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やさしいニンゲンさん

    【あらすじ】大きな川の川原で、母親ときょうだい4匹と一緒に暮らしていた主人公の野良猫チャコが、あることがきっかけとなって母親と別れ、きょうだいのオスネコ2匹とも別れ、、同じメスネコ1匹と一緒に、新たなナワバリを作って生活を始めるが、そのメスネコとも離れてしまう。完全に独りぼっちとなったチャコは、同じ野良ネコや、お世話をしてくれるニンゲンさんたちに見守られ、数々の困難を乗り越えながら「生き抜こう」と懸命に努力する。そして最後に、サブローというニンゲンさんと出会うことで、チャコの運命は大きく動く……。

    #創作大賞2026
    #エンタメ原作部門
    #猫
    #地域猫
    #野良猫

     私には、ニンゲンさんの言葉がわかる。

     お母さんも、ニンゲンさんの名前くらいはわかるけど、私は言葉の意味もだいたいわかる。でも結局、私がニンゲンさんの言葉がわかることが、お母さんやきょうだいと別れて暮らすきっかけになった。お母さんは『私たちネコはね、いずれは独りで生きていかなきゃいけないのよ』とよく言っていた。だから私はいずれ、みんなとは離れ離れになることは仕方ないと思っていた。

     私はお母さんと、きょうだいのハナコ、シロ、クロといつもくっ付いて生きてきた。私たちは大きな川の川原を、お母さんの後に付きながら、みんなで歩いていた。
     お母さんは元々、この川の土手の辺りで暮らしていたそうだ。その時は、タローさんという背の高い男のニンゲンさんと、カナコさんという背が低い女のニンゲンさんの二人から、土手を登ったところにあるベンチで、いつもゴハンをもらっていたそうだ。
     そして、私たちがお母さんのお腹の中にいることがわかると、タローさんとカナコさんは相談して、広い川原の中でも特に背が高い雑草が生い茂っていて、他のニンゲンさんがほとんど入って来られない場所に、お母さんと私たちが住むための木製のハウスをつくってくれた。

     私たちが産まれると、タローさんとカナコさんは私たちに名前を付けた。お母さんは『いつも私たちのお世話をしてくれる、タローさんとハナコさんがせっかく付けてくれた名前だから、私もお前たちをその通りに呼ぶよ』と言った。
     お母さんは二人から「ちぃちゃん」と呼ばれていた。私は「ちぃちゃんの子ども」という意味で「チャコ」と名付けられた。
     タローさんは、本当はニンゲンさんが住むためのハウスをつくる仕事をしていて、私たちのために、どんなに強い風が吹き付けてもビクともしない頑丈なオウチを作ってくれた。
     ハウスは、大雨で水かさが増しても私たちがその中でしのげるように入口には階段があって、床はタローさんのヒザくらいまで高さがあった。ハウスの横には扉があって、タローさんやハナコさんがハウスにくるたびにココを開いて、ゴハンを盛った丸いお皿と、お水がたっぷり入った四角い容器を置いてくれて、朝と夕方にゴハンやお水を交換してくれた。
     おかげさまで私たちはハウスの中でゆっくりとゴハンを食べ、安心して眠ることができた。私は毎晩お母さんやきょうだいと、ハウスの中で身を寄せ合って寝ている時に『これがずっと続けばいいな』と思っていたが、そう遠くない時期に、みんな離れ離れになることもなんとなくわかっていた。

     お母さんは私たちを産む前、土手の辺りで暮らしていた頃よく、ニンゲンさんの子どもに追いかけ回されたそうだ。だから子どもには、あまり良い気持ちを持っていなかった。
     そして私たちに『いいかい。子どもの声が聞えたら気を付けるんだよ。子どもの中には私たちを見つけるとずっと追いかけまわしたり、何かを投げつけてくる子もいるからね。その子たちにこのハウスが見つかってしまうと、どんないたずらをされるかわからないからね』と繰り返し言い聞かせた。

     あと、お母さんはいつも私たちにこんなことも言った。
     『いいかい。私も独りで生きていた時は、土手の上で色んな場所をさまよったけど、このハウスみたいにゴハンがいつでも食べられて、お水も自由に飲めて、ゆっくりと眠れるところなんてないからね。いずれ、お前たちも独りで暮らす時が来る。その時までに、外に出たら何を食べたら良いのか、どこに行ったら危ないのかを教えるから、キチンと覚えるんだよ』
     この後、いつもハナコは『私は、お母さんとずっと一緒にいる』と言った。
     そんな時、お母さんはハナコの頭を前足で撫でるだけで、それ以上は何も言わなかった。

     いつもお日様が昇る少し前になると、お母さんは最初にハウスを出た。私たちきょうだいは、その後を付いて行った。そして川原の中を歩き回り、色んなことを教わった。
     『もし、ハウスの中にゴハンがなかった時は、この草を食べなさい。これは食べられるから』
     『もし、どんなにお腹が空いていても、この草だけは食べてはダメだよ』
     『もし、この辺りまで川の水が来ていたら、すぐにハウスが水浸しになるから、川原の坂を登って土手まで出て、できるだけ高い場所まで逃げるのよ』
     『もし、土手を登ることがあったら、そこにはジテンシャが走るための道があるから、遠くから走ってくるジテンシャには気を付けるのよ』
     『もし、ジテンシャの道を横切って土手を下りたら、そこはもっと広いジドウシャの道があるから、ここを横切る時も気を付けるのよ』

     お母さんは、特に『ジテンシャ』と『ジドウシャ』が、どんなに怖いかを何回も教えてくれた。私たちは、たとえニンゲンさんから追いかけられても、捕まらないくらいの速さで逃げることができるが、ジテンシャやジドウシャはものすごく速いスピードで私たちに迫ってくるから、気づいた時にはよけられず、私たちネコは怖さで体が固まってしまうそうだ。
     そして、ジドウシャやジテンシャにはねられたりひかれたりすると、私たちの体は動かなくなってしまい、ココロは体から離れて『虹の橋』というところに行ってしまうそうだ。

     お母さんが教えてくれたことで、特に何度も繰り返して注意したのが、土手にあるジテンシャの道を超え、さらに土手を下ってジドウシャの道を横切って、他のネコのナワバリに入ることだった。
     『ジドウシャの道の向こう側に入ったら、私たちと同じネコには気を付けるのよ。私たちが川原で暮らしているのと同じで、ジドウシャの道の向こう側をナワバリにしているネコがいるからね。私たちがそこに入ろうとすると、そのネコは私たちを攻撃してくるからね』
     ある時、ハナコがいつものように『私は、お母さんとは離れないから土手を超えることはないよ』と言った。
     この時だけ、いつもハナコの頭をやさしく前足で撫でるお母さんが、黙ってハナコを見つめた。ハナコは、不思議そうな目でお母さんを見た。
     お母さんは『ハナコ、私たちが気を付けなくてはならないのは、同じネコだけじゃないの。いつも私たちは川原にいるから、ゴハンをくれるタローさんやカナコさんや、二人が来られない時は代わりに来てくれるニンゲンさんとしか会わないけど、土手を登れば色んなニンゲンさんたちと会うことになる』と言った。
     私たちはめったに土手まで来ることがなかったから、土手にいるニンゲンさんは、いつも川原から見上げているだけだった。
     『その中には、タローさんたちのようなやさしいニンゲンさんとは違って、やさしくないニンゲンさんもいる。だから土手に登ったら、目に見えるものだけでなく、体中で危険を感じられるようにしなさい』
     ハナコは『よくわからない』と言って下を向いた。

     それまで私は、なんとなくニンゲンさんの言葉を理解していたが、タローさんやカナコさんが私たちに語りかけてくれる言葉を聞いていて、少しずつ意味までわかるようになっていた。
     ある日の夕方、いつものようにタローさんが私たちのハウスに晩ゴハンを届けてくれた時に「明日は申し訳ないけど、誰もハウスにゴハンを届けられないんだ。だから本当に申し訳ないけど、土手まで登って行って、通りすがりの人からゴハンをもらってね。本当にゴメンね。明後日は必ず来るからね」と言った。
     タローさんがハウスから去った後に、私はお母さんに『明日は誰もハウスにゴハンを持って来られないらしいよ』と言った。
     お母さんは驚いて『お前はニンゲンさんの言葉の意味がわかるの?』と聞いた。
     私は『だいたいわかる』と答えた。

     次の日、お日様が登って少し経った頃、お母さんはいつものように『付いてきなさい』と言って、私たちはハウスを出た。私とハナコ、シロとクロはくっ付きながらいつものように、私たちの背丈よりもはるかに高い草が生い茂る中をかき分けるように進み、土手の下までやってきた。
     前の日、雨が降ってぬかるんでいた土手の坂をなんとか登ったが、ジテンシャの道にたどりつく寸前で、お母さんは『ここで待っていなさい』と言った。私たちは道の端っこの草むらに隠れて、並んで座った。私たちから少し離れたところにベンチがあり、そこにはこれまで見たことのないくらい体が太ったニンゲンさんが座っていて、川原の方を眺めていた。
     『私が戻ってくるまで、ここにいるのよ』と言って、お母さんはゆっくりと太ったニンゲンさんに近づいていった。太ったニンゲンさんが気づくと、お母さんは『ゴハンをちょうだい』と言った。
     太ったニンゲンさんは「おお、かわいいネコちゃんだね」と言ってベンチから立ち上がって、お母さんに近づいてきた。お母さんは体を反転させて、急いで私たちの方へ戻ってきて『付いてきなさい!』と叫んで全力で土手を駆け下りた。私たちは何が起きたかわからずに、とにかくお母さんを追って走った。
     土手を完全に下りると、お母さんは『いいかい。私たちが近づいていった時に、すぐに私たちに触ろうとするニンゲンさんからは急いで離れなさい。まずゴハンはもらえないから』と言った。
     すると、お母さんは再び土手を登りながら『もう一度、付いてきなさい』と言った。今度は、さっき登ったところからだいぶ離れた場所にたどり着いたが、ここにもベンチがあった。
     そしてさっきと同じように、お母さんは『ここで待っていて』と言ってベンチの下までたどり着くとぴょんと飛び乗り、座って辺りを見回した。私たちは、その様子をさっきと同じように、道の端っこの草むらからジッと見ていた。
     すると、遠くから髪の毛が長い、カナコさんに似た女のニンゲンさんがジテンシャに乗ってベンチに近づいてきた。そしてお母さんを見つけるとジテンシャを止めて「あら、かわいいネコちゃんね」と言って、ニッコリ笑ってお母さんを見つめた。
     「そうだ。今ちょうど晩ゴハンのおかずに小魚を買ってきたから、良かったら食べる?」と聞いた。お母さんは『なんでもいいから、ゴハンをちょうだい』と言った。
     ニンゲンさんは「少し待っていてね」と言って、ジテンシャから降りてベンチの近くに止めた。背負っていたカバンをベンチの隅において、中からビニール袋と小魚を取り出し、袋の上に盛った。
     お母さんは、私たちの方を向いて『こっちにおいで!』と叫んだ。
     私たちは、恐るおそるベンチに近づいた。ニンゲンさんは「あら、4匹も子どもがいたのね。それじゃあ、この子たちの分も用意しないとね」と言って、私たちが食べる小魚もビニール袋の上に盛ってくれた。
     私たちは何回かお代わりをして、お腹がいっぱいになるまで小魚を食べた。ニンゲンさんは「よっぽどお腹が空いていたのね。でもよかったわ。小魚を買っておいて。もう一度スーパーに買いに戻らないといけないけど、ネコちゃんたちに喜んでもらえたら嬉しいわ」と言って笑った。
     全員が食べ終わると、お母さんは『さあ、ハウスに帰るよ』と言った。私たちは、ニンゲンさんの方を見た。ニンゲンさんは、もう一度ニッコリ笑って「良かった」と言った。

     その後、私たちがハウスに帰ると、いつもの場所にゴハンは置かれていなかった。昨日の夕方、タローさんが言った通り今日は誰も来てくれなかった。
     お母さんは私に『オマエの言った通りだね。オマエは、本当にニンゲンさんの話している言葉の意味までわかるんだね』と言って、私の頭を前足で撫でてくれた。

     ――・――・――・――

     その日の夜に突然、お母さんが私たちに言った。
     『明日、私はこのハウスを出ていくから、お前たちはこれからどうやって生きていくか、自分で決めなさい』
     ハナコとシロとクロはびっくりしていた。
     シロとクロは『いやだ』と言い張った。ハナコは戸惑っていた。私だけ『これは、仕方がないことなんだ』と思って、黙って下を向いた。
     『私がいなくなっても、タローさんやカナコさんたちが朝と夕方に、このハウスに交代でゴハンとお水を届けてくれるから、ココにいればゴハンは食べられる。だからココにいるのが一番安全だ』と、私たちを見回しながら言った。
     『でもいつか、大きな川の水の量が増えて、それもこの床の高さより上になるまで水が増えて流れも急激になれば、このハウスも流されてしまうかも知れない。それを承知でココに残るか、それとも土手を超えて、自分たちの新しいナワバリを見つけるか、どちらかを選びなさい』
     シロが『ボクはココに残る』と言った。クロも『ボクも残る』と言った。
     ハナコは、しばらく黙っていた。でも、いつものように『私はお母さんと一緒にいる』とは言わなかった。やはりハナコも私と同じように、私たちはいずれお母さんとは離れなければならない運命にあるとわかっていたようだ。
     ハナコは決心を固めて、私の方を見て『私はチャコと一緒にいたい』と言った。
     お母さんは『チャコはどうするの?』と聞いた。
     私は少し考えた後に『ハナコと一緒に、土手を超えて新しいナワバリを探す』と言った。
     お母さんは『わかった。じゃあ今晩がみんなと過ごす最後になるから、一緒に寝よう』と言った。シロとクロはまだ納得できないようだったが、あきらめてお母さんにピタリとくっ付いた。ハナコもそれに続いた。私は、お母さんとハナコの間に入るように身を寄せた。
     お母さんは、尻尾をグルリと回して私たちを包んだ。私たちは明日からの不安を感じながら、お母さんの温もりを感じながら、少しずつ眠りに落ちていった。

