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創作小説の感想サービスを使ってみた② ── 辛口より、誠実


     最近、SNSを中心に辛口批評の是非が賑やかに語られている。耳に痛い言葉をあえて求める心理と、それに伴う心の痛み。クリエイターにとって、他者からの評価というものは、常に心を揺さぶる劇薬のようなものだ。

    そんな喧騒を横目に、私はある決意をして有償の小説感想サービスのボタンをクリックした。利用するのは、実はこれが二度目になる。

    一度目は、いわゆる甘口の感想を依頼した。
    自分の世界を肯定してもらい、執筆のモチベーションを耕すためには、それが必要だったからだ。

    しかし、今回は違う。
    目の前には、本気で挑みたい小説の公募が控えている。
    私は「良かった点と改善点を、半々くらいで教えてほしい」と、少しの緊張とともにオーダーを出した。

    一週間後、届いたのは画面を埋め尽くす丁寧な長文だった。

    恐る恐る読み進めるうちに、緊張は心地よい納得へと変わっていった。
    そこに並んでいたのは、単なる粗探しとしての「辛口」ではない。
    客観的で、どこまでも丁寧で、こちらのプライドを傷つけないように細心の注意を払いながらも、作品の核心に踏み込む指摘。
    ――作者の気持ちを気遣いつつ、この作品を一段上のステージへ引き上げようとしてくれる心配りが、行間から溢れていたのだ。

    特に、突きつけられた具体的な改善点には、思わずハッとさせられた。

    「第一話において、主人公のキャラクターや世界観の描写が少なく、読者との間に解釈違いが生まれる可能性がある」

    私の作品は、良くも悪くも読者に余白を残し、余韻や想像を楽しんでもらうという性質がある。
    自分でも無意識にその作風に頼りすぎていた部分が、物語のスタートダッシュである第一話において、裏目に出てしまっていたのだ。

    世の中には、これとは真逆の悩みを抱える書き手もいるだろう。
    余計な描写が多く、すべてを説明しようとするあまり、読者の想像力を縛ってしまうタイプだ。そういうタイプであれば、言葉を削ることこそが正解になる。

    しかし、私の場合は足すことが必要だった。
    まっさらなキャンバスに最初から余白だけを置いてしまうと、読者は迷子になり、独自の解釈で勝手に絵を補うしかない。
    後から「実はこういう世界でした」と明かしても、それはただの不親切やズレになってしまう。
    まずは第一話で、最低限のルールや主人公の輪郭という「額縁」をしっかり提示する。
    削るべき無駄すらまだない状態だからこそ、まずは必要な線を引く。そうして初めて、その内側にある余白が、心地よい情緒として機能するのだと気がついた。
    自分一人では個性だと思い込んで見落としていた物語の目詰まりが、客観的な視点というフィルターを通すことで、驚くほどクリアに浮かび上がってきた。

    他者の感想や批評サービスには、当然ながら相性がある。どれほど高名な人の指摘であっても、それが必ずしも作品の向上に直結するとは限らない。

    けれど、今回私は、心の底から使ってよかったと思っている。

    それは、自分の作品がより魅力的になるためのヒントを得られたからだけではない。
    作品を良くしたいという共通の目的に向かって、私の物語に伴走してくれた他者の存在そのものが、孤独な執筆活動における確かなエールのように思えたからだ。

    受け取った言葉の処方箋をどう効かせるかは、これからの自分次第。
    愛すべき余白をより美しく魅せるための確かな額縁を描き出すべく、私は再び、物語の書き出しへと向かっていく。



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    素敵な物語との出会いがありますように。
    私の作品も、よろしければ覗いていただけたら嬉しいです。


     
     
    耽美恋愛作家・エッセイスト。 カクヨムコン、このライトノベルがすごい!WEB大賞中間選考通過。 儚く切ない恋愛・BL小説を中心に書いています。 感想サービスを始めました。ご相談はこちら→https://coconala.com/services/4265448 ※無断転載禁止

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