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世界で一番幸せな人

    世界で一番幸せな人は誰なのだろうか。

    もしそれが自分だとしたら、それ以上の人生はないのではないだろうか。

    世界一幸せな人。世界一の資産を持つイーロン・マスクだろうか。それとも世界一のフォロワーを持つクリスティアーノ・ロナウドだろうか。このように実績のある人を挙げ始めればきりがない。しかし、そのような実績を持つ人は皆、本当に幸せなのだろうか。反対に、ごく普通の一般人の方が幸福を感じながら生きているということは、絶対にあり得ないのだろうか。

    私の考えは、断じてそうではない。

    そもそも幸福とは、人それぞれ条件や基準が異なる極めて主観的なものである。そのため、客観的な事実だけで幸福を決めることは非常に難しい。だからこそ、人は同じ出来事に対しても、それぞれ異なる感情を抱くことができる。目の前で起こった出来事を嬉しいと感じるのも、悲しいと感じるのも、怒りを覚えるのも、不快に思うのも、人それぞれなのである。

    厳密に言えば、目の前で起こった出来事に対し、これまで形成されてきた価値観や育ってきた環境の影響を受け、脳内ではさまざまな神経伝達物質が放出される。その結果として、私たちは感情を抱くのである。例えば、達成感や期待感を抱けばドーパミンが放出され、安心感を得ればセロトニン、人との愛情や信頼を感じればオキシトシンが分泌される。つまり、幸福感はこれらの神経伝達物質によって生み出されるものであり、それらが適切に働くことが幸福の土台であると言える。

    では、それらの物質を効率よく放出させる方法だけを追い求めればよいのだろうか。私はそうは思わない。それではあまりにも作業的であり、人生の面白さが失われてしまう。だからこそ、自分がどのような瞬間に幸福を感じるのかを、言葉で説明できるほど明確に理解しておくことが重要なのである。

    人生を何となく過ごしていても、不満ばかり抱えながら生きていても、幸福をかみしめながら生きていても、時間は同じように過ぎ去っていく。誰にでも平等に与えられた時間をより豊かに生きるためには、日々の出来事に感謝の気持ちを持ち、この経験が将来の自分にどのような意味を持つのかを考え続けることが大切である。

    人生において、いかに納得感を持って生きていくか。この「納得感」という言葉は非常に重要だと私は考える。納得感は、考え方や思考法、知識によって変えることができるからだ。だからこそ、さまざまな価値観に触れ、多くの物事を受け入れられる人間になるべきなのである。

    例えば、傘を持たずに出掛けた日に雨が降ってきたとする。そのとき、「何でだよ」と腹を立てることもできる。一方で、「天気予報を確認しなかった自分にも原因があった」「予報を見ていても外れることはある」と受け止めることもできる。このように、物事を柔軟に受け入れ、楽観的な視点を持つことは極めて重要である。そのためには心に余裕を持ち、怒りという感情に流されるのではなく、論理的に感情をコントロールする力が必要だ。その思考のプロセスを身につけることこそが、豊かな人生を築くために欠かせないのではないかと私は考える。

    世界一幸せな人とは、誰かと比べて決まるものではない。自分なりの幸福を見つけ、それを心から実感できたとき、その人は世界一幸せな人になれるのではないだろうか。

     
     
    何者かになりたい若者が、人生・成功・努力・成長について考えたことを書く場所

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