     翌朝、気がつくとお母さんはもう、いなかった。もしかしたら私たちが全員眠った後に外がまだ真っ暗な中、ハウスを出て行ったのかも知れない。シロとクロは、目覚めると黙って下を向いた。ハナコは私に寄り添った。
     シロが『チャコは本当にココを出ていくの?』と聞いた。
     私はうなずいた。ハナコは、あきらめたようにもう一度、私に体をくっ付けた。
     クロが『チャコはニンゲンさんの言葉がわかるから、できればココにいて欲しい』と頼んだ。
     私は『ココを出ても、土手を超えたらそれほど遠くない場所にハナコと一緒にナワバリをつくるから、もしシロとクロが、お母さんが言ったように大雨が降ってハウスにいられなくなったら、私たちのところに来てちょうだい。私は、土手のどこかに必ず匂いを残しておくから』と言った。
     私の決心が変わらないと悟ったシロとクロは、少し黙った後に『わかった』と言ってくれた。
     『私たちネコは、いずれは独りで暮らす運命にあるんだと思う。お母さんは、それを私たちに教えたんだと思う。だからこれは別れじゃなくて、お互い新しい生活の始まりなんだと思う』
     ハナコは『それでも、私はできるだけ長くチャコと一緒にいたい』と言った。
     シロが『でも、もし土手の向こう側で他のネコに攻撃されたらどうするの?』と私に聞いた。
     私は『わからない』と答えた。
     『わからないけど、それでもなんとかしなきゃいけないんだと思う。どうしても土手の向こう側で暮らせなくなったら、ココに戻ってくる』
     クロが『いつでも戻ってきなよ』と言った。
     これ以上ココにいると、シロとクロとの別れがつらくなるので、私は意を決してハナコに『行こう』と呼びかけた。ハナコは黙ってうなずいた。
     するとクロが私に近寄り、私の額を舐めた。そして『元気で、生き抜いて』と言った。
     私は『クロも、私と同じで暑いのが苦手だから、気をつけてね』と言った。
     クロとシロはもう一度『元気で』と言った。

     ――・――・――・――

     お日様が少しずつ上っていた頃、私とハナコは、シロとクロに見送られてハウスを出た。ハナコは何度も後ろを振り返ってハウスを見た。少しずつ、シロとクロの匂いが私の鼻から消えていくのがわかった。
     私とハナコは、いつもお母さんが私たちを連れて行ってくれたのと同じ道を進んだ。そして、いつもの急な坂を登って土手に出た。目の前にはジテンシャが通る道と、その向こう側にベンチがあった。
     ハナコが『もしかしたら、このベンチにずっといれば、お母さんに会えるんじゃないかな?』と言った。私は首を横に振った。
     『私たちがシロとクロと別れたように、お母さんも私たちとは会わないように、ココからもっと遠くに行ったと思う。それと、もし私たちがお母さんを探して会えたとしても、お母さんは喜ばないと思う』
     ハナコは少し悲しそうな顔をして、気落ちしながら『そうだね』とつぶやいた。

     その頃、私が一番苦手な暑い季節が過ぎ去ろうとしていた。川原に吹く風も涼しさを感じるようになり、土手沿いに並んでいる桜の木も、葉っぱの緑色が生き生きしているように見えたが、私たちにはそんな景色をゆっくりと眺めている余裕はなかった。
     お日様が、ちょうど頭の真上に来た。
     私たちには、もう帰るハウスはない。だから、まずはゆっくり眠れる場所を確保することが最初にやるべきことだった。私たちは、ベンチに飛び乗った。
     お母さんは、ココまでは連れてきてくれた。
     『ココから先は、アナタたちが心を決めた時に土手を下りて、このジドウシャの道を渡りなさい。今、私たちの目の前にあるのは、ニンゲンさんがお仕事をする時に使う事務所という建物で、この横に大きな箱みたいなモノがあるけど、あれは物置といって、ニンゲンさんが使う色んなモノがその中に入っている』と教えてくれた。
     『あの物置に近づくと、何匹かのネコの匂いがするから、たぶんこの事務所をナワバリにしているはずだ。もし、あの物置の近くを通る時は気を付けるんだよ』と言い聞かせてくれたのを思い出した。

     私はまず、お母さんの言った通りかどうか、確かめるために事務所の中に入って物置に近づいてみようと思い、ハナコと一緒に土手を下りて、注意しながらジドウシャの道を渡った。
     事務所の周りは、私たちがなんとか飛び超えられるくらいの高さの柵に囲われていた。事務所の広い庭には、何台かジドウシャが止まっていた。私たちは、その入口にある大きな門から敷地に入り、建物沿いに歩いて大きな物置に近づいた。すると、今までかいだことのないネコの匂いがした。それも一つではない。おそらく6匹、この中に私たちが出会ったことがないネコがいる。ハナコも同じ匂いをかぎ取ったようだ。
     私はハナコに『今、ココにいるネコさんたちに見つかると争いになる。この物置からすぐに離れよう』と言った。ハナコは静かにうなずいた。

     私たちは事務所を周りをグルリと回った。そのまま裏側に来ると、柵の向こう側に大きな広場が見えた。私たちは柵を飛び超えて広場に出た。そこは一面、草におおわれていたが、私たちのハウスがあった川原ほど背が高い草ではなかった。まずは、草むらに隠れて様子をうかがった。
     ココには、どうやらニンゲンさんは誰もいないようだった。私たちは草むらから出て歩き回った。すると広場の隅に、さっき見た物置よりもひとまわりくらい小さい物置が見えた。私とハナコは恐るおそる近付いた。物置の周りを回ると、かすかにネコの匂いがした。さっきの物置で嗅いだ匂いと同じだったが、かなり薄い匂いなので、今はココには誰もいないような気がした。
     この物置は、下から潜れるよになっていた。私とハナコはゆっくりと侵入した。
     中には色々な道具が置いてあった。その道具が並べられている中で、私たちの頭の上の高さに棚があり、私とハナコがちょうど入れるくらいの段ボールの箱が置いてあった。私とハナコは、そこに飛び乗った。ココならぐっすり眠れそうだし、ニンゲンさんたちにもすぐには見つからずに済みそうだった。
     『とりあえず、今はココで寝よう。お日様が沈む頃になったら、ベンチまで行って誰かにゴハンをもらおう』と、私はハナコに言った。ハナコはうなずいて私の体に身を寄せた。

     昨日の夜から、色んなことが突然起こった。
     私は、お母さんも無事に眠れるところを見つけただろうか、シロとクロはどうしているだろうかと考えた。私とハナコは意外に早く、安全に眠れる場所にたどりついた。その安堵感で、すぐに眠りについた。

     しばらくすると下から『おい、オマエたち! 起きろ!』という怒鳴り声が物置に響いた。私とハナコはびっくりして飛び起きた。恐るおそる棚の上からみると、私たちよりも一回り以上、体が大きなオスネコが私たちを下からにらみつけていた。
     『お前たち、どこから来た?』
     オスネコが聞いてきた。
     私は小さな声で『川原……』と答えた。
     『川原? あんなところにネコが住める場所なんてあるのか?』
     私は、しまった! と思った。このオスネコはハウスのことは知らない。だが、もしハウスの存在を知れば、川原まで確かめに行くかも入れない。そうしたら、シロとクロが危ない……。
     でも、なぜか私はこのオスネコの匂いをかいで、理由もなく突然ケンカをしかけてくる凶暴なネコには感じなかった。ここでウソを言うよりも、正直に話した方が私たちにとって良いことになるだろうと感じた。
     ハナコが何かを言いかけた時、私はそれをさえぎった。
     『私たちは、そこの土手を下った川原で、お母さんと4匹のきょうだいで暮らしていた』と正直に言った。
     オスネコは、少し考えるしぐさをして、しばらく下を向いて黙っていた。
     そして、この物置の中を見渡して私たちに言った。
     『オレも昔、この川沿いの遠くにある橋の下から、きょうだいと別れてココに流れ着いた。だから、お前たちが何で母親やきょうだいと離れて、どうやってココまでたどり着いたのか、よくわかる』と、私たちに理解を示してくれた。
     『だがココは今、オレたち6匹のナワバリだ。暑かったり寒かったり、その時の様子でオレたちは寝る場所を変える。最近はこの物置を使っていないが、さっきオレがココを通った時にネコの匂いがした。仲間ではない匂いだ。おそらくココに2匹、潜んでいるとにらんだが、その通りだった』と言った。
     『土手から来てココにいるということは、オマエたちもオレたちがふだん寝床にしている物置を見ただろう? アレはあの事務所にいるニンゲンたちが、オレたちが自由に使えるようにしてくれた場所だ。あの物置はもう、オレたち6匹で限界だ。それとこの物置も、オレたちに何かあった時のために、いつでも逃げ込める場所としてナワバリにしているんだ。だから、お前たちはココから出ていけ』
     私は、このオスネコは私とハナコに同情してくれているようなので、できるだけ冷静にお願いした。
     『私たちは今日、川原から初めて土手を超えてココにたどり着いた。ココを出てしまうと寝る場所もないし、ニンゲンさんからゴハンをもらえる場所もわからない。あと少しだけココに居させて欲しい』と頼んだ。
     オスネコは『わかった。今日、暗くなるまでにココを出ていけ。それまではいてもいい。オレから他の5匹には伝えておく』と言った。私はホッとしてハナコと見つめあった。
     すると、オスネコは何かを思い出したように付け加えた。
     『あと、土手にあるベンチに朝と夕方、ニンゲンがオレたちのメシを持って来る。オマエたちがこれを食べると、オレたちの食う分が減る。だからオマエたちは、オレたちのナワバリのベンチには来るな。いいな』と告げた。
     仕方がない、と私は思った。
     『オマエたちは……そうだな、オレたちがエサをもらうベンチから、ジテンシャの道沿いに土手を進むと、もう一つ同じようなベンチがある。その手前までがオレたちのナワバリだ。そこのベンチにいれば、通りすがりのニンゲンからエサをもらえるはずだ』と教えてくれた。
     私には、このオスネコがニンゲンさんの言葉がわかるのではないかと感じた。
     『私たちは川原にいる時、タローさんとカナコさんというニンゲンさんがお世話をしてくれていた』
     オスネコは、私たちをジッと見つめてから言った。
     『オレたちもタローとカナコの世話になっている』
     『もしかして、アナタもニンゲンさんの言葉がわかるの?』と、私はオスネコに聞いた。
     『エサをもらう時に、ニンゲンが話す言葉を聞いていたら、わかるようになった』と、表情を変えずに言った。
     『オマエも、わかるのか?』
     『少しだけ……わかる』
     オスネコは、また少し考える仕草をして言った。
     『今、オマエに教えてやったベンチの、ジドウシャの道を挟んだ真ん前に駐車場がある。入口が坂になっていて、そこにはたくさんのジドウシャが止まっていて、その周りにはニンゲンが住む家がいくつか建っている』と教えてくれた。
     『その中に、黄色い壁の家がある。家の横には、ニンゲンがジドウシャを止めるためのガレージがあるんだがジドウシャは止まっていない。その家のニンゲンは、そこを物置として使っている。ガレージにもぐりこめば、そこにオレの匂いがしみついた毛布とタオルが何枚か置いてある。オマエたちはそのガレージで寝て、駐車場とベンチをナワバリにしろ』と言った。
     『昔、オレは川を伝ってココまでたどり着いて、最初に住み着いたのがそのガレージだ。そこに置かれていた毛布やタオルは、他のネコの匂いがしたが、オレがずっとそこにいてもガレージにやって来るネコはいなかったし、その黄色い壁の家のニンゲンも、オレがガレージを寝床にしても何も文句は言わなかった。そして、エサが欲しくて駐車場の前の土手のベンチに行ったら、カナコに出会った』
     オスネコは、何かを思い出しているようだった。
     『その頃、事務所にはカナコたちがメシを届けていたネコが2匹いたが、1匹はベンチから降りた時に、道を全力で走ってきたジテンシャにはねられた。もう1匹は事務所からベンチへメシをもらいに行こうとして、道を渡っている時にジドウシャにひかれた。2匹とも、タローやカナコがすぐに病院へ連れて行ったが、残念ながら虹の橋を渡ったそうだ』
     『虹の橋……』
     私はお母さんが行った言葉を思い出した。
     『その時、タローやカナコは事務所にいた2匹以外に、この川沿いで5匹のネコの世話をしていて、オレも含めて6匹みんな一緒の方が世話がしやすいからと、2匹がいなくなった後に事務所のナワバリに集めたんだ。タローとカナコが事務所のニンゲンにオレたちの話しをしたら、ニンゲンたちは事務所の横の物置を、2匹がいなくなった後もオレたち6匹が使い続けられるようにしてくれた』と言った。
     『他の5匹はみんなオレと同じで、この川沿いのどこかで生まれて、川原や土手のどこかで生き抜いてきたんだ』

     ここまで話すとオスネコは、また何かを思い出すように上を向いて、ハナコを見つめて聞いた。
     『オマエは母親と離れて、さみしくないのか?』
     ハナコは突然オスネコに話しかけられて、少しびっくりした様子だった。
     『私は……さみしい』と答えた。
     『そうか。でもいつかオマエも、母親がつらい思いをしながらオマエと別れたんだと、わかる時が来る』
     今度は私に『オマエ、何てニンゲンから呼ばれているんだ?』と聞いた。
     私は『チャコ』と答えた。ハナコも『ハナコ』と答えた。
     オスネコは『オレは、カナキチって呼ばれている。ナワバリには入れてやれないが、何か困ったことがあれば事務所の物置まで相談しに来い。できるだけのことはしてやる』と言ってくれた。
     『あと、さっきお前たちに教えたガレージは、他のネコがオレたちのナワバリに入らないように、オレが時々そこに行って、毛布に寝ころんでわざとオレの匂いをつけてある。だから、お前たちが寝泊りしてもオレの匂いが残っていれば、他のネコが来ても簡単には入って来ないはずだ』
     そう言い残すと、物置の外へ出て行った。

