
初めてエッセイを書いてみる
「謝れよ!!!」とその男は叫んだ。
喉が張り裂けんばかりの声色が、朝の駅のホームに響き渡った。
先日通勤時間帯の駅を利用していた時のことだ。
電車が遅れていたこともあって、混み合った電車に乗り込んだ。無理に押す様な人もいて、鞄がぶつけられ少し靴を踏まれる。すると少し離れたところから、
「無理に押すなよ。怪我したらどうする」
と静かに文句を言う男の声があった。
「ごめんなさい」と女の謝る声がする。
男が水色のウインドブレイカーを着ていること以外よく見えなかった。車内は通勤時間帯らしい静けさを取り戻して、大きなトラブルは回避できたことが窺える。
終点に着く。全員が電車から吐き出される。ここは大変に混む駅なのだがホームが狭く、なかなか歩みが進まない。私は前が女子学生だったこともあって、少し余裕を持って歩いた。するとその隙間を抜けようとサラリーマン風の中年男性が無理に横切ってきた。私にぶつかり、隣の人にもぶつかるが謝る素振りもない。寧ろわざとぶつかりに行っている節もある。これだからこの時間帯に電車を利用するのは気が滅入る。
そんな風に考えていると前方十メートル程先から、
「オイッ!!!」と強く誰かに呼びかける声があった。
見ると先ほどの水色のウインドブレイカーの男だ。
「謝れよ!!!ぶつかったんだから謝れ!!!」
どうやら私の様に横切った人間にぶつかられたらしかった。ぶつかった人間は逃げる様に電車に乗り込んでしまった。
「おい出て来い!!!ちゃんと謝れよ!!!おかしいだろ!!!」
男は電車の中に向かって叫び続けた。駅員が「どうされました!?」と慌てた様子で駆けつける。周囲の人の多くは冷めた視線や怯えた様子を見せた。
「朝から変なのに絡まれてんな」
と近くにいた高校生は笑っていた。動画を撮っている者もいた。トラブルに巻き込まれたくないせいなのか、気持ち人混みの進みが早くなる。
私が別のホームに移動してもまだ男の声が遠くに聞こえた。
「あいつまだ叫んでるよ」
「怖」
と高校生が言う。
私は自分が不思議と不快感や恐怖を感じていないことに気がついた。寧ろ少しすっきりとした気分だった。それは私自身が他人にぶつかられて何も出来ずに感じていたフラストレーションを、男の叫びが代理となって解消してくれたからじゃないかと思う。そんなことを自覚したのは初めてだった。
街中で叫ぶのは無論マナーに反してはいる。しかし、ぶつかって謝らないのもマナーには反している。その場でしか遭遇しない相手だからと言って礼儀を欠けば、思わぬ時に噛みつかれることもある。男の叫びは常軌を逸した様子に思えた。しかし原因となったのはマナー違反に対してのごく真っ当な怒りだ。言いがかりでもない。
私はこれからもぶつかられても叫ぶことはないと思う。ただその度にあの男のことを思い出すだろう。