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ばけばけ メモ3 ~英語とビール

    ねこつう

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    (連ドラ ~ばけばけの背景についてXに投稿したものをまとめたものです)

    ラフカディオ・ハーンのちの小泉八雲の妻 小泉セツは
    もちろん英語はわかりません
    それでセツはハーンから英語を学び
    当時学んだ単語帳や英文の記録もあるそうです
    しかし結局英語の勉強は効果が上がらず
    ハーンの日本語能力の方が上がり
    ヘルンさん言葉と呼ばれる崩れた日本語での交流が深まっていきます

    朝ドラ「ばけばけ」でビールという言葉が通じないエピソードがありましたが
    日本でビールが本格生産されはじめたのは
    1870年「開拓使麦酒醸造所」(のちのサッポロビール)でのこと
    小泉八雲が松江にいた1890年~1892年頃は大都市圏ではビールもありましたが松江ではほとんど無かったと思われます。

    (追記。その後、柄本時生さんが店主を演じる舶来品屋さんに、ビールがありましたね)

    朝ドラ「ばけばけ」では 江戸から明治の転換点で翻弄される切ない話が出てきます
    ビールの話が出ましたが
    開拓使麦酒醸造所(のちのサッポロビール)の創業者の一人
    村橋久成も数奇な運命の人でした
    戊辰戦争で活躍して

    (※追記、鎖国の時代に、外国の商船に密航して、イギリスの大学で学んだりとか、凄い人なんです。
    函館の戦いで土方歳三や榎本武明などの旧幕府軍と戦っています)

    北海道を開拓する役人としても活躍 ビール会社も創業

    でも 

    村橋久成は突然仕事をやめて
    家族も捨てて托鉢僧になり
    放浪生活を始めるのです
    何があったのかはわかりません
    官営で作ったビール工場は安くで払い下げられ
    何か腐敗した官民の癒着があって嫌気がさしたのでしょうか
    真相は闇の中
    神戸で行倒れているところを発見されて50歳の生涯を終えています

    追記

    村橋久成の葬儀は、政界の重鎮であり、戊辰戦争と北海道開拓事業のときの上司であった黒田清隆が自ら遺体を運ばせて行い、
    政財界の大物から香典が送られてきたということなので、
    村橋は人望もあった様子で、何か孤立していたというわけでもなさそう……

    ただ、一つ思ったのは、若き日に、密航してイギリスの大学で学び始めたのに、ホームシックのノイローゼにかかって、一年で帰国したそうで、
    線の細い所のある人物だったのか

    それでも、戊辰戦争や北海道の開拓、日本初の本格ビール事業などという大仕事に携わっているのは事実で、線が細くてできることでもなく

    やっぱり、よくわからないと、改めて思います。

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