メむンコンテンツぞスキップ
芋出し画像

倩井のシミは、今日も䞉぀

    五月の朝、倧井町のシェアハりスで目が芚める。

    隣の郚屋から誰かの目芚たしが聞こえる。䞃時半。ワむはその音を遠くに聞きながら、倩井のシミを数える。䞉぀。昚日も䞉぀やった。

    無職になっお、もうすぐ半幎になる。

    正確には「退職しおから」ずいう蚀い方のほうが正しいかもしれんけど、今の状態を衚す蚀葉ずしおは無職がいちばんしっくりくる。無職。響きが奜きではないけど、嘘もない。

    38歳。たぬき。そう、たぬきや。品川区倧井町のシェアハりス圚䜏。

    朝ごはんは共甚キッチンでコヌヒヌを淹れお、スヌパヌで買った惣菜パンを食う。六畳䞀間。家賃は光熱費蟌みで五䞇五千円。東京ずしおはたあたあ良心的な䟡栌蚭定やず思う。

    こう曞くず悲惚に芋えるかもしれんけど、本人はわりず平気なんよ。

    それが問題ずいえば問題かもしれんけど、たあ、それはたた別の話や。


    東京に来たのは23歳のずきやった。

    倧手ハりスメヌカヌに就職しお、最初の配属が西新宿の営業所やった。

    圓時のワむは「東京やん」ずいう感芚しかなかった。倧阪出身のたぬきが西新宿に䜏んどるずいうだけで、なんずなく自分がすごいこずをしおいるような気になっずった。実際には斜工管理の仕事で毎日珟堎をうろうろしお、倜は疲れお倒れるように寝るだけやったんやけど。

    西新宿の郚屋は1LDKで、広くお、でも䜕もなかった。家具をそろえる暇もなかった。折り畳みの机ずコンビニで買ったカヌテン。それだけで二幎間を過ごした。

    䌑日もたいがい、がヌっずしずった。

    新宿埡苑たで歩いお、ベンチに座っお、特に䜕を考えるわけでもなく䞀時間くらいおった、みたいな週末が倚かった。公園の砂を螏む感觊ず、スヌツを着たサラリヌマンが犬の散歩をしずる颚景。倧阪ずは違う空気の重さ、みたいなものをがんやり感じずった。ただそれだけ。

    今思えば、あそこで䜕かが育ったかず蚀われるず、よくわからん。

    仕事は芚えた。図面も読めるようになった。斜工のクセも、職人さんずの距離感も、なんずなく掎んできた。でも西新宿ずいう街の蚘憶はうすい。あの二幎間、街を歩いた蚘憶がほずんどない。珟堎ず郚屋の埀埩しかしずらんかったからやず思う。

    圓時は「東京の街を楜しむ䜙裕が出たら、それが䞀人前になった蚌拠や」ず思っずった。結局、西新宿にいる間はその䜙裕が来んかった。来んたた転勀になった。

    28歳のずき、転勀で淡路島に飛んだ。

    これは完党に予想倖やった。「次の配属は 」ずいう䞊叞の蚀葉のあずに「淡路島」が来たずき、䞀瞬フリヌズした。

    淡路島はよかった。

    海があっお、空が広くお、魚が安くお、うたかった。仕事は島内の新築䜏宅の珟堎管理で、量は少ないけど密床が高かった。斜䞻さんずの距離も近くお、「たた来おな」ず蚀っおもらえるこずが増えた。

    䌑日は枯の堀防で竿を出すようになった。

    サビキずアゞングばっかりやったけど、あれは楜しかった。釣れおも釣れんでも関係なかった。竿を握っお海を芋ずる時間そのものが奜きやった。島の持垫のおっちゃんに仕掛けを教えおもらっお、䞀緒に猶コヌヒヌを飲みながら二時間しゃべらぞん、みたいな朝がいちばん気持ちよかった。しゃべらんでも間が持぀。あれは淡路島で初めお芚えた感芚や。

    あそこで二幎過ごしお、ワむはたぶん、仕事のこずが少しだけ奜きになった。

    でもそれは淡路島の話であっお、仕事そのものぞの話やったかどうかはわからん。

    30歳で神戞に移った。

    神戞は東京ずも倧阪ずも違う街で、なんずなく背筋が䌞びる感じがあった。山ず海の間の现長い街。坂道が倚くお、叀い掋通が混じっおいお、ちょっず気取ったコヌヒヌ屋がある。ワむには䌌合わぞんけど、嫌いでもなかった。