     私とハナコは安心してグッスリひと眠りして、カナキチに言われた通り、お日様が沈む前に小屋を出た。そして土手まで出て、ジテンシャの道路沿いに少し歩くとカナキチが教えてくれたベンチがあり、その前には駐車場が見えた。その入口は土手のような坂になっていて、中に入ると地面の高さはニンゲンさんの胸くらいまであった。
     駐車場の入口を入って、広い敷地の一番奥の柵まで行くと、わずかにカナキチの匂いを嗅ぎ取った。その家の壁は黄色に塗られていて、匂いはその横のガレージから漂っていた。
     私とハナコは恐るおそるガレージに入った。するとカナキチが言っていた通り色んなモノが置かれていたが、そこに高く積まれた毛布とタオルがあった。私とハナコは毛布に飛び乗った。間違いなく、カナキチの匂いがした。
     『これでなんとか、ゆっくり眠れるね』とハナコは言った。
     『うん、良かった』と私は答えた。

     私たちはすぐにガレージを出て、駐車場を通ってもう一度ベンチに戻り、飛び乗ってニンゲンさんが来るのを待った。
     すると、遠くにカナキチたちのナワバリのベンチが見えた。ちょうど、カナキチが事務所の敷地から5匹のネコを引き連れて、ジドウシャが通る道を横断してベンチに向かっていた。
     カナキチは、遠くにいる私たちを見つけて立ち止まった。そして『そこでいい』とでも言いたげに私たちを見つめると、再びベンチに向かい上に飛び乗った。他の5匹は、ベンチの上にいるカナキチの周りを囲んだ。
     しばらくすると、これまで私が見たことがない、髪の毛が短い女のニンゲンさんがベンチにやってきて、カナキチたちにゴハンをあげた。

     女のニンゲンさんは一通りカナキチたちにゴハンを配り終えると、私とハナコを遠くから見つけ、近寄ってきた。
     「もしかしたら、あなたがチャコちゃんで、あなたはハナコちゃんじゃないの?」と聞いてきた。
     私は『そうです』と答えた。
     「私はね、タローさんやカナコと一緒に交代で、あの事務所の敷地にいる6匹の猫ちゃんたちのお世話をしているの。カナコから、チャコちゃんは尻尾が短いサビネコで、ハナコちゃんは尻尾がカギ型の小さな三毛猫って聞いていたから、たぶんそうじゃないかと思った」と言った。
     「でも、チャコちゃんとハナコちゃんは川原のハウスで、お母さんたちと一緒に暮らしていたんでしょ? お母さんとシロとクロはどうしたの?」と聞いてきた。
     私は、どう説明したら良いかわからず黙っていた。
     「たぶん、お母さんとは離れたのね。私は今日、カナキチたち6匹分しかゴハンを持ってきていないから、すぐにカナコに連絡して、あなたたちの分のゴハンを持ってきてもらうからね」と言って、その場を去った。

     しばらくすると、カナコさんが赤いジテンシャに乗ってやってきた。私たちがココにいることに驚いたようだったが、だいたいの事情は察してくれたようだった。
     「今日、ハウスに行ったらシロとクロしかいなかったから、びっくりしたのよ。でも、こうしてチャコちゃんとハナコちゃんに会えて良かった」
     そう言うと、いつもカナコさんがハウスに届けてくれていたのと同じゴハンをココでも私たちにも出してくれた。同じゴハンなのに、いつもハウスの薄暗い中で食べているのと比べ、夕暮れの空の下で食べるゴハンはいつもよりも美味しく感じた。
     「アナタたちのお母さんのちぃちゃんも、きっとこの近くで新しいナワバリをつくって生きているはずだから、何かわかったら教えてあげるね」と言ってくれた。
     ハナコに、カナコさんが話してくれた内容を教えてあげようとすると、ハナコは夢中になってゴハンを食べていた。

     ――・――・――・――

     こうして私たちは、寝泊りするガレージと、ゴハンをもらうためのベンチを、駐車場を通って毎日行き来した。しばらくの間、カナコさんが続けてゴハンを持ってきてくれていたが、ある時に久しぶりにタローさんが来た。
     タローさんは私とハナコがベンチにいるのを見つけると、嬉しそうに笑った。そして私たちがゴハンを食べ終わった後、申し訳なさそうに言った。
     「チャコちゃん、実はね。ボクは最近、お仕事の関係でココからもっと川の上流の、遠くの方へ引っ越したんで、週末の土日しかココには来れなくなったんだ」と言った。
     「あと残っているボクらのグループのメンバーも、カナコさんも含めて毎日必ず来られる人がいなくなってしまって、もしかしたら今まで通りに1日に2回、朝と夕方にゴハンは届けられなくなるかも知れないんだ」
     タローさんは申し訳なさそうに、私とハナコに頭を下げた。
     「ボクらのグループもメンバーが家庭の事情で忙しくなったり、高齢者になって足腰が弱くなったりして、自由に動けなくなった人たちが多いから、チャコちゃんたちのお世話をこれからどうするのか、みんなで話し合っているけど、結論が出ないんだよ」と言った。
     私には詳しい事情はわからないけど、どうやらカナコさんがココに来れない時は、ゴハンがもらえないんだ、と思った。
     『仕方ないよ』と、私はタローさんに言った。
     「でも、なんとかするから、チャコちゃんとハナコちゃんもがんばってね」と言ってくれた。
     「ところで、寝る場所はどこか確保できたの?」と聞いた。
     私は『あの黄色い壁の家のガレージ』と答えた。
     タローさんは「どうにかなったみたいだね」と言った。
     「今でもハウスではシロとクロが元気でいるよ。またお母さんの状況がわかったら伝えに来るからね」と言って、タローさんは去って行った。

     それでも私たちのナワバリのベンチにはカナコさんがほぼ毎日、赤いジテンシャに乗って来てくれた。私たちのゴハンを背中のリュックに背負い、ベンチに到着するとブレーキをかけた。そのジテンシャはかなり古いようで、止まる時にキーッキーッと大きな音がした。私たちは、この大きなブレーキの音が聞えたら急いでガレージを飛び出て、駐車場を通ってベンチに向かった。
     でも、お日様がよく照っていて、風も気持ちよく感じる時は、カナコさんが来る前にベンチに行って二人で並んで座って待った。
     このベンチで待っていると、カナコさん以外のニンゲンさんが時々ゴハンをくれた。中には私たちを見つけると、とにかく私たちに触ろうとして近付いてくるニンゲンさんもいたが、そういう時はすぐにベンチを下りて、ジドウシャの道を横切って駐車場に逃げ込んだ。駐車場の中まで追ってくるニンゲンさんはいなかった。

     ハウスを出て、ハナコと一緒にココで生活をするようになって、初めてわかったことがあった。
     この土手には時々、ものすごく強い風が吹き付けた。川原のハウスに暮らしていた時は、あまり土手まで上がることはなかったし、背が高い草の茂みの中にあるハウスは頑丈だったから、強風でも不便を感じなかったし、ゴハンはいつもタローさんやカナコさんや、その仲間のニンゲンさんが交代でハウスの中まで持ってきてくれたから、食べる時にも苦労はなかった。
     でも土手では時々、私たちも吹き飛ばされそうになるくらいの強風を感じた。カナコさんはカナキチたち6匹に、これまでもずっと土手のベンチでゴハンをあげてきたので、お皿を重くしてみたり、お皿の両側に重石を置いたりして色々と工夫していたが、それでも手に負えず、せっかくご飯を盛りつけたお皿が強風で吹き飛んでしまうこともあった。
     それと、カナコさんたちはカナキチたちのナワバリの、ベンチの両側にある桜の木の根っこに計2ヶ所、お水を一杯に注いだ透明の容器を置いていたが、これに時々、やさしくないニンゲンさんがタバコの吸い殻を投げ込んでカナキチたちが飲めないようにしたり、蹴っ飛ばしてわざと容器をひっくり返すニンゲンさんもいた。
     こういうニンゲンさんは、私たちがこの土手でゴハンを食べたり生活したりすることを快く思わないようだった。お母さんが言っていた通り、ニンゲンさんはやさしいニンゲンさんばかりではないと、土手を超えてみて実感した。

     土手に風が強く吹かないで、お日様が照っている時は、私は駐車場の中でハナコと並んでのんびりと寝ころんだ。川原で暮らしていた時は、お昼寝をしたり夜寝る時はハウスの中だったので、お日様の光を浴びながらお昼寝ができるのはとてもいい気持ちだった。
     でも、この駐車場も決して安全ではなかった。ココはジドウシャの出入りがあって、私たちがジドウシャを止める位置に寝ころんでいるとクラクションの大きな音がして「どいて!」と命令した。
     あと、ニンゲンさんの子どもたちも、この駐車場に入って私とハナコを追いかけまわすこともあった。
     さらに、私たちがナワバリのベンチまで行くのに通るジドウシャの道は、ふだんはジドウシャがゆっくりと走っているが、この道をジテンシャが、ジドウシャよりも速いスピードで走り抜けていくことがあった。
     ハナコさんの話しだと、速いスピードで走るジテンシャは、ハナコさんたちのようにどこかに行くためにジテンシャを使うのではなく、できるだけ速く走ることを目的にして、ジドウシャよりも速く走るから特に注意するように教えてくれた。
     ココでは、ハウスで暮らしていた時には経験できなかった楽しいこともあったが、ココをナワバリとして生きていく限りは、それ以上に注意しなければならないこともたくさんあることが、よくわかった。

     ――・――・――・――・――

     しばらくすると、土手の桜の木の葉が完全に黄色になった。ベンチの上にいると、少しずつ風が冷たくなっていくのがわかった。この頃、急に暑くなったり寒くなったりして、私は少し体調を崩して調子が悪かった。
     そんなある日の朝、カナコさんがいつも通りにはベンチに来なかった。お日様が、私たちの頭の上に来てもカナコさんは来なかった。カナキチたちも、ベンチの周りでカナコさんを待っているようだったが、あきらめて事務所の敷地へ帰って行った。
     私とハナコは駐車場まで戻って、柵の中からベンチを見ていたが、やはりカナコさんは来なかった。仕方がないので、私たちはガレージまで戻った。
     私はハナコに『夕方まで寝て、それからベンチに行ってカナコさんを待とう』と言った。
     少し眠ると、ハナコが私を起こした。
     『私はやっぱり、お腹がすいて夕方までは待てないから、ベンチまで行ってカナコさんを待つよ。もし夕方前にカナコさんか、それ以外のニンゲンさんが来てゴハンをくれるようなら、すぐに戻って教えてあげるから。チャコは最近あまり体調が良くないみたいだから、それまでゆっくり寝ていていいよ』と言ってくれた。
     私は『ジドウシャとジテンシャには気を付けてね。ひかれないようにね』と言った。
     ハナコは『わかった』と答えた。なぜかこの時、ハナコは振り返って『私、やっぱりハウスに残らずにチャコに付いてきてよかった』と言って、ガレージを出て行った。

     ハナコの言葉に甘えて、私はすっかり眠ってしまった。気が付いたらもう、お日様は完全に沈んでいて辺りは暗くなっていた。私はハナコが戻って来ないので心配になり、急いで駐車場を走り抜けてベンチに向かった。
     ベンチにハナコはいなかった。私は嫌な予感がした。すぐにカナキチたちがいる事務所の敷地に入り、物置の前で『カナキチ!』と叫んだ。
     しばらくするとカナキチがゆっくりと出てきて『どうした?』と聞いた。
     『今朝からカナコさんがベンチに来ないから、ハナコがベンチでカナコさんをずっと待っていたはずなんだけど、そのハナコがガレージに帰って来ない』
     カナキチは真剣な目つきになって『ちょっと待ってろ』と言って物置に帰った。しらばくすると戻ってきて『実は今日、オレたちも朝から昼までベンチの周りでカナコを待っていたけど、結局来なかったんで寝床に一度帰った。その後、みんなで夕方もう一度ベンチに行ったけどカナコは来なかったし、オマエたちのナワバリのベンチにはハナコの姿は見えなかった。オレ以外の5匹が、その後に何度か交代でナワバリのベンチに行ったけど、結局ハナコを見たヤツはいない』と言った。
     『じゃあ、ハナコは……』
     私は、息が詰まる思いがした。
     『とにかくオマエはガレージで、ハナコが帰るのを待っていた方がいい。これからオレたちは交代でナワバリを見回るから、何かハナコのことでわかったことがあったらガレージまで行って教えてやる』と言ってくれた。
     私はカナキチの言う通りに、不安な気持ちを抱えながらガレージに帰ったが、結局翌朝になってもハナコは戻って来なかった。

     そして朝、いつものベンチに行くと、カナキチたちのナワバリのベンチにカナコさんがいた。カナコさんは、カナキチたちのゴハンを配り終えると、私がいるベンチに小走りに駆け寄ってきた。
     「チャコちゃん、ゴメンね。昨日はどうしても急な用事ができちゃって、来られなかったのよ。タローさんや他のメンバーとも連絡が取れなくて、結局誰も来られなくて本当にゴメンね」と謝った。
     私は『違う。悪いのは私だ。ハナコがベンチに行くと言った時に、私も一緒に行けば良かったんだ。悪いのはカナコさんじゃない。私だ……』と言った。カナコさんは何度も私に「ゴメンね」と謝った。
     私は、とてもゴハンを食べる気にならなかった。私がゴハンを食べないでいると、カナコさんは「本当にゴメンね。チャコちゃんが怒るのも無理ないよね。そういえば、今日はハナコちゃんがいないけど、どうしたの?」
     やはりカナコさんには、ネコの言葉はわからないようだ。

     結局、私はカナコさんが出してくれたゴハンはほとんど食べなかった。カナコさんは「ゴメンね。チャコちゃんがいつでもゴハンを食べられるように、本当はここに『置きエサ』をしたいんだけど、それは私たちのグループのルールで『絶対禁止』なの』と言った。
     「『置きエサ』をすると、チャコちゃんたちだけでなくてカラスとか鳩とか、いろんな鳥や動物たちがゴハンを食べて、それが散らかるとココの周囲の住民の人たちから『ネコがゴミを散らかした。エサなんかやるな!』って苦情が来るのよ。だからゴメンね。夕方、また来るからね。今度は食べてね」と言って帰って行った。

