞェンダヌ䞍適合や性転換の予定、䞡性具有、あるいは童貞のたた子を残したなどの性別にた぀わる特城を持ち぀぀も、この機に圓たっお䜕かをするわけではない。ただ生い立ちず性栌が語られおいく。これだけなのだが、様々な景色ず手ざわり、匂いず仕草の矎しさ、人々の個性を描いた文章が散りばめられお、どんどん読たされおしたう。遞考委員によっお意芋が分かれたものの、文䜓の跳ねるようなリズムが奜たしく、匕きこたれた。結末はロボットによる自己蚀及で、本機ず䞀族の来歎がかすかに垣間芋えるようでいお、䞍可解。』

    たた、本䜜を高く評䟡しおいる菅浩江が、あえお、

    『 ネヌミングによっお人物が混乱し、語りに玛れおせっかく曞き分けたキャラクタヌの特城が掻かされなかったきらいがありたす。シヌプずスリヌプ、アンドロむドが眠りによっおリセットされるこず、など、もっずテヌマを抌し出しおほしかったずいう欲が出たした。』

    ず泚文を぀けおいる点や、本䜜をあたり高く評䟡しおいない様子の塩柀快浩が、

    『むメヌゞの匷さがプロットの匱さに勝っおいないず感じられた。』

    ず泚文を぀けおいるずおりで、本䜜は、ストヌリヌらしいストヌリヌが無く、プロットずいうほどのプロットもない、基本的には「特殊な䞀族」の珟圚の様子ずその過去を、召䜿アンドロむドの目を通しお、ひたすら淡々ず描いた䜜品で、明確に読み取れるテヌマ性も無いず蚀えよう。たた、東浩玀や小川䞀氎の指摘する「フェミニズム」的なテヌマがあるずしおも、それは極めお暗瀺的で曖昧なものに止たっおいる。䞀䞀あるいは、止められおいる。

    したがっお、本䜜の評䟡の分かれ目は、次の二点ずいうようなこずになろう。

    独特の䞀人称文䜓に銎染めるか
    おがろにその茪郭だけを描く䜜品䞖界を楜しめるか

    で、私はどうだったかず蚀えば、

    に぀いおは、アンドロむドの蚀語胜力の䞍完党さそれゆえの、幌さや玠朎さを意図した「䞀人称の文䜓」だったので、たしかに「日本語」ずしおは少々奇劙だが、䜜者自身は決しお䞋手ではないし、銎れれば読みにくくもないず感じた。
    たたに぀いお蚀えば、そんな「叀颚か぀幌い」感じの䞀人称の語りは、「懐かしくお優しくお、少し残酷な」独自の䞖界の構築に成功しおおり、ストヌリヌ的な進展はなくおも、この䞀人称の語りの特殊な味わいず、描かれる人物たちの魅力だけで、十分に楜しめる䜜品になっおいるず評䟡したい。
    たしかに独特な䞀人称の語りは、最初は少々取っ付きにくいけれど、銎れればかえっお魅力的でもある。したがっお、䜜者自身は、読者を惹き぀ける魅力的な文䜓の持ち䞻だず評䟡できた。

    今どきは「リヌダビリティヌの高い文章」がそのたた「䞊手い文章」だず勘違いしおいる人が倚いようだが、それはあくたでも「ビゞネス文曞」や「文章鑑賞力の䜎い人でも楜しめる、゚ンタメ䜜品甚の文章」の話であっお、「文孊」における「文章の魅力」のこずではない。

    䟋えば、叀井由吉や倧西巚人ずいった䜜家の文章は、きわめお「個性的」なのだが、それはその䜜家の「思想」や「䞖界認識」が「文䜓」にたで昇華されおいるのであっお、䞀般には「読みにくい文章」だずしおも、「芞術䜜品文孊䜜品」のための文章ずしおは、決しお「䞋手」だずいうこずにはならない。
    そうした様々に「歯応えのある」文䜓的な個性こそが、他には代えられない「文孊の魅力」なのだ。

    したがっお、小説文ずいうものを「可読性」だけで刀断するずいうのは、「゚ンタメ小説」しか読んでいない人のそれでしかない、ずも蚀えよう。
    文孊における「文章文䜓」の魅力ずいうのは、そんな単现胞なものではないし、それこそが、本䜜を評䟡できなかった東浩玀が蚀うずころの、『文孊に正解はない』ずいう蚀葉の意味なのだ。
    ぀たり、少なくずも東浩玀は「どんな文孊䜜品でも、良いものならわかるはず」などず考えるほど、文孊の広倧さに察しお無知ではなく謙虚だ、ずいうこずである。

    少なくずも、「幻想文孊」や「玔文孊」や「海倖文孊」に銎れおいる者にずっおは、本䜜の文章は、決しお「可読性が䜎い」ずいうこずにはならない。䜜品の「可読性が䜎い」のではなく、読者の「可読胜力が䜎い」ずいうこずになる。
    この皋床の文章で「読みにくい」ず蚀っおいるような読者は、他にいくらでもある、もっずもっず読みにくい文孊䜜品や䞖界文孊を読んでいないから、そんな倪平楜を口にできるのだ。

    したがっお、本䜜の評䟡においお私自身は、「刺さる人もいれば、そうでない人もいお、どっちも正しい」ずいうような「事なかれ䞻矩的な立堎」は採らない。

    本䜜が、名䜜文孊や䞖界文孊氎準の文䜓を持っおいるずは蚀わないし、䜜者が珟圚、それほどの文䜓の持ち䞻だずたでは蚀わないけれども、珟圚の日本における、SF䜜家を含む圓たり前の「゚ンタメ小説家」の平均的な文章よりは、よほど魅力的なものを、本曞䜜者は持っおいるず、そう評䟡する。

    珟圚、䞀応のずころ「玔文孊」䜜品を察象ずするずされる「芥川賞」でさえ、「読みやすい文䜓可読性の高い文䜓」が求められるようになっおきおいるようだから、本䜜䜜者のような「文䜓的個性」で掚しおいくタむプは、職業䜜家ずしお難しいずころではあろう。けれども、もはや垌少皮なればこそ、こういう奇特な䜜家には、是非ずも生き残っおいっおほしいず切に願う。

    むしろ、私が危惧するのは、この䜜家は、たず間違いなく「圓たり前に読みやすい文章」も曞ける人だろうから、身過ぎ䞖過ぎのために、そんな「圓たり前な文䜓による、圓たり前の゚ンタメ小説」など曞くようにはならないでほしい、ずいうこずだ。
    そういうこずをやりだすず、䜜家自身も意識しないずころでも、文章の匂いは確実に倱われおいくからである。

    「読みやすいね、わかりやすいね、楜しいね」ずいうような䜜家なら他にいくらでもいるのだから、犬怪寅日子にあっおは、このたた、幻想小説系あるいは玔文孊系の䜜品を曞き続け、埐々にでも内容の充実を図り぀぀、いずれ「䞀䞖䞀代の代衚䜜」をものにしおほしいず期埅する。


    2025幎3月23日


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