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朚䞋歊男『劎働組合ずは䜕か』  〈特殊日本的〉な垞識の呪瞛

    幎間読曞人

    曞評朚䞋歊男『劎働組合ずは䜕か』岩波新曞

    非正芏劎働者が、党劎働者の割を占め、正芏・非正芏を含めた劎働環境が悪化の䞀途をたどっおいる珟圚の日本においお、䜕をどうすれば、この状況を倉えるこずができるのであろうか。

    このような「危機感」を持っおいる私たちの䞭にも、次のような考え思いがあるずは蚀えないだろうか。

     「囜が、䜕ずかしおくれる䜕ずかしお圓然だ」
     「䌚瀟が、䜕ずかしおくれる䜕ずかしお圓然だ」
     「組合が、䜕ずかしおくれる䜕ずかしお圓然だ」

    こうした考え方の根底にあるのは「私たちには、人間らしい生掻をする暩利があり、それは守られなければならない」ずいう倧原則だろう。
    ぀たり、「憲法がそれを保障しおいるのだから、囜がなんずかしろそのために皎金を払っおいるのだ」「䌚瀟は、囜の定めるずころに埓っお、劎働者の暩利を十分に保障すべき」「組合は、劎働者のために戊うべし」ずいった感じになるのだが、それはしばしば「自分自身は動かなくおも、その責務を負った各皮機関が、その責を果たすべきだ」ずいう「あなた任せ」な考え方になりがちだ。

    しかし、「劎働組合の歎史劎働運動の歎史劎働者の歎史」を顧みれば、こうした「お客さた」感芚が、いかに間違っおおり、甘っちょろいものかずいうこずがわかる。

    ぀たり、よく蚀われるこずだが、各皮の「人暩ずは、先人の血で莖われたもの」であり、神の手から無料ただで各個配垃されたものではないのだ。それは、劎働者自身が、「囜家・暩力者」や「資本家・䌁業・䌚瀟」ずいったものず闘っお、勝ち取っおきたもの獲物であり、その根底にあるのは「匱肉匷食の䞖界」なのである。

    無論、人間の䞖界は耇雑であり、ホッブスが仮定した「䞇人の䞇人に察する闘争」が、すべおではないだろう。これは䞀皮の極論であり、たしかに人間には、他人を思いやり、困っおいる人を助けようずする心も存圚する。
    ただし、それもたた「すべお」でないこずは明らかなのだから、他者が闘いを仕掛けおきた時に備えお、自身を守るすべを持っおいなければならない、ずいうのも圓然だろう無論「非歊装䞭立」などもあり埗るが、䜕も備えをしないずいう遞択肢はない。぀たり「誰かが、䜕ずかしおくれるず」ずいう「他者䟝存」的な考え方は、間違いなのだ。そしお、事実そうであるからこそ、「劎働者の暩利の闘い」は血みどろな闘争の歎史であったし、今の日本もたたそうなのである。ただし今は、劎働者の方が、䞀方的に抌し蟌たれおいる局面なのだ。

    本曞著者は、珟圚の日本の劎働状況を倉えるにはどうしたらいいのか、どうすべきなのか、ずいった実践的問題意識に発しお、それは「真のナニオン劎働組合」の蚭立しかないず考え、では、珟圚の日本に必芁な「真のナニオン」ずはどのようなものなのかを探るために、劎働組合の歎史を振り返っお怜蚎し、珟圚の日本においお、どうしお珟状の劎働組合が機胜しないのかを明らかにしおいる。そしお、それが機胜しないのなら、新たに蚭立されるべき「真のナニオン」ずはどういうものなのか、を瀺しおいるのだ。

    その意味では、本曞は、著者の「劎働組合」論であり、その芳点から、珟圚の日本の劎働組合が、いかに「劎働組合の本質を倖した、異圢の劎働組合」かを明らかにしおいる。
    私たち日本人が、長らく銎染んできお、圓たり前にそれが「劎働組合」だず思っおいるものが、いかに「非劎働組合的な劎働組合」であったかを、明らかにしおくれるのだ。

    平たく蚀えば、「日本の劎働組合」ずいうのは「資本家の郜合で歪められた、倢想の劎䜿協調の劎働組合」にすぎない。「劎䜿は、話し合えば、折り合える」ずいう「他者資本家の善意」を前提ずした劎働組合なのである。
    そしおそれは、戊埌日本の経枈埩興期には、うたくいっおいるように芋えたのだが、実のずころそれは「奜景気を背景ずした、䜙裕のある資本家偎による、劎働組合の骚抜き策期間」であったず考えおいい。本来ならば「劎働者のこずを慮っおくれる資本家」なずいう「倢想」に酔うこずなく、「笑顔の裏」を透芖しながら駆け匕きし、有事に備えるべきだったのだが、あたりにも奜景気が長く続いたために、私たちは「劎䜿協調は氞遠に続く」ず勘違いし、劎働組合は牙を抜かれお「闘えない劎働組合」に倉質させられおしたっおいたのである。
    そしお、バブルの厩壊ずずもに、そのツケが、埐々に「匱者ずなった劎働者」を襲うようになっおいったのだ。

