
西成の銀輪(ぎんりん)
大阪西成
錆びたトタン屋根が並ぶ路地裏に、
その「おっちゃん」の自転車屋はある。
看板はない。
ただ、油まみれの軍手と、使い古された工具が転がっているだけだ。
「おっちゃん、またパンクや!」
サッカーボールを抱えたマサオとヨシが、ボロボロの自転車を引いてやってくる。
「お前ら、ええ加減に乗り方覚えろや。……しゃあないな、貸してみ」
おっちゃんは深く刻まれた眉間のシワを寄せながら、手際よくタイヤを剥がしていく。
その傍らを、派手なスーツを着た男がうなだれて通り過ぎる。
お笑い芸人のみるきぃしげおだ。
「……全然ウケへん。ウケへんすぎて
自転車パンクしてもうた、、、」
「しげお! 芸人なら、そんな湿気た顔すな!」
おっちゃんの怒声が飛ぶ。
しげおはビクッとして、
パンクしたままの自転車で去っていった。
ある日、マサオが大事なサッカーの試合前日に、
自転車のチェーンが派手に切れてしまった。
「これがないと、会場まで間に合わへん……!」
泣きじゃくるマサオ。
そしてどこからともなく現れたみるきぃしげお
「え?普通に電車とかタクシーとかで
行ったら良いんちゃうの?」
「やかましいな!
みんなで自転車で試合場に向かうとこから
オレらの試合は始まってるねん!それが楽しいねん!」
何歳も歳下のヨシにしっかりと怒られ
しげおはビクッとして、
パンクしたままの自転車で去っていった。
実は、おっちゃんはこの数日、持病で体調を崩していた。
しかし、震える手で工具を握りしめる。
「……マサオ、男が簡単に泣くな!
このチャリは、俺が絶対走らせたる」夜通しの作業。翌朝、マサオの自転車は、新品のように磨き上げられ、滑らかに動くようになり
6段変速ギアも装備され、前カゴ後ろカゴも付き
自転車保険も加入されていた!
「おっちゃん、ありがとう!」
マサオは全力でペダルを漕ぎ出し、
そして見事サッカーの試合に勝利した!
数日後、マサオとヨシが報告におっちゃんの店へ走った。
しかし、そこには誰もいなかった。
店先には、マサオが忘れていった古いサッカーボールと、一枚の紙きれ。
『ええ選手になれよ。チャリの空気、たまには自分で入れろ。』
店は閉まったが、西成の空の下、マサオが漕ぐ自転車のベルの音だけが、いつまでも高く響いていた。
そして、みるきぃしげおの自転車は
いつまでもパンクしたままだった、、、。