     カナコさんが帰った後、私がベンチの上でたたずんでいると事務所の敷地からカナキチがゆっくり歩いて、私がいるベンチの下までやってきた。
     『今朝からオレたち6匹でもう一度、手分けしてこの辺りを探してみたけど、誰もハナコを見つけられなかった』
     私は黙っていた。
     『ハナコの帰りを待つオマエの気持ちはよくわかるけど、これを機にオレたちの仲間にならないか? オレたちは6匹で固まって生きているから、エサももらいやすいし、オレたちのナワバリに他のネコが入ってきても6匹で追い出せる。オマエがオレたちの仲間になれば、オレ以外にもニンゲンの言葉がわかるヤツが1匹増えて、オレたちも助かる。それに……』と、トラキチは言いかけて、少し考えていた。
     『ただ、今の6匹でこれまでなんとかうまくやってきたから、今さらほかのネコが仲間に入って、オレたちの関係が変わるのを嫌がるヤツもいるんで、当面はこれ以上仲間を増やすのはやめよう、もしニンゲンがオレたちのところへ他のネコを持ってきても追い出そうって決めていたんだ。だからこの前、オマエとハナコと初めて裏の広場の物置で会った時、オレはココから出ていけって言ったんだ』と説明した。
     『でも今日も、オレが他の5匹に頼んだら、みんな一生懸命にハナコを探してくれた。もうオマエとハナコはオレたちの仲間だ』
     『その気持ちはよくわかるし、うれしい』と私は答えた。
     『でも、ハナコは生きて絶対にココに戻ってくる。私はそれを信じて、このナワバリでハナコが帰ってくるのを待っている』と言った。
     『そうか……。そう思うなら、そうすればいい。でもせめて、間違いなくメシにありつけるように、カナコやタローや、他のニンゲンがオレたちのナワバリのベンチに来た時は、ココから見えたらメシの時だけもオレたちのベンチまで来いよ。オレたちのところまでくれば、エサを食いっぱぐれることはない。あと、ベンチの両側の桜の木の根っこには、水が一杯に入った容器が2つあるあるから、好きな時に水を飲みに来いよ』
     『わかった。そうさせてもらう』と私は答えた。
     『また、何かわかったら教えに来る』と言って、カナキチは事務所の敷地へ帰って行った。

     ――・――・――・――

     それから、私は朝起きてから寝るまで、ガレージとベンチを何度も往復して、ハナコが帰ってくるのを待った。その間にカナコさんや、その仲間のニンゲンさんや、時々タローさんがゴハンをベンチまで持って来てくれた。

     それまで、カナキチと一緒にいる他の5匹とは話したことがなかったが、たった一度だけ、その中の茶トラのネコが、ベンチの上に座っていた私に近寄ってきた。
     『なぁ、カナキチから聞いたけど、オマエはきょうだいが帰ってくるのをこのベンチで待ってるんだってな』
     私は『そうだ』と答えた。
     『オレたちは、6匹で順番にナワバリをパトロールしているから、誰かがどこかでニンゲンからエサをもらえればすぐに仲間に教えて、全員がエサにありつける。でもオマエは今、独りだろ?』
     『そうだけど……』
     私は、茶トラのネコが何を言いたいのか、わからなかった。
     『この前、オマエがこのベンチの上に座っているのを、オレはナワバリのベンチから見ていたが、オマエはニンゲンがベンチに近寄って来たら、いつも逃げているだろ?』
     『そうだけど……』
     確かに私は、見知らぬニンゲンさんが近寄ってきたら、最初は必ず逃げることにしている。これは、お母さんの教えだからだ。
     『それじゃあエサはもらえないぜ。一番効率の良い方法を教えてやろうか?』
     私は『どうするの?』と尋ねた。
     『ニンゲンがベンチに座ったら、ニンゲンのヒザの上に飛び乗ってやるのさ。そうすれば、もしニンゲンが何かエサを持っていれば、間違いなくもらえるぜ』と自慢気に言った。
     私は、見知らぬニンゲンさんによくそんなことができるな、と思ったが、カナキチの仲間なら、あまり気分を損ねるようなことはしたくなかったので『そう、良いことを教えてくれてアリガトウ』と答えておいた。
     茶トラのネコは『オレはトラ丸って言うんだ。カナキチがいない時は、オレが仲間をまとめている。まぁ何か聞きたいことがあったら、いつでも相談しに来いよ』と得意気に言ってナワバリに帰って行った。

     それから、もう何日ハナコを待ったかわからなくなった頃、私はかなり疲れていた。
     その時、私は完全に油断をしていた。できるだけ長い時間ベンチにいて、いつハナコが戻ってきてもわかるように見張っているつもりだったが、お日様に体が照らされて、とても気持ち良くなって、ウトウトとベンチの上で寝てしまった。
     気が付いたのは、体に重たいモノが乗っているとわかった瞬間だった。首を両側からガッチリと抑えられていた。私は懸命に抜け出そうとした。しかし首が全く動かず、どんなにもがいても体の上の重たいモノをどけることができず、のたうちまわった。
     次の瞬間、カナキチの怒鳴り声が聞えた。
     『おい! オマエ! どけ!』と叫んで、カナキチは私の首にまきついた重たいモノに思い切り体当たりした。その重たいモノとカナキチは、もつれるようにベンチから土手の坂を転がり落ちた。
     それを見て、私に乗っかっていた重たいモノはカナキチと同じくらい大きなクロネコだったとわかった。
     土手の下まで落ちると、クロネコは遠くの方へ急いで土手を駆け上がりながら、私たちから逃げて行った。カナキチは、私のところへ走って戻ってきた。
     『大丈夫か?』
     私は『大丈夫』と答えた。
     『いや、首にケガをしている。爪を立てられたな』
     そう言えば、なんだか首の両側が少しヒリヒリする。
     『もうすぐカナコがメシをもって来る時間になる。傷跡を見せれば、カナコならクスリをくれて手当をしてくれるはずだ』と言った。
     『クスリ?』と、私は聞いた。
     『クスリだ。ニンゲンは、今のオマエみたいにケガをした時にクスリをぬってケガを治すんだ』と、カナキチは教えてくれた。
     『これを見ろ』と言って、カナキチは自分のお腹を見せてくれた。そこには、大きく斜めに走る傷跡があった。
     『だいぶ前のことだが、あのクロネコがオレたちのナワバリに入ってきて、オレたちの仲間が食べていたメシを横取りしようとしたんでオレとケンカになった。その時の傷跡だ』と言った。
     『アイツのナワバリはこの土手沿いの、もっと向こうの公園なんだが、どういうわけか時々ココらまでやってきて悪さをするんだ』
     私は『わかった。気を付ける』と言った。
     カナキチは少し考えてから、私に聞いた。
     『オマエ最近、オシッコとウンチをこのベンチの周りでするようになっただろう?』
     私はハッとなった。川原のハウスで暮らしていた時に、お母さんに何度も教えられたことを今になって思い出した。

     お母さんは『いいかい。オシッコとウンチをする時は、このハウスからできるだけ離れた場所で済ませるんだよ。穴を深く掘って、その中に出した後に必ずたくさん土や砂をかけるんだ。他のネコたちに、私たちのオシッコとウンチの匂いがわかると、このハウスを見つけられて襲われるかも知れないからね』と何度も私たちに言い聞かせた。

     私は、できるだけ長い時間このベンチにいられるように、ベンチの周りでオシッコとウンチを済ませていた。
     『おそらくクロネコはオマエの匂いを覚えて、このベンチに長い時間いることを知ったんだろう。それで、いつかスキを見てオマエを襲うつもりだったんだ』と言った。
     私も、その通りだと思った。
     『失敗した』
     『ああ、それはオマエにとって失敗だ。どんな時でも、このベンチから遠くまで行ってオシッコとウンチをするべきだった』と言った。
     『とくかく今は、その傷を治すことを考えろ。オマエがしっかりと警戒していれば、あのクロネコの気配をすぐに感じ取れるはずだ』

     それから少ししてカナコさんがやって来て、カナキチたちにゴハンを配り終えた後に私のところへやって来て、私の首の傷に気づいた。
     「チャコちゃん、すごい傷よ! どうしたの?」と言って、肩からかけているバッグから何かを取り出し、それを自分の手につけて「少しだけ、ピリッと痛むけどガマンしてね」と言って、傷口に塗ってくれた。
     かなり痛かったけど、私はガマンした。傷の痛みをガマンしながら、私にはようやく理解できたことがあった。

     私は、いつもハナコが私に付いてきてくれたので『私がいないと、ハナコはだめなんだ。ハナコには、私が必要なんだ』と考えていた。
     でも、本当は違った。
     『ハナコがいないと、私はだめなんだ。私には、ハナコが必要なんだ……』

     私に薬を塗りながら、カナコさんは私の傷口を見て、私が他のネコに襲われたことを悟ったようだった。
     「チャコちゃん。おそらくチャコちゃんは、ハナコちゃんが帰ってくるのをココで待っているんだろうけど、また他のネコに襲われることもあるかも知れないから、これからどうしたら良いか、タローさんと相談してみるね」と言って帰って行った。
     このところ、ベンチにいてもハナコのことばかり考えていて気づかなかったが、土手沿いの桜の木の葉は全て下に落ちていて、幹と枝だけの丸裸になっていた。
     そして次の日のお昼、ココで初めてハルさんに出会った。

     ――・――・――・――

     その日、いつものように私はベンチの上に乗って、ハナコが戻ってくるのを待った。まだ、クロネコに爪を立てられた傷口が少し痛むけど、カナコさんが塗ってくれたクスリは大分効果があった。
     この日は朝、カナコさんが来てくれて、その他にも見知らぬニンゲンさんが何人かベンチを通り、中にはゴハンをくれるニンゲンさんもいた。
     カナキチたちのナワバリのベンチにも、時々ニンゲンさんが来てくつろいでいた。そんな時は、カナキチ以外の5匹の誰かが事務所の敷地から出てきてジドウシャの道を横切りベンチまで来て、ベンチで休んでいるニンゲンさんからゴハンをもらっていた。

     ちょうど、お日様が頭の真上に来た時、カナキチたちがいる場所からは逆の方向から、ひとりのニンゲンさんがツエをついて歩いて来た。私は、お母さんと一緒に暮らしている時に「ツエ」を教えてもらった。
     『ニンゲンさんは、年を取って足腰が弱くなるとツエをついて歩くようになる。私はいつもオマエたちに、子どもには気をつけろと言っているが、ツエをついたニンゲンさんは子どものように私たちを追いかけまわすことはできない。ただ、近づいてきてツエを振り上げたらすぐに逃げなさい。そんなニンゲンさんは自分のことしか考えないから、相手にする必要はない』

     私が見つけたツエをついたニンゲンさんは、お婆さんだった。ジドウシャが通る道の一番端っこをゆっくりと、ツエをつきながら一歩一歩ベンチまで近寄って来た。背中にはバッグを背負っていた。
     お婆さんはベンチの近くまで来ると、ジドウシャが来ないかよく確認してから道をゆっくりと渡り、私の前にまでやって来た。
     「あなたがチャコちゃんね。私はハルって言うの。カナコさんから頼まれて、アナタのお世話をしに来たのよ」と言った。

     ハルさんは、私が座っているベンチの横にゆっくりと腰かけた。
     「私は足が悪くてね。ツエがないと歩けないのよ。だから、チャコちゃんが私を見つけてからココにくるまでに時間がかかるけど許してね」と言った。
     私は『この人はなんとなく、やさしいニンゲンさんだ』と思ったが、しばらく黙っていた。ハルさんは、バッグから何かを取り出した。どうやら私のゴハンのようだった。
     「私はね。これまで長い間、色んなネコちゃんのお世話をしてきたんだけど、ゴハンだけはお店で売っているものじゃなくて、自分で勉強して、ネコちゃんが食べられる食材を使って、自分で作ったものを食べてもらってきたのよ。チャコちゃんのお口に合うと嬉しいけどね」と言って、ゴハンを出してくれた。それは、いままで私が見たこともないようなゴハンだった。
     恐るおそる食べてみた。
     私はすぐに『美味しい!』と叫び声をあげた。

     その日から、ハルさんはカナコさんの代わりにお昼と夕方に必ず、ベンチにいる私に手作りのゴハンを届けてくれた。ハルさんはいつもベンチに座って、横にいる私がゴハンを食べるのをニコニコしながら見ていた。
     お昼の時は、私がゴハンを食べている横でハルさんも、持ってきたおにぎりを食べ、ポットに入れてきたお茶を飲んだ。
     食べ終わると、ハルさんは色んな話しを私にしてくれた。
     私には、ハルさんの言っていることは全部理解できた。いつの間にか、私とハルさんはベンチに座って長時間、おしゃべりをするようになった。

     ハルさんは、ネコの言葉がわかるようだ。

     ハルさんのオウチはジドウシャが走る道沿いにあって、このベンチからは見えないくらいのところにあり、事情があって今は独りで暮らしをしているそうだ。家族がいた時は、カナコさんたちと一緒に手分けをして、この土手沿いにいるネコさんたちにゴハンをあげに来ていたが、家族がいなくなってから体力がガクンと落ちたそうだ。
     それと、ハルさん自身が足腰と腎臓に病気があって、ツエをつけば少しずつ歩けたが、夏の暑い時期と冬の寒い頃は体がつらいので、カナキチたちのお世話はカナコさんたちに全て任せたそうだ。
     でも最近、カナコさんもオウチの事情で毎日土手まで来るのが大変になって、ハルさんのオウチに来て、頭を下げて頼んだそうだ。
     「駐車場の前にあるベンチにチャコちゃんという名前の、尻尾が短いサビネコちゃんがいるので、なんとかチャコちゃんのゴハンだけでも、ハルさんにお世話をしてもらえないだろうか? カナキチたち6匹は、なんとか私たちのグループで交代でお世話をするが、チャコちゃんはきょうだいのハナコちゃんが必ず帰って来ると信じて、今でもベンチの上で待っている。時々、寝床に帰って休んでいるようだが、私たちがカナキチたちのお世話をする時に、必ずベンチにいるとは限らない。なので、足腰が自由にならないハルさんにお願いするのは心苦しいが、チャコちゃんのお世話だけでも助けてもらえないだろうか?」
     ハルさんは、快く引き受けたそうだ。

