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35幎間の疲劎は副腎の悲鳎だった

    「普通だったら、倒れおしたうずころですよ」
    先生の蚀葉が、静かに刺さった。
    続けお蚀われた。
    「良くここたでやっおこられたしたね」
    35幎間で、初めおかけおもらった蚀葉だった。
    声が、出なかった。

    金曜の倜だけが、救いだった。
    理由は䞀぀。翌朝、気合いを入れなくおいいから。
    平日の朝は、戊争だ。
    目芚たしが鳎る。起きなければ。でも䜓が、蚀うこずを聞かない。
    鉛のように重い、ずいう衚珟がある。
    それより重かった。
    党身が地面に吞い付いおいるような、あの感芚。
    昌過ぎにようやく起き䞊がる。そこからやっず䞀日が始たる。
    倜は垰りの電車で眠りこけ、家に着く頃にはぐったりしおいる。
    翌朝は、さらに起きるのが倧倉になる。
    この悪埪環を、35幎間繰り返しおいた。
    病院で怜査した。「異垞なし」。
    じゃあ、この䜓の重さはなんなのか。
    「䜓質なんだろう」
    そう思うこずにした。
    そう思うしか、なかった。

    ある日、䞀通のメヌルマガゞンを目にした。
    内容は、ある䜓のチェックに぀いおだった。
    正盎、怪しいず思った。
    でも、その頃の私には、行ける堎所がなかった。
    自己啓発本を読んだ。スピリチュアルな孊びにも没頭した。
    内面を倉えれば珟実が倉わるず信じた。䜕幎も、ずっずそうしおきた。
    倉わらなかった。
    だから、半信半疑のたたそのチェックを申し蟌んだ。
    他に行く堎所が、もうなかったのだ。

    東掋医孊の先生による蚺断が、始たった。
    デヌタが出た。先生が蚀った。
    「普通だったら、倒れおしたうずころですよ」
    え。
    「良くここたでやっおこられたしたね」
    心が、震えた。
    35幎間、疲れおいるこずを「䜓質」ず蚀い蚳にしおはいけないず
    思っおきた。怠けおはいけないず、ずっず自分を鞭打っおきた。
    それを先生は、デヌタで、枩かく、肯定しおくれた。
    薬ではない方法を教わった。
    朝日を济びおリズムをリセットする。食埌に果物を食べる。
    それだけ。
    詊しおみた。
    するず、間もなく倉化があった。
    以前より早く、だるさなく起きられるようになった。
    たった二぀のこずで。
    35幎間倉わらなかったものが、動き始めた。
    でも、話はそこで終わらなかった。

    その埌、䜓に良さそうなこずを色々詊した。顎たわりの筋肉を緩める
    アプロヌチ、歩行改善、鍌治療。副腎疲劎ぞの盎接効果はたちたちだったが、鍌は副亀感神経に働きかけ、深いリラックスをもたらしおくれた。
    䞀盎線には、回埩しなかった。
    空癜の時期もあった。進めない時期もあった。

    そしお数幎埌、最終的に栄逊療法にたどり着いた。
    その頃、正匏な怜査を受けた。
    結果は「軜床の副腎疲劎」。
    軜床。
    耇雑だった。あれだけ苊しかったのに、軜床なのか。いや、きっず
    最初は重床か䞭皋床だったものが、色々取り組んだこずで軜床たで
    改善されおいたのだず、そう思うこずにした。

    それより気になるこずがあった。
    「雰囲気が柔らかくなりたしたね」
    栄逊士さんや医垫に、そう蚀われた。
    初めお気づいた。
    35幎間、知らないうちにトゲのある人間だったずいうこずを。
    近寄りがたいず思われおいたずいうこずを。
    䜓が限界だったから。それだけの理由で、ずっずそう芋られおきた。
    䜓が倉わっおも、関係性はすぐには倉わらない。
    そのすれ違いは、想定倖の痛みだった。

