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あぁ素晴らしき収集癖よ!

    「自分に収集癖がある」ということは自覚していたのですが、先日ふと、私が今集めているものはなにがあるかということをカウントしてみました。


    まず、愛鳥オカメインコの羽。
    トミカ。
    で、トミカの箱(切り抜いてスクラップ帳にしている)。
    女性週刊誌の表紙の面白い見出し(これもスクラップ帳にしている)。
    あとちょっと濃度は下がるけど、お茶とか万年筆のインクとか。


    …こんなものかな?意外と少なかった。
    こんなことをトイレで考えていました。

    今朝も愛鳥が部屋の中でまぁまぁ立派な羽を落としてくれていました。気持ちのいい朝です。


    思い返せば、私は集めたがりなんだなぁと明確に自覚したのは20代半ばぐらいになります。なので15年ほど前。
    当時はグリコのおまけを熱心に集めていました。というか、コンプリートさせたくて毎週買っていました。
    週に1個。大人買いはしない。これが私のルールです。

    結局かぶったものも含めて20個ぐらいグリコのおまけが集まったのですが、家族からは「こんなにたくさんのグリコのおまけ、どうするんだ」とまあまあなひんしゅくを買いました。
    気にせず次のシリーズのおまけも集めたので更に大ひんしゅくです。
    そんなこんなでグリコのおまけの思い出話。


    でも、明確に自覚はしていないものの、10代の頃はビックリマンチョコのシール…あの、分かるかな、ドッキリびっくりさせる仕掛けシールみたいなやつがあったんですけどそれを熱心に集めていたし(使わず眺めるだけというのがいかにもコレクターっぽい)、もちろん偽物だけど精巧に作られていた紙幣の入ったチョコも、コンプリートするまで買い続けていました。
    揃ったときの喜びときたら!


    そして今。冒頭にあげた数々を粛々と集めています。という話です。

    ですがこのほかに、ひとつ夫を困らせるほど集めている…いや集めてはいないな?気が付いたら増えている系だな?それが集めているってことなのかもしれないけれど…というものがあります。
    それがぬいぐるみ。


    私はぬいぐるみを愛しています。
    こんなこと言うと鼻で笑う人もいるでしょうけれど、私にとってぬいぐるみたちはぬいぐるみを越えた「お友達」なのです。
    お話しするし、ぬいぐるみ同士で交流もするし、彼らは彼らのコミュニティがあるし、私はいつも誰かを抱えているし、お出かけの際は連れていくし、それぞれに名前と思い出があります。見えないだけで、彼らにも自我があり魂があると信じています。


    …そうやってお友達が増えていった結果、今我が家は人間の座るところが危うくなるくらいぬいぐるみがたくさんいます。


    夫から言われました。「もう増やしちゃだめだよ、人間の座るところがなくなる」と。
    でも私は絶賛「どうしてもこの子を迎えたい!」中で、頭がそのぬいぐるみでお熱になっています。
    夫に話したら「……いいよ。でもその子で最後ね」と言われました。私は夫との約束を守れる気がしません。だから「分かった」とは言っていません!


    という具合で…私の周りには私が好きなものでいっぱいです。集めれば集めるほどそこにはロマンが生まれます。いやそれっぽいこと言ってみたけど実際は分かりません。ただ集めたいのです。集めて眺めたいのです。


    幸せだなぁ。一応それなりに私の収集癖を理解してくれている(特にぬいぐるみ)夫がいて、家族である可愛いオカメインコとリクガメと熱帯魚がいて、とても満ち足りた気持ちで生活しています。
    集める、っていうことが日々できるのも、もろもろ恵まれているからだよなぁとも思います。
    ちなみに、この「幸せだなぁ」という発言には、集めたものを愛でるときにこぼれるため息も含まれています。


    あぁ、幸せだ。幸せだ。
    収集癖があってよかった。なんの悔いもない。デメリットもない。ないはず。
    好きなものに囲まれて暮らすって幸せですね。
    これからも好きなものを集めては愛でてニヤニヤする人生を歩んでいこうと思います。そして然るべきときには、照れながら収集癖の対象であるそれらの情熱を熱く語っていく所存です。

     
     
    1986年生まれ。23歳上の夫とオカメインコとリクガメと熱帯魚たちと生活中。双極性障害と自閉症スペクトラムの当事者。書くことと日々の暮らしと夫が好き。

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