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日記#70いのちの歌~祖母を偲ぶ

    もうすぐ3月末
    祖母の命日

    私は当時、高校2年生が終わり新学期から3年生になるという春休み中。
    2月に足を体育授業中骨折していて
    松葉杖。
    なので、手伝いが全くできない状態。

    父は持病が悪化し入院中だった。

    母は大変だったと思う。


    祖母の入院先の病院から危篤と連絡があり母と2人で見舞った。祖母はうっすらと意識があって父の名前を呼んでいた。

    入院先から短時間だけでもと父は祖母に会いに行った。

    その面会した夜、
    電話のワン切りのような
    チリンと音を聞いたような気がした。
    その後すぐに祖母の病院から息を引き取ったと連絡があった。

    今思えば“おりん“の音だったのかもしれない。


    祖母はいつ意識がなくなってもおかしくない状態が暫く続いていた。
    ずっと父が入院していた為、面会に全く来なかったので心配で心配で仕方がなかったんだろう。なんとか父が面会できたその日、祖母はほっとしたのだと思う。



    葬儀の日は式が終了するまで青空だった

    全てが終わり夕刻自宅で過ごしていると

    ゴロゴロ…ゴロゴロ…ピカッ
    ゴロゴロ…ゴロゴロ…ピカッ

    ザ  ザ  ザザー ザザザー

    ゴロゴロ…ゴロゴロ…ピカッ
    ゴロゴロ…ゴロゴロ…ピカッ

    春雷そして大雨になった


    私の記憶は断片的で葬儀の事は全く覚えていない。
    行ったのか?留守番したのか?

    骨折していた足がとにかく痛くて。
    浮腫んでしまっていたし。
    こけそうになって反対の大丈夫な足の親指をひねってしまっていたし。
    なぜだかそんな変な記憶しか残っていない。



    この曲が大切な人に
    届きますように…

    『いのちの歌』/竹内まりあ
    cover by 大塚茉莉子

    ー命は綱がれてゆくー


    読んで下さってありがとうございます
    今日も明日も良いことがありますように(ブルーベリー)



     
     
    レビー小体型認知症の母を2025年1月に看取りました。                 現在は主に2026年6月から、肝臓癌再発となった主人の治療記録を投稿しています。

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