     「カナコさんから聞いたんだけど、チャコちゃんはココで一緒に暮らしていたハナコちゃんが帰って来るのを待っているんだって?」と聞いた。
     私は『うん』と言ってうなずいた。
     「私もね、チャコちゃんとは事情が違うけど、だいぶ前に家族がいなくなってね。独りぼっちなんだよ。だからチャコちゃんと同じなんだ。私もチャコちゃんがハナコちゃんと会えるまで、がんばってこのベンチまでゴハンを届けに来るから、チャコちゃんもがんばってね」と言った。
     私は、それまで『がんばる』という言葉は知らなかったが、ハルさんのおかげで覚えることが出来た。
     『わかった。私もがんばる』とハルさんに言った。
     ハルさんは、ニッコリ笑って私を見つめた。
     こうしてハルさんは毎日お昼と夕方に、ベンチでハナコを待っている私に手作りのゴハンを届けてくれた。

     ハルさんは、私がゴハンを食べ終わるといつも「ありがとう」と言った。それが私には不思議だった。それまで私は、ニンゲンさんが「ありがとう」という時は、相手にお礼を言う時の気持ちを込めた言葉だと思っていた。
     私は、ハルさんがお皿に盛りつけてくれたゴハンを食べただけで、ハルさんに何かをしてあげたわけでもなく、お礼を言われるようなことは何もしていなかった。
     『それなのに、何でハルさんは私にアリガトウって言うの?』
     私は何度かハルさんに聞いたが、ハルさんはいつも笑って、やさいく私を見つめるだけで理由は教えてくれなかった。
     私はこれまで、ハナコがココに戻ってくるのを待つために毎日、ガレージから駐車場を抜けてベンチに通ったが、いつの間にかハルさんと会うことがベンチに来る目的になっていた。ゴハンをもらえるのは嬉しかったが、それよりもハルさんと毎日、色んなお話ができることが楽しかった。

     ハルさんと出会った頃から、外は急に寒くなっていった。私は暑いのは苦手だが、寒いのはかなりガマンできた。でもハルさんは、少しずつ歩く速度が遅くなっているように感じた。
     また、この土手には時々ものすごく冷たい強い風が吹き付けた。ハルさんの話しだと、特に川に沿った土手や道路は、その奥にある住宅地とは全く違うと感じるくらい、風が吹く強さに差があるそうだ。ハルさんは、どんなに強い風が吹いていても、体が思おうように前に進まなくても、杖をつきながら一生懸命に歩いて、朝と夕方にゴハンを持ってきてくれた。
     風が強い日は、ベンチの上に置いたお皿の両側に、近くにころがっている大きめの石を置いて、お皿が風で吹き飛ばされないようにしてゴハンを食べさせてくれた。もっと困ったのは、雨の日だった。少しくらいの雨だったら、ハルさんがベンチに座って傘を差しながら、私にも傘を差してくれて、私が食べるのを見守ってくれた。
     ハルさんは「もし、強い雨が降った時でも、小止みになった時を見計らって必ずベンチまでゴハンを持って行くから、待っててね」と言ってくれた。

     そしてハルさんはどんな時でも、私がゴハンを食べ終わると「チャコちゃん、今日もたくさん食べてくれてありがとう」と言った。私も『こちらこそ、アリガトウ』と答えた。やがて私のココロの中で、ハルさんがとても大切な存在になっていった。
     どんな時でも、私にゴハンを食べさせるために一生懸命に歩いてくるハルさんのために『私も何か、できないだろうか』と考えた。一つ思いついたのが、ベンチに座っていてハルさんが見えた時に、ジドウシャの道の端っこを、杖をついて歩いて来るハルさんの足元まで駆け寄ることだった。最初にそれをやった時に、ハルさんは「ありがとう」と言ってくれたが「チャコちゃんは、いつハナコちゃんがベンチに戻ってきてもいいように、ずっとベンチにいなさい。私は必ず、どんなにつらくてもがんばってベンチまで歩い行くくから」と言った。
     私は、ハルさんの言う通りにしようと思った。

     やがて、さらに寒さが厳しくなってきたある日、ハルさんが私に言った。
     「チャコちゃん。実はね、私はもうすぐ、足と腰の病気の治療と腎臓の検査で、近くの病院に入院しなければならないの。病院で一生懸命にがんばって治療して、もう一度このベンチでチャコちゃんにゴハンを届けようと思うけれど……」
     ハルさんは、言葉を詰まらせた。「もし、私が戻って来られない時のために、どうしてもチャコちゃんに聞いてもらいたいことがあるの」と言った。
     「チャコちゃんのゴハンは、以前のようにカナコさんにどうにかしてもらうようにお願いするから、安心してね。でも、カナコさんはオウチの事情があって、私みたいに決まった時間にベンチまで来られるかわからないから、もしカナコさんが来られない時でも、チャコちゃんが『この人なら大丈夫だ』と思った人がベンチに来たら、その人からゴハンをもらってね」
     私は『わかった』と答えた。
     ハルさんは「ありがとう」と言った。
     私は、もしかしたらこれが、ハルさんとお話しをする最後になるかもしれないと思った。本当は泣き叫びたかったけど、そんなことをしたらハルさんが悲しむのがわかった。もし、本当にこれが最後でも、最後までハルさんには笑顔でいて欲しかった。
     『私も、ハルさんに聞きたいことがある』と言った。
     ハルさんは、笑顔で「何?」と聞き返した。
     『強い風が吹いても、大雨が降っても、ハルさんは必ずゴハンを持ってきてくれて、私にアリガトウって言ってくれたけど、何でアリガトウって言うの?』
     ハルさんは、少し考えた。
     「何でだろうね……。私にもわからないや」と言って、ハルさんは笑った。

     私はハルさんに『必ず、病院から戻ってきてね。ハナコと一緒に、このベンチで待っているからね』と言った。ハルさんはニッコリ笑った。
     ハルさんは最後に「チャコちゃん、これからも大変なことがたくさんあると思うけど、生きてね。必ず生き抜いてね」と言った。
     『生き抜いてね』という言葉が、強く私のココロの中に焼き付いた。
     私は、ベンチに座っているハルさんの近付き、ヒザの上にゆっくりと乗った。
     ハルさんは驚いたが、やがてニッコリ笑って私の額をやさしく撫でてくれた。
     以前、カナキチの仲間のトラ丸が『エサをもらいたかったら、ニンゲンのヒザの上に乗ればいいのさ』と言っていたが、今の私は違った。
     自然に、ハルさんのヒザの上に乗りたいと思った。ハルさんのヒザの上はやわらかくて、私の額を撫でてくれる手のひらと指はとても暖かかった。
     私は、ハルさんのヒザの上で『アリガトウ』とつぶやいた。
     ハルさんはいつまでも、私の額を撫でてくれた。

     ――・――・――・――

     その次の日からハルさんはベンチに来なくなり、カナコさんや、カナコさんが来られない時は同じグループのニンゲンさんが私にゴハンを届けてくれた。でも、ハルさんのようにお昼と夕方の決まった時間に来てくれるわけではなかった。
     これまで、私がこの川で暮らしてきた感覚から、空から雪が降ってくる季節がもう目の前に迫っていることがわかった。

     そんなある日、久しぶりにカナキチが、私がいるベンチまでやって来た。
     『元気そうだな』とカナキチは言った。
     『カナキチも、元気そうで良かった』
     これまで、カナキチがこのベンチまで来て私と話す時は、ベンチの上にいる私に向かって下から話しかけてきたが、この日は初めてベンチの上に飛び乗って私の横に座り、私と同じ川の方角を見ながら話し始めた。
     『ちゃんとメシは食えているか?』
     『カナコさんとか、みんなが交代に来てくれて、なんとか食べられている』と答えた。
     カナキチは、どこか寂しそうに『そうか』と言った。
     『実はな。オレは明日、カナコに引き取られることになった』
     私は驚いて『どうしたの? 急に?』と聞いた。
     『オマエには話していなかったが、オレはどうやら体の中のジンゾウというところが病気らしい。前からカナコに何度か病院に連れて行かれて、そこで検査してわかったんだ』と言った。
     『ジンゾウの病気』は、ハルさんから聞いたことがある。以前、ハルさんが自宅で飼っていたネコさんも「ジンゾウの病気で、虹の橋を渡ってしまった」そうだ。そしてハルさんも、足腰の病気の治療に加えて、腎臓の検査をするために入院した。
     『カナコさんが引き取るってことは、もうこの川の土手から離れるってこと?』
     『そうだ』
     私もカナキチも、しばらく黙った。
     『それで、オマエにどうしても話しておきたいことがあって、今日はココに来た』と言った。

     『オマエはハナコと一緒に、事務所の裏にある広場の物置で、オレと初めて会った時に、川原で母親ときょうだいと一緒に暮らしていたと言ったよな。そのきょうだいの名前はシロとクロだろ?』
     私は驚いた。
     『オマエがハナコと一緒に、オレが教えたガレージで寝るようになってしばらくした後に大雨が降って、ベンチまで出てくれなくて丸一日、メシが食えなかった時があったろ?』
     そういえば、その大雨の日はハナコと二人でずっとガレージの中で毛布にくるまっていたことを思い出した。
     『あの時2匹のネコが、オレたちが寝床にしている物置にやって来た。どこから来たんだと聞いたら、川原からだと答えた。あまりの大雨に寝床が浸水しそうになって、大慌てでオレたちのナワバリまで駆け込んできた』
     私は、シロとクロのことは気にはなっていたが、あのコンビは私とハナコ以上にうまく連携していて仲良しだったから、心配はしていなかった。しかし、あの時の大雨でそんな事態になっていたとは……。
     『それで、名前を聞いたらシロとクロと言ったんだ。そこで、オマエとハナコの話しをしてやると2匹は驚いて、ボクたちのきょうだいだと答えた。オレは、オマエとハナコは近くのガレージで寝泊りしていて、メシを食う時だけココから少し離れたベンチに来るから会いにいったらどうだ? と言ったんだ。そうしたら何て答えたと思う?』
     『たぶん、会わなくても大丈夫だって言ったんでしょ?』
     カナキチは『その通りだ』と言った。
     『シロとクロは、雨が止むまでココに居させて欲しいと言った。オレは構わないと答えた。そして次の日、雨が止むとシロとクロは川原へ帰って行った。でも……』と、続きを言いかけてカナキチは黙った。

     『オマエがハナコと別れたすぐ後に、今度はシロだけ、オレたちがいる物置にやって来た。オマエと一緒だったクロはどうした? と聞いたんだ。クロは、シロと一緒に川原を歩いていて調子が悪くなり、心配したシロはクロをなんとか土手まで引き上げて、誰かニンゲンが来ないか待ったそうだ。そうしたら運よくタローがやって来て、クロの様子がおかしいことに気付いて、そのままどこかへ連れて行ったそうだ。そしてシロだけハウスに戻ったが、いつまで待ってもクロは帰ってこなかった』
     私は、息をのんだ。
     『そしてシロはオレたちに、ボクはアナタやチャコのようにニンゲンさんの言葉はわからないから、もし何かニンゲンさんから事情を聞いてわかったことがあったら、教えて欲しいと言ってきた』
     『それで……何かわかったの?』
     カナキチは少しの間、川の方を見つめてから言った。
     『タローとハナコがオレたちのメシを用意している時に、二人の話しを聞いていてわかった。クロは、詳しい原因はわからないが、体の中の水が足りなくなる病気にかかったらしい。すぐに手当をすればどうにかなったが、自分でも症状がわからず、長い間水を飲んでいなかったので体が急に弱って、タローが連れて行った病院で虹の橋を渡ったそうだ』
     『クロが、虹の橋を渡った……』

     『オレは、このことをシロに教えてやろうと思って、シロの匂いをたよりに、川原でオマエたちが住んでいたハウスを探して見つけた。だけど、ハウスにシロはいなかった』
     『いなかった?』
     『ああ、いなかった』
     カナキチは、少し黙った。
     『次の日も、その次の日もハウスに行ったが、シロはいなかった。そして4日目に、カナコが仲間のニンゲンと話しているのを聞いたら……シロは、タローに引き取られたと言っていた』
     『引き取られた……って、シロに何があったの?』
     カナキチは言いにくそうだったが、意を決したように話してくれた。
     『シロは、クロの時と一緒で、詳しい原因はわからないが、ハウスの中で左目が見えなくなっていたそうだ。それにタローが気づいて、クロの時と同じように病院へ連れていったが医者からは、残念だが右目も悪くなっているので、もう野良猫として生きていくのは難しいだろうと言われたそうだ。だから、タローが引き取ることになったそうだ』
     私は、全身から力が抜けていくのを感じた。
     それでも、残った力を振り絞ってカナキチに『アリガトウ……』と、お礼を言った。
     カナキチは、黙って頭を下げた。

     『それと、カナコが言っていたんだが、どうやらオマエのお母さんは、この川から少し離れたところで、カナコたちの仲間とは違うニンゲンたちにホゴされたらしい』
     『ホゴ?』と、私はカナキチに聞いた。
     『ああ。ホゴだ。たぶんメシにありつけなくて、さまよっているところを、カナコたちみたいに、オレたちネコの世話をしているニンゲンに出会って、誰かに引き取られてメシをもらえるようになったんだと思う。今も元気で暮らしているそうだ』
     私は、少し考えて『良かった』と言った。

     お母さんがハウスから去って、私とハナコがハウスを後にしてから、色んなことがあった。お母さんはホゴされ、ハナコはいなくなり、残ったシロは左目が見えなくなり、クロは病気になって虹の橋を渡った。
     私は『もし、お母さんがハウスを出ていなかったら、私たちはずっとハウスの中で一緒に暮らしていたんだろうか?』と考えた。
     でも、それは違うと思った。あの時でなくても、いずれお母さんはハウスを出て行ったし、私とハナコもハウスを出た。シロとクロも、運命を変えることはできなかっただろう。
     よくわからないけど、私の頭の中で『いずれ、そうなった』という自分の声が聞こえた。