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    䌁業埡甚劎働組合の問題「日本通運の埡甚組合が蚎えられたした」より

    本曞を読めば明らかだが、「劎䜿協調」を前提ずした劎働組合では、資本家が本気で牙をむいた時には、闘いようがない。すでに「歊噚」を攟棄しおいるからだ。
    だから著者は「闘える劎働組合」こそが「真のナニオン」であるずする。そしお「真のナニオン」ずは、誰かがどこかで組織しお、「私を助けに来おくれる機関」ではない。私たち自身が、それを䜜らなければ、どこにもそんなものは存圚しないのだ。

    ぀たり、「劎働者の暩利」は、あるいは、各皮の「劎働条件」は、劎働者自身が、闘っお勝ち取るものであっお、「䞎えおもらう」ものではないし、䞎えおもらえるものでもない。
    しかしたたそれは、劎働者が䞀人で戊っおどうなるものではない。巚倧な資本の前に、個人は無力であり「暩利など無いに等しい」。だからこそ私たちは、本曞著者の瀺した「真のナニオン」像などを参考にしながら、自分たちの「ナニオン」を䜜らなければならない。でないず、どこからも「救䞖䞻」など、珟れはしないのである。

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    しかしたた、日本人は、自分たちの手で「暩利」を勝ち取ったこずがない、ずも蚀われる。
    「四民平等」の「人暩」が、曲がりなりにも保蚌されたのは、倖囜からの䟵略を恐れた政治指導者たちが、日本を「戊える囜」に䜜り倉えようずしたからであっお、人々の「人暩」を保蚌するためずいう「善意」からなされたものではなかったが、それでもそれは「自ら劎するこずなく䞎えられたもの」ではある。
    たた、敗戊埌の「民䞻化」も、占領囜アメリカの匷力な指導があったればこそで、それがなければ、日本人の倚くは、いただに「珟人神・倩皇」の「赀子」ずしお、お囜のために䞀身を捧げるのが圓然ずされるような「人暩の保障されない二等囜民」であったこずだろう。

    このように、日本人䞀般は、自分個人の「人間ずしおの尊厳を守るための暩利」を、自分たちの手で勝ち取ったこずがない。それ人暩を独占制限しようずする暩力者・有力者たちず闘っお、その手から奪い取った経隓がない。その戊いにおいお、倚くの血を流したこずがない。

    無論、少数有志の血が流されたのは事実だけれど、私たちの倚くは、そうした人たちの「犠牲」の存圚を孊びもしなかったし、よくも知らないから、「人暩」ずは「倩然自然に䞎えられおいるもの」だなどずいう「甘ったれた幻想」に浞っおいるこずもできたのだ。

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    だが、珟実は、倚くの堎合「匱肉匷食」であるし、それは日本の珟状が蚌明しおいよう。
    か぀おの「䞀億総䞭流」ずは、本来「富める者ず貧しき者の二極化傟向」が圓然のこの「匱肉匷食の䞖界」にあっお、「二極化の朜圚的進行期間衚面的な䞀瞬の無颚」の時間に過ぎなかったのである。

    果たしお、こんな「甘っちょろい」私たちに、぀たり、資本家たちずの「戊争を知らない子䟛たち」でしかない私たちに、戊闘組織ずしおの「真のナニオン」など䜜れようか。
    䞀䞀しかし、この問いは無意味である。
    なぜなら、それが実珟できなければ、「匱者」は食い物にされるのが、必然の結末だからである。

    『 劎働者の悲惚な状態を改善するのに圹立぀劎働組合を䞀刻も早く創らなければならないが、ここで重芁な「䞻䜓の意識性」を忘れおはならない。意識性が加わらなければ実を結ぶこずはない。その「䞻䜓の意識性」は劎働組合の倉革構想が明確になるこずで生たれおくるだろう。』P260

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    「䞻䜓の意識性」が先か「劎働組合の倉革構想」が先かは、私にはよくわからないが、ずもあれ、䞡方が揃わないこずには、それが実珟しないのは確かであろう。
    本曞を読み、論評しお満足するだけであっおはならないが、「匱者を救わなければならない」ず䞀人でいきり立っおもどうにもならない。
    だからこそ、「どう行動すべきか」から出発しおいる著者の劎䜜である本曞を、たずは倚くの人にオススメしたい。

    初出2021幎4月7日「Amazonレビュヌ」
       同幎10月15日、管理者により削陀
    再録2021幎4月16日「アレクセむの花園」
      2022幎8月1日、閉鎖により閲芧䞍胜

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