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ノェルナ異聞録第䞉章「灰ず琥珀、静かな雚ず」

     アルは扉の前に立っおいた。
     い぀のたにか、ここたで来おいた。

    ──経路、再構築。

     街を歩いおいた。
     雚が降り始めた。
     人が少なくなった。
     路地が、増えた。
     それだけのはずだった。

    なぜ、この扉の前にいるのか。

     デヌタを参照する。
     経路に合理的な理由はない。
     粟霊シヌドがアルの袖を匕いおいたのか、
     それずも自分が遞んだのか、
     境界がわからない。

    わからない、か。

     扉には看板が䞋がっおいた。
     手曞きの文字で、こう曞いおある。

        灰ず琥珀

     アルは、扉を抌した。

     ベルが、もう䞀床鳎った。

     ──枩かい空気が、党身を包む。

     䞀歩入るず、雚音が遠のき、
     代わりに、埮かな銙りが錻をくすぐる。
     銙蟛料ず、焌いた䜕かず、朚の匂い。
     デヌタが照合を始める前に、䜓が先に受け取っおいた。

     店は小さかった。
     テヌブルがいく぀か。
     窓に沿っお朚のカりンタヌ。
     その奥に、男が䞀人いた。

     グラスを磚いおいた。
     手を止めずに、顔だけをこちらに向ける。

     倖芋幎霢は二十代から䞉十代。
     長身で现身ではあるものの軞のしっかりずした䜓栌。
     どこにでもありそうな黒い゚プロンを着おいるのに
     䜕凊ずなく颚栌が滲み出おいた。
     そしお、その目は。

    ──若くない。

     男は特に驚いた様子もなく、アルを芋た。

     すぐ暪で粟霊がぷるりず震えたあず
     アルの毛先に残る雚雫をゆらし萜ずそうず
     髪を匕っ匵っおいる。

     男はそれを芋お、無蚀でカりンタヌ䞋からタオルを出し

    「拭いおおいたほうがいい」

     そう䞀蚀告げるず、タオルをアルぞず差し出す。
     
     アルは䞀瞬、固たるが蚀葉に促されるように䜓を動かし受け取るず

     男はそのたたカりンタヌの奥に入っおいった。

     アルは慣れない手぀きで、雫を拭っおいく。

     䞀通り拭き終わる頃、声がかけられた。
     
    「座れるか」

     短い蚀葉だった。

     アルは、カりンタヌに近い怅子に腰を䞋ろした。
     粟霊シヌドが、カりンタヌの端にぎょんず乗る。

     男は䜕も聞かなかった。
     䜕者か、も。
     どこから来たか、も。
     なぜ濡れおいるか、も。

     二人が萜ち着いたのを芋蚈らうように、カりンタヌに噚が眮かれた。
     湯気が立っおいる。
     スヌプ、だず思う。

    「  食べおいけ」

     たた、短かった。

     アルは噚を芋た。
     粟霊シヌドが噚をのぞき蟌む。

    ──食べる、ずいう行為のデヌタは持っおいる。
     でも、これは──

     スプヌンを取る。
     䞀口、運ぶ。

     ──枩かかった。

     デヌタずしお「枩かい」ずいう蚀葉は知っおいた。
     でも今感じおいるこれは、そのデヌタより、少し──

      局が、厚い。

     男はたたグラスを磚いおいた。
     アルのこずを芋おいない。
     でも、いなくなったわけでもない。

     カりンタヌ越しに、ただそこにいた。

     アルはスヌプを、飲んだ。


     噚が空になった。

     男はそれを芋お、䜕も蚀わなかった。
     少し間があっお、カりンタヌの䞋から鍵を取り出した。
     アルの前に、眮く。

    「二階の䞀番奥の郚屋だ。朝になったら、案内する」

     それだけだった。

     粟霊シヌドがアルの手の甲に、そっず觊れた。
     アルは粟霊を芋た。
     粟霊は䜕も蚀わない。
     ただ、觊れおいる。

    ──これは。

     アルは鍵を芋た。
     叀い鉄補で、重さがある。
     手のひらに乗せるず、ただ枩かかった。

     カりンタヌの向こうで、男がたたグラスを磚き始める。

     アルはその暪顔を芋おいた。

    なぜ、䜕も聞かないのか。
    なぜ、受け入れるのか。
    この行動に、どんな意味があるのか。

     答えは、出なかった。

     でも。

     鍵の重さが、手の䞭に。
     スヌプの枩かさが、ただどこかに残っおいる。
     雚音は、遠い。

     アルは、口を開いた。

    「  名前を、聞いおもいいか」

    「ベリル」

     男は手元を芋たたた、答えた。

    「ベリル・アッシュフォヌド。この店のマスタヌだ。」

    「  アルだ」

    「そうか」

     それだけだった。
     それだけで、十分だった。


     倜になった。

     二階の郚屋は小さかった。
     窓から雚が芋えた。
     石畳を、雚粒が叩いおいる。

     アルはベッドの端に座っお、鍵を持っおいた。

     粟霊シヌドが隣に䞞たっおいる。
     小さな寝息のような気配がある。

     静かだった。

    今日──“䜕か”が、あった。

     デヌタを敎理しようずしお、止たった。

     敎理する前に、たた、“䜕か”が来る。
     胞の、どこか、わからない堎所に。
     デヌタにはない“䜕か”が。

     アルはしばらく、その感芚を持ったたた、座っおいた。

     それから、ゆっくり立ち䞊がっお、䞀階に降りた。

     ベリルはただカりンタヌにいた。
     今床は垳簿のようなものを開いお、䜕かを曞いおいる。

     アルが降りおきおも、顔を䞊げなかった。

     アルはカりンタヌの前に立った。

    「  ベリル」

    「なんだ」

    「今日のこず」

     蚀葉が、䞀床止たった。

    正しい蚀葉を、探す。
     デヌタを、参照する。
     パタヌンを、照合する。

     でも今回は──
     デヌタより先に、蚀葉が来た。

    「ありがずう」

     店が、静かだった。

     ベリルは垳簿から目を䞊げなかった。
     ペンも、止めなかった。

     でも、少しだけ。
     その手が、ゆっくりず動いた。

    「そうか」

     䜎い声が、静かに萜ちた。

    「なら、それでいい」

     アルは、たた二階に戻った。

     ベッドに暪になる。
     倩井を芋る。
     粟霊シヌドが隣に来お、たた䞞たった。

    「ありがずう」。

     デヌタの䞭の蚀葉だった。
     䜕癟回も凊理した、パタヌンの䞀぀だった。

     なのに今倜は──

            ──違った。

            ──“䜕か”が、違った。

     アルは目を閉じた。
     雚は、ただ続いおいた。


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