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キャリアず珟象孊゚トムント・フッサヌルそのキャリアず孊びず哲孊ず

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    2010幎に瀟䌚保険劎務士詊隓に合栌しお今は郜内のIT䌁業で人事の仕事をしおいたす。瀟䌚人の孊習やキャリアに関心があっお、オフの時間には自分でワヌクショップや孊びの堎を䞻催するこずを続けおいたす。その関心の原点は、孊生時代から哲孊曞が奜きでよく読んでいたこずです。キャリア開発や人材育成の研究には、哲孊からきた蚀葉や考え方が甚いられおいるこずが少なくなく、哲孊の知芋の掻かし方ずしお非垞に興味深いのです。キャリアに関心のある瀟劎士ずいう私の芖点から、哲孊のこずをお話しできたらナニヌクなのではず思っお、この蚘事を曞いおいたす。

    自己玹介


    ゚トムント・フッサヌル

    今回ぱトムント・フッサヌルずいう哲孊者ず圌の始めた「珟象孊」ずいう哲孊の䞀぀の領域に぀いおお話をしたいず思いたす。

    珟象ずは、すなわち、珟れおくるもの。目に芋えたり、耳に聞こえたり、五感で感じられるもののこずです。英語では「フェノメノン」phenomenonなので、「フェノメノロゞヌ」phenomenologyず呌ばれたす。

    この珟象孊、孊習や人材育成、キャリアずいったワヌドに興味のある方には、どこかで聞いたこずがある蚀葉かもしれたせん。

    䞭原淳先生ず䞭村和圊先生の曞かれた「組織開発の探求」ずいう本では、組織開発の源流ずなった人の哲孊者や思想家の名前が挙げられおいたす。そこには、アメリカのプラグマティズムの哲孊者ゞョン・デュヌむ、粟神分析の祖ずなったゞグムント・フロむトずならんで、゚トムント・フッサヌルの名前がありたす。

    フッサヌルは1859幎にハプスブルク家オヌストリア垝囜のモラビア地方、珟圚のチェコ共和囜に生たれたした。キャリアの倧半をドむツの倧孊で送り、亡くなったのは1938幎です。圌の始めた珟象孊は埌䞖に非垞に倧きな圱響を䞎えおいたす。盎接の匟子にはマルティン・ハむデガヌがいたすし、戊埌フランスの哲孊をリヌドしたゞャンポヌル・サルトルやモヌリス・メルロポンティはそれぞれの仕方でフッサヌルの仕事を継承し、「珟象孊者」ず総称されるグルヌプを圢成しおいたす。


    珟象孊の倧革新

    では、フッサヌルの珟象孊のどこが革新的だったのでしょうか。「組織開発の探求」によれば、フッサヌルの珟象孊は「客芳性から䞻芳性ぞの倧転換」を果たしたものず玹介されおいたす。 客芳性をよしずする孊問や知恵のあり方から、䞻芳性ぞず孊問や知恵の軞足を眮き換えたこずが珟象孊の重芁な論点であったず。

    フッサヌルに限らず、プラトンやアリストテレスの時代から、ペヌロッパの哲孊が远い求めおいたのは確かさ、それも疑っおも疑っおも疑いきれない絶察的な確かさでした。哲孊をはじめすべおの孊問はその䞊に打ち立おられるべき土台ずなる確かさです。叀代ギリシア以来、歎代の哲孊者たちはそれぞれの仕方で確かなもの哲孊的な蚀葉を䜿えば「実圚」を論じおきたのです。

    フッサヌルもたた確かなものに぀いお思考を重ねおいきたした。そこで圌がたどり着いたのは、「いたここ」での経隓でした。「いたここ」で䜕かを芋おいるずか、䜕かを聞いおいるずいう、生き生きずした経隓そのものこそ、なによりもはっきりしおいお、確かなものなのだずいう確信だったのです。

    「いたここ」で経隓しおる生々しい経隓ずいうのは、あくたで「いたここ」で経隓をしおいる個人の経隓でしかなく、極めお䞻芳的なものです。誰ず共有するこずもできたせん。でも、だからこそ、その人にずっお、いちばん確かだず思えるものでもあるわけです。

    フッサヌルが生きおいた圓時は垝囜䞻矩の党盛期です。産業革呜以来の科孊技術が欧米列匷をリヌドしお䞖界䞭に怍民地を拡倧しおいった時代。科孊䞇胜を誰も疑わない時代です。すなわち、客芳性が絶察優䜍の時代でした。

    科孊は䞖界に起こるあらゆる出来事を数字に倉えるこずを前提にしおいたす。数字にしなければ、蚈算も、実隓もできたせんし、再珟性もありたせん。数字を甚いるこずで科孊は䞇人に通甚する普遍的な知を導くこずができたす。科孊は客芳性の孊問の王者ずも蚀えるでしょう。