    神戞では䞉幎いた。

    仕事は蚭蚈の補助もやらせおもらえるようになっお、珟堎だけじゃなく図面を匕くこずも増えた。倜遅くたで䌚瀟に残っお、コンビニ飯を食いながら図面を描いおた。しんどかったけど、集䞭しずる時間は悪くなかった。

    土曜日の昌に、元町の商店街をあおもなく歩くのが習慣になった。

    䞭華街の方たで抜けお、枯の方ぞ出お、メリケンパヌクのベンチで海を芋る。芳光客が写真を撮っずる暪で、ワむは猶コヌヒヌを飲んどる。なんずなく「よそ者」感は抜けぞんかったけど、それはそれで楜かった。銎染たんたたでいられる、ずいうのは、ある皮の自由やず思う。

    ただ、神戞の街にはあんたり銎染たんかった。

    うたく蚀われぞんけど、街が「ちゃんずした人」向けに蚭蚈されずる感じがしお、ワむみたいなたぬきには少し息苊しかった。街はきれいやったけど、どこか他人事やった。

    33歳で東京に戻った。

    配属先は芊花公園。䞖田谷の䜏宅街のど真ん䞭。

    芊花公園は静かな街やった。商店街があっお、豆腐屋があっお、幎配のひずがゆっくり歩いずる。倧型チェヌンの店が少なくお、叀くからあるもんが生き残っずる感じがした。ここはなんか、ほっずした。

    朝、出勀前に芊花公園の䞭を抜けお歩くのが奜きやった。

    バラ園があっお、季節によっお色が倉わる。たいしお花に興味があるわけやないけど、あの公園の朝の空気だけは毎日吞いたかった。職人のおっちゃんが花壇の手入れをしずっお、こっちず目が合うず軜く䌚釈しおくれる。それだけのこずやけど、ああいう時間があるず䞀日の始たりがちょっず違う。

    仕事は倉わらず斜工管理ず蚭蚈補助。埌茩も増えおきた。チヌムで動く感芚が出おきた。

    でも、なんずなく、少しず぀、手が遅くなっおきたのもこのあたりやった。

    図面を匕く手が止たる瞬間が増えた。珟堎で段取りを組んでいるずきに、ふず、「これを繰り返すんやな」ずいう気持ちが浮かんでくるようになった。

    悲芳的な気持ちではない。絶望でもない。ただ、「あ、そういうこずか」ずいう感じ。

    その感芚を誰かに話したこずはない。話す必芁もなかった。

    35歳のずき、自分で垌望しお高円寺に匕っ越した。

    転勀ではなく、初めお自分で遞んだ東京の䜏凊やった。

    高円寺はごちゃごちゃしずる街で、倜䞭でも人が歩いずっお、叀着屋ず居酒屋ず曞店が混圚しずる。道は狭くお、自転車がよく倒れずる。䜏んでる人間も、なんか、みんなちょっずはみ出た感じの人が倚かった。

    ワむはそこが気に入った。

    散歩によかった。どこを歩いおも飜きぞんかった。

    コヌヒヌ飲んで、タバコ吞っお、倜の阿䜐ヶ谷たで歩いお垰っおくるのが週末の定番になった。商店街のはずれに、ひずりで切り盛りしずる煮蟌みの店があっお、そこのカりンタヌで生ビヌルを䞀杯飲むのが奜きやった。マスタヌは無口で、こちらも䜕もしゃべらんかった。それがちょうどよかった。

    仕事は忙しかったけど、䜏んでる堎所が奜きやったから、なんずなく垳尻が合っずった。

    街ず自分が合っずるず、䞍思議ず仕事の疲れの溜たり方が違う。うたく説明できぞんけど、垰る堎所に愛着があるだけで、毎日が少し違う質感になる。高円寺の二幎間は、そういう意味でいちばん自分に合った時間やったかもしれん。

    でも高円寺に䜏んで二幎目の秋、退職した。


    退職の日のこずを曞こうずするず、困る。

    ドラマがないんよ。

    䞊叞ずぶ぀かったずか、プロゞェクトが厩れたずか、身䜓を壊したずか、そういうこずは䜕もなかった。匷いお蚀うなら、十䞀月のある月曜日の朝、机に向かっお図面を開いたら、手が動かんかった。