     カナキチは、しばらく黙った後に毛づくろいをした。そして言った。
     『あと最後になるが、これはオレがこれまで、何人かのニンゲンの話しを聞いたり、実際にオレがこのナワバリで経験したことから感じることなんだが……。ハナコはたぶん、オレたちがよく知らないニンゲンに連れ去られたんだと思う』と言った。
     『連れ去る? どういう意味なの?』と私は聞いた。
     『オレが、初めてこのベンチに流れ着いた頃、ココから少し離れた橋の下をナワバリにしていたネコが1匹、突然いなくなったんだ。ハナコのように……』
     『ハナコのように……』
     『その後、カナコやタローが話しているのを聞いたんだが、そのネコを仲間で手分けをして探したそうだが、全く見つからなかった。もしジテンシャやジドウシャにひかれていて、それを誰かが見つけていれば、役所ってところからカナコたちには必ず連絡が入るらしい。でもカナコたちがいくら役所に問い合わせても、それからずいぶん時間が経っても、役所からは一切連絡は来なかったそうだ』と、カナキチは言った。
     『オレたちは、カナコたち以外のニンゲンからもメシをもらうこともある。もし、その中にオレたちをホゴしたいと考えるニンゲンがいれば、ふつうはカナコたちに頼むんだがたぶん、それをしなかったニンゲンが、ある時にその1匹を連れて行ってしまったんだろうと、カナコとタローは言っていた。オレも、たぶんそうだと思う』
     私は少し、考えた。
     『じゃあカナキチは、ハナコは私たちが知らないニンゲンさんにホゴされたって考えているの?』
     『ああ、もしオレの考えが合っていればそうなる』
     『でも、なんでその人はカナコさんたちにそのことを伝えなかったの?』
     『それはオレにもわからない。でも、ジドウシャやジテンシャにひかれたんじゃなくて、イエネコになったんだとしたら……』
     『イエネコ?』
     『ああ、オレがカナコにホゴされたり、シロがタローに引き取られたり、オマエのお母さんがオレたちが知らないニンゲンにホゴされたりするのと同じだ』
     私は少し、考えた。
     『それは例えば、私がハルさんにホゴされるってこと?』
     『ああ、そうだ』とカナキチは言った。
     私は、また少し考えた。
     『それは……、イエネコになることは、私たちにとって良いことなのかな?』
     『オレの場合は、カナコにホゴされるってわかっているし、オマエがもしハル婆さんにホゴされたとしたら、それは良いことだ』とカナキチは言った。
     『今のように、メシを食う時にいちいち寝泊りしているガレージを出て、ジドウシャの往来が激しい道を通って来なくても済むから、ひかれることもない。メシも、オレたちが食べたい時を見計らってイエの中で出してくれる。イエの中にトイレも置いてくれて、その中に済ませることができる。ニンゲンは、そのトイレを頻繁に掃除してくれる』
     『トイレ?』と、私は聞いた。
     『ああ、トイレだ。前にカナコがオレを病院に連れて行った時に、ケージという小さなオリに入れられたんだが、その中にトイレがあって、いちいち遠くまで用を足しに行かなくても済んだ』
     カナキチのいう『ケージという小さなオリの中の生活』がどんなものか想像してみたが、おそらく川原のハウスの中でずっと生活しているようなものなのだろうと考えた。
     『だけどな。今の話しはあくまで、オレたちをホゴしてくれるニンゲンが、やさしいニンゲンだった時の話しだ』と言った。
     『やさしいニンゲン?』と、私は聞き返した。
     『例えば、オマエも何回かニンゲンに追いまわされたことがあるだろ? ああいうのは、オレたちに触ることしか考えていない。そんな連中の中には、オレたちに何か悪さをしようとしている連中もいる。そういうのは、やさしくないニンゲンだ』と言った。
     私は、少し考えた。
     『じゃあ、ハナコはどっちのニンゲンさんにホゴされたのかな?』
     『それはオレにもわからない。ただ、カナコやタローや、ハル婆さんのように、オレたちのことを考えてくれるような、やさしいニンゲンにハナコはホゴされたと、オレは信じている』
     『でも、もしやさしいニンゲンさんだったら、ホゴする時にカナコさんやその仲間の人たちに、ホゴしたことを言うんじゃないのかな?』と私は言った。
     『オレもそう思う。仮に、やさしくないニンゲンに捕まったとしても、そいつのイエまでハナコが連れていかれた後に、そいつがやさしいニンゲンに変わることを、オレはココロの底から願っている』

     考えてみれば、カナキチとこんなに長い時間、話したのは初めてだった。私とハナコがハウスを出てから、寝泊りできるガレージを教えてくれたのも、私がクロネコに襲われた時に助けれくれたのもカナキチだった。そのカナキチも、明日にはカナコさんにホゴされてイエネコになり、この土手からいなくなる。
     『アリガトウ』と、私は言った。
     カナキチは、それには答えすに言った。
     『オマエにはつらいことだろうが、もう、このベンチでハナコを待つことは止めた方がいい。これから先、このベンチに長い時間いると、クロネコ以外にもオマエを襲うヤツが出て来るかもしれない。それから、やさしくないニンゲンに捕まるかもしれない。だからいつでも逃げられるように、オマエは駐車場の中からこのベンチを見張っていろ。そうすれば駐車場の周りには柵があるから、ニンゲンはすぐにオマエに触ることはできないし、駐車場は広いから、他のネコから襲われてもすぐに逃げることができる』と言った。
     『そうする』
     カナキチの表情が少し緩んだように見えた。
     『もうすぐ雪が降る季節になる。吹いてくる風も、今よりもだいぶ冷たくなる。このベンチで長い時間、冷たい風に当たり続けていると体の調子もおかしくなる。だからベンチでハナコを待ち続けるのは、もう止めた方がいい』
     私は、もう一度『そうする』と言った。
     『それから、オレにカナキチって名前をつけてくれたのはカナコだ。いつか、オレをホゴする時のために、自分の名前のカナコから取ってカナキチって名付けたんだろうと、オレは思っている』
     そう言い終えると、カナキチはお日様を見上げるようにして口を大きく開けて、思い切り息をした。まるで、この土手の匂いを覚えておくために、体の中にできるだけ多くの空気を貯めこんでいるように、私には見えた。
     『これから、オマエはどんなことをしてでも生きろ。ハル婆さんや、オレの分まで生きろ。危ないと感じたら、すぐに逃げろ。生きていれば必ず、ハル婆さんのようにやさしいニンゲンに出会うことができる。だから、生きろ』
     私はカナキチの真似をして、お日様に向かって口を大きく開けて、思い切り息をした。いつもよりも、空気が美味しく感じた。
     『わかったカナキチ、アリガトウ』
     カナキチは少しの間、私の目を見つめると私の額を舐めた。そしてすぐに、くるっと向きを変えてベンチを降り、振り返ることなく全力でナワバリの事務所まで駆けて行った。
     それが、カナキチとの別れになった。

     ――・――・――・――

     次の日からカナキチに言われた通り、私はベンチまで行かず、駐車場からベンチを見張った。私がいつものようにベンチにいないためか、カナコさんやタローさんの仲間のニンゲンさんは、カナキチたちのベンチには来ても、私のベンチまでは来てくれなくなった。
     仕方がないので、駐車場の中からカナキチたちのベンチも見張り、誰かが5匹にゴハンをあげているのを見つけると、駐車場を出て走り寄った。
     そこにはカナキチの代わりにトラ丸がベンチの上にいて、他の4匹がその周りを囲んでいた。私は5匹が全員ゴハンを食べ終わった後に、追加でゴハンをもらった。
     トラ丸はベンチの上から私を見下ろして『まぁ、オレたちの邪魔にならなければココでメシを食ってもいいぞ』と言った。
     トラ丸以外の4匹も、私がベンチに近づいていも誰も警戒はしなかったが、あまり歓迎されていないこともなんとなく感じた。
     だから私はベンチから少し離れて、トラ丸たち5匹と距離を取りながらゴハンをもらった。

     そんな生活が数ヶ月続いた。何回か雪が降り、冷たく厳しい北風が土手に吹きつけ、やがて少しずつ暖かくなった。そして丸裸だった土手の桜の木にも、小さなつぼみが見えるようになった。
     しかし私のココロの中は、ハルさんとカナキチが土手からいなくなった、あの桜の木から葉っぱが全て落ちて丸裸になっていた時から止まったままだった。

     その年も、土手の桜はきれいに咲き誇り、たくさんのニンゲンさんたちが花見にやってきた。ニンゲンさんは、この季節をとても楽しみにしているらしいが、私たちネコにとっては、本来はゴハンをもらえる場所である土手に、たくさんのニンゲンさんが来る時期だった。結果的に、思うようにゴハンが食べられないので、あまり良い季節とは思わなかった。それでも、下から見上げる薄いピンク色の桜の花は、とてもきれいだと思った。

     桜の花の中に緑色の葉っぱが混じるころになると、土手に来る人もだいぶ少なくなり、辺りもふだんの静けさを取り戻していた。
     私は久しぶりにベンチに飛び乗って、お日様の光を長い時間浴びた。この季節にベンチの上でお日様の光を浴びていると、ポカポカと体が暖められた。でも、こうして誰にも邪魔されずにベンチでくつろいでいるとあらためて、私は独りぼっちになったんだと実感した。

     川原のハウスで暮らしていた時は、お母さんときょうだいがいつも一緒だったし、タローさんとカナコさんがお世話をしてくれた。土手を超えてからも最初はハナコと一緒で、ハナコがいなくなってからはハルさんとカナキチが私を見守ってくれていた。
     私は、これからは誰も助けてくれる人もいない中で、独りで生きていくんだろうか……? そんなことを考えながらウトウトと眠りそうになった時、このベンチでクロネコに襲われたことを思い出し、急いで駐車場に戻った。

     ある時、私が駐車場の中から事務所の方を眺めていたら、今まで見たことがないニンゲンさんが、見たことがない青いジテンシャに乗ってやって来て、トラ丸たち5匹にゴハンをあげていた。私は急いで駐車場から飛び出し、いつものようにトラ丸たちがいるベンチから離れた桜の木の影に隠れて、様子をうかがった。
     見知らぬニンゲンさんは、タローさんと同じくらいの年に思えた。なんとなくやさしい目つきをしていた。
     でもまだ、やさしいニンゲンさんか、やさしくないニンゲンさんか、私にはわからなかったので警戒した。そのニンゲンさんは5匹にゴハンをあげおわると、桜の木の陰にかくれている私を見つけて近寄ってきた。私は太い木を壁にして、必ずニンゲンさんからは見えなくなるように、木の周りを回った。ニンゲンさんが右に回れば私も右へ、左に回れば私も左へ逃げた。
     そのニンゲンさんは少し笑って、私に近寄るのをあきらめて、私が隠れた桜の木の近くにゴハンを盛りつけたお皿を置いてベンチに戻って行った。
     5匹はそれぞれゴハンを食べ終わると、ナワバリの事務所へ戻って行った。そのニンゲンさんはベンチに座って、ニコニコしながら5匹の様子を見ていた。私も自分の分のゴハンを食べ終えると、急いで駐車場に戻った。そして柵から、そのニンゲンさんの行動を見張った。
     そのニンゲンさんは、5匹と私が食べたおえたゴハンのお皿計6枚を全部、大きなビニールの袋の中に入れ、それを背負っていたバッグに入れて、青いジテンシャに乗って、お日様が沈む方向へ走り去って行った。
     それ以来、見知らぬニンゲンさんはカナコさんと同じようなバッグを背負ってほぼ毎日、お日様が頭の真上に来るお昼頃に青いジテンシャに乗って、トラ丸たちがいるベンチにやって来た。私も、そのニンゲンさんが来る頃に駐車場で待機して様子をうかがい、トラ丸たちのベンチにそのニンゲンさんが到着するのを確認すると、急いで駐車場を出て少しずつベンチに近寄った。
     そのニンゲンさんは、5匹にゴハンをあげる時には必ず私にもゴハンをくれるようになった。おかげで私は最低でも1日に1回、お昼にゴハンを食べることができるようになった。

     ある日、そのニンゲンさんが私と5匹にゴハンをあげている時に、タローさんがやって来てそのニンゲンさんに話しかけた。
     「いつもお昼時に、ココの6匹にゴハンをあげてくれて、ありがとうございます。私は、ココの6匹のお世話を長い間やっているアンドウという者です。ココで仲間たちと保護猫活動をしています」
     そのニンゲンさんは「私はカネコと言います。色々と経緯があって……。ココより上流にいたネコさんのお世話をしていたんですが、ある日そのネコさんが突然いなくなって、そのネコさんを探しに下流まで来たらココにいる6匹と出会って、それでつい最近、ゴハンをあげに毎日お昼に来るようになったんです」と説明した。
     タローさんは「そうですか」と言った。
     「でも私はネコなんて飼ったこともないし、これまでゴハンをあげたこともないんで、近所のスーパーマーケットに行って、キャット―フードコーナーに置いてあったこのカリカリを買ってあげているんですが、これでココのネコさんたちは大丈夫ですかね?」とタローさんに聞いた。
     「十分ですよ! 正直に言うと、私たちがあげているゴハンよりも高価ですよ!」
     そういえば、このカネコというニンゲンさんがくれるゴハンは、タローさんたちがくれるゴハンよりも少し美味しく感じた。
     「私は、とにかくネコさんのことは全く無知なんで色々と教えて下さい」と言って、タローさんに頭を下げた。
     タローさんは「こちらこそ。私たちはできるだけ交代で毎日ココに来るようにしているんですが事情があって、最近は常勤のメンバーが欠けてしまって、時々ココの6匹にゴハンをあげられない日もあるんですよ。カネコさんが1日に1回でも、お昼時に来てくれればとても助かります」と言った。
     そしてタローさんは私を指さして「あそこにいる尻尾の短いサビネコちゃんは、私たちはチャコちゃんって呼んでいるんですが、本当はこのナワバリではなくて、少し離れたところからココまで遠征してきているんです。もしかしたら、カネコさんが来た時にチャコちゃんがいないかも知れませんが、できればチャコちゃんも分のゴハンも出していただけるとありがたいです」と言った。
     カネコさんは、笑いながら「わかりました」と返答した。

