日曜日の夕方。
私は昔から、日曜日の夕方が嫌いだった。
「明日が月曜日だと思うと憂鬱だから」という、よくある“サザエさん症候群”のそれとは違う。
子供の頃には感じることがあまりないはずの【切なさ】みたいなものを、私はずっと感じ続けていた。
そしてその感情をどう処理すればいいかわからなかった。
だから日曜日の夕方が嫌いだった。
幼稚園児の頃は
「いつまでこうやって母と手を繋いでいられるんだろう」
などと考え、
小学生の頃は
「いつまでこうやってみんなで走り回って笑っていられるんだろう」
などと考え、
中学生の頃は
「いつまでこうやって馬鹿みたいな妄想話に花を咲かせていられるんだろう」
などと考え、
高校生の頃は
「いつまでこうやって自分達は最強だ、みたいな気持ちでいられるんだろう」
などと考え、
専門学生の頃は
「いつまでこうやって夜中まで語り合うようなことができるんだろう」
などと考え、
そして大人になった現在、
「いつまで家族や友人たちと一緒にいられて、いつまで働けるんだろう」
などと考えている。
それは決まって日曜日の夕方で、この時間になると毎回のように今までの思い出が走馬灯のように頭の中を巡る。
いざ死の間際になった時に、逆に何も思い出さないんじゃないかと、謎の心配が浮かぶほど、ぐるぐると私の脳内にあらゆる思い出が蘇る。
思い出す内容は
【3歳くらいの時に母に初めてハーゲンダッツを買ってもらい、えらく感動して、二人で笑い合いながらアイスを食べた思い出】
みたいなやや感傷的なものもあれば、
【ある日同級生の家が火事で全焼し、慌てて携帯に電話をかけてみたら「バイトから帰ってきたら家なかった!でも無事だぜ!ガハハ!」という返答が返ってきて、不謹慎にもその明るさにニヤリとした】
というものもある。
日曜日の夕方。
オレンジ色の空。
どこかから薫ってくるカレーの匂い。
公園の子供の笑い声。
お婆ちゃんのシワシワの手。
母の作ってくれたご飯。
妹の笑顔。
友達からの他愛ない電話。
恋人からのメッセージ。
色々なことを思い出して、泣きそうになる。
だけどじんわりと温かい。
私はよく、あれがないこれがないと思ってしまう。
こんなに沢山持っているのに。
日曜の夕方。
それは私に「私はちゃんと、沢山の大切なものを持っている」と思い出させてくれる。
ずっと嫌いだった時間を、だんだん好きになってきている。