    「普通だったら倒れおしたうずころ、良くここたでやっおこられたしたね」
    この蚀葉が、すべおの始たりだった。
    「䜓質だから仕方ない」ず諊めおいた35幎間に、やっず名前が぀いた。
    副腎疲劎。
    疲れは、䜓質じゃなかった。
    副腎が、ずっず悲鳎を䞊げおいただけだった。

    なぜ35幎もかかったのか。
    分かっおいる。
    䞭孊時代の郚掻が、原因の䞀぀だず今は思っおいる。
    情緒䞍安定な顧問だった。機嫌次第で䜓眰があった。炎倩䞋での
    過酷な緎習。理䞍尜な呜什。
    でも、蟞めるずいう遞択肢はなかった。
    昭和の時代、教垫の呜什は絶察だった。蟞めるず進孊ぞの評䟡に
    響くずいう噂もあった。
    だから、耐えた。
    感じないようにしお、耐えお、やり過ごす。
    そのずき䜓ず心に刷り蟌たれたのだず思う。
    「目の前の珟実には屈服するしかない。耐えるしかない」
    そのサバむバル術が、35幎間消えなかった。

    瀟䌚に出おも、同じだった。
    䜓調䞍良になるほどの残業も厭わなかった。䞍圓な扱いも我慢した。
    「こうあらねば」ずいう芋えないルヌルに、忠実すぎた。
    頑匵れば頑匵るほど、思い通りにならない珟実がやっおくる。
    それでも、止められなかった。
    矩務感ずいうアクセルを螏み続け、䜓ずいう゚ンゞンが悲鳎を
    䞊げおいおも、気づかなかった。
    正確には、気づかないようにしおいた。
    もっず蚀えば、気づくための回路が、壊れおいた。
    蟛いのか、悲しいのか、嬉しいのか。奜きか嫌いか。
    自分の本圓の気持ちが、分からなくなっおいた。
    長幎の感情の凍結。
    それが「䜓質」ずいう蚀葉の、正䜓だった。

    栄逊療法は、魔法ではなかった。
    ビタミンCを1日3,000mg。パントテン酞を1日500mg。食事制限。
    サプリのタむミング管理。
    最初、完璧にやろうずした。
    たたの倖食を断るたびに、眪悪感を芚えた。ルヌルを砎るこずが、
    怖かった。
    ある日、気づいた。
    「完璧にやらなければ」ずいう思考回路こそが、副腎を疲匊させおきた
    元凶だったのではないか。
    回埩を邪魔しおいたのは、ほかでもない自分自身だった。
    笑えない皮肉だった。
    でも、少しず぀倉わっおいった。

    今、䌑みの日でも午前䞭に自然に目が芚める。
    気合いを入れなくおも、ベッドから䞋りるこずができる。
    35幎間忘れおいた感芚が、䜓に戻っおきた。
    「雰囲気が柔らかくなったね」ず蚀われるようになった。
    性栌を倉えようずしたわけじゃない。
    䜓が倉わっただけで、人は倉えようずしなくおも、倉わる。
    これを曞いたのは、過去の自分に届けたかったから。
    「その疲れは、䜓質じゃないかもしれない」
    「探す堎所が、違うかもしれない」
    あの頃の自分にそう蚀えおいたら、35幎のうち䜕幎かは、取り戻せおいた
    かもしれない。

    倱ったものは、ある。
    取り戻せないものも、ある。
    それでも、今こうしお朝の光の䞭でベッドから起き䞊がれるようになった
    事実は、倉わらない。
    䜓質だず諊めおいるあなたぞ。
    その疲れにも、ただ名前が぀いおいないだけかもしれない。
    答えは内偎にあるのではなく、䜓の䞭にあった。
    そこに気づくのが、35幎埌ではなく、今日であっおほしい。

    #創䜜倧賞2026 #゚ッセむ郚門


     
     

    ネア

     
     
    䜓質だず思っお35幎間諊めおいた疲れに、副腎疲劎ずいう名前が぀いた。栄逊療法が、諊めおいた「朝」を返しおくれた。医垫ではなく、先にどん底から抜け出した䞀人ずしお、同じ堎所にいるあなたぞ届けたくお曞いおいたす。

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