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境界のアンドリュヌ・ワむ゚ス

     䞊野の東京郜矎術通に「アンドリュヌ・ワむ゚ス展」二〇二六幎四月二八日䞃月五日を芳に行った。
     梅雚晎れの土曜日、開通しおすぐに入堎したので、あたり混んでいなくお、ゆっくりず鑑賞するこずが出来た。
     実は今回のワむ゚ス展には、あんたり食指が動かなかった。ずいうのは、過去にも䜕床かワむ゚ス展に足を運んでいるので、かなりの数の䜜品を芳おいるはずで、改めお行くたでもないかなず思っおいたのだけれど、たたたた東京ぞ行く甚事があり、時間の䜙裕があったので、足を運んだ次第。これが予想をはるかに䞊回る内容だった。汝、䟮るなかれだなず、自らの認識の甘さを痛感した。ワむ゚スは、思っおいた以䞊に倚圩で、奥の深い画家であり、僕はそのほんの䞀郚を芳たに過ぎないこずを思い知らされた。
     僕がワむ゚スの䜜品を初めお芳たのはい぀なのか、はっきりずは思い出せないのだけれど、かなり叀い蚘憶であるこずは確かだ。倚分小孊生の頃、家で賌読しおいた新聞の日曜版に、「クリスティヌナの䞖界」がカラヌで倧きく印刷されおいたのを芳たのが最初だず思う。その時の衝撃を今でも鮮明に憶えおいる。ピンクのワンピヌスを着たか现い女性が、枯野の䞭に暪たわり、䞘陵の圌方、地平線の䞊に建぀叀びた建物の方を仰ぎ芋おいる。女性の顔は芋えない。それは謎めいた絵だった。そしお匷烈な郷愁をかき立おる絵でもあった。
     僕が生たれ育った千葉県の北東郚は、日本氎郷ず呌ばれる田園地垯にあり、「クリスティヌナの䞖界」の舞台ずなったアメリカ合衆囜メむン掲の颚土ずは䌌おも䌌぀かないのだけれど、皲の刈り入れを終えお、氎も匕いた冬の田んがに、蟲機具などを眮いた無人の小屋がポツンず建っおいる淋しげな颚景を、幌少時から県にしおいたので、この絵に描かれた䞖界に、䞍思議な懐かしさを感じたものだず思う。
     そういうわけで「クリスティヌナの䞖界」は僕にずっお、特別愛着の深い絵画䜜品になった。
     ワむ゚スの䜜品を盎接鑑賞するようになったのは、かなり幎霢を重ねおからのこずだが、その時点でかの䜜品が、ニュヌペヌク近代矎術通の所蔵で、門倖䞍出ずなっおいるこずも、描かれたクリスティヌナが圓時すでに五〇代の初老の女性であるこずも知った。だけど僕は、自分のファヌスト・むンプレッションを倧切にしたい。事実は事実ずしお尊重するけれど、僕の心の䞭のクリスティヌナは、若くお矎しくお儚げな女性なのだ。
     もちろんそれ以倖のワむ゚スの䜜品も魅力的なものだった。荒涌ずした颚景ず、その䞭で慎たしく、力匷く生きお行く人々の姿にはずおも共感したし、感動した。だからこそ、ご本尊は拝めないこずは解っおいおも、䜕床も足を運んだのだ。そしお倚くの傑䜜、秀䜜に接しお、僕のワむ゚ス芳は充たされたようにも感じおいた。だから今回はあんたり積極的に芳たいず思わなかったのだ。ずころが、冒頭でも蚘したように、いざ芳おみるず、自分が今たで築いお来たワむ゚ス芳が芋事にひっくり返されるような衝撃ず感動を味わったのだ。
     アンドリュヌ・ワむ゚スは写実の画家である。そのこずに異を唱える人はいないだろう。あくでも写実に培し、珟代矎術の朮流からは孀立し、ハむパヌリアリズムずも䞀線を画す孀高の存圚。そのこずによっお批刀されたこずもあったようだが、同時に、それゆえにこそ倚くの人に愛される䜜家でもあったのだず。
     今回の展芧䌚では「境界」をキヌワヌドにしお、圌の画業を回顧しおいる。確かにワむ゚スの䜜品では、窓や扉が象城的に描かれおいる。それは宀内ず屋倖ずいうだけでなく、内郚あるいは内面ず倖界、そしおそれらを螏たえた䞊で、この䞖ずあの䞖、珟䞖ず冥界をの境界を描いおいるようにも芋えお来る。そう考えるず、アンドリュヌ・ワむ゚スずいう画家は単なる写実䞻矩の画家ずは捉えきれなくなっお来る。そんな想いに呌応するように、䞀点の䜜品が僕の心を揺さぶった。
    「クリスマスの朝」ず題されたその䜜品は、比范的初期の䜜品で、われわれがむメヌゞするワむ゚スの䜜颚ずはかなり異なった印象を䞎えおくれた。画面手前には、頭に包垯を巻いた女性がベッドに暪たわっおいお、向こう偎を向いおいる。芖線の先には、ゆるやかな募配に癜い幟筋かの道のようなものがうねるように続いおいお、地平線の圌方には明けの明星が茝いおいる。解説によるずこの䜜品は、知人の女性の蚃報に接しお、想像で描かれたものだずいう。死そのものをテヌマずした䜜品で、どこか幻想的な雰囲気があり、たるでシュヌルレアリスムの䜜家の䜜品のようにも芋える。そしおこの䜜品の構図は、あの「クリスティヌナの䞖界」を圷圿ずさせるものでもあった。もしかしたらこれが「クリスティヌナの䞖界」の遠い原型なのではないかず思えるほどに  。そしおそう考えるず、僕が「クリスティヌナの䞖界」に魅了された根源的な理由が解るような気がした。あの䜜品の䞭でクリスティヌナは、䞘陵の䞊に建぀わが家を芋䞊げおいる。そしおそのオル゜ンハりスは、地平線の䞊にあるのだ。いく぀ものワむ゚スの䜜品を芳るず、窓や扉ず同様に、地平線や氎平線もたた重芁なモチヌフずしお描かれおいるのが解る。そしおその地平線、氎平線こそが、最も倧きな「境界」であるこずを、この「クリスマスの朝」ずいう䜜品は雄匁に物語っおいるのだ。
     子䟛の頃、僕が「クリスティヌナの䞖界」を芳お感じた衝撃ず感動は、手前の儚げな女性ず、その芖線の圌方に芋える境界の向こうに広がる茫挠たる圌岞の䞖界に察する畏怖ず憧憬だったのだ。そしお、ワむ゚スの䜜品に心惹かれる理由もそこにあったのだず思い至ったのだった。アンドリュヌ・ワむ゚スずいう画家は、写実を極めお、その向こうの境界のそのたた先を感じさせおくれる、スピリチュアルなアヌティストであったのだなず、今回の展芧䌚を芳お認識を新たにした。
     展瀺の最埌に眮かれた䜜品は「ヒトデ」ず題された明るい窓を描いたものだった。窓枠にはタむトルの由来ずもなった也燥したヒトデがオブゞェのように食られ、穏やかな光に満ちた窓の向こうでは、ワむ゚スの劻ベッツィが双県鏡で氎平線の圌方を眺めおいる。その先に芋えるのは、きっず氞遠に違いない。                            了

     
     
    1958幎千葉県出身。 「倱われた街MY LOST TOWN」で第6回小説新朮新人賞を受賞。 著曞『怪獣神話論』『䞖界の果おのアニメ』『ゎゞラの時代』他 季刊『トヌキングヘッズ叢曞』に毎号執筆䞭。

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