     それからも毎日お昼に、カネコさんは5匹のナワバリのベンチまで青いジテンシャでやってきた。私も毎日、駐車場でカネコさんがくるお昼前に待機して、カネコさんがゴハンの準備を始めたらトラ丸たちがいるベンチまで近寄り、最後にゴハンをもらった。
     やがて、土手に吹く風がかなり暑くなってきた。私が苦手にしている暑い季節が、すぐ目の前まで迫っていることを感じ取った。

     ある日、そろそろカネコさんがトラ丸たちのナワバリのベンチに来る頃なので、私はガレージを出て駐車場に入った。すると、いつもハルさんが私にゴハンをくれていた目の前にあるベンチに、なぜかカネコさんが座っているのを見つけた。
     私が駐車場の中から『カネコさん!』と叫ぶと、カネコさんは私に気づいた。私はもう一度『カネコさん!』と叫んで、ジドウシャの道を急いで渡ってベンチまで近づいた。

     「チャコちゃん、この駐車場にいたの? そうか、チャコちゃんは他の5匹のグループとは違って、独りでこの駐車場をナワバリにしているんだね」と言った。
     私はまず警戒して、桜の木の影に隠れるようにしてカネコさんとの距離を取った。ベンチに座っていたカネコさんはバッグの中から、いつもトラ丸たち5匹と私が食べているゴハンを取り出してお皿に盛り付け、桜の木の前に置いた。私はカネコさんがベンチまで戻るのを確かめてから、ゆっくりと木の影から出てゴハンを食べた。

     この日以来、カネコさんはトラ丸たち5匹のナワバリではなく、お昼になるとすぐに駐車場の前のベンチまで来て、私にゴハンをくれるようになった。ある時、私がカネコさんからもらったゴハンを食べている時に、タローさんがトラ丸たち5匹にゴハンをあげていて、その後でカネコさんのところにやって来て「ごくろう様です」と挨拶した。

     その時、私はゴハンを食べながらタローさんとカネコさんの話しを聞いていた。この前、カネコさんが初めてこのベンチで私にゴハンをくれた時は、トラ丸たちのベンチに到着した時、すでにタローさんの仲間が先に来ていてトラ丸たちにゴハンをあげていたそうだ。カネコさんは5匹のことはその人たちに任せて、自分はお昼ご飯を少し離れたこのベンチで食べようとしたそうだ。
     「そうしたら、チャコちゃんが駐車場にいて鳴き声を上げて、ベンチにいた私の方へ走り寄ってくるんでびっくりしましたよ。チャコちゃんは、この駐車場がナワバリなんですね」と言った。
     タローさんは、私がこのベンチにたどり着いて今に至るまでの経緯をカネコさんに説明した。
     私がもともと、タローさんが建てた川原のハウスで、お母さんと4匹のきょうだいと一緒に暮らしていたこと、ある時お母さんと私とハナコがハウスを出たこと、その後、あの5匹の縄張りまでたどり着いたこと。私のきょうだいのクロが虹の橋を渡ったこと。ハウスに最後まで残ったシロの左目が見えなくなり、右目も悪くなっていたのでタローさんがホゴしたこと……。
     「だけど、チャコちゃんとハナコちゃんは事務所のナワバリには入れてもらえなかったようで、この駐車場をナワバリにして今、私たちが座っているこのベンチでゴハンをもらうようになったんですよ」と説明した。
     「それじゃあ、ハナコちゃんはどうしたんですか?」
     「それが、ある日突然いなくなったんです」
     「いなくなった……って、どうしたんですか?」
     「それが、いまだに理由が全くわからないんですよ。最初、私たちは交通事故にあったのかと思ったんですが、役所に連絡しても、そんな情報はないって言われるし、もし見かけた人がいたら連絡をもらえるように、このベンチの横の桜の木に『告知版』をくくりつけて、ハナコちゃんを見かけた人がいれば連絡が欲しいと、ハナコちゃんの写真と私の携帯番号を書いて貼り出したんですが結局、連絡は来ませんでした」
     「そうですか……」
     「それと、このエリアの野良猫さんたちは私と、カナコさんという私の仲間と、二人が中心になって長い間お世話をしていたんですが、私が仕事の関係でこの川の上流の方へ引っ越してしまったんで、週末の土日のどちらか一日しかココに来られなくなったんですよ。それからもう一人のカナコさんも、家庭の事情でココまで来てネコさんたちのお世話をする時間がなくなったんで、ナワバリのボス猫だったカナキチがちょうど腎臓病が重くなっていたんで、カナコさんはカナキチを自宅に引き取って、その代わりにココののネコさんたちのお世話から引退したってわけなんです」
     「そうでしたか……」
     「その少し前に私たちの仲間で、足腰が弱って腎臓に病気を抱えていたハルさんっていう高齢の女性の方が、無理をしてこのベンチまで来て、チャコちゃんだけはなんとかお世話をしてくれていたんですが、体調が悪くなって入院してしまって……。このエリアは何とかみんなで交代に来るようにしているんですが、できればカネコさんに、チャコちゃんだけでもできる範囲で結構ですので、これからもゴハンのお世話をしてもらえると大変助かります」と言った。
     カネコさんは「私はどうせお昼ご飯を、この土手のどこかのベンチで食べるつもりだったんで全く構いませんよ」と答えた。そのあと、タローさんとカネコさんは、お互いの連絡先を教えあった。カネコさんの名前は「サブロー」ということも、その時に知った。
     私は、カネコさんに向かって『これからは、サブローさんって呼ぶね』と話しかけた。
     タローさんは「どうやら、チャコちゃんもカネコさんにお世話になりたいみたいですよ」と言った。

     こうしてサブローさんは毎日お昼に、私のためだけに駐車場の前のベンチに来てくれた。いつもベンチの下にお皿と容器を二つ並べて、お皿にゴハンを、四角い容器にお水を入れて出してくれた。
     私は、サブローさんは『やさしいニンゲンさん』だと思ったが、どうしてもハルさんの時のようにベンチに飛び乗って、サブローさんの横に座って食べる気にはなれなかった。それはやはり、ハナコが突然いなくなって、もしかしたら『やさしくないニンゲンさん』にどこかに連れていかれたのかも知れないという気持ちがそうさせていた。

     サブローさんが駐車場の前のベンチに、毎日お昼時に必ず来てくれるようになって、しばらくして大雨が降った。私は、今日もサブローさんが来てくれるかどうか不安だったが、まずはガレージを出て、雨が少し止んだ時を見計らって駐車場まで走り、ベンチがよく見えるように、一番ベンチ寄りに止めてある白いジドウシャの下に潜り込んで、柵の内側からベンチを見張った。
     この日は、雨が強く降ったり、わずかの間だけ止んだりを繰り返していた。
     『こんな日でも、サブローさんは来てくれるだろうか?』と心配になったが、サブローさんが昨日、帰り際に私に言った言葉を思い出した。
     「チャコちゃん、天気予報だと明日は大雨になるみたいだけど、雨が小止みになった時を見計らって必ず来るからね。いつもの時間より遅れるかもしれないけど、必ず来るからね」と言ってくれた。

     その日、雨は一向に止まず『これじゃあ、サブローさんもジテンシャで来るのは難しいだろうな』と思った。
     そんな時、遠くから「チャコちゃん!」と叫ぶサブローさんの声が聞えた。サブローさんは青い雨合羽を身に着け、いつものように青いジテンシャに乗ってやってきた。
     私は急いで駐車場を出た。ジドウシャの道を横切ってベンチまで行こうとすると、サブローさんは私に「駐車場の中で待ってて! その白いジドウシャの下で待ってて!」と叫んだ。私は白いジドウシャの下に引き返した。
     サブローさんはベンチまで来るとジテンシャをベンチの脇に止めて、バッグの中からビニールシートを取り出してベンチの上に敷いた。
     そして、傘を差しながらバッグをベンチの上に置き、バッグの中からもう一つ傘を取り出して急いで開くと、バッグが雨で濡れないように器用に傘を紐でくくりつけた。次にバッグの中から私のゴハンを取り出し、傘でうまく雨をよけながら私のゴハンの準備をした。
     「もう少しでゴハンの準備ができるから、そこで待っていてね!」と大声で、駐車場の白いジドウシャの下にいる私に呼び掛けた。
     準備が終わると、まず私のゴハンを持ってきて駐車場の柵越しに、白いジドウシャの下にまで手を伸ばしてゴハンを盛ったお皿を差し出した。
     サブローさんは「次は水を持ってくるからね!」と言ってベンチに引き返して、ゴハンと同じようにお水を容器に注いでから、駐車場の柵越しにゴハンのお皿の横に置いて「こんな雨でも、ボクを待っていてくれて、ありがとう!」と言った。
     私は、この日はとてもお腹が空いていたので、お礼を言うのも惜しんでゴハンを食べた。

     「チャコちゃん、今度からこの白いジドウシャの下でゴハンを食べるようにしよう。いつものようにベンチの近くで食べようとすると、ジドウシャが走ってくる道を渡ってこなきゃいけないし、タローさんから聞いたけど、チャコちゃんのきょうだいのハナコちゃんは、あのベンチでゴハンを待っていた時にいなくなったって聞いたし……。この駐車場に止めてある白いジドウシャの下にいれば安全にゴハンを食べられるし、お水も飲めるからね」と言った。
     私は、それもそうだなと思った。
     「あと、この駐車場は盛り土がしてあって地面が高い位置にあるから、ボクが柵越しにチャコちゃんにゴハンをあげようとすると、ボクも胸の高さでチャコちゃんにお給仕ができるから、ちょうど良いんだ」と言った。
     私は『わかった』と答えた。サブローさんは、おそらくハルさんみたいにはネコの言葉がわからないだろうと思ったが『アリガトウ』とお礼を言った。

     それからサブローさんは、大雨が降っても、ものすごい強風が吹いても、お昼に必ずベンチまで来てくれて、駐車場に止めてある白いジドウシャの下に隠れている私にゴハンとお水をくれた。

     サブローさんはいつも、駐車場の柵越しにゴハンを差し出すとベンチまで戻って、ベンチに座ってジドウシャの下でゴハンを食べる私を見ていた。サブローさんは私が以前、クロネコに爪を首に立てられて傷ができたことを、タローさんから聞いたそうだ。
     「ボクは、チャコちゃんが白いジドウシャの下でゴハンを食べ終わるのを見ているからね。もしまたクロネコがやってきたら、チャコちゃんに近づけないように追っ払うからね」と言ってくれた。

     サブローさんが私にだけゴハンをくれるようになっても、私はハナコが戻ってくるのをあきらめてはいなかった。サブローさんが毎日来てくれるお昼以外も、朝と夕方と深夜には必ず駐車場の白いジドウシャの下で、土手のベンチを見張り続けた。

     その日は、もうだいぶ辺りが暗くなったので寝床のガレージに戻ろうとしたら、土手沿いのジテンシャが通る道で、灯りをつけて走ってくるジテンシャが見えた。よくみると、それはサブローさんの青いジテンシャだった。
     私は駐車場の中から『サブローさん!』と叫んで急いで柵を超え、ジドウシャの道を渡って土手に駆け上がった。サブローさんも私に気づき「あれ? チャコちゃん!」と言いながら、いつものようにベンチの横にジテンシャを止めた。
     「そうか、チャコちゃんは晩ゴハンはもらえていないんだね。ボクはいつもこの時間に仕事から帰るんだけど、今日はたまたま川の近くに用事があったから、この土手を通って帰ることにしたんだけど、てっきりタローさんの仲間の人たちがチャコちゃんにキチンと晩ゴハンを届けてくれていると思ったけど、そうでもないみたいだね」と言った。
     私は首を縦に振った。
     サブローさんは「わかった。夕方は、お昼の時みたいに同じ時間には来られないかも知れないけど、今後は晩ゴハンもボクが届けにくるから待っていてね」と言ってくれた。
     私は『アリガトウ』と答えた。

     こうして私は、お昼と夕方の1日2回、サブローさんからゴハンをもらうようになった。ハルさんの時と違うのは、ハルさんはベンチでゴハンをくれて、その間はずっとお話しができたけれど、サブローさんはいつも駐車場の柵越しでゴハンをくれるのと、お昼はサブローさんの仕事の前で、夕方は仕事が終わった後にオウチに帰る前なので、ゆっくりとお話しをする時間はなかった。
     それでも、ハルさんの時と同じように1日2回、お昼と夕方にゴハンとお水が必ずもらえるようになったので、ホッとした。

     ――・――・――・――

     それから少し経って、蒸し暑い季節から、強いお日様の光が地面を照りつける、私が最も苦手な酷暑の季節がやってきた。その年の暑さは、これまで私が経験したことがないくらい厳しかった。それも、季節が少し逆戻りしたようにジメジメとした蒸し暑さが加わっていた。やがて私は、連日続くうだるような暑さに耐えらなくなり、体が少しずつ、自分の思うように動かせなくなってきたのがわかった。

     その日は、お日様が昇って頭の上に来る時間になっても、私はガレージの中のタオルの上から起き上がれなかった。頭の中がもやもやしていて、もうすぐサブローさんが駐車場までゴハンを持ってきてくれるお昼だとわかっていたが、それでも体は動かなかった。
     私は、サブローさんがゴハンを持ってきてくれるようになってから初めて、お昼にゴハンを食べにいけなかった。