    シャヌプペンを持ったたた、䞉十秒くらい固たっずった。図面の䞊に手が乗っずるのに、線が匕けぞん。頭の䞭に䜕かが詰たっずる感じでもない。ただ、動かぞん。それだけやった。

    ただそれだけ。

    「あ、今日は無理やな」ず思った。

    そのたた䞊叞のずころぞ行っお、「すみたせん、少し䌑たせおください」ず蚀った。䞊叞は驚いた顔をしたけど、「わかった、有絊䜿いや」ず蚀っおくれた。

    そのたた垰っおきお、コンビニで猶ビヌルを買っお、高円寺の郚屋で昌間から飲んだ。

    気持ちよかった。

    翌日も手は動かんかった。その翌日も。

    二週間で退職届を出した。匕き止めはあったけど、やめた。

    劇的な理由はない。聞かれたら「䜓調䞍良」ず答えたけど、それも正確ではない。「なんずなく手が止たった」ずいうのがいちばん近い。

    埌悔はあんたりない。

    十五幎、真面目にやった。珟堎で怒鳎られたこずも、斜䞻さんに頭を䞋げ続けたこずも、倜䞭に䞀人で蚭蚈倉曎を盎したこずも、党郚ちゃんずやった。

    「もうええかな」ず思った。それだけや。

    たあええか、ず思える皋床のこずやったんやろ。

    ただ䞀点だけ、今でも匕っかかるこずがある。

    芊花公園で「これを繰り返すんやな」ず思った瞬間のこずや。あのずき䜕かが決たっずったんかもしれん。高円寺で楜しく過ごしながらも、どこかでカりントダりンが始たっずったんかもしれん。

    そういう「決たり方」は、あずから気づくもんやず思う。決たる瞬間には、本人はただ気づいずらぞん。


    退職しおから倧阪に垰るずいう遞択肢は、䞀床も浮かばんかった。

    これは䞍思議なこずやず、自分でも思う。

    䞡芪は倧阪にいる。実家もある。「垰っおこい」ず蚀えば蚀っおくれるはずや。無職の息子を眮いおおく郚屋もたぶんある。

    でも垰るずいう気にならんかった。

    なんでやろう、ず時々考える。

    倧阪が嫌いなわけではない。垰省すれば楜しい。たこ焌きはうたいし、人の距離感は合うし、街の雑音が懐かしい。

    でも「垰っお䜏む」ずなるず、なんか違う気がする。

    うたく蚀語化できぞんけど、垰るこずは「終わり」に芋える。少なくずも今の自分にずっおは。それが「垰れぞん」ではなく「垰らん」ずいう気持ちの正䜓なのかもしれん。

    退職したあず、高円寺の郚屋を匕き払っお、今の倧井町のシェアハりスに移った。

    倧井町を遞んだのに倧した理由はない。家賃が手頃で、郚屋が空いおいお、駅から近かった。ただそれだけや。

    でも来おみたら、倧井町が気に入った。

    商店街が生きずる。居酒屋が倚い。品川に近いから亀通の䟿もええ。そしお歩いお行ける距離に倧井競銬堎がある。

    倧井競銬堎がよかった。

    ナむタヌ開催の日は倕方から出かける。入堎料癟円払っお、スタンドの端っこに陣取っお、猶チュヌハむを開ける。銬刞は癟円単䜍で適圓に買う。圓たらんでもええ。別に競銬が奜きなわけやない。ただ、あの堎所の空気が奜きなんや。

    銬が走るずきの地響きず、歓声ず、惜しい倖れ方をしたひずのため息。党郚が混ざった匂いがある。昌間から来ずるおじさんがいお、䞀点買いの銬刞をずっず眺めずるおじさんがいお、孫を連れおきずるおじいちゃんがいる。バラバラな人間が、同じ方向を向いお銬を芋ずる。

    無職のたぬきずしおはかなり完成床の高い午埌やず思う。

    平和や。


    東京にいる理由を探したこずが、䜕床かある。

    「仕事を探したい」ずいうのは理由ずしお匱い。倧阪でも仕事は探せる。「友達がいる」ずいうのも正確ではない。東京の友人は数えるほどやし、頻繁に䌚うわけでもない。

    「東京が奜き」ずいうのも、ちょっず違う気がする。

    奜きか嫌いかず聞かれるず、どっちでもない。ただ、慣れずる。

    十五幎いれば慣れる。街の歩き方も、電車の乗り方も、人ずの距離の保ち方も、党郚ここで芚えた。倧阪に垰ったずしお、あの速床に戻れるかどうか自信がない。倧阪は東京より速い。あっけらかんずしおいお、螏み蟌んでくる。今のワむには少しき぀い気がする。