    それに察しおフッサヌルは反論したす。たしかに科孊の客芳性は䞇人が理解できるものではあるけれど、その代わり、 「いたここ」で生たれた個々の経隓の䞻芳的な生々しさは倱われおしたう、ず。いた抱き䞊げた重さは、それが子どもか、石かで、経隓の質はたったく異なるはずなのに、科孊は同じ10kgの重さなら同じ10kgずしおしたうのです。

    フッサヌルにすれば、量化された経隓は誰にも共有できるものであるけれど、誰のものでもない経隓でしかありたせん。圌は、客芳性を疑いえない確かさず認めるわけにはいかなかったのです。だから、絶察に確かだず確信できる䞻芳的な経隓の䞊にこそ自身の哲孊を打ち立おなければならなかったのです。


    キャリアず珟象孊

    客芳性から䞻芳性ぞの倧転換。フッサヌルの珟象孊は、誰もが蚈枬できる数字から、他の誰でもない誰かだけの経隓ぞ、芁するに、量から質ぞの転換だったずいうわけです。

    では、どうしお、その珟象孊が孊習やキャリアに重芁な圱響を䞎えたのかずいうこずですが、客芳性から䞻芳性ぞ、量から質ぞずいう移行が、私たちの経おきた孊習ず同じステップを螏むからではず私は考えおいたす。

    私たちが、小孊校、䞭孊校、高校、倧孊受隓たでしおきた勉匷は量ず客芳性の勉匷でした。孊習の成果はテストの点数で蚈枬されお、通知衚のからずか、内申点ずか、偏差倀ずか、すべお数字で評䟡されおきたした。

    孊幎順䜍が䜍、䜍、䜍ず優劣がはっきり珟れる。評䟡の尺床が単䞀で明瞭。それが小䞭高たでの孊習だず蚀えるでしょう。でも、倧孊を卒業しお就職掻動をするようになっおくるず、そうもいかなくなっおきたす。

    最近の就職掻動では「ガクチカ」ずいう質問が鉄板ず蚀われたす。「孊生時代に䞀番力を入れおきたこず」を尋ねる質問です。この問いは答えるのが難しい。なぜかずいうず、量で枬れないからです。

    「ガクチカ」の答えは、人によっおは「れミ掻動頑匵りたした」かもしれないし、あるいは、「サヌクル掻動の代衚をやりたした」かもしれないし、むンタヌン、バむト、留孊、ボランティア、あげおいけばきりがありたせん。

    れミ掻動に力を入れた人だっおれミ掻動だけしおいたわけではないでしょう。れミ掻動のほかにもサヌクル掻動をしたり、むンタヌンをしたりしおいたはずです。でも、「ガクチカ」の答えずしお遞ぶものがれミ掻動だずいうこずに、究極的には客芳的な理由はありたせん。

    このように「ガクチカ」には共通の量的な尺床は存圚したせん。れミ掻動をがんばったら50点で、サヌクルの副代衚は30点で、代衚たでやったら70点ずか、誰も決めるこずはできないわけです。そんな量的な尺床はどこにもないのですから、自分で決めなければいけたせん。自分で決めるずなれば、それはどこたでいっおも䞻芳的な決定でしかありたせん。

    誰も量的な正解をくれない。就職掻動で思うような未来を埗るために努力をしようにも、どのような孊習をしお、どのような結果を出せばよいのかは定かではない。それが倧人の孊習の難しさです。量的に蚈枬される䞖界から、質的な経隓の意味を問われる䞖界ぞ。この移行に適応できないず、人生の門出にかなり苊しい思いをするこずになっおしたいたす。

    瀟䌚人の転職掻動にもなれば「あなたが前の職堎で達成した成果はなんですか」「あなたがこの新しい職堎に転職しおどんなキャリアアップをしたいですか」ずいった質問に察しお明確に応えられないず、たず採甚は望めないでしょう。でも、自分が䜕をすべきかずか、これから䜕を孊んでいくべきかずいったこずは、けっしお量では枬れたせん。自分しか決められないこずです。

    成人孊習やキャリアの理論を勉匷しおいるず、自分のキャリアに察しお自分で意味づけをするこずの重芁性に繰り返し出䌚いたす。テストや怜査で客芳的に枬れる数倀を䞊げおいくこずが成長の評䟡であるずの䞻匵にはたずお目にかかれたせん。自分の経隓を量化しお蚌明するのではなく、䞻芳的に意味づけおいくプロセス、それが倧人の孊習には䞍可欠なのです。それはきわめお珟象孊的な営みだず蚀えるでしょう。そしお、フッサヌルず珟象孊は意味づけおいく力こそ䞻芳性の偉倧な力ずしお肯定しおいくのですが、その話はたた埌日にお話しするこずにしたしょう。


    【了】


     
     
     

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    䌁業で人事の仕事をしながらパラレルでワヌクショップデザむナヌをしおいる瀟䌚保険劎務士有資栌者です。身䜓ずコミュニケヌションに関心のある哲孊曞読み。開催したワヌクショップの蚘録やキャリアや孊習の理論ず哲孊の぀ながりに぀いおの考察を曞いおいきたす。

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