     そんな最悪の状態は、お日様が完全に沈んだ夜まで続いた。
     このままタオルの上で寝ていた方が体は楽だったが、それでもココで寝続けていたら、もう二度と体が動かせなくなるような怖さを感じた。
     『ココで寝たらダメだよ!』
     なぜか、川原のハウスで別れて以来、本当に久しぶりにクロの声が聞えた。
     私は、クロがガレージに来てくれたのかと思ったが、そうではないとすぐにわかった。クロの声は耳からではなく、私のココロの中から聞こえていた。
     『ココで寝たら、二度と起きられなくなるよ!』
     私のココロの中で、クロは叫んだ。
     『クロ……助けて』と私はつぶやいた。
     『がんばって! もうすぐサブローさんが来るから、がんばって駐車場まで行って! そうすれば、サブローさんがどうにかしてくれるから!』とクロは叫んだ。
     『クロ……私の体は、もう動かない……。がんばれない……』とクロに言った。
     すると、今度はカナキチの声が聞えた。
     『ダメだ! ココで寝たらダメだ! 這いつくばってでも駐車場まで行け! サブローが必ずオマエを助けてくれる!』
     『カナキチ……』と、私はつぶやいた。
     次に、再びクロの声が聞えた。
     『チャコ、ボクも今のチャコと同じように、川原を歩いている時に急に体が動かなくなったんだ。シロに土手まで連れて行ってもらって、たまたまタローさんがボクを見つけて病院に連れていってくれたら脱水症だって言われた。注射をしたり、色々と手当してくれたけど、ボクは自分でどうにもできなかった。だからチャコ、すぐにお水を飲んで!』と叫んだ。
     『クロ……。今、どこにいるの? 虹の橋にいるの……』
     すると、今度はハルさんの声が聞えた。
     『チャコちゃん、私の分も生きてね。つらいだろうけど、がんばって生きてね』とハルさんは言った。
     『ハルさん……、カナキチ……、クロ……』
     私はなんとか体を起こした。頭の中がクラクラとゆれる感じがしたが、少しずつ、一歩一歩ゆっくりと前に進んだ。

     ガレージの外に出ると、もう辺りは真っ暗だった。
     『だめだ……、こんなに暗い時間になったら、サブローさんはオウチに帰ってしまっている』と思った。でもこのままガレージにいたら間違いなく眠ってしまい、もう二度と起き上がることができないと強く感じた。
     『とにかく駐車場まで行ってみよう。駐車場まで行けたら、少し休んでベンチまで行ってみよう。ベンチまで行けば、誰かやさいいニンゲンさんに出会えて助けてもらえるかもしれない……』
     私は体中の力を振り絞って一歩進み、呼吸を整えてからまた一歩進んだ。いつも通るガレージから駐車場までの道のりが、果てしなく遠く感じた。それでも、私はなんとかガレージを出ることができた。
     黄色い壁の家に体を支えてもらうように、私は壁伝いに前に進んだ。ようやく駐車場の入口までたどり着くと、お日様はもうすっかり沈んでいるのに地面は熱かった。いつもサブローさんが来るのを待っている白いジドウシャの下までは、まだかなり距離があった。それでも私は一歩ずつ、足の裏で、まだ熱さが抜けない地面の温度を感じながら、あきらめずにノロノロと進んだ。そしてようやく、いつもの白いジドウシャの下にまでたどり着いた。

     でも、それが私の限界だった。
     もう、これ以上進むことはムリだとわかった。このままでは、ベンチまではたどり着けない。いつもサブローさんにゴハンをもらう白いジドウシャの下で、私は意識がだんだんと遠のいていくのがわかった。

     『ハルさん……、カナキチ……、クロ……、なんとかココまで来られたけど、もうこれ以上は動けない……』
     ぼんやりとかすんでみえた暗闇の先に、何かが置かれているのが見えた。私はなんとか目を見開いて、その黒い影を見つめた。それは、サブローさんがいつもゴハンをくれる時のお皿と、お水をくれる時の容器に似ていた。
     私はジドウシャの下を這いつくばりながら、その黒い影に近づいた。それはやはりサブローさんが置いていってくれた、いつものお皿と容器だとわかった。いつものようにお皿にはゴハンが、容器にはお水がいっぱいに注がれていた。
     『サブローさんが置いていってくれたんだ……』
     私は、体に残っている力を全て振り絞って、お皿と容器にたどり着いた。まず、お水を一口飲んだ。かなり温かくなっていたが、それが乾ききった私の体の中に少しずつ流れているのがわかった。そしてお皿のゴハンを一口だけ食べた。
     『サブローさん……、アリガトウ……、これで、生きられる……』
     私はサブローさんに感謝した。
     それから私は、一口水を飲んで、一口ゴハンを食べて、少し休むことを繰り返した。少しずつ体の中に生きる力が戻ってくるのを感じた。そして、だいたいいつもサブローさんからもらう量をなんとか食べ、お水も同じ量を飲み終わった時、私は『生きられた……』と感じた。

     そういえばハナコがいなくなった時に、カナコさんが「置きエサができなくてゴメンね」と言っていたのを思い出した。
     サブローさんも、本当は置きエサはしてはいけないことだとわかっていて、それでも私がいつも通りに来ないから、他のニンゲンさんに怒られるのを承知で「置きエサ」をしてくれたんだと思った。
     私には、サブローさんが「チャコちゃん、絶対に生き抜いて!」と言ってくれているように感じた。
     私が次にやらなければならないことは、ガレージまで帰って体を休めることだと思った。なんとかいつも通りのゴハンの量を食べ、いつも通りのお水を飲んだおかげで、どうやらガレージまで戻る体力だけは戻ったように感じた。
     もう一度『サブローさん、アリガトウ』とつぶやいて、私はなんとかガレージに戻って、タオルの中に倒れこんだ。

     次に目が覚めた時は、もうすぐお日様が沈みかけようとしていた時だった。どうやら私はガレージの中でかなり長い時間、眠っていたようだ。今日は、昨日に比べたら空気がカラッとしていて、なんとかベンチまで行ける気がした。
     まだ体調が完全に戻ったわけではなかったが、それでも昨日に比べたら体に力を入れることができた。
     いつも通り駐車場の入口に行くと、遠くのベンチにサブローさんが座っている後ろ姿が見えた。私はできるだけ速足で、いつもの白いジドウシャの下に行き『サブローさん!』と叫んだ。
     サブローさんは振り返り、びっくりした目で私をみて「チャコちゃん!」と言って駐車場の柵まで駆け寄ってきた。
     「チャコちゃん! 生きていてくれて良かった! 昨日、もしかしたらチャコちゃんがこの暑さにやられたと思って『置きエサ』をしておいたんだ。今日のお昼に来た時に確かめたらいつもと同じ量は減っていたけど、本当にチャコちゃんが食べたのかどうか……、他のネコさんが食べたのかも知れないし、不安だったんだ! 本当にありがとう!」と、一気にしゃべった。
     私も『サブローさん、アリガトウ』と言った。

     ――・――・――・――

     それから私はなんとか、意識が遠のくような蒸し暑さを乗り越え、桜の木の葉っぱがまた黄色になる季節を迎えた。しかしこの年は急に寒くなり、すぐに黄色い葉っぱが全て道に落ちてしまうと同時に、冷たく強い北風が駐車場と土手に吹き付けた。

     そんなある日の夕方、私はいつものようにサブローさんからもらった晩ゴハンを駐車場の白いジドウシャの下で食べ、サブローさんがオウチに帰った後で、久しぶりにベンチの上に登った。かなり寒くなってきたこの季節は、土手を訪れる人も少なくて、私は久々にゆっくりとベンチの上に横たわり、ハルさんがいなくなってから今日までのことを考えた。

     ハルさんは、まだ病院にいて病気とたたかっているんだろうか?
     カナキチは、カナコさんのオウチのイエネコとして、今も元気で暮らしているんだろうか? 腎臓の病気は悪化していないだろうか?
     ハナコは、もし誰かのオウチのイエネコになっていたら、幸せに暮らしているんだろうか?
     シロは、タローさんのオウチのイエネコになっても、右目だけは見えているんだろうか?
     クロは、虹の橋の入口で、私たちが来るのを待っているんだろうか?
     お母さんもイエネコとして、元気にしているんだろうか?

     私がハナコと一緒にハウスを出てから、本当に色んなことがあったが、それでも多くのニンゲンさんやカナキチたちに助けてもらって生き抜くことができた。でも、いくら考えても私にはわからないことがあった。
     例えばハルさんだ。私はいつもハルさんにゴハンをもらい、ハルさんとお話しすることで、とても幸せな気持ちになれた。でも、私はゴハンを食べてハルさんのお話しを聞いていただけだ。
     私にゴハンを食べさせるために、一生懸命にベンチまで杖をついて歩いてくるハルさんを助けたわけではない。それでもハルさんは、私に「ありがとう」と言ってくれた。
     サブローさんも、私が厳しい蒸し暑さをなんとか乗り越えて、翌日に会った時に「ありがとう」と言ってくれた。

     ニンゲンさんはなぜ、私に「ありがとう」って言うのだろう?

     私は「ありがとう」は、相手から何かをしてもらった時に言う言葉だと思っていた。だから、ゴハンをもらうと『アリガトウ』と言った。でも、おそらくハルさんやサブローさんが私に言ってくれた「ありがとう」には、何か違う意味があるような気がしていた。
     ハルさんと、このベンチで最後にお話しした時に聞いたら、ハルさんは「わからないや」と言って笑っていた。

     お母さんや、シロやクロやハナコとハウスで暮らしていた時は、みんなで一緒にハウスにいる時が一番落ち着いた。でも、いつかはみんな離れ離れになって、いつかは独りで暮らさなければならなくなると、なんとなくわかっていた。
     そして今、私はこうして独りになった。でも、今はこうして独りでいても、なぜか気持ちは落ち着いていた。
     私は、ふと思った。

     これから先も、私はずっと独りで生きていくのだろうか?

     そんなことを考えていたら、遠くから「チャコちゃん!」と私を呼ぶ声が聞えた。
     タローさんだった。タローさんは5匹にゴハンをあげていて、ベンチの上にいる私に気付いたようだ。そしてベンチまでやって来た。
     「チャコちゃん、久しぶりだね。元気そうで良かった」
     どうやら私がこの前、蒸し暑さで体が弱ったことはサブローさんから聞いていないみたいだった。
     「今年の夏はメチャクチャ暑かったけど、もうすぐ来る冬もどんでもなく寒いみたいだよ」と言った。
     私は暑いのは苦手だったが、寒いのは耐えられる自信があったので『私は大丈夫』と答えた。タローさんは、私の返事が理解できないようでそのまま私に話し続けた。
     「今年の冬は、なんでも『10年に一度の大寒波』なんだって」と言った。
     「それで、トラ丸たち5匹はみんな高齢のネコさんなんで、ボクたちのグループで話し合って、みんなをどこかに一時的にでもヒナンさせようと計画しているんだよ」
     『ヒナン?』と私は聞いた。
     「もしそうなると、チャコちゃんもこの辺りでは独りきりになるから、一緒にヒナンしたらどうだろう?」と言った。
     私は『独りぼっちはもう慣れたし、いつも寝ているガレージには毛布もあるし、サブローさんが毎日、お昼と夕方の1日2回必ずゴハンを届けてくれるし、私は寒さには耐えられるから大丈夫だよ』と言ったが、通じなかったようだ。
     タローさんは「じゃあ、様子を見てみんなで決めるから、それまで待っていてね」と言って、トラ丸たち5匹がゴハンを食べているベンチまで戻って行った。

     それから、タローさんの言った通り本当に寒い冬がやってきた。確かに、今年の冬の寒さはいつもと違っていた。それでも何とかこの程度の寒さなら、私は桜の花が咲くまで耐え抜く自信があった。

     そんなある日、サブローさんがお昼に来てくれなかった。私は、たまにはそんな日もあるだろうと考えてベンチに座っていたら、これまで見たこともないニンゲンさんがゴハンをくれた。私はそれを食べて、一度ガレージに戻って眠り、夕方に起きて駐車場に行ったが、その時もサブローさんは来なかった。

     私は、ハルさんが来なくなった時のことを思い出した。
     もしかして、サブローさんの身にも何か起きたのだろうかと考えた。
     私は、かなり久しぶりに晩ゴハンが食べられなかった。
     その日はかなり冷え込んできて、ガレージの毛布の上にいても寒さがジワリと体に染みてきた。
     『もしかしてサブローさんはもう、駐車場に来ないのだろうか……』と思い、少し不安になった。

     翌日のお昼、駐車場に行くとベンチにサブローさんがいた。
     私は白いジドウシャの下から『サブローさん!』と叫んだ。
     サブローさんは、私に気づくと右手を上げて応えてくれた。
     そして、いつもは駐車場の柵越しにゴハンをくれるのに、この日はなぜか、これまで私が見たこともないような、私の目の前にある駐車場の柵に似たような、それよりも細い棒を組み合わせて作ったような大きな箱を手に持って駐車場に入ってきた。
     そして私がいる白いジドウシャの下の入口に大きな箱を置いて、その中にいつものゴハンを盛ったお皿を入れて、ベンチに戻った。

     私は、昨日の夕方はゴハンを食べていなかったのでとにかくお腹が空いていて、そのゴハンを食べようと、柵で囲われた大きな箱の中に入った。
     すると「ガシャン」と大きな音がした。振り返ると、箱の入口がふさがっていた。
     私は慌てて外に出ようとしたが、入口の柵が上から降りていて、もう外には出られなかった。
     「タローさん! チャコちゃんが捕獲機の中に入りましたよ!」と、サブローさんが叫んだ。すると、5匹にゴハンをあげていたはずのタローさんが走って来た。
     「うまくいきましたね」と、サブローさんに言った。
     『うまくいったって、どういうこと?』
     私は外に逃げられないことで、ココロの底が凍り付くくらいの怖さを感じた。
     『出して! ココから出して! サブローさん! タローさん! 出して!』と私は叫んだ。
     でも、サブローさんもタローさんも笑っていた。
     なぜ二人が笑っているか、私にはわからなかった。
     『私は、これからどうなるの?』
     これまで感じたことのない怖さが、ココロの中に広がった。
     『サブローさんもタローさんも、私はやさしいニンゲンさんだと思っていたけど、本当はやさいくないニンゲンさんなの!』と、私は大きな箱の中から二人に叫んだ。
     それでも、サブローさんもタローさんも笑っていた。
     『もしかして、ハナコもこうやって箱の中に閉じ込められたの? 私はこれからどうなるの? ハルさん、助けて! カナキチ、助けて! ハナコ、助けて!』と叫んだ。

     私はこれから、どうなるんだろう……?

     ハルさんやカナキチと約束したように、生き抜けるんだろうか……?
     サブローさんやタローさんは、本当に『やさいくないニンゲンさん』なのだろうか……?
     混乱している私にはお構いなしに、サブローさんが大きな箱の上から毛布を被せた。まだ、外はお日様の光が強く照っているのに、私の周りが完全に真っ暗になった。

     私はこれから、どうなるんだろう……。


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