
テレビの中の「優しいあの人」に、お金を叩きつけられた日。
元カフェ店員が忘れない、画面越しの爽やかさと、目の前の冷徹な「暴力」
楽しい話や、輝かしい思い出も、私の人生にはもちろんたくさんある。
けれど、人間の記憶というのは不思議なもので、理不尽に嫌な思いをしたことや、悲しかった出来事のほうが、なぜか何年経っても鮮明に脳裏に焼き付いているものだ。
今日は、ふとした瞬間に今でも思い出してしまう、ある「苦い記憶」について書こうと思う。
私の事情を何も知らない「ある赤の他人」から、突然ぶつけられた理不尽な悪意の話だ。
それは、私が第2の夫と別居した直後のことだった。
壮絶な家庭内暴力から命からがら逃げ出した私は、「子どもたちを引き取って育てるためには、一刻も早く生活を安定させなければならない」と、焦りと義務感に突き動かされていた。
まともな正社員の仕事に就く前の、とにかくがむしゃらにアルバイトを掛け持ちしていた過酷な時期の話である。
そのバイト先の一つに、都内の有名なカフェがあった。
立地が良く、お洒落なその店には、有名人や芸能人もよくお忍びでやってくるような場所だった。
ある日のこと、私はカウンター越しに注文を聞くレジ担当に入っていた。
店内はさほど混み合っておらず、他にお客様の列もない、ゆったりとした時間が流れていた。
自動ドアが開き、一人の男性が入ってきた。
私はいつも通り、爽やかに、心を込めて愛想よく「いらっしゃいませ」と声をかけた。
そして、そのお客様の顔をよく見て、私は内心ハッとした。
当時、テレビをつければ画面越しに観ない日はないほどの大物有名人だったからだ。
「店内でお召し上がりですか? ご注文をお伺いします」
私の丁寧な対応に対して、その男が返してきたのは、驚くほど乱暴で低い口調だった。
「持ち帰り。ラテ」
一瞬、耳を疑った。
テレビの中で観る彼は、いつも朗らかで、誰もが好感を持つような「爽やかで優しいお兄さん」だったからだ。
私は動揺を隠しながら、「〇〇円頂戴いたします」と会計を促した。
その瞬間だった。
男は、お金を載せる受け皿(コイントレイ)に向かって、バン!!と激しい音を立てて、力強くお金を投げつけたのだ。
何かを親の仇のように叩きつけるような、凄まじい投げ方だった。
私は一瞬、恐怖で身体がすくみ上がった。
私は何一つ、粗相をしていない。
接客の手順も間違っていないし、失礼な態度も取っていない。
普通に、普通に対応しただけなのに、なぜこんなことをされなければならないのか。
その有名人は、私と一切目を合わせようともしなかった。
ただ一人で勝手にイライラを撒き散らし、不機嫌なオーラを纏ったまま、ラテを受け取ると風のように店を出て行った。
家庭内での壮絶な暴力に怯える毎日から、ようやく解放されたと思っていた矢先のことだった。
「あんな風に、他人に物を叩きつけるような人間がいるんだ」という恐怖。
そして、画面越しで見せる完璧な善人の顔と、目の前の醜い現実のギャップ。
赤の他人が無自覚に放ったその「小さな暴力」は、家庭内で傷ついていた私の心をさらに深く抉り、私はそれからしばらくの間、激しい人間不信に陥ってしまった。
あれから長い年月が流れた。
バツ3を重ね、酸いも甘いも噛み分けて、今は4回目の夫と「ほどほどの幸せ」に落ち着いた現在の視点で、あの日の出来事を振り返ってみる。
あの有名人も、きっと何かに追い詰められていたのだろう。
世間からの重圧や、カメラの裏でのトラブル、誰にも言えないストレスを抱えて、爆発寸前だったのかもしれない。
だからといって、目の前の見ず知らずの店員に八つ当たりをして、お金を叩きつけていい理由には、ならないけれど。
でも、あの時の私は、子どもを守るために必死に、必死に生きていた。
ただそれだけで、誇るべき存在だったのだ。
だから私は今、あのカフェのカウンターで、理不尽な悪意に震えていた20代の私に向かって、心の中でそっと声をかけてあげる。
「あなたは何も悪くないよ。よく頑張って笑顔で立っていたね」と。
人間は、誰しも見えない傷を抱えて生きている。
他人の何気ない一言や行動が、誰かの心をどれほど深く傷つけるか、私たちはもっと想像力を持つべきなのかもしれない。
私は今夜も、私のために不器用に笑う目の前の夫を見つめながら、あのトレイの冷たい金属音を、静かに思い返している。