    あずは、シンプルに惰性かもしれん。

    立ち止たった堎所にそのたたいる、ずいうこず。それが東京やったずいうだけ。

    でも「惰性」ずいうのも、蚀い蚳みたいに聞こえおすっきりせえぞん。

    深倜に散歩しながら、倧井川沿いを歩きながら、そういうこずを考える。川面に街の灯りが揺れずる。ゞョギングしずるひずが远い越しおいく。飌い犬を連れたおばさんが、こちらをちらっず芋お通り過ぎる。

    誰も䜕も聞いおけえぞん。

    それがええ。

    考えお、答えは出えぞん。出えぞんたた家に垰っお、猶ビヌルを䞀本飲んで寝る。

    翌朝、倩井のシミを数える。䞉぀。

    それでいいのかもしれん、ず最近は思っずる。

    答えが出えぞんなら出えぞんたたでいい。東京にいる理由が蚀語化できぞんなら、できぞんたたでいい。

    38歳の無職のたぬきが品川区倧井町のシェアハりスで、猶ビヌル片手に競銬の予想をしずる。それが今のワむや。


    先週、久しぶりに釣りに行った。

    倧井ふ頭の海釣り斜蚭。朝六時から竿を出しお、四時間粘っお、釣れたのはサビキで小アゞが五匹やった。

    隣には定幎過ぎたくらいのおじさんがいお、クヌラヌボックスにアゞずむワシをどっさり入れずった。「今日は朮がええですな」ず声をかけおくれた。「そうですね」ず答えた。それだけ。でもその「それだけ」が、劙に心地よかった。

    淡路島の堀防のおっちゃんを思い出した。

    あのころも、しゃべらんこずが気持ちよかった。海の前では、黙っずるのがいちばん正盎な態床みたいな気がする。

    釣れんかったけど、良かった。

    海の音ず、颚ず、隣のおじさんが持っおきたコヌヒヌの匂い。䜕もしゃべらんでも、䞍思議ず間が持぀時間。少なくずも倧井町にいないず、あの朝はなかった。

    垰り道、スヌパヌで鯖を買った。釣れんかった分、スヌパヌで補う。

    それでいい。完璧じゃなくおいい。

    それがひず぀の理由かもしれん、ず思った。

    もっずがんやりした䜕かが、ワむをここに眮いずる気がする。

    名前を぀けられぞん䜕か。

    たあ、それでええか。

    名前がないものが党郚無意味なわけやないし、答えが出えぞんこずが党郚悪いわけでもない。

    たあ、䞉十八幎いたら、「なんずなく」でいちばんいい堎所に蟿り着いたりする、ずいうこずくらいはわかっおきた。

    西新宿も、淡路島も、神戞も、芊花公園も、高円寺も。

    それぞれの「なんずなく」があっお、それぞれの時間があった。

    西新宿では孀独の䜿い方を芚えた。淡路島では黙っずるこずの豊かさを芚えた。神戞ではよそ者のたたでいる自由を芚えた。芊花公園では朝の空気に感謝するこずを芚えた。高円寺では、垰る堎所を奜きやず思えるこずの倧事さを芚えた。

    別に誰かに教わったわけやない。誰かのために芚えたわけやない。

    ただ、時間が経ったら手に残っずった、ずいうだけのこずや。

    今が倧井町で、それでいい。

    次がどこかは知らん。知らんたた、今日も倩井のシミを数えお、コヌヒヌを淹れお、競銬堎の開門時間を確認する。

    それだけや。

    それだけで、五月の朝は意倖ずちゃんず明けずる。


    ぜん倪🫧は架空のたぬきキャラクタヌです。

     
     
    東京圚䜏のたぬき🫧 無職歎曎新䞭のぜん倪や。 ゆるっず生きずる目線で、 日垞のしょうもない発芋を 関西匁で曞いずりたす。 クスッず笑えたら倧成功や。 X: @neet_myaku でリプ返爆速や。

    あなたぞのおすすめ